雑誌pen:特集「ルネサンスとは何か」
大晦日に風邪を引いて、下書きのまま放っておいたのだが、昨日、お台場にある放送局が元NHKアナを起用した番組で...宗教がどうのこうの...と特集して...全部は見てないが最後をバチカンで締めくくっていたが...些か...中途半端に見えたので...参考までに。
雑誌の特集記事としては「完全保存版」と謳っているように、折込みによる見開きで年表と人脈図も付属しており、限られた誌面で押さえ所を外さず、ルネサンス全体を俯瞰するのに手頃な資料に仕上がっている。
惜しむべくは、ルネサンスに興味を抱いた読者のために「文献目録」等も欲しいところである。因みにルネサンスに関する書籍としては...ワイリー・ サイファーの「ルネサンス様式の四段階」がルネッサンスから、マニエリズム、バロック、後期バロックまでの数世紀を遠近法的に分析していて...読応えも充分。
コンピュータ・パースペクティブ
計算機創造の軌跡 (ちくま学芸文庫)
文庫本・腰巻に書かれている如く「イームズ夫妻による図説コンピュータ史」である。2001年に東京都美術館で行われた「イームズ・デザイン展」図録の「イームズとIBM」によれば1958年ブリュッセル万博IBM館で上映された短編映画の制作をイームズが手掛けたことからコラボレーションが始まり、1964年のニューヨーク万博のIBM館ではサーリネン設計のパビリオンの展示デザイン、映像からグラフィックまで手掛けている。本書は1971年のIBMの展示会「コンピュータの遠近法」の記録である。従って、未だパーソナル・コンピュータは影もカタチもない。バベッジの解析機関等の計算機械に始まり、コンピュータの必要性が萌芽したと伝えられている1890年の国勢調査から1940年代のUNIVACと最後はSEACまで、云わばコンピュータの歴史前期の記録である。書籍としては本来のドキュメントサイズから文庫本にスケールダウンされているので、あまり見易いとは云えないが、資料的価値は高い。
因みに沖電気がUNIVACと設立した「沖ユニバック」の八王子事業所を中学の時、校外授業で学校から歩いて見学に行ったことがあるが、その工場は昨年解体撤去され、すっかり更地となっていた。先日、その正門前を車で通りかかったら、労組の人が座り込みしていた。半世紀経ってもコンピュータでは解決できない問題は山ほどある...。
関連エントリー
EAMES FILMS
チャールズ&レイ・イームズ 創造の遺産
901番地
追記:早速、栗田さんが原書をエントリーされた。A COMPUTER PERSPECTIVE
ゆき ゆき ゆき たむらしげる作・福音館発行
(ちいさなかがくのとも 2011年12月号)
今月末まで吉祥寺のトムズボックスで個展を開いているたむらくんの新作。
そういえば...子供のころ、空を見上げて雪が降ってくるのを見つめていると、自分が空に舞い上がってゆくような不思議な感覚があったことを...思いだした。
内部被曝の真実 (幻冬舎新書)
この新書の腰巻に書かれているように本書は2011年7月27日 (水) 衆議院厚生労働委員会「放射線の健康への影響」参考人説明でのスピーチを完全採録したものである。YouTubeの動画削除もあり、インターネットから衆議院TVにアクセスする手立てを持たない多くの人々にも本書を通じてその内容を知る機会になるだろう。また付録として国会配布資料もあり、既にYouTubeの動画を見た人にも情報価値の高い新書である。
内容
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第一部 7.27 衆議院厚生労働委員会・全発言
1 私は国に満身の怒りを表明します
広島原発の20個以上の放射性物質が撒き散らされた
通達一枚で農家に情報が伝わるわけがない
もっと高性能の測定器があるのになぜ政府はお金を使わないのか
内部被爆からがんはどのように起こるのか
被爆からがん発症まで20〜30年 トロトラスト肝障害の場合
疫学的に証明されるのを待っていたら遅すぎる
母乳からのセシウム検出に愕然とした理由
子どもがわざわざ高線量の地域に通わされている
緊急避難的除染と恒久的除染をはっきり分けるべき
民間のノウハウを結集し、国策としての除染を
2 子どもと妊婦を被爆から守れ-質疑応答
「放射線は健康にいい」は本当か
国が線量について議論しても意味がない
行政が全力で測定し除染するのが、住民の一番の安心
全国の産地で緊急に食物の測定を
1回来て帰るだけの支援では問題をひどくするだけ
放射線取扱者として30年間厳守してきた基準が反故にされている
多量の農産物を簡単に検査する仕組みは今すぐ可能
今私たちが行っている除染活動はすべて違法行為
非難の問題と補償の問題を分けて考えるべき
第二部 疑問と批判に答える
データが足りないときこそ予測が大事
線量を議論しても意味がないのはなぜか
危険を危険だとはっきり言うのが専門家
低線量セシウム被爆の危険性は国際的に認められたものなのか
閾(しきい)値論もホルミシス論もおかしい
セシウムによる長期障害はヨウ素以上に複雑で難しい問題
第三部 チェルノブイリ原発事故から甲状腺がんの発症を学ぶ
エビデンス探索20年の歴史と教訓
第三部の要旨
チェルノブイリ原発事故による健康被害の実態
小児甲状腺がんの増加の原因をめぐる論争
因果関係のエビデンスが得られたのは20年後
エビデンスという名の迷路--増えたのは甲状腺がんだけなのか
極端な症例こそが最も重要な警報
第四部 "チェルノブイリ膀胱炎" 長期のセシウム137低線量被爆の危険性
長期のセシウム137低線量被爆の危険性
第四部の要旨
深刻化するセシウム137の汚染
1940年代以前には地球に存在しなかったセシウム137
前がん状態"チェルノブイリ膀胱炎"の発見
チェルノブイリ住民に匹敵する福島の母乳のセシウム汚染
子どもたちの接触・吸入を防ぐために今すぐ除染を
現行法では低線量・膨大な放射性物質を処理できない
被災者の立証は不可能である---東電・政府の責任
成層圏内の核実験禁止に貢献した猿橋博士の志を継いで
おわりに 私はなぜ国会に行ったか
委員会出席への依頼、そしてためらい
大津波は本当に「想定外」だったのか
専門家とは歴史と世界を知り知恵を授ける人
牛肉からセシウム検出の衝撃---7月9日南相馬にて
稲わら汚染のようなセシウム濃縮は至るところで起こりうる
事故の本質と対策を全知全能を傾けて語る決意
四つの提言---私が伝えたかったこと
人が汚したものを人がきれいにできないわけがない
付録 国会配布資料
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第二部の「危険を危険だとはっきり言うのが専門家」より一つだけ引用すると...
『今までの原子力学会や原子力政策のすべての失敗は、専門家が専門家の矜恃を捨てたことにあります。国民に本当のことを言う前に政治家になってしまった。経済人になってしまった。これらの反省なくしては、われわれの東京大学も再生はありえないし、日本の科学者の再生もありあないと思ってます。』
格差社会と差別の表象である原発を永年にわたって追い続けているフリー報道写真家 樋口健二氏へのインタビューである原子力資料情報室・映像アーカイブ:「 原発被ばく労働について」を見て、早速、Amazonに注文し、届いたのが本書である。本書は1981年の「三一書房」版と、2002年の「御茶ノ水書房」版があるが、それらが絶版となり「八月書房」より「増補新版」の発行が進められている段階で「3.11」の大惨事が起こった。
嘗てメタボリズムと云う建築思潮が1960年代から70年代に我国の建築家を中心に起きた。平たく云えば新陳代謝する建築を意匠的に表象する試みである。海外ではアーキグラムがそれに近く、そうした影響を受けて建築された代表がパリのポンピドーセンターであろう。それまで天井裏等に隠されていた建築設備の配管やダクトが外部に露出され表わにされた。それは建築を構成する各エレメントの耐用年数に対応した交換可能なデザインでもある。建築を生業にしていなくても、多くの負荷の掛かる設備機器や配管類の寿命が建築本体に較べて短いことは常識の範疇だろう。
樋口健二氏は発表されている事故の起きた原発建屋内の写真は稼働している原発建屋内と異なり、原子炉を取り巻く冷却装置等の配管類が全て爆発で吹き飛んでおり、通常と異なると云う。原子炉の寿命が35年とも40年とも云うが、原子炉冷却槽から発電用蒸気タービンに送る配管や、冷却等の配管の寿命は更に短く、定期的に交換しないと内圧に耐えられなくなるだろう。それらを点検、補修、交換するには、原発建屋内の被爆する可能性の強い放射線管理区域内に入らなければならない。原発事故を未然に防ぐには必要なルーティンである。それを誰が行うか...闇に消される原発労働者だけとしたら...。
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闇に消される原発労働者(増補新版)目次
・原発大惨事に思う--まえがきにかえて
第1章 原発被爆裁判
国を相手の孤独な戦い
科学を無視し、完全犯罪に手をかす判決
第2章 筑豊の原発被爆者
元炭坑に生きた人の被爆証言
第3章 被爆、そして死
倦怠感に悩まされる原発被爆者
開拓集落の被爆者
被爆死者と遺族の証言
第4章 労組委員長と敦賀原発内部
原子力時代が必ずくる
定期検査中の敦賀原発内部へ
第5章 被爆労働者とJCO東海事故
下請け親方も原発内で被爆す
高校生が原発内労働のアルバイト
慢性骨髄性白血病の青年の死
劣悪な原発労働でも労災認定を勝ち取った故・長尾光明さんと故・喜友名正さん
「悪性リンパ腫」で絶望的な死をとげた故・喜友名正さん
「臨界事故」翌日からの東海村
第6章 核燃料輸送と核燃料サイクル基地
核燃料輸送隊を追って
巨大原子力半島と化す下北半島
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水の透視画法
東京新聞をはじめとする地方紙に今年三月まで共同通信から配信されていた辺見庸のエッセーが単行本として上梓された。
私が2008年6月に「六月のテロル」と題したエントリーで紹介した『プレカリアートの憂愁』は秋葉原事件の四日前に東京新聞夕刊に掲載された「水の透視画法」のタイトルである。そして、「水の透視画法」の連載が終了し、3.11の前に編集・印刷され、3.11の後に発行された週刊朝日緊急増刊「朝日ジャーナル・知の逆襲 第2弾」に辺見庸が寄稿した『標なき終わりへの未来論』では「...テクノロジーはまだまだ発展し、言語と思想はどんどん幼稚になってゆくであろう。非常に大きな原発事故があるだろう。労働組合はけんめいに労働者をうらぎりつづけるだろう。おおくの新聞社、テレビ局が倒産するだろう。生き残ったテレビ局はそれでもバカ番組をつくりつづけるだろう...」と...綴っている。
それを説明するかの様に、本書の腰巻にも引用された前書きに代えて書かれた「予感と結末」では『...戦争や大震災など絶大無比の災厄の前には、なにかしらかすかに兆すものがあるにちがいない、というのがわたしの勘にもひとしい考えである。作家はそうした兆しをもとめて街をへめぐり、海山を渉猟し、非難におくせずものを表現するほかないさだめににある。からだの内側にあわだつ予感と外側をそっとかすめる兆しの両様に耳をそばだてなければならない。...』と...
私たちが漠然と抱いている言葉にならない予感を表現する今日では希有な文筆家である。
訂正:引用文が一行抜け落ちてました。m(_ _)m
JobsのApple/CEO退任が報道された8月25日はA&A主催の「Vectorworks教育シンポジウム2011」の会場に居た。私の後ろの席にはA&A会長の新庄氏と主席研究員の大河内氏と云う、これまた80年代から国内のApple/Macintosh黎明期を牽引してきた重鎮二名が...株価が下ったとか、なんたらと世間話を交わしたが...CEO退任は想定内のことで驚く程のことでもなかった。考えてみると、Jobsの居なかった1985年から1997年のAppleに於いても、JobsはAppleのiConであり続けた訳で、これからもそれは変わらないだろう。Newsweekからタブロイド版までJobsのCEO退任がニュースソースとなっているが、これもまた国内外を問わず企業のリーダーに理念のある人物が居ない...と云うことの反映だろう。
科学的とはどういう意味か (幻冬舎新書)
表紙カバー裏の紹介文に『科学―誰もが知る言葉だが、それが何かを明確に答えられる人は少ない。しばしば「自然の猛威の前で人間は無力だ」という。これは油断への訓誡としては正しい。しかし自然の猛威から生命を守ることは可能だし、それができるのは科学や技術しかない。また「発展しすぎた科学が環境を破壊し、人間は真の幸せを見失った」ともいう。だが環境破壊の原因は科学でなく経済である。俗説や占い、オカルトなど非科学が横行し、理数離れが進む中、もはや科学は好き嫌いでは語れない。個人レベルの「身を守る力」としての科学的な知識や考え方と何か―。』とある様に、前書きの最後は『...「これで科学を好きになってほしい」「少しでも興味を持ってもらえば嬉しい」ということではない。「科学から目を背けることはことは、貴方自身にとって不利益ですよ」そして「そういう人が多いことが、社会にとっても危険だ」ということである。』と結んでいる。
つまりはサバイバル、生き残るため為には科学的思考が不可欠だと云うこと。多くの客観的情報に基づき自分自身で考え判断することである。
先の厚生労働委員会での国会議員による参考人質疑を聴いていると、経済性を優先した確率的な「しきい値」を設定し、信仰としての安全安心を求め、自ら思考停止状態に陥ろうとしている...非科学的な感情としか思えないのである...。
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内容
第1章 何故科学から逃げようとするのか
いつから避けるようになったのか
向いてないと思い込む
文系と理系
理系科目は何が違うのか
覚えるものと理解するもの
名称を覚えることの弊害
思い込みによる思考停止
津波という名称はいかがなものか
言葉だけの認識の危険性
自分も言葉だけで評価してしまう
わからないのには理由がある
教育の責任
社会の集団の中でも
数字をイメージできるか
感想ばかりが溢れている
個人の感想ではなく客観的情報を
客観性が社会を落ち着かせる
科学の方法
本章のまとめ
第2章 科学というのはどういう方法か
科学と非科学
非科学的な習慣
幽霊を信じますか?
見れば信じられる?
科学とは
実験するのが科学?
実験が科学ではない
数値によるコミュニケーション
数字による認識
科学的予測が支えるもの
予測と予言
ある技術者の返答
科学は人間の幸せのためにある
定量的な把握
数字による把握とは
それでも耳を塞いでしまう
知識量に価値があるのではない
理系と文系の認識
お互いを認め合うこと
物語だけが読み物ではない
本章のまとめ
第3章 科学的であるにはどうすれば良いのか
「割り切り」という単純化
科学は常に安全を求める
厳密であるために疑う
割り切っているという自覚が必要
面倒なことに慣れる
問題を見つけることの重要性
科学的に答えてみよう
科学の歴史は浅い
案外誰も知らない科学的理由
問い続けると根源的な疑問に至る
言葉の信仰による支配
科学における理論とは
実験結果は必ずしも真実ではない
ある小さな研究の成果
秘伝は科学ではない
科学の慎重さ
科学の公平さ
本章のまとめ
第4章 科学とともにあるという認識の大切さ
ごく普通に接すれば良い
数字にもう少し目を留めてみよう
数字による評価
数字は当てにならないものか?
はっきりと示してほしい?
少し勉強すれば...
言葉を鵜呑みしない
大まかでも良いから把握する
技術者としての一言
科学者は非情なのではない
歩調を合わせて信じてしまう
科学的に否定されていない?
少し科学的に考えてみれば
若者の方が危ない
微笑ましいレベルの非科学
健康に関しては自分が基準
子供に対しての注意点
好奇心を潰さないように
自由さが科学を育む
人間の幸せのために
あとがき
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キャンペーン期間と云うことで今なら書籍情報社のサイトから本文の50%をPDFとしてダウンロードできるが、Amazonからの販売は未だ準備中のようだ。
私も占領下の日本に生まれたが、沖縄は1972年に返還されるまで米軍の統治下にあった訳で、未だに在日米軍の半数余りの専用施設が沖縄県にあり、未だに米軍の支配下にあることには変わりない。都道府県別に塗り分けられた日本地図を読むと在日米軍が重要視している戦略的拠点が良く解る。元々、帝都東京は軍都でもあった訳で多くの旧日本軍施設を戦後在日米軍が使い続けていたから、東京人には米軍基地のある風景はさほど珍しいものでもない。ベトナム戦争終了後、米軍立川基地の返還など、米軍基地の数は減少しているが時折、横田基地に向かう米軍輸送機の編隊が家の上空を爆音を残し飛んで行くのを見て、この空が米国に支配されていることを実感させられるのである。それに較べると近畿地方に米軍基地は皆無であるから、米軍基地がもたらす様々な弊害を実感するのは難しいだろう。
本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること/沖縄・米軍基地観光ガイド
本書は『沖縄・米軍基地観光ガイド』と本文の『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』で構成されている。伝えたいことはもちろん『本土の人間は知らない』ことであろう。『観光ガイド』と併せて、本土から差別され犠牲となっている沖縄の実情を理解する入門書でもある。PDFではなく紙の本を携え...OKINAWAを...巡り歩きたいと思う。
追記-1:今、何かと話題の西山英彦氏(経済産業省大臣官房審議官)もそうだが、キャリア組の多くは省庁に入省後、米国に留学し、「米国の都合良い官僚」として再教育されて戻ってくる。普天間基地の問題も...そうした「米国の都合良い官僚」の存在が...問題なのだが...
追記-2:Fumanchuセンセーのデホを追加...
出放題:拝啓国務長官様
結構金を掛けてきれいな階段
いのちと放射能 (ちくま文庫)
柳澤 桂子 (著)
著者は般若心経の現代詩訳『生きて死ぬ智慧』でも知られた生命科学者であり世界6月号『原子力からの脱出』にも寄稿されています。
本書はチェルノブイリ事故の2年後、1988年11月に地湧社から発行された『放射能はなぜこわい--生命科学の視点から』に「文庫版への長いあとがき」を追加し、タイトルを変えて「ちくま文庫」から2007年9月に発行されたもので、今年の4月に二刷され、手にした文庫版は既に四刷となっていました。3.11以降、人々のいのちに悪影響を与える放射能への関心の高さがうかがえます。
プロローグは、米国に於いて、サリドマイド薬害を未然に防いだケルシー女史の話から始まり、彼女のように正義感強く、勇敢になれるか、著者自ら自問自答し...
....原子力問題においても、この人間の弱さがいちばん問題なのではないでしょうか。大きな組織に組込まれると、個人の意志とは関係なく、不本意な動きをさせられてしまうことがあります。
....中略....
私は放射線がどのように人体に及ぼすをよく知っていました。
放射能廃棄物の捨て場が問題になっていることも知っていました。
けれども、原子力発電のおそろしさについては私はあまりにも無知でした。
....中略....
盛り上がる国民の反原発運動に対して、国や電力会社は感情論であるという見解を振りかざしています。たしかに、自分の目で確認できないことに関して、私たちは何を信じてよいかわからなくなることがあります。
ただひとつ、私は生命科学を研究してきたものとして、はっきりと言えることがあります。それは『放射能は生き物にとって非常におそろしいものである』ということです。そのことをひとりでも多くの方に理解していただくように努めることが「私のいま、なすべきことである」と思います。
内容
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・はじめに
・私たちは星のかけらでできています。
・DNAはいのちの総司令部
・DNAは親から子へ受けつがれます。
・放射能を浴びるとどうなるのでしょう。
・弱い放射能がガンを引き起こします。
・放射能はおとなより子どもにとっておそろしい。
・お腹の中赤ちゃんと放射線
・少量の放射能でも危険です。
・チェルノブイリの事故がもたらしたもの
・人間は原子力に手を出してはいけません
・これ以上エネルギーが必要ですか
・それはこころの問題です
・ひとりひとりの自覚から
・あとがき(1988/10)
・文庫版への長いあとがき(2007/8)
・解説 永田文夫(三陸の海を放射能から守る岩手の会 世話人)
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内容の一例として『お腹の中赤ちゃんと放射線』の一部を紹介すると...
胚や胎児に対する放射線の影響は、受精後どの段階で放射線を受けるかによって大きくちがってきます。
細胞が分裂して球状のかたまりをつくっている時期に放射線を浴びると、胚は死んで流産してしまいます。
からだのいろいろな部分をつくっている時期に放射能にさらされると、奇形児が生まれます。
かたちができてしまってから放射線を浴びると、生まれてからガンになります。
....中略....
放射線はDNAに傷をつけたり、切断したりして、突然変異を引き起こします。その結果、細胞がガン化したり、奇形児が生まれます。また表面にあらわれないDNAの傷が子孫に伝えられますので、長い間に、生物の中にDNAの損傷が蓄積してゆく可能性があります。
My Back Pagesと云えばBob Dylanが1964年に作詞・作曲した曲だが、私にとってはAtlantic Label系のVortexからリリースされたKeith Jarrett Trioの1968年のアルバム・Somewhere BeforeのA面一番の曲として聴いたのが初めてであった。
昨日の篠田博之氏による東京新聞のコラム「週刊誌を読む」に『「古傷」映画化 なぜ大宣伝/深謀遠慮、風化...朝日の思惑は...』と映画『マイ・バック・ページ』が取上げられていた。この映画も川本三郎の原作も(金を払ってまで)見るつもりも読むつもりもないが、原作の素材となった事件は...確かそんな事があったと...記憶に残っているが、その当事者の一人が川本氏であったことを知ったのは数カ月前に読んだ雑誌の記事ではなかったかと思う。それにしても週刊朝日3月25日号でも原作のタイトルに使われたBob Dylanの詩のリフレインについて言及されていないし...。まぁ、こんな手垢に塗れた紋切り型の括り方を読むと...やっぱりマスメディア側(マスコミ村)にいた人間だなぁ〜と白けてしまうのだが...。
Bob Dylan - My back Pages
Keith Jarrett Trio - My Back Pages
追記:数カ月前に読んだ雑誌とは3/15発売の週刊朝日・緊急増刊「朝日ジャーナル」の川本三郎と中森明夫の対談でした。とかげの尻尾にされた川本氏に対し弁解の機会を与えるのはマスコミ村・大字朝日新聞の損失補填でしょうか。
原発事故はなぜくりかえすのか
高木仁三郎著:(岩波新書)
3.11の後、確かどこかにある筈だと未整理の書棚に隠れていた本書を引っ張り出してきた。本書を読むきっかけはTBS News23に何度か氏が出演され、2000年10月8日に氏が亡くなられた翌日の多事争論で「市民科学者」としてその死を取上げられ、本書が出版される二週間前にTBS News23の特集「高木仁三郎という生き方」を見たからだと思う。略10年前に購入した本なので私の脳内の揮発性メモリから記憶は蒸発していたので読み直すことに...。改めて年譜を読むと氏が亡くなられた年齢は今の私の年齢と同じ...う〜む....。遺言となった「最後のメッセージ」に無念さを感じると同時に...この10年間...私は何をしていたのだろうか...。
友へ 高木仁三郎からの最後のメッセージ皆さん、ほんとうに長いことありがとうございました。体制内のごく標準的な一科学者として一生を終っても何の不思議もない人間を、多くの方たちが暖かい手を差し伸べて鍛え直してくれました。それによって、とにかくも、「反原発の市民科学者」としての一生を貫徹することができました。
反原発に生きることは、苦しいこともありましたが、全国・全世界に真摯に生きる人々と共にあることと、歴史の大道に沿って歩んでいることの確信からくる喜びは、小さな困難などをはるかに超えるものとして、いつも私を前に向かって進めてくれました。幸いにして私は「ライト・ライブリフッド賞」をはじめ、いくつかの賞にめぐまれることになりましたが、それらは繰り返し言って来たように、多くの志を共にする人たちと分かち合うべきものとしての受賞でした。
残念ながら、原子力最後の日は見ることができず、私の方が先に逝かねばならななりましたが、せめて「プルトニウム最後の日」くらいは、目にしたかったです。
でも、それはもう時間の問題でしょう。すでにあらゆる事実が、私たちの主張が正しかったことを示しています。なお、楽観できないのは、この末期症状の中で、巨大な事故や不正が原子力の世界を襲う危険でしょう。JCO事故からロシア原潜事故までのこの一年間を考えるとき、原子力時代の末期症状による大事故の危険と結局は放射性廃棄物がたれ流しになっていくのではないかということに対する危惧の念は、今、先に逝ってしまう人間の心を最も悩ますものです。後に残る人々が、歴史を見通す透徹した知力と、大胆に現実に立ち向かう活発な行動力をもって、一刻も早く原子力の時代にピリオドをつけ、その賢明な終局に英知を結集されることを願ってやみません。私はどこかで、必ず、その皆さまの活動を見守っていることでしょう。
いつまでも皆さんとともに 高木仁三郎
最後まで氏が抱いていた危惧は現実となってしまいました。
最終章の『技術の向かうべきところ』ではこう述べています。
...原発が本当に深刻な事故に至った場合は、人為的な判断で、外からダイナミックな装置を介入させてシステムを止めるとか、緊急冷却水を送り込んで原子炉を冷やすというようなことでなくて、本来的に備わった安全性--パッシブ・セーフィティと言われています--によって暴走を止めるようなあり方のほうが望ましいのではないかということです。...
『原発事故はなぜくりかえすのか』 内容
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はじめに....
臨界事故/青い閃光/峠三吉/饒舌な報告書
1 議論なし、批判なし、思想なし
安全神話の崩壊/安全文化/原子力文化/安全第一/自己検証のなさ/原子力産業の状況/さまざまな用途の研究/相互批判なし/議論なし、思想なし/原子力導入の歴史/原子力村の形成/奇妙なブーム/ある体験
2 押し付けられた運命共同体
国家まかせ/大事故の評価/トップダウン型の開発/サッカーにたとえると/「三ない主義」/「我が国」という発想/マイ・カントリー
3 放射能を知らない原子力屋さん
バケツにウランの衝撃/物理屋さんと化学屋さん/放射化学屋の感覚/物理屋さんの感覚/自分の手で扱う/放射能は計算したより漏れやすい/事故調査委員会も化学抜き
4 個人の中に見る「公」のなさ
パブリックな「私」/普遍性と没主体性/公益性と普遍性/仏師の公共性/技術の基本/原子力は特殊?/科学技術庁のいう公益性
5 自己検証のなさ
自己検証のない原子力産業/自己に対する甘さ/自己検証型と防衛型/委員会への誘われ方/結論を内包した委員会/アカンタビリティー/寄せ集め技術の危険性
6 隠蔽から改ざんへ
隠蔽の時代/質的転換/技術にあってはならない改ざん/技術者なし
7 技術者の変貌
物の確かな感触/ヴァーチャルな世界/論理的なバリアの欠如/新しい時代の技術者倫理綱領
8 技術の向かうべきところ
トーンを変えた政府/JOCの事故の意味/技術の極致/現代技術の非武装化
あとがきにかえて
友へ 高木仁三郎からの最後のメッセージ/高木さんを送る
高木仁三郎・年譜
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世界6月号は5月号の生きよう!に続いて「原子力からの脱出」だ。中でも3.11以降、脱原発派として評価の上がっている河野太郎の『エネルギー政策は転換するしかない』は判りやすく良く纏まった正論だが、原発推進派が蠢く自民党の中で次期衆院選で党公認が取れるかが心配だ。
神保太郎の『メディア批評』を読むと脱原発にシフトした毎日新聞のコラム『風知草』執筆者の編集委員に対して四月中旬に政府関係者から「浜岡原発は止めなくちゃ駄目だ。」と書いてくれないかと声を掛けられていたそうである。世界6月号の発行日が連休明けの5月7日だから、その前日である5月6日夜の首相の浜岡原発停止要請は...唐突に行なわれた訳ではない様である。
世界6月号・執筆者からのメッセージ:小出裕章
追記:河野太郎 × 岩上安身 インタビュー

世界6月号が珍しく売りきれたようで緊急増刷とか、原子力行政はこのままでは行けないと思っている人が増えているようだ。
毎日jp:浜岡原発:首相と、原発推進維持図る経産省の同床異夢
平成23年3月11日(金)定例閣議案件
経済産業省:電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法案について
『生きる』は黒澤明の映画ですが、4月8日発売の雑誌『世界』5月号・東日本大震災・原発災害 特別編集は読者へと題された編集部からのメッセージにあるように「がんばる」ではありません。このタイトルは考えるに、生きとし生けるものの命に向き合い、共に「生きよう!」それが犠牲者への供養になるとの想いではないでしょうか。一瞬私は字面を見て「生きよう!」を「さまよう!」と読み間違いしそうになりましたが、兎も角、自分の脳で考えながら「さまよい」ながらも能動的に「生きよう!」と云うことかも知れません。間違っても口先だけの為政者に全権を委ね、自由から逃避して思考停止に陥ってはいけないと思います。
この様な事態だからこそ地震・原発関連記事のPDF無料公開に踏み切った岩波書店に続き、丸善出版も関連PDFの一部無料公開を開始しました。何処かの公共図書館の様に節電に乗じて休館にするのとは大違い、出版人の有り様も問われているのかも知れません。
丸善出版:地震・津波、放射線、心理学分野の書籍・本文無償公開
講談社:『日本の原子力施設全データ』一部公開
科学雑誌ニュートン:【放射線】どんな種類がある?人体への影響は?
化学同人:放射線の性質と生体への影響
岩波書店:雑誌『世界』『科学』の一部を無料公開
ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸
1954年3月1日ビキニ環礁で行われた水爆実験によって被爆した第五福竜丸のルポルタージュの雑誌挿絵をベン・シャーンが描いたのは1957〜8年に掛けての事、その後ベン・シャーンは同一テーマでタブローの連作"Lucky Dragon Series"を制作していた。本書はそれから半世紀以上を経た2006年にアーサー・ビナードによって一冊の絵本にされたものである。ベン・シャーンにこのようなテーマの連作があった事も知らなかったし、それが絵本になっていたことも知らなかった。
巻末の「石に刻む線」と題されたアーサー・ビナードによるベン・シャーンの伝記を読むと「サッコとヴァンゼッティ事件」をテーマにした連作も描いていた。(この事件をテーマにした伊・仏合作の「死刑台のメロディ」は40年程前に私も見たが米国が国家の元にリンチを正当化した典型的な冤罪事件であった。)ベン・シャーンは"Lucky Dragon Series"の連作を、無線長・久保山愛吉を主人公に描いている。
『放射能病で死亡した無線長は、あなたや私と同じ、ひとりの人間だった。第五福竜丸のシリーズで、彼を描くというよりも、私たちみなを描こうとした。久保山さんが息を引き取り、彼の奥さんの悲しみを慰めている人は、夫を失った妻の悲しみそのものと向き合っている。亡くなる前、幼い娘を抱き上げた久保山さんは、わが子を抱き上げるすべての父親だ。』その想いが、孫以上に年齢差のあるアーサー・ビナードを動かし絵本へと結実したのだろう。それは人の死を統計上の数値としか見ない為政者とは対極にあるだろう。
Art as Activism: The Compelling Paintings of Ben Shahn
映像開始から7分位の処で"Lucky Dragon Series"が紹介される。
The Lucky Dragon Incident
第五福竜丸の事件当時、私は五歳、大人たちが「ビキニマグロ」や「死の灰」や「放射能の雨」と口にしていたのは憶えている。映画館で見たニュース映画による映像の記憶はもう少し後の記憶かもしれないが、それでも足立区に住んでいた七歳までの記憶だ。その当時、町の医院や歯医者の待合室にあった世界画報等のグラフ誌には子供に見せたくない様な残酷な写真で溢れていたが、私は親に咎められることなくそれらを見ることができた。戦争を知らずに生まれてきた子供であったが、戦争や核の悲惨さは、戦後次第に明らかにされてきた惨たらしいそうした写真によって知ることができた。しかし、現在はどうだろう。自主規制により子供の目はおろか成人の目にも触れないようにされている。
1994年に制作されたこのドキュメントを見ると、そうした情報操作を如何にメディアは成し遂げてきたかが良く解る。そしてCIAのエージェントであり、プロ野球の父、テレビ放送の父、原子力の父とされた正力松太郎の役割も分かる。果たしてこの番組を再放送する気概が現在のNHKにあるだろうか。大手メディアが「永田町の犬」と化し「官僚保護団体:ナガタチョー・シェパード」となっている現況では難しいだろう。
GoogleVideo「原発導入のシナリオ 〜冷戦下の対日原子力戦略〜」(連続再生可能)
植草一秀の『知られざる真実』原発政策を誘導した米国核政策必見ドキュメント
東京都立第五福竜丸展示館
第五福竜丸元乗組員・大石又七さん (1/2)
第五福竜丸元乗組員・大石又七さん (2/2)
2008年9月23日(故・久保山愛吉・命日)大石さんから①
2008年9月23日(故・久保山愛吉・命日)大石さんから②
余談:....『じゃぁ、ビキニ環礁は?』『えっビキニ鑑賞って...』 昨日、研究室の歓送迎会で期待通りのリアクションをしてくれた教え子の助手...彼女が知らないのも無理もないでしょうね。風化される反核運動(3/24のツイート)
岩波書店の英断!世界1月号『特 集 原子力復興という危険な夢』をPDFで公開。
これまで経験したことのない巨大地震と巨大津波、被害はなお続いています。PDFダウンロードは下記のリンクから
かつてない規模の被災者にとって、いま緊急に必要なのは支援、救援体制の整備と静かな喪の時間の確保です。しかし、救援と喪の時間を妨げ、不吉な影を落としているのが、いうまでもなく、福島原発の深刻な事故です。
本誌は、原子力発電について、その安全性、経済性、エネルギー政策の面などから、疑問を呈し、批判的な論陣を長く張ってきました。
その直近の号が2011年1月号の特集「原子力復興という危険な夢」でした。
事故以後、この号を読みたいという要望が多く寄せられました。本屋さんを通じて注文をいただくことも可能ですが、被災地に近いところではそのようなことは不可能です。そこで、著者の方々の了解を得て、特集の一部をPDFとし、当面の間、無料でダウンロードすることができるようにしました。
2011年3月28日
「世界」編集長 岡本厚
『原子力開発に地元の声は届かず、国会議員すら触れない。事故は起こるべくして起きた。原子力関係者は地元の人たちを今どんな状況に置いていると思っているのか。』とインタビューは結んであります。「世界 2011年1月号」のPDF版『原発頼みは一炊の夢か』と併せて読むと、地方の現実が伝わってきます。
川跡からたどる江戸・東京案内
菅原 健二・編著 (洋泉社・発行)
あのJEDI必携の『川の地図辞典 江戸・東京/23区編』と『川の地図辞典 多摩東部編』の著者である菅原健二氏の最新刊である。出版社のサイトで書籍検索するとエンターテイメントに分類されているようだが、その内容は川跡からたどる江戸東京の近現代史である。明治維新、関東大震災、東京大空襲、東京オリンピック、そして昭和平成バブルと、幾多の災害や破壊に改造の生贄とされ、視覚から抹殺された川跡を探り都市の記憶をたどる一冊である。因みに表紙の地図は図説・明治の地図で見る鹿鳴館時代の東京でも用いられた参謀本部陸軍測量局『五千分一東京図測量原図』(明治9年〜明治17年)の「東京府武蔵國京橋区木挽町近傍」汐留付近である。そういえば日本地図センターから復刻版・参謀本部陸軍測量局『五千分一東京図測量原図』が出ると云うつぶやきを聞いたような...こんなものもあるし...期待したいのだ。
内容
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第一部 都心部を流れる神田川をたどる
第一章:江戸から昭和までの記憶が残る神田川
江戸・東京の「母なる川」神田川
隅田川への水路としてできた御茶ノ水
神田川に栄えていた河岸
日本最古の都市上水道・神田上水
松尾芭蕉と神田上水
江戸川公園と小石川後楽園に見る面影
江戸の六上水
第二章:消えた神田川の支流
三業地に谷端川の面影を見る
千川通りと『太陽のない街』
紙すきで知られた音羽川
池袋の地名と関係する弦巻川
歌舞伎町を流れていた蟹川
田安家下屋敷あたりから流れていた紅葉川
神田川との合流地点が移動した妙正寺川
桃園川と吉宗との関係
農業用水として利用された神田川笹塚支流
第二部 若者の街・渋谷に流れていた川
第三章:喧騒の街を流れる渋谷川
渋谷駅東口に見える渋谷川は潅漑用水だった
大岡昇平と渋谷川
生活排水路へと変わる
参道橋とキャットストリート
明治神宮内の清正井と南の池も水源
渋谷川に合流していた代々木川
新宿御苑内の泉池も水源
渋谷川に合流するイモリ川
忍者の組屋敷脇を流れていた川?
第四章:渋谷センター街も川だった?
水音が聞こえてくる宇田川遊歩道
水源は幡ヶ谷近辺の湧水
大岡昇平と宮益坂、道玄坂
宇田川橋と代々木練兵場
大名屋敷の池は水源になる?
水源の池があったとされる旧山内侯爵家
暗渠化された河骨川の光景
東京オリンピックが暗渠化を進めた?
第三部 水の都・江戸の面影を求めて
第五章:水路が張りめぐらされていた街をたどる
銀座界隈は「日本のベニス」だった
家康の江戸入府と道三堀
日比谷は海だった?
数寄屋橋の下を流れていた外濠川
外濠川の現在
江戸の外湊と内湊をつないだ日本橋川
日本橋川の河岸
高速道路に変わった楓川
楓川周辺には木材関連の町が集まる
八重洲通りは紅葉川の跡地
防衛施設だった八丁堀
外濠とともに開削された京橋川
河岸が果たした役割
三原橋が架かる三十間堀川
築地地域を囲む築地川
江戸のメインストリートにつながっていた西堀留川
東堀留川に架かっていた思案橋とは?
吉原遊廓を囲む浜町川
消えた歓楽地、中洲をつくる箱崎川
大名屋敷のあいだを流れた稲荷堀
江戸湊の中心にある亀島川
酒問屋街を流れる新川
新島原の廓堀だった入船川
埋め立てが繰り返された龍閑川
お玉が池と藍染川
溜池の排水路だった汐留川
付録 江戸・東京の川跡を歩くヒント
谷・田・窪・沢・瀬などの地名に注目
公園などの都市施設や公共施設に注目
道路になったケースがいちばん困難
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全貌ウィキリークス
早川書房刊
書籍版1890円、Voyager Store:電子版800円
ウィキリークスの情報開示報道に協力した独・シュピーゲル誌の二人の記者によるウィキリークス創始者で、或る意味に於いて時代の寵児と呼ぶに相応しいジュリアン・アサンジの伝記『全貌ウィキリークス』を発行日の2月10日にVoyager StoreからiPadにダウンロード購入した。
そして本書の国内発売に合わせたかのようにウィキリークスのNo.2でアサンジと袂を別ったドイツ人ハッカーのダニエル・ドムシャイト-ベルグ が書いた暴露本「ウィキリークスの内幕」の記者発表が翌日の国内メディアに一斉に掲載されていた。米軍の機密情報の公開方法を巡る二人の確執は本書にも書かれている事で周知の事実の様であるが、米国追従型談合メディアは相も変わらずハニートラップ疑惑付き下半身スキャンダルの容疑者としてのアサンジしか報道対象としていないのが...米国保守メディアと同じでなんだかである。豪州のアナーキーなハッカーと云う認識が一般的と思えるジュリアン・アサンジだが、その生い立ちを知ると...成程と、ダニエル・ドムシャイト-ベルグとの確執が起きても当然と思える。そしてパーソナル・コンピュータの黎明期と共に少年時代を過しハッカーと成長したアサンジがウィキリークスを創設したのも自然な流れだろう。もしも、アサンジがやらなくても他の誰かがウィキリークスを創ったのではないだろうか、その意味で彼は時代が生んだ寵児なのであろう。
追記:コラテラル・マダー へのリンク等追加
上図:第四章の『コラテラル・マダー (Collateral Murder)』イラク民間人爆撃ビデオ
『民は之に由らしむべし之を知らしむべからず』
日本に限らず程度の差こそあれ...為政者は...似たようなものであるが...それもネットの力で...新たな局面を迎えていることは間違いない。ウィキリークスがその魁であってもデジタルデバイドによって情報から排除される人々の存在も少なくない...それも現実だ。
我々は新たにネットを含めてメディア・リテラシーの能力が必要とされている時代に居ることを認識しなければいけない。
東京今昔歩く地図帖
彩色絵はがき、古写真、古地図でくらべる
学研ビジュアル新書
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副題の通り、彩色絵はがき、古写真、古地図で江戸東京の過去と現在の風景を見比べる本である。似たようなテーマによる書籍は今までもあったが、ポケットに入るハンディな新書は初めてかも知れない。それが長所でもあり、内容の薄さと云う欠点にもなる処が難しく、何処に行くにも持って出掛ける必携の書とは成りえないのが残念である。何れこうした類いの本は電子書籍に置換わる可能性が大きいと思える。
黒い都知事 石原慎太郎
記者クラブ制度に甘んじ、権力に阿るマスメディアしか存在しない国に住む我々はなんと不幸なのだろう。
本書で語られているのは特に目新しい事ではないが、関係者への取材を積み重ね事実を浮かび上がらせる、ジャーナリズムが本来持つべき地道な行動力によって得られたものであることは間違いないだろう。それは第1章で語られている大手ゼネコンとの癒着が故・新井将敬氏への人種差別的選挙妨害シール事件(参考文献・代議士の自決―新井将敬の真実)まで溯って追求されていることからも伺える。
石原都政の12年間とは何だったのか...都民はもう一度冷静に考え直す必要が求められている。それは彼の男根中心主義に根ざすキャラクターと失言・問題発言を批判するだけでなく、本書腰巻に書かれた事がより重要なのである。
追記:豊洲新市場予定地液状化見学をさせない東京都
内容--------------------------------------------------------------
第1章 羽田空港国際線オープンの黒い霧
国際線就航の背後で蠢いた黒い利権
石原人脈「鹿島建設」と住吉会を結ぶ点と線
D滑走路の工事でなぜ大量の「産廃」を投入した?
…他
第2章 錬金術にまみれた「築地市場移転計画」の陰謀
最大最悪の“土壌汚染地帯”に移転させたい“胸算用”
基準値のなんと1000倍を超える発がん性物質を検出
東京五輪招致との「抱き合わせ」計画
…他
第3章 “石原一家”と闇の勢力に喰われた「新銀行東京」
1000億円をドブに捨てた「石原銀行」
「口利き案件リスト」の真相
暴力団とタッグを組んで不正融資を仕組んだ元行員
…他
第4章 幻の「東京五輪」で儲けまくった面々
疑惑の明治神宮外苑再開発計画
JOC理事・森喜朗元首相の暗躍
大嘘だった「カネのかからないオリンピック」
…他
第5章 「東京再開発」に蠢く土建バブルの亡霊
森ビルと「マッカーサー道路」をめぐる利権話
秋葉原再開発――鹿島建設の開発計画に合わせて都市計画が変更される
鹿島と東京都政――ズブズブの関係の動かぬ証拠
…他
第6章 東京のカネはオレのカネ!?――税金私物化の唖然
画家としては無名の4男・延啓氏を重用しまくりの謎
「聖域」だから許されるTWSの乱脈運営
共産党都議団に暴露された「密室の宴会政治」
…他
第7章 福祉絶望都市に栄える「強欲福祉ビジネス」
都立病院たたき売りと石原都政の下心
不透明な入札が目立った都立病院のPFI事業
偽装請負がなければ成り立たなくなった病院
…他
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参考
楽しくわかる!住宅工事現場写真帖
古川 泰司著:エクスナレッジ・ムック
昨年末、坂田明氏から伺った話で、海外公演旅行の際に余興で日本の伝統的歌謡を独唱すると場が盛り上がり、大体の国では受けるそうだが、中にはシラーとして全く受けず、逆に怪訝な顔をされる場合もあるそうである。何故か?といえば、その国では歌は一人で唄うものでなく皆で唄うものなのだそうだ。その話を聞いて『じゃぁソバヤを唄えば受けたかも知れませんね。』と言うと、坂田氏は『そうだね。』とソバヤのサワリを唄ってくれた。坂田氏の分析によれば職能が未分化な地域で共通するリアクションと云うことである。
近代化によって職能の分化がもたらされ、現代はその職能も更に細分化され、自分が従事している職能でさえも、その産業の全体像を捉えることは、もやは困難な時代となっている。住宅建築もその例外ではなく嘗て農村地域では村を上げて農家の新築や改築、そして茅葺き屋根のの葺き替えをしていたが、そうした農家でさえも今日では商品化住宅によって建替えられているのが現状だ。
話は大幅に逸れてしまったので本書に戻ろう。古川氏が再三Twitterで呟いていたメインタイトルの「住宅工事現場写真帖」だけでは、その内容が何のことやら想像できず、伝わり難いが、本書を手に取って見るとタイトルの脇に添えられた"Half-Build Handbook"の文字に合点し、そこに著者の思いが込められているように思えた。恐らくはタイトル決定まで著者と編集者、それに営業企画の間で喧々諤々とした話し合いが行われ、それぞれの意見を取り入れた結果、背表紙に副題、表紙カバーにキャプションやコンテンツを入れたと想像するのだが...さて真相は...如何に。
そんな深読みをするまでもなく、本書で最も多くの頁を割いているのが"Half-Build Handbook"に相応しい、床、壁、家具による、いわゆる内装工事にも分類できる工事区分である。これは新築でなくても、中古マンションや、中古住宅を自分の手でリフォームしたいという潜在的なニーズに応えたものであろう。いきなり自分の手で建築工事の何から何まで...セルフビルドでは余りにも敷居が高すぎて、尻込みしてしまうが...床の張り替え...とか壁の塗り替えの...ハーフビルドなら自分でもやってみたいと思う方には...最適な本である。
住宅は世界の至る所に遍在しているものである。見本となるものは幾らでもある。我流だろうが独学であろうが、自分で作ろうと思い立ち...研究心と根気さえあれば...誰でも可能性はある。必要なのは子供の頃に...秘密基地を作った...あの時の冒険心だけである。
aki's STOCKTAKING:住宅工事現場写真帖
からだにおいしい魚の便利帳
藤原昌高・著/高橋書店・刊(1400円+税)
二年前にエントリーした「からだにおいしい野菜の便利帳」の続編である。前回同様に郵便局と銀行に行ったついでに、本屋に立ち寄ると平積みにされている「からだにおいしい 野菜の便利帳」と並んで置いてあった。今まで気付かなかったけれど、どうやら今年五月末に刊行されていたようだ。
そういえば、いつだったかスーパーに珍しく鰰(ハタハタ)が置いてあり、買ったは良いが調理法が分からず、生憎と魚醤も無く適当に鍋物にして誤魔化して食べたけど、本書でもやっぱり「しょっつる鍋」が鰰の王道のようだ。
それにしても日本は海産物に恵まれている。そんな国に住んでいるのだから、切り身ではなく、やっぱり魚は一尾丸ごと料理するのが本当だろうな...と頁をめくりながら思う今日この頃である。
さて『iPadでつくる「究極の電子書斎」 』の著者・皆神氏の様に蔵書一万冊を切り刻んで電子書籍化しまう猛者(尤もウィキペディアによれば此の吾人、本業は会社員と云っても新聞社勤務とか...)も居るようだが、其処まで割り切れない者や、自炊を始めたばかりの者は何から手に付けて良いか、正直迷う処がある。取り敢ずは雑誌の類いから仕分け、新書や文庫本の類いは買ったばかりの本や読もうと思って積読状態にある新しいものから自炊に掛けようと思う。そのうち単行本でも躊躇うことなく切り刻んで自炊するようになる自分の姿を想像する。そうすれば自炊する必要性が感じられない本を仕分けすることもでき、古本として処分するのに躊躇しなくなるのではないかと思うのであるが...さてさて...。
ところで、2010年9月5日放送のTBS系列『夢の扉・最先端のロボットを作り続けたい』が興味深かった。東京大学工学部・石川小室研究室の石川正俊教授による高速視覚情報処理を応用した「ブックフィリッピングフォルダ」は書籍をバラすことなく、パラパラと頁を捲る間に情報を読み取り画像補正処理までしてしまうそうだ。
石川教授のMy Goolは『2020年:世界が驚く高速の目を持ったロボットを20以上、実用化する』と云うことで実用化にはまだまだ...の様である。しかし10年なんてあっという間、さてその発明が一般消費者の手が届くものになるか否か...楽しみであるが...。

+
と云うことで著作権の問題も考えなければいけない。基本的に著作権法第三十条の法的に許された「私的使用のための複製」の範囲を逸脱してはいけないのである。つまり自分が読む書物は自分でスキャニングして電子書籍化しなければいけない。つまり、それが『自炊』である。であるから素材が自分の物であっても調理を他人に頼んだり、隣人から「おすそ分け」を譲り受けたのでは『自炊』とはならないのである。また、その場所は自宅とは限らず、木賃アパートや湯治場の共同炊事場で調理道具を借りても自分が食べる物を自分で作れば『自炊』と云う解釈になるであろう。
因みに「初めての自炊...」で取上げた絶版の「Macintosh Desktop Architecture Guide」は著作権者なので無問題。
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スキャニングが終ったPDFはAdobeAcrobatPro. で「しおり(目次)」を付ける。此の時、テキスト認識をしてあると、PDFからテキストのコピー&ペーストが可能となるので、タイピングする手間が省ける。
GoodReaderに取込んだPDFを他のAppで読むにはManage FilesでPDFを選択してから「Open In...」をタップする。
選択したPDFにポップアップ表示されたリストから目的のAppをタップするとGoodReaderが終了して目的のAppでPDFが開かれる。
i文庫で表題や開き勝手(縦書き/右開き)を設定する。
i文庫ではAdobeAcrobatPro. で設定した「しおり(目次)」は「しおり」ではなく「索引」となる。i文庫はPDFの見開き表示ができるので、より自然な読書スタイルが可能である。
そんな訳で『"iPad Night"「iPadってどうよ」』の続きとして『iPad afternoon 自炊の作法』なる、緩いワークショップを企画しているので、日時等が決まれば改めてエントリーする予定なのだ。

と云うことで前エントリーで紹介した新書『iPadでつくる「究極の電子書斎」 』でも自炊のマストアイテムとされているPLUSの手動断裁機PK-513LとFUJITSU ScanSnap S1500M
を用いて自炊するのだが、先ずは書籍なり雑誌を切り刻むことから始めなければいけない。しかし闇雲にギロチン台(断裁機)に掛ける前に、やはり本の構造を知っておかねばならない。と云うことでデザイン解体新書を引っ張り出し「第5章 本のつくりを知る」を読み、或いはネット検索から製本に関する本の各部名称と綴じ方の基本を押さえ、製本別に本の解体方法を考えなければいけない。「中綴じ」や「平綴じ」による製本の解体ではステープラーで綴じられた針金を外す専用のステープルリムーバー等も必要になる場面もあるようだが、週刊誌程度ならステープラー(ホチキス)の尻に附いている爪のようなリムーバーでも良いだろう。肝腎なのは裁断する前に針金を外しておくことである。PK-513Lは赤色LEDのカットライン表示機能により切断位置の目安を付けられるが、やはりスケールで本のサイズを測り、裁ち落とす「背表紙」と「ノド」部分を何ミリにするか計算して固定ガイドのルーラーに移動ガイドを合わせ、糊付け部分に刃が当ったり、糊付け部分を残さないように正確に「断ち位置」を決めた方が良いだろう。尚、PK-513Lが一度に裁断できる能力は厚さ15ミリ以下、コピー用紙で160〜180枚程度だから頁数で云うと320頁程度だろうか。

と云うことでScanSnapに一度にセットできる紙は50枚、両面スキャンで100頁分である。蓋を開けると自動的にスィッチが入り、紙をセットしてブルーに光るボタンを押せば直ぐに推奨モードのスキャニングが始まるのであるが、その前にScanSnapManagerで画質やら何やらの設定を行なうこと。
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Mac OSの場合はDockに置かれたScanSnapManagerを選択してメニューバーから上図の設定ダイアログを画面表示する。50枚を超えて分割してスキャニングする書類は「継続読み取りを有効にします。」をチェック。

読み取りモードから解像度の選択。

カラーモードの選択。

読み取り面の選択。

読み取りモードのオプション設定。
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ファイル形式からテキスト検索可能なPDFにするためにOCRを掛けるか否かの設定をする。
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スキャニングが終ってからテキスト認識するのに多少の時間を要する。
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ファイル名を付けて指定した場所に保存する。
ローカル、ネットワーク、MobileMeとクラウドサービスにも対応している。

と云うことで解像度とテキスト認識を設定した場合を比較するために幾つかテストしてみた。
192頁程度の新書で上から「スーパーファイン・グレイモード・テキスト認識付き」「スーパーファイン・グレイモード」「スーパーファイン・白黒・テキスト認識付き」「ファイン・グレイモード・テキスト認識付き」「ファイン・グレイモード」の順、「テキスト認識付き」で1.5MB程増えるだけである。
「スーパーファイン・グレイモード(300dpi)」
まぁ、使う本人が自炊する訳であるから、味付けは素材(写真の割合・カラーとモノクロ)と本人の「お好み」で決めれば良いことだろうが、多少の時間は掛かっても「テキスト認識付き」にしないと電子書籍化する意味が無いように思える。(自炊の作法...3に続く)
自炊の作法...と云っても単身赴任者の為にフライパン一つでクッキングとか... ではなく、大根の代わりに書籍を切り刻んでスキャナーに掛けて電子書籍化するあれである。
と云うことで蔵書一万冊を切り刻んで電子書籍化してしまった著者が書き下ろした新書・『iPadでつくる「究極の電子書斎」 』である。『蔵書はすべてデジタル化しなさい!』と檄を飛ばす著者の教えに従い、買ったばかりの本書を2/3程読んだところで断裁機に掛け、切り刻み電子書籍にしてみた。著者とすればこれが本望であろう。蔵書すべてデジタル化するつもりはないが、何事もやってみないと分からないし、また考えも変わるかも知れない。
『iPadでつくる「究極の電子書斎」』
著者は前書きで
『....そこでこの木は、世に現れてきてくれないのなら、いっそのこと自分たちの手で電子書籍を作ってみませんかという、自力でのデジタル書籍作製をすすめる「ドゥーイットーユアセルフ電子本」なのである。...中略と言ってるように『自炊の作法』について語られている様である。
....愛書家の端くれである我々は、増え続ける本の置き場に、ほとほと困りきっていた。木の置き場にどうしようもなくなってしまった皆神が、9年前に「蔵書全デジタル化計画」をぶちあげ、以後飛鳥田と競うようにして、せっせと蔵書のデジタル化を進めてきた。.... 』
第1章 蔵書はすべてデジタル化しなさい
知らぬうちにメジャーになっていたスキャン文庫元年 14
「自炊」経験は2割? 21
日本で一番多くの本を持って出勤する男・通勤用iPad読書のすすめ 25
引っ越しと本のシャッフル 36
同じ本を2度買わないための秘技 41
スキャン文庫進化の道のり 44
三日坊主のデジカメ法 58
究極の一冊「ラスト・ブック」60
第2章 蔵書デジタル化の実践スキャン文庫の作り方
これですぐ始められる--三種の神器とデジタル化手順 66
アクロバットで大丈夫か 70
本は切ってもいいのか? 71
情報は軽くなることを望んでいる 74
裁断機で効率的に作業する 76
スキャナのいち押しと使い分け 77
フラットベッドスキャナの活用シーン 87
日本語変換は、グーグルで決まり 89
データバックアップのすすめ 90
○コラム【気になるファイルサイズ】 92
スキャン文庫は安全なのか? 93
「地震で本の下敷き」は冗談ではない 95
スキャン文庫と法律的問題 98
スキャン文庫と費用 101
第3章 デジタル蔵書とiPadで変わる読書スタイル
電子書籍は読むに堪えるのか? 106
・iPadかキンドルか? 109
キンドルは日本語が苦手? 113
・iPadでどうやって本を読む? 117
見やすく上下空白を切る 129
○コラム【お風呂で・iPad】131
○コラム【iPadで電話】132
第4章「究極の電子書斎」の活用術
スキャン読書術、整理術 136
パソコン以前の整理術の歴史 138
情報の標準化と集約の狙い 142
パソコン時代の整理術 143
探しものは最後に見つかる146
諏訪方式の徹底148
類書がいっぱいどうしよう151
「紙との戦い」を制する スキャン峙代の整理術 152
ライフログヘの準備 155
全文検索のパワー 157
メモリーヘのダウンロード 160
OCRの精度と限界 162
○コラム「愛書家・作者・出版社への弁明」163
○コラム【文化人たちの蔵書の行方】164
第5章 同時に1000冊を読む!「ギガバイト読書術」
ギガバイト読書術のツボ 168
ポータブル書斎 171
蔵書を守る 173
スキマ時間は読書タイム 176
読む場所としての三上 179
読書と作業場所 180
ネット情報と書籍 182
おわりに 185
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まぁ、人によって考え方には差異があるだろうが...共通するのは書棚が不足していると云う物理的な問題が大きい。それにAmazon Japanができ、和書を扱うようになってからお気楽に本を買ってしまうことも書棚不足に拍車を欠けている。それはさておき、先ずは新書のカバーを外して断裁機に掛けるとしよう。(自炊の作法...2へ...)
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6月に発売された7月号を以て"Swing Journal" 休刊となったが、その後、同じ編集スタッフで新たなジャズの雑誌が8月に創刊されると聞いていたがすっかり忘れていた。ふとしたことから思い出し自分のエントリーで確認しネット検索してから、昨日の夕方買い物ついでに本屋でJaZZ JAPANを買ってきた。雑誌のスタイルも執筆者も"Swing Journal" と殆ど同じ、発行がヤマハミュージックメディアに変わったことくらいでしょうか。相変わらず広告は少ないようで、往年の"Swing Journal"と新建築は本文よりも広告の方が多かった...なんて若い人には信じられない話でしょうね。そんなコンサバティブな紙媒体に大した変化はありませんが...変わったのは見ての通りiBookに対応した"JaZZ JAPAN"の電子書籍版(ePub-File)と紙媒体の併存です。無料の電子書籍版はインタビュー記事とCDレビューの一部、それにコンサート情報だけですが、広告が既存メディアからネットに移行している現在、これから無料の電子書籍版に如何にスポンサーを付けるか経営手腕が問われそうです。
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音楽家・高橋悠治氏のサイトのリンクからRSSでチェックするようになった『Blog:水牛だより』に「片岡義男さんの『時差のないふたつの島』を青空文庫で公開した。」と書かれていた。著作権のある作品を著者みずからの意思で公開するのは希で、その経緯は水牛だよりの以前のエントリー書かれている。
iPadのi文庫に直接取込もうとi文庫の新着本を更新してもリストには表れないので、リンク先の青空文庫の作家別作品リスト:No.1506 片岡 義男からテキストファイルをダウンロードしてi文庫で読む事にした。iPadへのデータ転送はiTunesとの同期ではなくWi-Fiとi文庫でサポートしているDropboxを用いた。尚。著作権の切れていない作品については「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」を尊重しなければいけないが、比較的新しい作品をこうして、i文庫でも読める事を作家並びにボランティアの方々に感謝したい。
四年前にトムズボックスより発行された絵本作家・たむらしげるのFlip Book、つまりパラパラ漫画がiPhone Appになって戻ってきた。因みに印刷された三冊のFlip Bookは限定1000部で定価600円のコレクターアイテムとなっている。iPhone Appの方は引き続き英語、フランス語版がリリースされるとのこと...。

iPhone Appにはリバースもあって、いわゆる逆回転もできる。しかしサウンドは無いのでiPodで手使海ユトロ作曲のサントラ盤「銀河の魚 URSA minor BLUE」を聴きながらパラパラ捲ると良いかも。
と云うことでリアルな三冊のFlip BookとiPhoneに二冊の豆本とあたしも手伝った『PLAN』もまぜてトムズボックス・ブラザーズの記念写真。
本屋の店頭で平積み乃至は表紙を正面に立て掛けされている雑誌でiPhoneやiPadを表紙にしている雑誌とムックだけを数えたら18冊あった。書棚に収められた書籍雑誌ムックを数えれば更にその数は増えるだろう。
そうした中にWindows系の雑誌を発行している晋遊舎と云う出版社から、その名もズバリ"All About Apple "なるムックを見つけた。手に取ってページを捲ると内容もしっかりして、ブームに便乗した唯の急ぎ働きではないようだ。奥付を見ると今秋"MACLIFE"復刊とある。なるほど、それで元MACLIFE編集長の高木利弘氏の証言記事があったのかと合点!と云うことで...新装"MACLIFE"のパブリシティーを兼ねたパイロット版の様である。
東京人8月号は『特集:東京の川を楽しむ』と云うことで、表紙はいまや定番アングルとなった北十間川から見たスカイツリー。
それで14〜15頁の見開きに『東京の川マップ』なるものがあり、その左下に『東京の河川と水系』の全体図があるのだが、その中で『境川』の表記が紛らわしい。この図を見た限り『境川』の位置関係を知らない読者は多摩川水系の浅川の支流と勘違いしても仕方ないだろう。『境川』はその名の通り、東京都町田市と神奈川県相模原市の都県堺を流れ、大和市から南下し片瀬江ノ島の西海岸で相模湾に注ぐ川であり、河口付近では片瀬川と呼ばれているのだが...これは誤解を招く地図である。この地図で表記してある境川の位置は湯殿川、八王子市と町田市との市境が多摩川水系と境川水系との分水嶺となる。因みに湯殿川の西が高尾山の麓を流れる案内川、その北が北浅川で...。とは云うものの、川好きには押さえておきたい東京人8月号。
『20歳のときに知っておきたかったこと・スタンフォード大学 集中講義』の三章分がiPadのBooks用書籍データとして無料で読めると云うニュースは知っていたが、そのデータを何処からダウンロードすれば良いかは、そのニュースにはなかった。
今日、偶々、GoogleReaderをiPadにシンクロすべく再構築しようと阪急コミュニケーションズの"e-days"のサイトを訪れると、"e-days"は3月末で廃刊されたようだが電子書籍(ePubファイル)無料ダウンロードキャンペーンの頁があった。日本語で読める「iBooks」は未だ揃っていないので、試し読みすることに...
iBooks1.0(左)とiPhone用のiOS 4のリリースに伴いアップデートされたiBooks1.1(右)、新たにメモ機能で書込が可能になっている。どうやらPDFの対応はiPadがiOS 4に対応してからのようだ。訂正:PDFはiTunesLibraryのブックにドラッグ&ドロップした後、iPadの「ブックを同期」から同期すればiBooksで読めました。
川の地図辞典 多摩東部編
私は『川の地図辞典 多摩東部編』の333頁の圏外に住んでいる。と云うことで『川の地図辞典 多摩東部編』出版記念ウォークの前日に以前より気になっていた湯殿川の上流域を歩いてみた。子供のころ川遊びした淵は館ケ丘団地の建設に伴う町田街道の付け替えで、遠の昔に無くなってしまっている。また現在は圏央道八王子南I.Cに繋がる八王子南バイパスのトンネル工事やら、更に湯殿川上流域の河川整備も工事に着手する等、既に往時の山里の風景を偲ぶものは何一つ残されてない、と言っても言い過ぎではないだろう。尤もガキの頃は川の名も知らず、ましてや川の名の由来が出羽三山の湯殿山にあった等とは知る筈もない...。
さて、1947年の米軍による空撮写真とGoogleMapの空撮写真を比べるとこの半世紀の間にどれだけ地形を痛めつけてきたか一目瞭然である。GoogleMapの空撮写真も未だ八王子南バイパスのトンネル工事等が撮影されてなく最新の物ではない。1947年の湯殿川の上流域の谷戸に見られる建造物は恐らく旧日本陸軍浅川地下壕の工事関連施設の様だが、既に資材運搬用のトロッコ線路は撤去されていると思われる。私の家族が八王子の山里に越してきたのはこの空撮写真の10年後1957年のことであるが、未だ町田街道に沿ってトロッコ線路跡のような窪みがあったのは憶えている。湯殿川上流域の谷戸は拓殖大学八王子キャンパスによって地形の原形を留めることなく無残にも埋められ、現在では旧町田街道に湯殿川上流域を示す標識が立っているだけである。(1947空撮写真の左下丸印)子供の頃、この谷戸に探検と称して一二度分け入ったことがあるが、人家もなく、小学生だけでは些か心細いものがあった。当時の町田街道は舗装もされておらず、浅川駅(現高尾駅)から相原へ行くバスが一時間に一回程度通るだけで、田舎道を西部劇の駅馬車の如く砂塵を巻き上げて走ってくる姿は遠くからも目に付き、中村メイコ唄う『田舎のバス』そのままに、デコボコ道をガタゴト走ってきたものであった。1947年空撮写真の二つの丸印の間が私が子供の頃に遊びに行った湯殿川の流域である。遊び半分で鮠(ハヤ)釣に行っても、釣れるのはオババドジョウか、赤黒金魚と面白がって呼んでいたイモリくらい。夏休みにイチドンブチとか言っていた淵で川遊びをしたのは、せいぜい中学生位までだろう。
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GoogleMapにGoogle Earthと同じ3D機能が附加されたので拓殖大学八王子キャンパスによって立ち入ることができない湯殿川上流域を想定してみた。旧町田街道から入った湯殿川の谷戸は造成工事で潰され谷口に調整池が設けられ、キャンパス内の湯殿川は暗渠化されていると思われる。谷頭となる沢の上流には入れないが、湯殿川の分水嶺は八王子と町田市相原地区との市境となる、町田市相原地区と神奈川との県境には境川が流れ下流は片瀬川と名前を変えて江ノ島付近で相模湾に注いでいる。分水嶺によって東京湾に注ぐ多摩川流域とに分かれ、その違いは大きい。
上の空撮写真より下流の北野街道に沿って蛇行して流れていた湯殿川は河川整備によって真直ぐに付け替えられた。多くの動植物が犠牲になったであろうが、羽を持つ生き物は生き長らえたようである。それにしても、元の川跡はどう利用されるのだろうか。
京王片倉駅ホームから湯殿川下流域の谷地を望む。この風景から人家を消すと、多摩の横山と詠んだ万葉の古人の心にふれられるような気がする。1967年に京王高尾線が開通した当時は人家も少なく谷地に水田も広がり、ここから眺める富士は私の好きな景観の一つだった。その頃から多摩丘陵にブルドーザーが入り込み、赤土の山肌にクレーンや杭打ち機が林立する異様な光景が見られるようになった。田中角栄が日本列島改造論を発表する五年前である。
VectorworksではじめるCAD 2010/2009/2008対応
と云うことで前書・VectorWorks12ではじめるCADから略三年半ぶりに改訂版を上梓致しました。2008年1月のVectorWorks2008の発表から一年毎のアップデートが決まりVectorworks2009の発表会も同じ年の12月に行われ、一年後の昨年12月にVectorworks2010の発表会があり、今年1月に製品がリリースされると云うように慌ただしい限りで、出版もそれに振り回された感があります。それで何が変わったかと申しますと、パッケージの見た目で云えば『VectorWorks』が『Vectorworks』に変わっていると云うことでしょうか。Version2008の頃からCEOであるショーンのスピーチによれば、これからはBIMを標榜するらしく、と云うことで全て変数によって情報を支配制御する方向に向かって製品開発がシフトしていることは確かで、異なるパッケージによる製品の差別化にもそれは反映しているようです。一方、未だにプレゼンのドローイングをAdobeのillustratorで描くと云う極端な人もいて、今更...化石のような図面を描いても...と思いますが...かと言ってデザインプロセスのアルゴリズムも確立しないで、いきなりBIMもないでしょうね。
それからVersion2010からはIntelMacだけの対応となりPowerMac G5は切り捨てられ...お蔭でハードウェアやらAdobeのCS4やらにも...でした。
世界権力者 人物図鑑
著者は植草一秀氏と共に「売国者たちの末路」を上梓した副島隆彦氏だ。何て云うか、揃えも揃えたりのグラビア顔写真と実名による『世界悪党人物図鑑』でもある。出版の動機付けは、民意で成立した民主党政権を転覆させようと企てている、官と癒着した談合メディアによる情報操作に対する憤りであろう。戦後日本に於ける、CIAによるメディア・コントロールは米国の公文書で明らかにされたように既に周知の事実となっているが...臭いものに蓋で...談合メディアが自らの過去の行為を公表し襟を正す事はなく、益々劣化するばかりである。本書を上梓した副島隆彦氏は後書きで次のように記している。
『この本をだしたあと、私に何が起こってもいい。その覚悟はしている。私の遺言書のような良い出来の本である。日本国民への私からの贈り物だ。
........中略......
世界を裏から支配する「闇の世界権力」など存在しない。彼らは堂々と表に出ていて、思う存分、各国に愚劣なる政・官・財・電波(メディア)を育て、かつ操っている。日本もその例外ではない。
人間の顔は真実を語る。世界の超大物たちのワルい顔にこそ味わいがある。これが、私たちが生きている今の世界である。』
まさにその通りだろう、ゼネコンの談合以上に悪質なのが大本営発表の記者クラブに胡坐をかいたメディアによる談合であろう。彼らにゼネコンの悪口を言う資格はない。報道番組でしたり顔で物言う帝国の手先に公共の電波を提供するメディアはどこまで卑屈になれば気が済むのだろうか。...最近、Akiさんが、ある新聞の購読を止めたそうだが...その新聞を堕落させた男と影で操る男の写真も、もちろん...でている。それよりも、なによりも副島隆彦氏の御無事と御健勝を祈るばかりである。
目次
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はじめに
第一章 世界権力の頂点 世界帝国アメリカを支配している者たち
1:ロックフェラー家に選ばれたオバマ大統領 バラク・オバマ
2:ヒラリーが次の大統領になる ヒラリー・クリントン
3:この男が死ぬまで"世界皇帝" デイヴィッド・ロックフェラー
4:ジェイが小沢一郎を守ろうとするが... ジェイ・ロックフェラー
5:石油の発見とロックフェラー財団 ロックフェラー家
6:ロックフェラー家が握った世界覇権 ロックフェラー家
7:共和党まで乗っ取ったロックフェラー ネルソン・ロックフェラー
8:"隠し子"だったクリントン元大統領 ウィンスロップ・ロックフェラー
9:オバマを"世界皇帝"に推薦した男 ズビクニュー・ブレジンスキー
10:次の大統領はヒラリー・クリントンと男 ビル・クリントン、ジョゼフ・リーバーマン
11:ミシェル・オバマは立派な奥様 ミシェル・オバマ
12:ブッシュの愛人兼、教育係だったライス コンドリーザ・ライス
13:米財界人2世ボンクラの星だった ジョージ・W・ブッシュ
14:日本金融占領の実行部隊長だった若造 ティモシー・ガイトナー
15:老骨に鞭打って出てきた皇帝の直臣 ポール・ボルカー
16:"ネオコン"よりも恐ろしいユダヤ人 ラーム・エマニュエル
17:"エコロジー"を牛耳る主要閣僚 キャロル・ブラウナー、スティーブン・チュー
第二章・ドル覇権の崩壊 ドル崩壊に直面する金融・財界人
18:高橋是清を研究したFRB議長 ベンジャミン・バーナンキ
19:石で追われたわけではない巨匠 アラン・グリーンスパン
20:ついに金融恐慌の責任を認めたルービン ロバート・ルービン
21:"マッカーサー元帥の再来"の末路 ラリー・サマーズ
22:本音をもらしたノーベル賞経済学者 ポール・クルーグマン
23;"冷や飯食いのはぐれ者"経済学者 ジョゼフ・E・スティグリッツ
24:"反デイヴィッド連合"を組む2大富豪 ウォーレン・バフェット、ビル・ゲイツ
25:巨大な金融八百長市場を今も操る男 レオ・メラメッド
26:アメリカ金融バクチ経済学の創始者 ミルトン・フリードマン
27:金融危機で大損した大投機家たち ジョージ・ソロス、ジム・ロジャース
28:"世界皇帝"の金融実働部隊長は失脚 サンフォード・ワイル
第三章・欧州とBRICs アメリカに処方案を突きつける指導者たち
29:これからの世界を動かすBRICs(ブリックス) BRICs
30:巻き返しを図る欧州ロスチャイルド ジェイコブ・ロスチャイルド、ナット・ロスチャイルド
31:ロスチャイルド家の"内紛" イブリン・ロスチャイルド、ダヴィド・ロスチャイルド
32:アル・ゴア自身が『不都合な真実』 アル・ゴア
33:"チャイニーズ"ポールソンは去った ヘンリー・ポールソン
34:早くから中国に賭けたメディア王 ルパート・マードック
35:中国を豊にした鄧小平が偉い 鄧小平、毛沢東
36:あと3年はこの善人指導者たち 胡錦濤、温家宝
37:アメリカとつながるワルの指導者たち 江沢民、曽慶紅
38:次の"世界覇権国"は中国である 習近平、李克強
39:ロシアが目指す"新ユーラシア帝国" ウラジミール・プーチン、ドミトリー・メドヴェージェフ
40:大きく隆盛するブラジルとインド ルーラ・ダ・シルバ、マンモハン・シン
41:世界はアメリカを見捨てつつある G20
42:欧州の中心である3カ国の指導者たち ニコラ・サルコジ、ゴードン・ブラウン、アンゲラ・メルケル
43:EU(欧州連合)は帝国になれるか ジョゼ・マヌエル・バローゾ、ジャン=クロード・トリシェ、ドミニク・ストロスカーン
第四章・米国保守とネオコン 激しく闘ってきたポピュリストとグローバリスト
44:"ドル覇権の終焉"を予言した下院議員 ロン・ポール
45:"地球支配主義者"と闘った立派な人たち ヒューイ・ロング、チャールズ・リンドバーグ
46:"ポピュリズム"を正しく理解せよ ウィリアム・ジェニングス・ブライアン
47:イラク戦争を主導した戦争の犬 ディック・チェイニー、ドナルド・ラムズフェルド
48:今や落ちぶれたネオコン思想家たち フランシス・フクヤマ、ポール・ウォルフォヴィッツ、リチャード・パール、ジョン・ボルトン、エリオット・エイブラムス
第五章・日本操り対策班 属国日本を狙い撃ちする帝国の手先ら
49:中川昭一朦朧会見を仕組んだ男 ロバート・ゼーリック
50:小沢一郎逮捕攻撃に失敗した謀略家 ジョゼフ・ナイ
51:安保問題で脅しをかける連中 リチャード・アーミテージ、マイケル・グリーン
52:竹中平蔵の育ての親はこの男である フレッド・バーグステイン、グレン・ハバート
53:金融・経済面での日本操り対策班 ジェラルド・カーティス、ケント・カルダー、エドワード・リンカーン、ロバート・フェルドマン
おわりに
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第四章に「"ポピュリズム"を正しく理解せよ」とあるが、昨年、民主党政権が誕生したとき、多くの談合メディアの幇間の如き保守系政治評論家たちが"ポピュリズム"が日本を駄目にすると言い放った。要は彼らも己の利権を保守したいだけ...その彼らによって...情報操作とも云えるネガティブキャンペーンが一斉に始まっている。なにがなんだかである...
と云うことで...テレビの傍に世界地図帳と一緒に揃えて置いておくと良い本かも知れない。
追記:ロックフェラーとの関係で、オバマ米大統領が就任演説で先住民族に対する謝罪の一言もなく、彼らを棄民として扱い無視したのか判ったような気がする。
それに第82回アカデミー賞でイラク戦争のアメリカ軍の危険物処理班を扱った『ハート・ロッカー』が主要な賞を独占し、前評判の高かったジェームズ・キャメロンの『アバター』が敗れたのも頷ける。
東京人3月号は特集『江戸吉原・part2』だ。三年前に刊行された「東京人2007年3月号・江戸吉原」の続編と云うことでサブタイトルは「聖と俗、光と影の人模様」と付けられ、対談は「遊廓と芝居『二大悪所』は江戸の夢」とくれば「吉原手引草」の作者・松井今朝子を置いて他はない。そういえば、もう一つの悪所であった猿若町は先日の第11回 浅草をブラタモリで、街の様子が放送されていたが往時を偲ぶモノは何一つ残されてなかった。悪所で見るのは徒夢...と云うことか。
因みに建築家・石上申八郎氏が『小唄と吉原情緒』を寄稿されている。そういえば、昨年「船橋ボックス」の見学会でお会いしたとき、小唄をiPodで聴いてると言っていたのを思い出した。
ところで、1月29日のポッドキャストで「きたろう(タレント/俳優)」が志の輔の落語の噺をしていた。何度聴いても私の耳が悪いのか、きたろうの滑舌が悪いのか、その演目が聴き取れないのだが、きたろうが言うには同じ演目を志ん生のCDで聴いたが、それよりも志の輔の方が面白かったと言う。きたろうが言うには志ん生の芸は引き算、志の輔は足し算、解説付きの噺だと言う。きたろうは私と同世代、高校時代から落研に居たという...らしいが...
それで、似たような話しが横浜・真金町で生まれた桂歌丸による「東京人 3月号」・「なんたって、廓の生まれですから。」にもあった。歌丸は廓噺一つ語るにも、演目の「お見立て」その言葉すらが通じないから、枕で、一言付け加えなければならず、昔は20分で済んだ噺が30分掛かるという。同世代の東京生まれでも、下町、山の手、郊外と生まれた地域で江戸東京の文化の残り香の差は大きい。世代が違えば更に広がるのだろう。特集『江戸吉原』の寄稿者も多くは60年代、70年代、80年代生まれの人達が文学的、文化的な研究対象として語っているのである。1970年代頃に吉原を語るのは往時を偲ぶ好き者のエロ爺と相場は決まっていたものだが、これも時代の変化だろう。
Newsweekの「大予測・2010年の世界はこうなる」だが、かなり編集者の希望的観測も含まれているようである。
その中でテクノロジー編のヘッドラインだけを列記すると...
1:アップルのタブレットが大人気に
2:マードックがグーグルと絶縁する
3:マルウェアがSNSを麻痺させる
4:スタバがあなたにつきまとう
5:アメリカでも携帯が財布になる
6:映画配信がブルーレイを阻む
7:ツイッター・ブームの勢いに陰り
8:フェースブックが株式公開
9:マイクロソフト、バルマー更迭
10:グーグル、独禁法裁判に
こうして見るとテクノロジーといってもIT関連だけ、情報を支配することだけは他国に譲れない米国を象徴しているようだ。因みにキーパーソンの4番目にもスティーブ・ジョブズが選ばれている。さて...アップルのタブレット発表はメディアによって既成事実とされているようだが...果たして1月26日に何が...あるのか...
昨年末からダラダラと...雑誌やら何やらを処分すべく...仕分け中...なのに古本を買ってきてしまった。おどろおどろしい表紙タイトルの雑誌は「日本六十余州・傳説と奇談」(日本文化出版社発行・昭和35年)とある。丁度半世紀前の1960年に出版された雑誌であるが、よく見ると...どこかの図書館に収蔵されていたものが処分されたらしく合本されていた跡があり、紙は劣化しているが保存状態は悪くない。目次内容はこのように昔の講談本等に書かれていた伝説に奇談それに纏る史実やらを追跡したもの...何しろ巻頭の折り込みが「江戸・本所の七不思議」である。「小塚ッ原奇談」では磔(はりつけ)や打首獄門の写真も...今ではメディアが差別用語として言い換え表記している言葉も多く使われていたりとか...今も昔もこの様な本を買うのは物好き...でしょうね。
東京の道事典
東京新聞12月27日の日曜書評欄の年末特集「2009年 私の3冊」に之潮の芳賀さんが地図の本を挙げていた。その内の一冊、川好きotokoさん御推奨「東京の道事典」を早速Amazonに注文、翌日(月曜日)の午前中に届いた。
ブックカバーの腰巻に記されているように、生活道・通称道路の成り立ちや特色を明らかにするもので、実際に現在使われている道が対象となっている。従って名は付いているが通称道路として一般的に認知されていると言い難いものは対象ではない、また○○街道のように古の名称でも現在でも広く使われている道は対象とされているが、新たに付けられた○○通りの通称が一般的な場合は○○街道ではなく、○○通りとされている。「東京の道事典」はアイウエオ順の「青山通り」から始まり、その「概要」「由来」「現状」「周辺の道」(ここでは青山通りに結ばれる道等)が記載されている。因みに青山通り「周辺の道」に長者丸通りや骨董通りは周辺の道に記載されてるが、表参道交差点から根津美術館前までの通りについては記載されていない、この道は明治以降に造られたもので青南小学校裏の平行する裏道が古道(尾根道)である。おそらく明治神宮が造られたとき、表参道に繋がる道として「みゆき(御幸)通り」とされたようだが、その名を知るものは既に町の古老だけだろう。最近はマーケティング指向なファッション系の通称を画策する者もいるようだが一般化には至らないようだ。
今朝の新聞で日高敏隆氏の訃報を知った。僕が初めて氏の文章に触れたのは40年前位に読んだエドワード・ホール の『かくれた次元』の翻訳者としてだった。氏はエドワード・ホールの他、ソロモンの指環のコンラート・ローレンツ や利己的な遺伝子のリチャード・ドーキンス 等の紹介者(翻訳家)でもあり、我国の動物行動学(エソロジー)の第一人者と位置づけられているが、前エントリーのアニエス・ヴァルダに劣らず"RANGES"が広く、ジャズピアニストの山下洋輔や作家の筒井康隆とも交流があったことだ。僕が『かくれた次元』を読んだだけで終らず、氏の著作物を読むようになったのも、ジャズから派生して山下洋輔のエッセーや筒井康隆の作品やエッセーを読むようになったからだと思う。其処に度々、対談や鼎談の相手として氏の名を確認して、その考えに興味を持つようになったのだろう。科学的に未解決な問題を仮説で誤魔化すことなく、それは未だ『解らない』と飄々と述べる学者の姿に信頼感を覚えたものである。合掌。
追記:そういえば氏の翻訳したE.T.ホールの「文化を超えて Beyond Culture」に影響されて『伝達不能』なる駄文を書いていた。
今年の東京人 4月号で『花街 色街』を特集し半年を過ぎたところで東京人12月号は生誕130年、没後50年と云うことで特集『永井荷風の愉しき孤独』である。東京人を読んで思い出したが新藤兼人の『濹東奇譚』は確か90年代半ばにテレビ東京で放送したことがあった。今までテレビドラマだと思っていたが1992年制作の映画とは知らなかった。主演の男優と女優も間違いないから同じものだろう。話しは『濹東奇譚』と『断腸亭日乗』を合わせたもので荷風が亡くなるまで描かれていたと思う。
そういえば昨年の暮れに玉ノ井界隈を散策してから早一年になろうとしている。
と云うことで招待状が届いたので11月1日は第19回 神保町ブックフェスティバルの関連イベントとして開かれる『芳賀啓講演会『神保町地図物語』』を聴きに行くのだが、残念なことに『中央線で行く東京横断・ホッピーマラソン』の著者「『酒とつまみ』編集長、大竹聡の話のおつまみ」のトークショーと時間が重なっているのだ。奇しくも、神保町ブックフェスティバルの同時間帯にタモリ倶楽部出演者二人が目と鼻の先で講演するとは、深夜のサブカルチャー番組だけのことはある。
カムイ伝講義・田中優子著・小学館
akiさんがカムイ伝講義をエントリーしたので、私も昨年暮れから塩漬けのまま放ってあったエントリーを些か中途半端であるが他のエントリーとの関係性を含め、遅ればせながら公開を...。1964年12月から1971年7月まで『ガロ』に連載されたカムイ伝をたぶん1965年の春頃から読み始めたと思う。情報源は何か憶えていないが、とてつもない漫画が、聞いた事もない『ガロ』と云う雑誌で連載されていると云う話だった。その頃、高尾で一件しかなかった小沢書店に行き『ガロ』を取り寄せてもらい定期購読するようになった。と云うことで10代で私は『カムイ伝講義』を受けていたことに...だが...夏休みのレポートを未だ提出してない...ような体たらくで...。
カムイ伝
冷たい国・日本へ
中世の非人と遊女
中央線で行く東京横断ホッピーマラソン
今やJEDI左派の定番ドリンクとなったホッピーであるが、その生い立ちと受難の歴史を語る本ではない。著者はタモリ倶楽部の居酒屋系ネタに井筒和幸監督、なぎら健壱に次いで欠かせない存在となった『酒とつまみ』の編集人・大竹聡氏である。その大竹氏が武蔵野台地と多摩丘陵の縁をホッピーと居酒屋を求めて、武蔵野台地の背骨を貫く中央線を西に向かって終点の高尾まで各駅停車で徘徊するドキュメンタリーである。しかし、行ったきりではない、高尾は折り返し点だったのである。復路は京王電鉄に乗り換えて1964年東京オリンピックのマラソン折り返し点もある飛田給やホッピーの聖地でもある調布を通り新宿のゴールへと向かうのである。其処には上から目線で物言う羞恥心の壊れた人間には見えない、人々の暮らしが見えてくる。嘗て中央線の終点から終点まで痛勤電車に揺られ京橋まで通ったり、京王線と井の頭線を乗り継いで渋谷まで通っていた私には必読...なのである。
多読術 (ちくまプリマー新書):松岡正剛・著
千夜千冊で知られている読書家の編集工学研究所・松岡正剛氏による新書である。本書は新書編集者が著者を相手にテーマに沿って質問を展開してゆく「聴き下ろし新書」なので読みやすい。しかし、ノウハウ本ではないので、読んだからと云って「術」が使えるように成る訳ではない。まぁ、セイゴオ先生がどんな風に書物に向きあっているか...興味を持って読めば...それなりに共感したり、幾つかのヒントを得られる...かも知れない。彼が影響を受けたのは江戸の私塾の読書法だそうで、池田草庵の「掩巻:えんかん」と「慎独:しんどく」の二つは今でも真似てると云う。「掩巻」は書物を在る程度読み進んだら、いったん本を閉じ、内容を追想すると云うもの。「慎独」は文字通り(知の)独占を慎むと云うもの、それが千夜千冊をネット上で無料公開することに繋がっているそうだ。
目次
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第一章 多読・小読・広読・狭読
セイゴオの本棚/本は二度読む/たまには違ったものを食べてみる/生い立ちを振り返る
第二章 多様性を育てていく
母からのプレゼント/親友に薦められた『カラマーゾフの兄弟』/文系も理系もこだわらない
第三章 読書の方法をさぐる
雑誌が読めれば本は読める/三割五分の打率で上々/活字中毒になってみる/目次をしっかり読む/本と混ざってみる/本にどんどん書き込む/著者のモデルを見極める
第四章 読書することは編集すること
著者と読者の距離/編集工学をやさしく説明する/ワイワイ・ガヤガヤの情報編集/言葉と文字とカラダの連動/マッピングで本を整理する/本棚から見える本の連関
第五章 自分に合った読書スタイル
お風呂で読む・寝転んで読む/自分の「好み」を大切にする
第六章 キーブックを選ぶ
読書に危険はつきもの/人に本を薦めてもらう/本を買うこと/キーブックとは何か/読書しづけるコツ/本に攫われたい
第七章 読書の未来
鳥の目と足の目/情報検索の長所と短所/デジタルvs読書/読書を仲間と分かち合う/読書は傷つきやすいもの
あとがき「珈琲を手にとる前に」
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第一章の「生い立ちを振り返る」で、いつごろから本に興味を抱いたのか、小一まで住んでいた足立区梅田の図書館や、カバヤとかフルヤとかキャラメルの景品で貰えた少年少女向け名作文庫とか....色々と....思い出しますね。それに小四のとき、三鷹の山本有三文庫に行った事も...
取りあえず『目次をしっかり読む』ってことから...それに『まえがき』と『あとがき』を読んでから「積読」にしても....時期がくれば読み始めることもありますね。...未だにその時期が訪れない本も...多々ありますが...それもいつか...
「売国者たちの末路」
暫く前に読んだ本であるが衆院選の前にエントリーしようと思い「下書き」のままにしていたが、akiさんが『売国者たちの末路』をエントリー、それを見て出番となった。
私はテレビの政治報道が大嫌いである。政治家の顔が画面に映ると気分が悪くなるのでリモコンを手にとりザッピングする。上っ面だけのテレビの政治報道を見なくても新聞やネットに目を通せば充分なので別に困ることもない。しかし、世の中には新聞も読まないし、ましてやネットなんて...見た事もない人も多い。彼らは為政者にとっては都合の良い人達である。そんな観客を取込んで小泉劇場は大盛況となったのだが...カイカク・ミンエイカを絶叫!浪費国家米国に日本を売り渡し、目的を達した座長は引退、座付き作家も参考人招致を避け平蔵ならぬ「知らぬ顔の半兵衛」を決め込んでいる。
ここで政権交代しないと、我々は憲法で保障された主権在民も、生存権も、三権分立も、それら全てを失うことになるでしょう。
目次内容
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まえがき 副島隆彦
1章 世界史の転換が起きている;
■「エコノミストの予測」と「副島の予測」は、ここが違う
■世界の流れは変わった。売国者は末路を迎える
■まだ「小泉・竹中」の残党がいる
■なぜ世界も日本も「財政出動」に急転換したのか
■サブプライム危機は「目に見えない危機」だ
2章 破裂した金融爆弾;
■「デリバティブのブラックホール」をつくったアメリカは土下座せよ
■アメリカの景気回復は「コーヒータイム」に過ぎない
■バブルを生み出す「二つの条件」とは
■歴史の流れから経済変動を見抜
■アメリカは日本の「守旧派」と手を結び直した
■ケチな財務省が「財政出動の大盤振る舞い」を許した理由
3章 売国の構図;
■郵政民営化は、アメリカの「経済安全保障」に欠かせなかった
■りそな銀行救済の背後に立ちこめる、国家犯罪のにおい
■会計士の不審な死
■初めから「抜け穴」が用意されていた
■「竹中降ろし」と「植草入閣」が水面下で進んでいた
■2001年、小泉・竹中との全面戦争が始まった
■「植草はガリレオだ!」
■ゲシュタポ・金融庁に襲われた銀行
■郵政民営化の本当の狙いは、巨大な「不動産」だ
■「かんぽの宿」突然の減損会計の謎
■日本郵政の社長人事をめぐる対立構図
4章 国家の暴力;
■その日、すでに尾行がついていた
■冤罪のきっかけとなった「もうひとつの事件」
■「竹中大臣辞任」と「植草事件」、そのタイミングは奇妙に符合する
■"被害者"の女性は婦人警官だ
■権力は捜査情報をリークする
■国税や警察は"公設の暴力団"である
5章 売国者はこうしてつくられる;
■「経済学者・竹中平蔵」の基盤はどこにあるのか
■言うことが180度変わるのは、なぜなのか
■大物大蔵官僚のおかげで築かれた海外人脈
■大蔵省が作成する「3000人リスト」とは
■官僚は自らの利権のためだけに動く
■アメリカで「洗脳」された財務官僚・高橋洋一氏
■「植草事件」と「高橋事件」の落差
6章 国策捜査、暗黒国家;
■小沢一郎攻撃という謀略、その背景に何があったのか
■日本では三権が「分立」していない
■「アメリカ軍は日本から帰ってくれ」発言がきっかけだった
■政権交代があって、デモクラシーがある
■「本当の法」と「書かれた法」
■メディアは世論を「誘導」する
■出演禁止を言い渡された愛国者
■副島陰彦も「監視」されている
7章 地獄へひた走る世界経済
■アメリカの対日金融支配戦略は、1983年から始まった
■日本を悪くした「ジャパン・ハンドラーズ」たち
■「大蔵権力」は、どれほど日本を歪めてきたか
■中川昭一氏への政治謀略をすべて暴く
■アメリカヘの日本資金の流出を止めさせろ
■ドル暴落を支えつづけた日本の売国政策
■外資撤退の陰で、企業倒産と官僚の「焼け太り」が起きている
■世界経済は、さらにもっとひどくなる
あとがき 植草一秀
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植草被告の上告を棄却=小泉・竹中政権の犯罪暴露を恐れてか
植草一秀の『知られざる真実』
元外交官・天木直人のブログ
この不可解な事件に関して最高裁で懲役4ヶ月が確定した訳ですが、未決勾留期間の2ヶ月は差し引かれて収監されることになるそうですが、彼の場合は留置期間を含めると4ヶ月以上身柄を拘束されていました。どうも、懲役4ヶ月と云う判決もなんだか...辻褄合わせのような気もします。ましてや、選挙期間中に収監されるとしたら、益々怪しいですね。未だ刑が実行されないのは検察や裁判所側にも不審に思っている人がいるのでしょうか...良く分からない事件です。それにしても一度も裁判所に出廷しなかった「なんちゃって高校生」役の婦警の素顔を見て見たいものです。検察はプライバシー保護を盾に出廷させないそうですが、裁判員制度では婦女暴行事件も対象となり、被害者は裁判員の前で審問に答えなければいけません。いわゆるセカンドレイプの可能性が大きいものです。婦女暴行事件が被害者による被害申告によるものなので、裁判員制度により被害申告が減り、数値上は婦女暴行事件が激減する可能性が指摘されています。
それ以上に怪しいのが、小泉・竹中政権下でイラク攻撃支持の外交政策を推進した外務官僚・竹内行夫。彼は昨年秋、麻生首相によって最高裁判事に任命され、名古屋高裁「イラク自衛隊差し止め訴訟」違憲判決を最高裁で却下した人物です。ほんと、こんなことあっていいの!!という、日本は三権分立もしていない暗黒国家ですね。北の将軍様を嗤えませんです。因みにイラク戦争に反対した元外交官・天木直人氏は竹内行夫の手によって外務省を首になったと云うことです。
リブインピースドットジェイピー:「最高裁判官をあなたがチェック!!国民審査で竹内行夫にバッテンを!!」
追記:2009年8月 3日 (月)「植草一秀氏の刑事事件弁護団声明」
東京人8月号
特集『踏切、鉄橋、ガード下 なつかしい鉄道風景』
執筆陣も鉄道系、地図系、街歩き系、建築系、廃墟系、等々でお馴染の顔ぶれ、内容も充実している。
今尾恵介氏による『大踏切が街にあった頃』は大正・昭和の1/10000地形図を元に渋谷/新宿 /池袋 /王子を語る。現在建替え中の東急文化会館が渋谷小学校の跡地だったとは知らなかった。駅前再開発とはいえ、民間企業がどうやって公有地を手に入れたのか....その経緯も知りたいものである。
ガードなる言葉が気になり辞書を調べてみると"Girder"から派生した和製英語であるとは知らなかった。大梁を意味する"Girder"であるが、アーチ構造の高架下でもなんでもガード下と言い切ってしまう、その語源に拘らない、いい加減さが...実に日本的だ。
奥付には非売品とあるが「岩波文庫フェア」のいわゆる販促品、平積みにされ『御自由にお持ちください』とあった。それだけ手にして、そのまま何も買わないで帰るのは、小心者なので気が引け「線路を楽しむ鉄道学」も買ったのである。
と云うことで「岩波文庫・読書のすすめ」第13集は八人による読書にまつわるエッセーが書かれている。面白いのは、オバマ、Internet、iPod、Amazon、ブックオフ等々、やはり2009年という時代を表象する言葉がそれぞれのエッセーに表れていることだろう。そういえば最近読んだ岩波文庫は永井荷風の濹東奇譚であった。
目次
リンカーンを究極の師として --私の演説修行------秋葉忠利
お天道様と米の飯と岩波文庫---------------------------伊藤比呂美
感性の人、感情の人 --『論語』の中の孔子---------川合康三
ぐうぜん、うたがう、読書のすすめ-------------------川上未映子
読んだことのない本について考える-------------------塩川徹也
『山猫』の舞台としてのシチリアの館----------------陣内秀信
空に雲、手に文庫本--------------------------------------林 望
想像する洋書の中の洋風景------------------------------楊 逸

Newsweek Japanのオフィシャルサイトが充実している。e-daysと同じ阪急コミュニケーションが発行しているのだが、冷泉彰彦氏や町山智浩氏のコラムやブログもあり、読みごたえのあるWEBマガジンに仕上がっている。そういえば、雑誌『ニューズウィーク日本版』は「グーグルへの挑戦状」の特集に質問回答型・検索エンジンの「アルファ」の記事があったが、ここまでくると....ん〜....
追記:町山智浩・やじうまUSAウォッチ(6/3)『不況下で増える悲しい「ファミリサイド」』...これは言葉もない...
クルディスタンを訪ねて―トルコに暮らす国なき民
写真・文 松浦範子/新泉社/2,415円
イラク戦争に関連して耳にするようになった感のあるクルド人やクルディスタンであるが、彼らについても、彼らの多くが住んでいるトルコについてさえも、僕たちはそう多くの事を知っている訳でもない。
『通りにいる人たちを信用しないことよ。そして装甲車にも乗らないようにね。』取材の後で別れ際、著者にそうジョークを言ったのは1989年に凶弾に倒れたクルド人活動家の妻・ヘレンである...。(2007年12月パリにて、続編『クルド人のまち --イランに暮らす国なき民』より)
1996年夏、友人と二人でトルコを訪れた著者はアルメニアとイランの国境に近いドウバヤズットのまちに立っていた。旅の目的は『絨毯織りの女を取材して本にしよう。』その一歩となる筈であった旅はドウバヤズットで起きた『エピソード-1』によって著者のそれからを大きく変えることになったのだ。
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プロローグ
はじめてのクルド人のまち―ドウバヤズット(Dogubayazit)
鵯行き先は「クルド」
行き着いたまち―メルシン(Mersin)
ネプロスの炎―ディヤルバクル(Diyarbakır)
摘まれ続けてきた芽―アンカラ(Ankara)
引き寄せられた場所―非常事態令下のまち
「最悪」と呼ばれるまちを離れて―メルシン
鵺時をかけて
クルド人であること、トルコ国民であること―イスタンブール(İstanbul)
素顔のクルディスタン―ドウバヤズット
はた迷惑な訪問者―軍の検問
鶚彼らの居場所
国境線の向こうへ―ハッサケ(Al-Hasakah)
水に沈む遺跡と生き残った村―パトマン周辺(Batman)、(Hasankeyf)
アレヴィー教徒のまち―トゥンジェリ(Tunceli)、ピュトゥルゲ(Puturge )
何が正しくて何が間違いなのか―ハッカリ(Hakkâri)
鶤私のなかのクルディスタン
みちのり―バスの車中
皆既日食―ジズレ(Cizre)37°19'32.24"N 42°11'18.23"E
愛しい人々―シュルナック(Sirnak)
罪悪感と試練―イスタンブール
あとがき
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目次で紹介されている場所をGoogleMapに配置してみた。さてトルコの首都は何処でしょう?
今年、1月26日、神楽坂のキイトス茶房で『松浦さんを囲み、岩城さんを取り巻く会』が開かれた。其処へ向かう京王線車内でAmazonで買ったばかりの本書を読んでいたのであるが、丁度、中ほどの「はた迷惑な訪問者―軍の検問」に差しかかり、その理不尽さに私のアドレナリンもいつしか全開となっていた。近代国民国家という共同幻想はその内在する排他性によって一民族一国家の虚構をも産み落とす。トルコに生きるクルド人も民族の文化、伝統、誇りを捨て、出自を隠蔽し国家に溶解すれば二級市民となれる道が開かれる。しかし出自が分かれば暗黙のうちに差別の対象とされる。なにやらどこか極東の島国と似てなくもない。
松浦さんが10年以上に亘ってクルドを取材し続ける情熱はなんだろう、トルコに生きるクルドの『絨毯織りの女』は既に一番ではないだろう。その文化の背景にある『何か』に心の琴線が突き動かされたのであろう。それはクルドの人々が旅人にみせる「無条件の優しさ」だったり、その裏に隠された哀しみや痛みもその一つであろう。しかし、何よりも「他者の痛みを...」知らぬふりできない...のであろう。
関連ブログ
MyPlace:「彼らの居場所」と「クルディスタンを訪ねて」
MyPlace:「クルド人のまち」
う・らくん家 ( わたしの今 ):松浦範子写真展
う・らくん家 ( わたしの今 ):『クルド人のまち』を10倍楽しむ方法
音楽系のサイトから辿り着いた、ニューズウィーク日本版やフィガロ・ジャポン等を発行している阪急コミュニケーションが発行しているWEBマガジン・e-daysであるが...その「東京大人の遊び場」を見てみると、なにやら御近所ブログで評判の店が...神楽坂の「キイトス茶房」に...下落合の「カフェ杏奴」と....それに未だ行ったことのない谷中ボッサも....うーむ。
「リートフェルトの建築」
リートフェルトと云えば世界遺産・シュロイダー邸とレッドアンドブルー・チェアーが代表作であるが、それ以外の建築作品は日本では殆ど知られていない。2004年に開催されたリートフェルト展でも建築作品はシュロイダー邸だけにフォーカスした構成となっていた。その展覧会の図録にはユトレヒトの建築マップが添付されていたが、写真はまさに爪の先・サムネイルで建築の全体像をイメージすることまでは不可能であった。本書は今まで日本国内で紹介される機会の少なかった戦前・戦後の「リートフェルトの建築」の現存する姿を「撮り下ろし写真」によって記録している。それだけでも20世紀のいわゆるミッド・センチュリーのモダニズムを再考する貴重な資料となるであろう。
内容
1 家具作家から建築家へ 1917-24
2 戦前の住宅:新即物主義を超えて 1925-45
3 戦後の住宅:「生活」と「空間」の同一化 1945-64
4 「構成」と「構造」の統合を目指して 1949-64
著者の奥佳弥氏は2004年のリートフェルト展に合わせて府中市美術館で「リートフェルトと日本をつなぐもの」と題した講演を行なっている。そこでも蔵田周忠の古仁所邸や旧 金子邸にも比較言及していたが、セゾン美術館で開催された「デ・ステイル1917-1932」の図録に「デ・ステイルと日本/日本における新造形主義の行方」と云う論文を寄せている。蔵田周忠は1930〜32に掛けてベルリンに滞在、グロピウスに師事、デ・ステイルの建築に見られる「面の立体的構成」に共感し、シュロイダー邸を高く評価している。帰国後の作品は、それまでの多摩聖蹟記念館(1927)に見られる表現主義は影を潜め、古仁所邸等の「等々力住宅区計画」(等々力ジードルング)にみられる面による立体的構成をモチーフとした非対象形な建築へと変化していった。
嘗て等々力渓谷に面したこの付近の閑静な住宅街にリートフェルト建築の影響を受けた「等々力住宅区計画」が4棟建てられた。旧三輪邸を除いて既に現存していないようであるが、その旧三輪邸も竣工当時の面影は残していない。そうした情況はリートフェルト・設計による戦前の住宅が現在でも手入れされ使用されているのに対して大きな違いがある。住宅に限らず多くの近代建築が姿を消してゆくのは、耐用年数の問題以上に建築的価値が投資に見合う金銭的対価をもってのみ評価されているからであろう。巷では中央郵便局の再開発に対し、某大臣が異論を唱えている。文化的価値から保存を望まれた三信ビルディングは既に解体されてしまった。そうした保存運動に関心を持たなかった男が俄に中央郵便局の文化的価値を語るとは...今更ながらの政治的茶番に片腹痛い...。
蔵田周忠・参考文献:INAX REPORT / 蔵田周忠・生活芸術を追及したモダニズムの啓蒙家(HTMLは抄文であるが、全文がPDFとなっている。)
東京人 4月号の特集は『花街 色街』だ。
『色街』とくればその代表は荷風ゆかりの吉原、玉の井、鳩の街だが今月号の東京人は八王子にあった遊廓も取上げられているのだ。
まぁ色街の遊廓は昭和33年3月31日を境に寂れて見る影もないが、花街の方は八王子市が東京都の『江戸東京・まちなみ情緒の回生事業』の支援により八王子市中町の料亭街周辺の花街の雰囲気を回生し、落ち着きを醸しだす路地の石畳舗装、外壁の黒塀風塗装、行灯風街路灯の整備等を行なうそうである。平成21年2月13日の八王子市長定例記者会見によれば総事業費1200万円(内:都補助480万円)で9月に着工、12月に竣工ということであるが、まちなみ情緒の回生の最初が花街の雰囲気というのが...なんとも.........お好き...らしい...
MSN産経ニュースの「八王子で黒塀の小路復活へ」にある写真の路地、見覚えがあると思ったら、小学校の同級生Kが20年前位までカレーの店を開いていた路地であった。
と云うことでストリートビューで八王子市中町界隈の黒塀がある路地。手前右の建物は既に「外壁が黒塀風」に...
3年前に撮った中町界隈の写真....「外壁が黒塀風」は未だ工事中(左端)
洋書版:The Che Handbook
翻訳版:チェ・ゲバラ―フォト・バイオグラフィ
発行:原書房:ISBN4-562-03679-6(現在品切)
実はゲバラの『ボリビア日記』を読みたいと思い、書店に立ち寄ったのだが文庫本もなく、目に付いたのがこの本である。頁を捲ると幼少から晩年までの写真(未公開写真が250以上)、ゲバラ語録、かつての同志へのインタビュー、アイコンとなったアルベルト・コルダが撮影した写真からインスパイアーされた数々のアートな作品、そして年表や地図等々、「子どもたちへの最後の手紙(1965)」を読んでから一旦書棚に戻し、他の買物を済ませてから、やはり買おうと決めた。ネットで調べたら現在品切れとのことだ。
目次
謝辞/まえがき
序文
第1章 少年時代、学生、旅行
第2章 ゲリラ戦士
第3章 政治家、外交官、家庭人
第4章 革命はつづく
第5章 ゲバラ伝説
図版出典/引用文献/参考文献
訳者あとがき
索引
(「あとがき」より) いったいチェ・ゲバラの何が、私たちをこれほどひきつけるのだろう。半世紀前、南米の土地で反米反帝国主義の戦いに命を捧げたこの革命家は、政治経済・社会文化環境が大きく変わった今日も、世界各地で敬愛され、シンボルとして親しまれている。遠く離れた今日の日本でも、世代をとわず、その人気は根強い。 本書The Che Handbook(MQ Publications,2003)は、公私にわたる未公開写真を中心に、親交のあった人々とのインタビューをはさみこみながら、膨大 な資料によって「エルネスト・ゲバラ」の人生をあとづけていく野心的試みである。もとからのゲバラ通であれ、名前程度しか知らない人であれ、男性であれ女性であれ、本書を手にとったあなたは、知られざる「人間ゲバラ」にふれ、その魅力を再認識するだろう。社会の因習に縛られず、人を愛し、自由を愛し、人生を愛した信念の人、ゲバラの放つオーラとは、いまの私たちにとって「正直な生き方」への憧れに通じるものともいえそうだ。 訳者自身、以前からゲバラに詳しいわけではなかったが、ページを繰るごとに、彼のまなざしと声の強さに圧倒され、自由への思いをかきたてられた。同じように幸せな経験をする読者がひとりでも多いことを願ってやまない。……
バレンボイム/サイード 音楽と社会
原題は"Parallels and Paradoxes"(相似と相反)
本書はユダヤ人・音楽家のダニエル・バレンボイムとパレスチナ人・人文学者のエドワード・サイード、この二人の越境者によって1995年10月7日から2000年12月15日までの五年間に六回行われた対話(セッション)を記録したものである。尚、対話の進行役には本書編纂者のアラ・グゼリミアン(カーネギーホールのシニア・ディレクター、芸術顧問)が務めている。本書を読むきっかけはkawaさんがガザでも触れているようにウイーン・フィルのNew Year's Concert 2009でのバレンボイムの発言である。どこかで記憶の片隅に引っ掛かっていたのだろう「書籍:エドワード・サイード OUT OF PLACE」を読み返し、バレンボイムとサイードをキーワードにして検索し本書の存在を知った。読み進んでゆくにつれ、帯に書かれた「白熱のセッション」の意味を知る、まさにその通り...。
「映画:エドワード・サイード OUT OF PLACE」に併せて刊行された「書籍:エドワード・サイード OUT OF PLACE」に採録されたシナリオによるとサントリーホール公演前のリハーサルの合間を利用したステージ上でのインタビューでバレンボイムはサイードについて次のように語っている。
『...じつのところ音楽家として理解すべき人物です---ピアノを弾いて、音楽評論を書いていたからではありませんよ。映画ではこの部分だけが使われており、彼がパレスチナやイスラエルについて語っている部分はカットされている。その映画に収録できなかったインタビューは書籍(エドワード・サイード OUT OF PLACE 第六章 音楽家)に採録されている。(因みにサイードはジュリアード音楽院に通い、ピアニストになることを真剣に考えていた時期があった。)
そうではなくて、彼が音楽の本質を理解していたからです。音楽は、ひとつの曲に登場するさまざまな要素を統合しようとします。オーケストラには、あらゆる要素が入っています。バイオリンがどんなに上手でも、オーボエやコントラバスやクラリネットが主旋律を奏でるのを聴こうとしないようでは、バランスがとれません。主旋律はどこにあるのか、どんな応答があるのかがわかっていないとだめなのです。
エドワードが音楽家だったというのは、こういう深い意味でのことです。この世のものすべて、他のものに何かしらの影響を及ぼしており、他から完全に断絶したものなどひとつもないということを彼は知っていました。』
----------------------------------- バレンボイム/サイード 音楽と社会 目次(内容)-----------------------------------
○はじめに アラ・グゼリミアン
○序 エドワード・W・サイード
1(2000年3月8日ニューヨーク)
自分にとって本拠地とは/ワイマール・ワークショップで西と東が出会う/解釈者は「他者」の自我を追求する/アイデンティティの衝突はグローバリズムと分断への対抗である/フルトベングラーとの出会い/リハーサルの目的
2(1998年10月8日ニューヨーク)
パフォーマンスの一回性/サウンドの一過性/楽譜やテキストは作品そのものではない/サウンドの現象学/誰の為に演奏するのか/音楽は社会の発展を反映する/芸術と検閲、現状への挑戦という役割/調性の心理学/過去の作品を解釈すること/現代の作品を取上げること/ディテールへのこだわり、作品への密着/一定の内容には一定の時間が必要である/中東和平プロセスが破綻した理由
3(1998年10月10日ニューヨーク)
大学やオーケストラはどのように社会とかかわれるのか/教師の役割とは/指揮者の権力性、創造行為の弾力性/他者の仕事に刺激や発展がある/模倣はどこまで有益か
4(1995年10月7日ニューヨーク、コロンビア大学・ミラー劇場)
ワーグナーがその後の音楽に与えた決定的な影響/アコースティクスについての理解、テンポの柔軟性、サウンドの色と重量/オープン・ピットとバイロイト/イデオロギーとしてのバイロイト/バイロイトの保守性は芸術家ワーグナーへの裏切り/ワーグナーの反ユダヤ主義/国民社会主義によるワーグナーの利用/『マイスタージンガー』とドイツ芸術の問題/ワーグナーの音楽はその政治利用と切り離せるか/Q&A
5(2000年12月15日ニューヨーク)
いまオーセンティシティ(authenticity:真実性)が意味するもの/テクストの解釈、音楽の解釈/歴史的なオーセンティシティは過去との関係で現在を正当化する/二十世紀における音楽と社会の断絶/モダニズムと近づきにくさ
6(2000年12月14日ニューヨーク)
有機的な一つのまとまりとしてのベートーヴェン/社会領域から純粋に美的な領域へ---後期ベートーヴェン/音楽家の倫理とプロフェッショナリズム、ベルリン国立歌劇場管弦楽団/冷戦後の世界には「他者」との健全なやりとりがない/音楽のメタ-ラショナルな性格/ソナタ形式の完成と一つの時代の終わり
○ドイツ人、ユダヤ人、音楽 ダニエル・バレンボイム
○バレンボイムとワーグナーのタブー エドワード・W・サイード
○あとがき アラ・グゼリミアン
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編纂者・アラ・グゼリミアンの考えによるのであろうが、各章(セッション)の構成は年代順となっていない。最初のセッションで夫々の出自と本拠地について語られ、アラブとイスラエル等の若い音楽家を集めて行われたワイマール・ワークショップ、少年時代のフルトベングラーとの出会い、リハーサルを通して音楽の骨格が築き上げられてゆく様に、読んでいて惹きつけられてしまう...。音楽家と文学者の対話はこれまで何度も読んだことがあるが、ここまでの領域に達しているものは...少ない...と云うよりも...読んだことがなかった。
反貧困
―「すべり台社会」からの脱出
湯浅誠・著 岩波新書・刊
『うっかり足をすべらせたら、すぐさまどん底の生活にまで転げ落ちてしまう。今の日本は、「すべり台社会」になっているのではないか。そんな社会にはノーを言おう。合言葉は「反貧困」だ。貧困問題の現場で活動する著者が、貧困を自己責任とする風潮を批判し、誰もが人間らしく生きることのできる「強い社会」へ向けて、課題と希望を語る。 』(ブックカバー見返しより)
平成10年(1998)から年間三万人を超えた自殺者数の半分は無職だと云い、その半分(全体の24%)は経済問題が動機と考えられている。一方、嘗て年間一万人を超えていた交通事故による死亡者数は年々減少する傾向にある。若者の車離れを考えても飲酒運転対策やシートベルト等の安全対策も功を奏していると考えられる。やればできるのである。社会のセーフティネットが機能すれば不幸な人々が年間三万人を超えることもないであろう。半世紀以上、生きていると「すべり台社会」の生贄にされ音信不通となってしまった人が幾人かいる。理由は介護の問題、会社の倒産等々、決して他人事で済まされる事ではない。私だったかも知れない彼等と『あの時は大変だったね。』と笑い話で語れる明るい未来を私は望んでいる。
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第一部 貧困問題の現場から
・第一章 ある夫婦の暮らし
・第二章 すべり台社会・日本
1 三層のセーフティネット
2 皺寄せを受ける人々
・第三章 貧困は自己責任なのか
1 五重の排除
2 自己責任批判
3 見えない"溜め"をつくる
4 貧困問題をスタートラインに
第二部「反貧困」の現場から
・第四章「すべり台社会」に歯止めを
1「市民活動」「社会領域」の復権を目指す
2 起点としての〈もやい〉
・第五章 つながり始めた「反貧困」
1「貧困ビジネス」に抗して エム・クールユニオン
2 互助のしくみを作る 反貧困たすけあいネットワーク
3 動き出した法律家たち
4 ナショナル・ミニマムはどこに? 最低生活費と最低賃金
・終章 強い社会を目指してー反貧困のネットワークを
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YouTube:視点・論点 派遣切り(湯浅誠)
神田川再発見
歩けば江戸・東京の歴史と文化が見えてくる
神田川ネットワーク [編]
東京新聞出版局・発行(本体1429円+税)
帯に書かれた内容紹介には『神田川水系の歴史と文化を、5年の歳月をかけて徹底踏査したデータ約1000項目、写真150点、江戸名所図会29点。神社仏閣はもちろん、橋の名のひとつひとつにも興味深い由緒来歴がある。ウオーキングのガイドブックとしてだけでなく、神田川を知る資料としても手元に置きたい一冊。』とある。判型サイズを考えると持ち歩くには不向きであるが、神田川水系の現況を知ろうとするならば「川の地図辞典」と併せて必携の書であろう。
気になるのは関係性が見えてこないフラグメンテーション(断片化)を起こしたような書籍構成とイラストマップの完成度の低さ、自費出版の内部資料ならまだしも...残念である。
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内容(目次)
第一章 神田川上流部
井の頭公園〜高田馬場 /玉川上水緑地と寺町/神田川上流部の水環境/神田川36景 その1
第二章 神田川都心部
高田馬場〜柳橋/甘泉園から早稲田大学へ/神田川の分水路/飯田橋周辺/小石川後楽園周辺/御茶ノ水まで南岸を行く
第三章 善福寺川
善福寺公園〜神田川合流点
第四章 妙正寺川
妙正寺公園〜神田川合流点/上高田の寺町/神田川36景 その2
第五章 日本橋川・亀島川
三崎橋〜豊海橋/霊岸橋〜南高橋
第六章 思い出の川筋
桃園川/川歩きの楽しみ/笹塚川/谷端川・小石川/弦巻川/水窪川/蟹川
井草川/江古田川/神田上水・助水堀跡/神田上水・素堀部跡
付 隅田川右岸
両国橋〜勝鬨橋/隅田川左岸の名所/隅田川の橋一覧
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第五回アースダイビング・善福寺川+阿佐ケ谷住宅
上図右の赤線部分の繰り返す文字を示す記号の様な字を「踊り字」と云うことを、これまで知らずにいた。それというのも金阜山人戯作なるものをテキストデータとして『i文庫』に読込んだ処、上図中の赤線部分の様に『矇矍』と文字化けが起きてしまい、文脈から繰り返して読むものと解るものゝ、何故なのか真相究明のミッションを得て、調べた結果知ったことである。因みに上図右の『く』を「くの字点」、上図左の『々』を「同の字点」と云う。ならば原文通りに「くの字点」に直そうと試み、成功したかに思えたが...アレアレ..
と云うことで『ウィキペディア(Wikipedia)』で『くの字点』の文字コードを参照にegwordの検索機能を用いて文字化け部分を一括変換することにした。
egwordを縦書きにすると『くの字点』もすらすらと読めるようになった。これをテキストデータに出力すれば良い筈である。此処で悪い予感が....shift-JISでは変換できず、Unicodeで変換する事に、どうにかテキストデータをサイトに貼り付け、『i文庫』へのテキスト読込も順調、データ登録も済み、読もうとするとメッセージが...と云うことで、「くの字点」は諦め「同の字点」で妥協したのである。フォントデータがないのか、Unicodeへの対応が完璧でないのか、何れにせよ...残念でした。
「WV的/私的2008年映画ベスト10」の記事によると、一昨年、拙ブログでエントリーした『Never Let Me Go』(邦題:わたしを離さないで)が2010年の公開予定で映画化されることがきまったそうだ。二年後の映画公開は評判を呼ぶに違いない、主題歌は誰が歌うのか等を含めて、今から期待が膨らむ。因みに書籍は既に文庫本になって求めやすくなった。
ところで『生物と無生物のあいだ』を書いた福岡伸一氏の『もう牛を食べても安心か』を読み終わった時に抱いたモヤモヤとした感覚は、物語の舞台をイギリスに、触れてはいけない生命の領域に敢えて踏み込んだ『わたしを離さないで』に共通するものが有るように思えてならない...。
思えばiPod touchの頃から手軽に青空文庫を読めるリーダーを欲していた。Aozora Bunko for iPod touchはネットに接続されていることが条件でオフラインでは読めなかった。iPhoneを入手してからPDFを読む"FileMagnet"を使って青空文庫を読もうと試みたこともあったが、一々、テキストファイルをiPhoneのスクリーンサイズにPDF化するのも面倒なことだ。そのうちオフラインでも青空文庫を読めるリーダーが幾つかAppStoreに出品されるようになった。その中でフォントサイズとルビに対応した『青空読書』を買ってみたが、本文がゴシック体であることと、本文中の注釈等も全て本文と同じように表示されるのが、気持ち良いものではなかった。そうしたユーザーの不満を解消する青空文庫リーダーが漸く登場した。『i文庫 』がそれである。青空文庫からテキストファイルをダウンロードして本棚にコレクションできることは当然であるが、既に『i文庫 』に最適化された152作品が内蔵されており、主だった文豪の作品は直ぐに読めるようになっている。なによりも本文が明朝体で表示できるのが良い。これならiPhoneで読書する気になれるというものである。
iBunko :
(¥350はキャンペーンプライスのようだ。)
追記:任意のテキスト(例:上図・日本国憲法)を『i文庫 』に取込んでみました。
予め用意されている『i文庫 』の本棚(ライブラリ)に書体とフォントサイズに背景色の設定。
青空文庫の追加は作者別に書籍データベースを内蔵しており、簡単に検索とダウンロードができる。「i文庫」サポートページ
と云うことでiPhone(携帯電話)であることを忘れさせ、文庫本を読んでいる気にさせる『i文庫 』の画面。古本屋で152冊買ったとしても350円では手に入らないでしょうね。
こちらが『青空読書』の画面、....これでは、あまり読む気になれない。
やはり、インターフェースとデザインは重要です。
追記:「任意zipダウンロード」の機能を用いて日本国憲法を書棚に収めました。
i文庫版・日本国憲法のダウンロード方法
メニューからDownloadsを選んでから、Downloadsタイトルバーの右にある『+』をタップして、題名と著者と下記のURLを入力してテキストファイルをダウンロードする。ダウンロードされたらデータを登録する。
http://madconnection.uohp.com/mt/archives/kenpou.txt.zip
編集出版組織体アセテートからの注文控メール「・・・12月中旬にはお手元に届くと思います。」の通り、本日『藤森照信 グラウンド・ツアー』の泥モノ、石モノ、積みモノ、地底モノ、UFO、の全五巻が届いた。各巻の構成は中谷礼仁氏による藤森照信氏へのインタビューと建築ガイド(座標:緯度経度付き)からなる。判型は205×115mmで、一冊あたり88頁から104頁、フィールドワークに用いられる野帳より一回り大きく、ミシュランガイドよりも縦が13ミリ長いが、厚さは20ミリも薄く、軽くて、面白くて変。
『グランド・ツアー(Grand Tours)』から『グラウンド・ツアー(Ground Tours)』へと建築物を追って地を這う旅が...語られる...。
編集出版組織体・アセテートから『藤森照信 グラウンド・ツアー』刊行決定の案内が届いた。発行日、価格等の詳細は未定であるが、サイトにはグラウンド・ツアー【泥もの】【石もの】【積みもの】【地底もの】【UFO】それぞれの収録予定地座標がありGoogleMapやGoogle Earthとリンクできるようになっている。そういえばGoogleMapもアップデートされマップ上に写真やWikipediaの情報を表示できるようになった。それにしてもポタラ宮を【UFO】に分類するとは、いかにもF森教授....。(初稿:June 03, 2008)
更新(2008.11.26):編集出版組織体・アセテートの中谷礼仁氏から書き込みがあり、2008年12月24日に発売予定で、既に予約を開始したとのことです。
ポタラと云えばFumanchu 先生が出放題に「補陀洛」というのは"Potala"のことだそうで...と書いていた。

今年の3月のことであるが、トウキョウ建築コレクション2008の「東京」をテーマとした槇文彦特別講演を聴いた。講演内容は「奥の思想」と東大・槇研究室を引き継いだ大野秀敏氏によるFIBER CITYから引用したデータを元に「東京」を鉄道網や地勢等の文脈から語り。代官山ヒルサイドテラスと最近作から都市に於けるパブリックスペースについて氏の持論を語った。その内容はクリエイティブ・コモンズにも通じるものがあるように思えた。特に印象に残ったのは『都市は、群から離れて一人で居ても楽しい場所、孤独でいることを保証するもの、』でなければいけないと云う考えであった。
その講演で今秋に『NURTURING DREAMS』のタイトルで本を上梓すると述べていた事を思い出し、Amazonで著者名で検索したが表れず、このエントリーの下書き(2008-03-16)から書名の『Nurturing Dreams』で検索したら既に10月31日に出版されていた。但し、それは洋書であった。つまり英文によるものである。う〜ん、現在、Amazonで「日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で
」が売れているというし...デジタル・デバイドのみならず...ランゲージ・デバイドも...
と云うことで、塩漬けにしたまま埋もれていた下書きを...8ヶ月経ってから、ちょっとだけ手を加えてエントリーのお粗末でした。
参考:
法科大学院統一適性試験・長文読解力を測る問題3奥の思想・「中心」の思想との比較
大野秀敏研究室・FIBER CITY
アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない
明日10日発売と云うことで未だ読んでいないが、本書は著者・町山智浩のベイエリア在住・アメリカ日記を下敷きに書き下ろしされたペーパーバックのようだ。皮肉たっぷりの裏表紙を読んで笑って済まされない処が21世紀の悲喜劇でもあるのだが、否応なしに全世界を道連れに暴走する米国の政治的背景について10/7(火)のコラムの花道で実に端的に語っているので、興味ある人はポッドキャストを聴かれると良い。
そういえば、数カ月前、CBSドキュメントで福音派・原理主義によるティーンエージャーの為のブートキャンプなるものを見たが、キャンプ終了後には完全に洗脳され子供達は「学校で教えている進化論は間違っている。」と口にするようになる。全ては『神の見えざる手』により導かれ、ミッションとあれば彼らは異教徒に銃口を向けることも厭わない大人に成長するのであろう。
aki's STOCKTAKING:アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない
物心が付いた頃には家にあった兄達の『少年』を見ていた。小学校に上がる前に時々買ってもらった雑誌に同じ光文社で弟分の『幼年』があったが、その『幼年』の内容については全く記憶に残っていない。(どういう訳か光文社の沿革、つまり記録にも残っていない、同じジャンルには集英社の『幼年クラブ』があった。)何故か?その理由はこの表紙の鉄腕アトムにあるのだろう。1989年に光文社文庫から出版された『「少年」傑作集 第1巻』は『少年』復刻版で文庫本サイズのダイジェストである。今読んでも面白いのは手塚治虫と杉浦茂の二人だ。そう、手塚治虫と杉浦茂の漫画の出てない『幼年』は記憶にも記録にも残らなくても当たり前なのだ。
国内に於いてメディアの枠組みを超えてサイエンス・フィクションと云うジャンルを確立したのは、やはり手塚治虫の功績が大きかったと思わざるを得ない。そういう意味で少年雑誌であっても手塚治虫は一つも手を抜いてなく、サイエンス・フィクションのプロットを押さえている。鉄腕アトムは昭和43年に連載が終了しているが、鉄腕アトムを読んで育った子供達は何の違和感も先入観もなくSF小説を受入れる青年に成長していたのだ。
先日、たむらくんの仕事場に寄った時、古本屋で買ったと云う昭和34年1月号『少年』の附録で杉浦茂の『ミスターロボット』を見せてくれた。やっぱり杉浦茂は今でも面白い。この『「少年」傑作集 第1巻』には『ミスターロボット・赤い家の秘密』が掲載されている。物語の事件が解決した後にこんな顛末が、杉浦茂の人柄がよく表れている内容である。
ところで、『「少年」傑作集 第1巻』に夏目房之介のエッセー『鉄腕アトムの時代』が掲載されている。夏目房之介は私と一つ違いの同世代である。彼が同世代の長谷川明の言葉を引用している。
『わずか数年の差であるが、雑誌で手塚マンガを見ていた世代と、最初からアニメで見ていた世代とでは大きな断絶があるのである。偏屈を非難されるのを承知で言えば、鉄腕アトムと聞いてアニメを思い出す人には手塚マンガはわからない。』
おつまみ横丁・すぐにおいしい酒の肴185
基本的に一品、一人前、新書一頁をコンセプトにして必要な材料とレシピを三つの工程だけで簡潔に書かれている。もちろん居酒屋の定番・モツ煮込みも簡潔に要点を押さえて書かれている。下町の味・レバカツは見開きで紹介、写真には御丁寧に酎ハイが添えられている。ジャーマンポテトも旨そうだ、ゴーヤチャンプルーだって、ゴーヤは種とワタを取って小口切りにするだけ、苦味も味の内なのだ。どれも材料さえ用意すれば、料理の途中で一々レシピに目を通す必要もない。かと言って手を抜いている訳でもなく、下拵えのポイントや、アク取りやら、なんやらとツボは押さえていて無駄がない。著者はタモリ倶楽部のコアでマニアックな料理篇にも出演している料理研究家・瀬尾幸子さんである。一癖も二癖もある出演者を前に動ぜず、ニコニコと臨機応変に対処している姿が本書にも反映しているようだ。
「酒のつまみ」なんてのは気取らず、有り合わせのものでテキトーに作れば良いのであって、一つのレシピに拘る必要はない。であるから『おつまみ横丁185品』は材料と調理方針のヒントが示されていると思えば良い。食いしん坊や呑んべえなら、俺だったらこうするとか、あたしだったらあれを加えるとか、思うだろう。基本さえ押さえれば後は勝手に「俺流」「あたし流」「僕流」「自分流」で作れば良い、失敗したって、それでいいのだ。
-----------------------------内容----------------------------
ぐいっと一杯やりたくなる。
第一章・横丁酒場の定番おつまみ 118品
とりあえず・・・・14品(※みそ漬け3種が3品にカウントされている)
サラダ・・・・・・10品
煮物・蒸し物・・・11品
焼き物・・・・・・12品
炒め物・・・・・・13品
揚げ物・・・・・・12品
和え物・・・・・・12品
豆腐・・・・・・・10品
〆の一品・・・・・8品
小鍋立て・・・・・16品
まだまだある。
第二章・気軽につくれるおつまみレシピ集
●クイックおつまみレシピ47
<野菜類>・・・・・・14品
<魚介類>・・・・・・7品
<肉類>・・・・・・・8品
<その他>・・・・・・9品
<缶詰め・瓶詰め>・・9品
●文字だけおつまみレシピ20
他に
●お役立ちコラム
●横丁酒場の料理教室(いかをさばく。あじを三枚におろす。さざえをさばく。アボガドの下拵え)
-----------------------------ここまで----------------------------
追記:瀬尾幸子・タモリ倶楽部出演記録
と云うことで、奥付の顔写真を見て、もしかしてタモリ倶楽部に出ていた人じゃないかと調べてみたら、やはりそうでした。
2005.12.9
早い!安い!美味い!酒がすすむ!「スターが作る“おつまみ”選手権!!」
乾貴美子、なぎら健壱、田山涼成、大竹 聡(酒とつまみ編集長)、渡邊和彦(酒とつまみ編集員)、瀬尾幸子(料理研究家)
2006.3.10
オヤジ豪快企画:下仁田ねぎを食べながら下ネタを語って一杯飲む
ガダルカナル・タカ、 堀部圭亮、江川達也、大槻ケンヂ、瀬尾幸子(料理研究家)
2006.12.1
さかな対抗旨い皮No.1決定戦!冬の大漁祭(骨スープ付き)〜なぎら健壱の反省点付き〜
堀部圭亮、なぎら健壱、六角精児、瀬尾幸子(料理研究家)
2007.2.23
なぎら健壱の漬け物祭:ぬかの中身は何じゃろな?
なぎら健壱、羽場裕一、石田 靖、乾貴美子、瀬尾幸子(料理研究家)
2008.06.06
一番ウマいのはどの“ブシ”だ!?節キング決定戦!
浅草キッド、光浦靖子、瀬尾幸子(料理研究家)
1975年に「話の特集」から発行された「赤塚不二夫1000ページ」を遺影に見立て合掌のココロ。「赤塚不二夫1000ページ」は、そのご1998年に扶桑社から復刻されたが、現在は絶版になっている。と云うことで今夜は赤塚不二夫@おコトバを噛みしめ、故人を偲び、「赤塚不二夫1000ページ」を読んで大いにバカ笑いするのだ。お言葉-1 お言葉-2
下落合タイムズ
8月7日の告別式に於けるタモリ(森田一義)による弔辞が故・赤塚不二夫の人となりを良く表しているのでここに引用。(弔辞を読んでいるように見えたが、実は白紙であったと云う説があるようで....)
『8月2日にあなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかですが、回復に向かっていましたのに残念です。
10代の終わりから我々の青春は赤塚不二夫一色でした。
何年かのちに私がお笑いの世界をめざして、九州から上京して、新宿・歌舞伎町の裏のバーでライブみたいなことをやっていたとき、あなたは突然目の前に表れました。その時のことは今でもはっきり覚えています。
赤塚不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。この突然のできごとで、私は、あがることさえできませんでした。終わってやってきたあなたは、君はおもしろい。お笑いの世界に入れ。8月末にある僕の番組に出ろ。それまでは住むところがないから私のマンションにいろ。
自分の人生や他人の人生にも影響を及ぼすような大きな決断をこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。
それから長いつきあいが始まりました。しばらくは新宿の寿司(すし)屋で夕方に集まっては深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなねたをつくりながら教えを受けました。
いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。あなたが言ってくれたことは金言として心の中に残っています。そして仕事に生かしています。
赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。麻雀(マージャン)をする時も、相手の機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしかあがりませんでした。あなたが麻雀に勝ったところを見たことがありません。
しかし、その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのために、だまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたことがあります。しかし、後悔の言葉や相手を恨む言葉をきいたことがありません。
あなたは父のようであり、兄のようであり、時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は年の離れた弟のようでもありました。
あなたは生活すべてがギャグでした。ギャグによってものごとを無化していったのです。あなたの考えは、すべてのできごとを前向きに肯定し受け入れることです。それによって、人間は重苦しい陰(いん)の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後の関係を断ち放たれて、そのとき、その場が異様に明るく感じられます。それをあなたは見事にひとことで言い表しました。すなわち「これでいいのだ」と。
いまふたりで過ごしたいろいろなできごとを思い浮かべています。一緒に過ごした正月。そして海外へのあの珍道中。どれもがこんな楽しいことがあっていいのかとおもうばかりのすばらしい時間でした。
最後に会ったのは京都・五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔はお互いに労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。
あなたは会場のどこか片隅で、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘(ひじ)をつき、にこにこと眺めていることでしょう。そして、おまえもお笑いやってるなら弔辞で笑わせてみせろと言っているにちがいありません。あなたにとって死もひとつのギャグなのかもしれません。
人生で初めて読む弔辞が、あなたのものになるとは夢想だにしませんでした。私はあなたに生前お世話になりながらひとこともお礼をいったことがありません。肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼をいうときにただよう、他人行儀のような雰囲気がたまらなかったからです。他の人から、あなたも同じ気持ちだったと聞きました。しかし、いまお礼を言わせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。』
iPhoneスタートガイド (SOFTBANK MOOK)
と云うことで『週刊文春によれば悪評フンプンのiPhone』であるが、本書はそのガイドブックである。それもSoftBankからの出版である。だったら、iPhone購入者に只で配れと云うブーイングも聴こえてきそうでもある。まぁSoftBankの『孫の商法』はシナジー効果でなんとやらでしょうから、出版部門からガイドブックをだして売り上げを狙うのは当然であろう。しかしながら、前のエントリー・買ってはいけない...でも触れたように、iPhoneはパーソナルなPC環境があって成立するモバイル・ギアである。それについての解説が最終章「パソコンを使って徹底カスタマイズ」にさらりと書かれているだけなのは感心しない。「購入前後の注意点まで解説」とするなら、それはトップに持ってくるべきで、最低限、iPhone契約時に渡される注意事項に書いてあるようなiPhoneと同期可能なPCとOSのバージョン、必要なソフトウェア、インターネット接続環境についてまで解説するのが筋であろう。
「からだにおいしい 野菜の便利帳」
板木利隆・監修/高橋書店・刊(1300円+税)
銀行で月末の支払いを済ませて、本屋をのぞいたら店頭に平積みにされていた本書があった。手に取って値段と中身を確認、これは「買い」と即決。
スーパーや八百屋の店先に初めて見るような物珍しい野菜や食べたことのない野菜は、調理法も解らないと、どう食べてよいのやら、敬遠しがちである。もう旬は過ぎたが、今年になって初めて買って食べてみたのは「スナップエンドウ」、これは予想以上に甘くて美味かった。
と云うことで知っているようで、知らない野菜の食べ方から栄養知識、選び方まで載っている、全頁カラーで、まさにこれは台所に一冊の便利帳。
ロシア闇と魂の国家 (文春新書 623)
ブックカバーの見返しに『「ドストエフスキー」から「スターリン」、「プーチン」にいたるまで、ロシアをロシアたらしめる「独裁」「大地」「魂」とは何か。かの国を知り尽くす二人が徹底的に議論する。』と書かれている通り、ドストエフスキーの新訳文庫が評判のロシア文学者・亀山郁夫と起訴休職外務事務官で作家の佐藤優と云う二人の知性がロシアの近代と現代そして未来を様々な切り口からロシアを構成しているレイヤを徹底的に分析し議論している。面白い本である、腰巻きを読んだだけでも、それが伝わってくる。ドストエフスキーに精通していれば更に面白いであろう。だが、幸か不幸かロシア文学は高校生の時にトルストイを、それに1968年に話題となったソルジェニーツィンを読んだくらいで、ドストエフスキーの悪霊は映画となったものを岩波ホールで見ただけである。かろうじて先日放送された『知るを楽しむ・悲劇のロシア〜ドストエフスキーからショスタコービッチまで〜』の再々放送を録画できたのでどうにか俄知識だけは...。(と言っても未だ全て見ていないのだが...)
大学で神学を学び自らキリスト者でもある佐藤優の『スターリニズムは「ヒューマニズム」』に対し『キリスト教は「アンチ・ヒューマニズム」』と定義づけしている下りに、妙に納得した。そうか北方ルネッサンスと云ってもオランダ・ドイツが北限、15世紀にイタリアで興ったルネッサンスは辺境のロシアまで達することがなかったのだ。近代的自我が芽生えたルネッサンスの「ヒューマニズム」は「アンチ・ヒューマニズム」のキリスト教にとって異端であり受入れ難いものであった。
佐藤優は「第三章 霊と魂の回復」の中で次のように語っている。
ロシアだけでなく、キリスト教の異端についてぼくは次のように考えます。キリスト教は、二つの焦点を常にもっていると思うのです。イエス・キリストにおける人間と神性、信仰と行為、聖書と伝統、教会と社会というテーマをキリスト教神学は二項対立の形で立てることが好きです。そのうちどちらか一つの焦点だけを認めて、軌跡として円を描こうとするのが異端なのだというのが私の認識です。正統的キリスト教は、二つの焦点を維持して、楕円を描くのだと思います。ベルジャーエフは、キリスト教は二元論の陣営に立つと言ってますが、それはこのような楕円を描く焦点が二つあり、いずれも真理であるということを指しているのだと思います。
ちなみにプロテスタンティズムとロシア正教の異端派には、一つの焦点しか認めず、円を描こうとする傾向が強いです。私自身も、神学生の時代には楕円を円に矯正するのが神学の責務であると勘違いをしていましたが...
もしも亀山郁夫と同世代の米原万理が存命だったら鼎談もあり得たかも知れないと思わせる。ヒューマニストとしての米原万理とアンチ・ヒューマニストとしての佐藤優の論争も聞きたかった。
ところで、「生物と無生物のあいだ」にも出てきた研究員を揶揄する言葉『スレイブ(slave)=奴隷』はスラブ人が語源とされている。神や独裁者に隷属することを欲するロシア...が気になる。
ロシア 闇と魂の国家:目次
aki's STOCKTAKING:ロシア 闇と魂の国家
センネン画報
2006年2月のエントリーで紹介したブログ・「今日マチ子のセンネン画報」の選りすぐり作品に新たな書き下ろし作品を加え単行本となった。最初は「ちょっとシュールな脱力系」という印象であったが、最近は高校生の女子とそのボーイフレンドとの日常と夢想が織りなす風景と叙情に少々の毒とエロスを添加した「オチのないマンガ」として作風が確立し、不思議な魅力をもった作品となっている。
と云うことで週に一度だけ都内に行く出講日を利用して、山里から川向こうは京島まで足を延ばした。東武浅草から電車に乗るのは何年ぶりだろう。記憶に残っている最後はターミナルビルの浅草松屋の食堂で「お子様ランチ」を食べた時、未だ小学校には上がってないからたぶん昭和30年くらい、遥か昔の話だ。下りる駅は東武浅草から二つ目の曳舟、隅田川を渡るとき微かに潮の匂いがした。曳舟で下りたのは初めて、足立に住んでいた頃、東武電車に乗ることがあっても東武浅草から梅島まで途中下車したことは一度もなかった。LOVEGARDENまでの道順はGoogleMapで調べておいた、途中でクリーニング店と主人の姿を横目で見て、暫く行くとカーブの向こうに店の前で働いているcenさんの姿が見えた。
ブログで公開された『時差ボケ東京』の表紙を見て、海馬を刺激されたのか、何故かエリオットによる「荒地」の次の一節(福田陸太郎・訳)が脳内にイメージとして浮かび上がった。
まぼろしの都市、背中を丸めうつむきかげんに重そうな足取りで歩く人々、彼らにだけフォーカスが合わされ、人間だけが鮮明に写り、他の背景や前景はブレてボケている。脇道の奥から狙撃兵のようにカメラを構え流し撮りしているmasaさんの姿が目に浮かぶ。
冬の夜明け、茶色の霧をくぐって
大ぜいの群衆がロンドン橋の上を流れていった。
死はあんなに大ぜいの人々を滅ぼしたのか。
思い出したように短いため息をもらしながら、
みんな自分の足もとを見つめていた。
そうした個が埋没してる群衆の写真と対照的なのが、街中を疾走する自転車、流れる背景に個が際立って美しい。う〜ん、これは広告代理店のアートデレクターの目に留まるとパクられて何かに使われそうだ。masaさんが自費出版を選択したことが理解できる。暗闇に溶ける時差ボケサビオウの写真もある。そして銀座鳩居堂の前をアビー・ロードに変えたカメラ目線の女の子に僕は秒殺されてしまったのである。
参ったなぁ...。
昨年は没後40周年でNHKの「知るを楽しむ 私のこだわり人物伝」で取上げられ、今年は生誕80年周年と云うことでPLAYBOY今月号の特集も作家戸井十月・取材協力による「チェ・ゲバラ」である。彼が如何にして革命や自由のアイコンとなりえたのか...写真家アルベルト・コルダへのインタビューが興味深い。僕はアルベルト・コルダの名前を知らなかったが、彼の写真を見て映画「Buena Vista Social Club」のプロローグに出てくる写真家だと気付いた。映画の本編とは直接関係ないカットをプロローグにしたのはヴィム・ヴェンダースによる「チェ・ゲバラ」へのオマージュが含まれているのだろう。もちろんPLAYBOYの表紙にも使われているこの写真を撮影し著作権を主張しなかったアルベルト・コルダへの敬意もあったのだろう。これで何となく気になっていたものが腑に落ちて、ヴェンダースの意図が掴めた気がした。
PLAYBOY今月号は他にカート・ヴォネガットの未発表作品「阿鼻叫喚の街」や、今年のグラミー賞を独占した「エイミー・ワインハウスって何者だ?」等、興味深い記事が山盛りである。PLAYBOYと云うと金髪美女のヌードグラビアのイメージが強いが、内容的には硬派の雑誌なのである。
あのとき、撮影手法に....と...色々と話に聴いていたが、うーむ、こーゆーことだったのか。Kai-Wai 散策のmasaさんこと、村田賢比古氏が写真集を上梓される。タイトルはズバリ『時差ボケ東京』である。
ハードカバー大型上製本(全62頁-写真42葉)ISBN4-9904156-0-0 価格3600円+税なのだ。これはもう、masa-fanならずとも買わねばならぬのだ。
追記
LOVEGARDENでの発売も決まったのだ。『そうだ 京島、行こう。』
神保町・ブック・ダイバー(探求者)でも発売!近くの「新世界菜館」でカツカレーと...
発売中の週刊文春5月12日号・「阿川佐和子のこの人に会いたい」のゲストは新書で50万部を売り上げたベストセラー「生物と無生物のあいだ」の著者・福岡伸一氏である。これには伏線があって、阿川佐和子がアシスタントをつとめる『大竹まこと ゴールデンラジオ!』の3月31日放送分に福岡伸一氏がゲスト出演したことから始まる。ポッドキャストでこの放送を聴いていて理系が苦手なアシスタントの反応に... 些か...であったが、まぁ「科学と似非科学のあいだ」で視聴率稼ぎをするメディアにどっぷり身を置いている者の反応として、これがフツーなのかとも妙に納得した。伏線というのは週刊文春・誌上で次週から福岡伸一氏が連載するエッセイのパブリシティを兼ねているということ、何れそのエッセイも文藝春秋から単行本化され、時を経て新書ではなく文庫におさまるのであろう。
栗田さんのCHRONOFILEのエントリー「生物と無生物のあいだ」に「この新書の副題を「科学とゴシップのあいだ」にしても良かったかも...」と茶々をいれてしまった私であるが、それも強ち的外れでもなさそうだ。福岡氏は科学的主題を読者に如何に興味をもって読まれるかを考え、様々な研究者によって科学的発見に辿り着くプロセスを彼自身の体験を織り交ぜながらドラマ仕立てに書き表している。それはまさに「科学と文学のあいだ」を取り持つ筆さばきともいえる。しかし、彼はそうした文学的表現だけでなく科学的事象を短い言葉で的確に表現するのにも長けているのである。『エントロピーとは乱雑さを表す尺度である。』の言葉に出会った時は、何か胸のつかえが下りた気がした。昔々、ブルーバックスで読んだ、あの判り難さは何であったのだろう。これからはデスクトップがとっ散らかっている状態はエントロピーが増大していると言おう。
DNAの発見によって「生命とは自己複製するシステムである。」との認識を人類は得たが...福岡氏は更に『生命とは動的平衡にある流れである。』と再定義するのである。この言説は栄養学やら何やらの定説を再定義しざるを得ない程のマグニチュードを持っている。と云うことで詳しくは...「生物と無生物のあいだ」を読まれることを...その前に週刊文春をサラッと目を通すのも...よいかも...。
追記:御近所ブログの関連エントリー
aki's STOCKTAKING:生物と無生物のあいだ
MyPlace:「生物と無生物のあいだ」
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昨日の東京新聞・こちら特報部に『季刊誌「谷中・根津・千駄木」来春に幕』の記事が、発行部数が採算ラインを割ってしまったという現実もあるが、今までモチベーションを支えてきた都市のフォークロアが壊滅してしまったということではないだろうか。編集発行人の森まゆみさんは『だんだん自分たちの町ではなくなってきた。オートロックの建物が増えたり、個人情報保護といった風潮から以前のように話をじっくり聞けなくなってしまった。』と語る。「谷根千」や「神楽坂」といった町がブームに乗り観光地化すればするほど、そこで生活する人々の心にはある種の疎外感というか虚脱感のようなニヒリズムが芽生えるような気もするのだが...。
源泉の思考・谷川健一対談集
東京新聞日曜日の読書欄・新刊案内に『列島の旅と短歌、経世済民、民衆の暮らしの伝承...。民俗学の祖・柳田国男の方法と精神をもっともよく受け継ぐ在野の民俗学者の対談集。....』と紹介されていた。その谷川健一の相手を務める対談者の顔ぶれに興味を覚えAmazonに注文してしまった。連休最後の日の朝に届いた本を開き頁を捲り、最初の鼎談『いま、民俗学は可能か』に目を通すと、そのプロローグは柳田礼賛ではなく柳田国男批判である。私のような研究者でない門外漢の一般人にとって、こうした対談集は、戦後の民俗学を俯瞰的に捉えるのに最適かも知れない。
鼎談「いま、民俗学は可能か」の序文として「民俗学はなぜ衰退したか」が寄せられているが、その一部を引用すると...
...「いまの民俗学は落日のなかにある。...今日の民俗学は、厚い雲に包まれたまま姿もみせずに沈んでいこうとしているのではないか」と。...
...それはたしかに当っている面があるわけです。なぜかというと、一つは柳田が民俗学の枠組みをつくって、それからはみ出したり逸脱したりすることを許さなかったからだと思うのです。それが批判精神をなくしていった原因ではないかと思う。....
....経済成長によって農村は崩壊していくし、一方で減反政策をとらされるわけですから、やはり農民のあいだにニヒリズムみたいなものが産まれてくる。そういう農村の崩壊、農民のニヒリズムは、稲を中心とした日本民俗学の魂の衰弱と、パラレルなかたちをとっているのではないかと私は思うのです。...
過疎という現実に苦しんでいる村を前にしたときに、その現実を見ないふりをして、依然として柳田国男時代のマニュアルどおりの聞き書きなり、調査項目なりを村に押しつけて、そこで掬いとれたものを牧歌的に再構成して、村の民俗誌のようなものを再生産してきたのが戦後の民俗学ではないか、そういう民俗学に携わる人々の心性もほんとうはニヒリズムなのかもしれないと思うのです。それは、明らかに、農民のニヒリズムという現在の事実にきちんと向かいあっていないわけです。...
内容と対談者
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いま、民俗学は可能か 山折 哲雄、赤坂 憲雄(1997.7.31)
柳田の経世済民の志はどこにいったのか 小熊 英二(2002.11.20)
南の精神誌 岡谷 公二
民俗学の可能性 網野 善彦、宮田 登(1996.1.17)
網野史学をめぐって 山折 哲雄、赤坂 憲雄
精神史の古層へ 赤坂 憲雄
日本人の他界観 赤坂 憲雄
大嘗祭の成立 山折 哲雄
市町村合併の新地名に異議あり 今尾 恵介
現代民俗学の課題 宮本 常一
旅する民俗学者・宮本 常一 佐野 眞一(2005.2.8)
今なぜ「サンカ」なのか 礫川 全次(2005.4.18)
瞬間の王 詩人谷川雁 齋藤 愼爾(2002.2.28)
古代人の心と象 白川 静、山中 智恵子、水原 紫苑
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世代も経歴も考え方も異なる者同士の対談は時に見解の相違で不協和音を奏でる処もあり、興味深い一冊である。
死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う
僕が二十歳の誕生日を迎える略一月前、連続ピストル射殺事件犯人の永山則夫が19歳と10ヶ月で逮捕された。永山は「二十歳までは生きていたい。」と逃亡生活を続けていた。彼は僕と同い年だった。1979年・東京地方裁判所で死刑判決。1990年・最高裁判所で死刑判決確定。1997年・東京拘置所にて死刑執行(享年48)。その日の夕刊で永山の死刑執行の記事を読み、彼は「五十歳までは生きていたい。」と思っていたのだろうか、と僕は考えていた。
森達也の名を意識的に捉えるようになったのは、玉井さんに誘われて見た韓国映画「送還日記」の試写会での映画監督・金東元とのトークショーが切っ掛けであった。グレート東郷をテーマにした「悪役レスラーは笑う」は著者名を意識せずに読んでいたが、彼の名を世間に知らしめたオウム事件を素材にした「A」や「放送禁止歌」は未だ読んでいない。本書腰巻きには「死刑をめぐる三年間のロードムービー」と書いてある。「悪役レスラーは笑う」もそうだったが、紙媒体に於いても彼の手法はルポルタージュやドキュメンタリー映画のようである。そして、読了して思ったことは、民族学や文化人類学のフィールドワークにも似ていることだ。予断を持たずに相手の話を聴くこと、そのスタンスは同じかも知れない。
TBSの深夜番組「CBSドキュメント」で放送される"CBS 60 Minutes"を見ていると、時々、刑務所内部までカメラが入り込み、死刑囚等の凶悪犯罪の犯罪者へのインタビューが行われることがある。また死刑執行の現場となる刑場施設へカメラが入り込むこともある。米国では情報開示されている死刑制度であるが、日本では国民からは不可視の状況となっている。刑罰としての「死刑」を正しく理解している人は多くはない。懲役刑が懲役(強制労働)を持って刑を務める為、作業所が併設された刑務所に収監されるのに対し、死を持って刑を務める死刑囚は刑が執行されるまでは、他の未決囚と同じ拘置所に収容されたままとなる。そして刑が執行される朝を迎えるまで、死と隣り合わせに毎日を過ごすことになる。
森達也は本書執筆の動機付けを次のように語る。
少なくとも死刑を合法の制度として残すこの日本に暮らす多くの人は、視界の端にこの死刑を認めながら、(存続か廃止かはともかくとして)目を逸らし続けている。ならば僕は直視を試みる。できることなら触れて見る。さらに揺り動かす。余計なお世話と思われるかもしれないけれど。...
プロローグ
第一章:迷宮への入口
クリスマスの死刑執行(2006年12月「フォーラム90」の忘年会)
死刑事件弁護人(弁護士・安田好弘)
シュレーディンガーの猫(元オウム幹部・死刑囚・岡崎一明)
暗くて深い迷宮(『モリのアサガオ』作者・漫画家・郷田マモラ)
第一章:隠される理由
拷問博物館(明治大学博物館)
不可視の領域(名古屋拘置所)
視察の考現学(衆院議員・保坂展人)
第一章:軋むシステム
死刑になりたいから人を殺す(大阪池田小事件・死刑囚・宅間守/担当弁護人・戸谷茂樹)
民意のメカニズム(死刑廃止議員連盟・亀井静香)
死刑の起源
三十分間吊るすことの意味(元大阪高検公安部長・三井環)
第一章:元死刑囚が訴えること
生還(免田栄)
冤罪執行(石井健治郎・西武雄)
第一章:最期に触れる
野蛮な刑罰(元刑務官・坂本敏夫)
処刑場のキリスト(教誨師・カトリック神父)
論理から情緒へ(刑事被告人・佐藤優)
殺しているという意識(元刑務官・現弁護士・野口善國)
第一章:償えない罪
死刑の本質(山口県光市母子殺人事件)
応報感情(「少年に奪われた人生」作家・藤井誠二)
殺された側の情緒(音羽事件・被害者祖父・松村恒夫)
終着駅(山口県光市母子殺人事件・被害者家族・木村洋)
エピローグ
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森達也が対話した人たちの多くは存続か廃止かは別として、現状制度に対し...疑問を抱いている。何故なのか...
以下、2年前の2006年5月の東京新聞の記事から引用
異端の肖像2006 「怒り」なき時代に 弁護士 安田好弘(58)
「弁護士としての資質、人間としてのモラルに失望した」。読者から一枚のファクスが届いた。この読者一人にとどまらない。テレビのワイドショーで、ネット上で非難があふれ返った。
安田好弘。いま、日本で最も物議を醸している弁護士だ。かつてオウム真理教元代表・麻原彰晃被告=本名・松本智津夫=の主任弁護人を務め、先月、山口県母子殺害事件の上告審でも弁護人を務めた。
「悪人は早く吊(つる)せ」という世間感情、タレント弁護士が登場するお茶の間のにぎわいに彼は背を向ける。
非難のきっかけはこの上告審だった。三月十四日、最高裁の口頭弁論を安田は相方の弁護士とともに欠席した。
最高裁、検察、遺族は憤った。最高裁は昨年導入された改正刑事訴訟法に基づき、四月十八日の弁論への出頭在廷命令を初適用。欠席すれば、解任は避けられない。彼は法廷で「被告に殺意はなく、下級審の事実認定は疑問」と弁論の続行を訴えたが打ち切られた。
異例ずくめだった。昨年十二月上旬、二審の弁護人が最高裁へ「弁論は自分ではなく、安田さんに頼もうかと思っている」と伝えたという。開廷日は裁判所と検察、弁護人の三者で協議されるのが慣例だが、裁判所は同月下旬、一方的に開廷日を通告してきた。
安田は二月下旬、初めて被告人と接見した。被告の話が事件記録と違い、驚いて弁護人を引き受けた。さらに自白調書と死体所見の食い違いを見つけ、被告の殺意に疑問を抱いた。
弁論準備には数千ページに及ぶ記録の精査が必要だ。当日は日弁連の催しも重なっていた。彼は裁判所に三カ月の延期を要望。「従来は認められたケース」(安田)だったが、今回は拒まれた。弁論は通常一回で、準備なしに出廷すれば事実上、死刑を後押ししかねない。欠席の方針を固めた。
「被害者の人権を無視した」と苛烈(かれつ)なバッシングが待っていた。オウム真理教の裁判のときよりも酷(ひど)かった。当人はどう受けとめたのか。
「こういう仕事をしている以上、避けられない。凶悪とみられる人々の弁護をするのだから。世論は常に多数派だ。逆に被告は孤立している。弁護が少数者のためである以上、多数派から叩(たた)かれるのは定めだ」
その使命感は、と聞こうとすると、安田は遮って「使命感じゃない。これが弁護士という職業の仕事なんです」と言い切った。
報酬に乏しい公安事件、重大な刑事事件を背負ってきた。死刑の求刑、あるいは下級審で死刑判決が出た後に、彼が請け負った事件は十七に上る。大半が依頼だった。ある法曹関係者は「こうした事件を受ける弁護士が少なくなり、彼に集中している」と漏らす。
「自分も(こうした事件から)できれば逃げたいと思う」と安田は話す。
「死刑が絡む事件は不安だ。何もできないだろうと落ち込む。裁判で負けても終わらない。被告が処刑される日まで守らねばならない。毎日、冷や冷やして自分も生きていかねばならない。だから、だれもやりたがらない。でも、被告から依頼の手紙が舞い込む。接見で顔を見てしまう。そうすると断れなくなる」?? 非難の主流は「遺族感情に配慮しろ」だった。今回の事件では、被告が一審判決後に獄中から友人に宛(あ)てた「終始笑うは悪なのが、今の世だ」という手紙の一節が非難に油を注いだ。
「復讐(ふくしゅう)したいという遺族の気持ちは分かる。だが、復讐が社会の安全を維持しないという視点から近代刑事裁判は出発した。もし、復讐という考えを認めれば殺し合いしか残らない」
裁判を死刑廃止運動に利用しているという批判もあった。「死刑廃止を法廷で考えているとしたら弁護士失格だ。法廷は事実を争う場であって、政策や思想の場ではない。だいたい判決は死刑だろう、と考えて弁護なんてできやしない」
安田の弁護は徹底して事実にこだわる。愚直なまでに現場に行き、再現を繰り返す。「よく被告のうそをうのみにして、とか言われるが、うそで起訴事実が覆せるほど、法廷は甘くない。肝心なのは遺体や現場の状況という客観的な証拠だ。被告がどう言ってるかは参考情報にすぎない」
そんな弁護スタイルが、これまでいくつかの死刑判決を覆した。ただ、その手法も壁に突き当たりつつある。昨今の迅速化を掲げた「司法改革」の流れだ。
例えば、被告側の防御権を損ないかねない公判前整理手続きが、昨年十一月に導入された。経験した弁護士は「時間がない。十分な検証は不可能だ」と悲鳴を上げた。安田は「迅速化の中身は結局、手抜きだ。検察、裁判所からみれば手軽に一件落着で済む。しかし、被告人には生死や自由が絡んでいる」と憤る。
「刑事裁判は死んだ」と安田は話す。「有効な反論を通じ、初めて真相は明らかにされる。検察、弁護人の客観的な主張を裁判所が冷静に判断する。そんなシステムが機能不全に陥っている。検察主導の大政翼賛化が進んでいる」
■事実に徹底的にこだわる闘い方
その理由を安田は「弁護士がしっかり反論せず、検察は地道な事実の積み重ねよりトリックにおぼれ、裁判所も監視の役割を怠っている」と指摘する。
麻原裁判の長期化に批判が集まり始めたころ、安田は顧問を務める不動産会社の事件で逮捕された。一審は無罪。裁判長は検察側の強引な公訴内容に苦言を呈した。とはいえ、十カ月もの拘置で麻原裁判の舞台からは“消された”。
この拘置中、殺人的な仕事からは解放された。でも保釈後、再び以前の日々を送る。「朝七時から会議をやって、夜九時すぎからも会議。その間に裁判資料を調べ、自宅に帰れるのは二週間に一回だけかなあ」
安田について、友人でジャーナリストの魚住昭は「徹底的に事実にこだわり、かつ人権を守ろうとする弁護士の基本に忠実な人物。逆に最高裁や検察当局からみれば、最も厄介な人物だろう。それがバッシングの根底にある」と語る。
孤立しがちな印象の一方で、彼自身の控訴審には前例のない二千百人の弁護士が弁護人に名を連ねた。
「彼は左翼系で私とは立場が大きく違う」と話しつつ、元検察官の小林英明弁護士は彼をこう評す。「私は死刑問題でも彼とは考え方が根本的に違う。だが、弁護士としての優秀さ、人間性については高く評価している。法の許す範囲内か否かを自覚し、信念を持ち一生懸命やっている」
団塊の世代のご多分に漏れず、学生活動家だった。そこで容易に人が変節するのを目の当たりにした。
「自信なんてない。しかし、できるだけ変わらない方を選ぼうと生きてきた。でも、世の中はどんどん単純化していく。一体、この先に何が待っているのか」

と云うことで先週、「2001年宇宙の旅」の原作者・アーサー・C・クラークが亡くなったのだが、やっぱり面白かったのは初期の「幼年期の終り」でしょうか。昨日の「大竹紳士交遊録」でも書評家の大森望が「幼年期の終り」を推していたが、アシスタントの東京外語大出身のお笑い芸人・光浦靖子がSFは分からないし、翻訳物も苦手と言ってたのが哀しい。そう云えば2001年のモノリスの意味が解らないと云う同級生がいたが、こういう人には幾ら言葉で説明しても時間の無駄である。解らない事があることを肯定しそれを面白いと思えなければSFを読まない方が良い。世界は、未知なもので溢れている....のだから。

さて中沢新一のアースダイバーに触発され2005年10月22日から隊長の発案で始めたアースダイビングであるが、最初は東京タワーの足下、芝丸山古墳や代々木八幡の半島や岬状の地形等に縄文人の足跡を辿る等、どちらかと云えばドライなモッコリ地形にフォーカスしていた。埋田或いは海田が地名の起源と云われている低地に生まれ、今は山里の谷間に住んでいる私はウェットな場所に魅かれるのだろうか、二回目のアースダイビング@下北沢の出発地・代々木八幡に集合前に渋谷川の支流・宇田川の更に支流の河骨川跡の春の小川の碑に立ち寄り小田急線に平行する川筋を歩いて、切り通しから八幡宮の杜に入っていった。そのアースダイビング@下北沢に於けるサブテーマであった「都市計画道路補助54号線」の全体を確認した後、特に誰が言うまでもなく北沢川の支流を確認したり、暗渠化された川筋に沿って代沢の森厳寺方面に歩いていることに気付いた。地球の引力に抗うことなく自然と低地に向かっている。その体験が第三回アースダイビング@江戸東京地下水脈の企画へ繋がったことは言うまでもない。謂わば時代の共時性であろうか、図らずもそれは川の地図辞典の出版意図ともシンクロしている。川の地図辞典・腰巻に書かれた『アース・ダイビング〈消えた川・消えた地形歩き〉必携』のキャッチコピーがそれを物語っている。と云うことで次の日曜日は川の地図辞典・出版記念ウォークと懇親会なのだ。どうやら天気が崩れる心配も無いようだ。気の早い染井吉野が見られるか楽しみである。
謎解き広重「江戸百」 (集英社新書 ビジュアル版 )
と云うことで前のエントリー『「名所江戸百景」と江戸地震』で紹介したサイトの解説を担当した原信田実氏による著作である。本書は電脳「くろにか」に2005年末まで連載していた江戸百を元に詳細な論証と図版を加え新書として上梓したもので著者の遺作となっている。表紙は安政二年の十月二日に起きた安政江戸地震で九輪が折れ曲がった浅草寺五重塔が翌年安政三年五月に修復され、それを記念しその年の七月(辰七)に出版された版画である。しかし修復されたのが五月にも関わらず季節が冬に見立てられているのである。著者は『名所江戸百景・浅草金龍寺』を雪景色の中に置いて一新の雪に戦災復興を祝う広重や江戸市民の想いが込められているのでは...と考える。
真乳山山谷堀夜景の構図も興味深いですね。教科書的には、いけない構図ですが、其処に謎が有りそうで...考え始めると...う〜む。
ネットの情報だけでは腑に落ちない、と云う向きには打って付けの新書。
『名所江戸百景』を研究しているサイトは他にもあります。
森川和夫:廣重の風景版画の研究(1)古写真で読み解く広重の江戸名所
森川和夫:廣重の風景版画の研究(2)広重と「江戸名所図会」
工作少年の日々 (集英社文庫 ) 森博嗣・著
昨年の秋に森達也と森巣博による『ご臨終メディア』を読んだ所為か似たような著者の名が目に留まった。普段ならそのまま見過ごすのであるがタイトルの『工作少年の日々』に釣られて文庫本を手に取りページを捲った。最初の散らかしの法則を読んで、そのままレジに向かった。嘘か真か、氏が小説を書き始めた動機付けは工作室の或る家を手に入れるためだそうである。何故ならとりあえず資金(道具)が少なくて済むからである。そんな氏も現在は14台のMacを所有し、それらを駆使して小説を書いていると云う。Macの台数はエッセーを書いた時点で尚且つ上位機種が未だG4であるから、想像するに今では20台を超えているのではないだろうか。昨年秋には夫人がiMacを自身はiPodtouchを手に入れたらしいし、「MacBook Air」もとりあえず1台は買うらしい。と云うことで定期的に読むブログにMORI LOG ACADEMYがまた一つ増えてしまった。やれやれ。
もしやと思い栗田さんのブログを検索すると単行本で紹介していました。
2006-08-08CHRONOFILE: 工作少年の日々
追記:aki's STOCKTAKING・工作少年の日々
なげださない 鎌田實・著
あまり、この手の類いの本は僕の購入予定リストには入っていないのだが、2月1日の【大竹まこと ゴールデンラジオ】でゲストの鎌田實さんが紹介していた著書「なげださない」を読んでみた。まぁ、ガキの頃、学校から家に帰ってくるなりランドセルをなげだして遊び呆けたり、夏休みの宿題を最後までやらずになげだした自分としては、耳の痛いタイトルでもある。そんな、しょうもないガキだった自分も、考えてみたらもう12年も非常勤として学生に接している。そしてこの季節は後期の採点表を提出する一番苦手な時期でもある。採点が恣意的にならぬよう項目別に分類して学生が提出したデータを分析して採点し集計するのであるが、レンダリングのリドロウやら何やらでそれなりに時間を要する作業でもある。いつだったか、高名な解剖学者のセンセーが小論文を一瞥するなり65点と略流れ作業的に採点していたのをテレビで見ていて、実に羨ましくもあった。全ての学生が問題なく合格点に達していれば良いのだが、そう首尾よく運ばないのは世の常、出席不足等でボーダーラインから落っこちそうな場合も、切り捨てたりせずに、何らかの救済措置が求められるのだが、昨今は微妙な問題を抱えた学生もおり、無闇矢鱈と「がんばりなさい」と言えないのが現状でもある。
前文
ちょっとしんどいと、親が子どもをなげだし
子どもは老いた親をなげだし
メーカーも商社も信用をなげだしてしまう。
ちょっとつらいと、勤め人は会社をなげだし、
国のリーダーまでもが、この国をなげだした。困難の中、なげださずに、ていねいに
生き抜く人たちを書きたいと思った。
いのちの底力を、伝えたい。
第2章:転移しても再発しても、なげださない。がんが治った
支えあい、笑いあって、病を乗り越えたふたり
第3章:自分の夢をなげだすときもある。人のために
放射能汚染で地図から消された村にいきる、飛行機おじさん
第4章:かつての敵を許す。憎しみの連鎖を断ち切れ
アメリカで生き、平和のために被爆体験を語り続ける笹森さん
第5章:心の目で見てみよう。大切なものが見えてくる
盲導犬とともに福祉活動にいそしむキミエさん
第6章:明日を信じているからできる。遥かな夢への小さな一歩
故郷アフガンへ森を贈る「ドイツ国際平和村」のマスードさん
第7章:いのちは輝かせられる。ラストの一ページまで
死を背負い歌い続けたシンガーmicoさん
第8章:人の悲しみを癒すとき、自分も癒される
震災を越えてつないだ「いのちのバトン」
第9章:自分の悲しみは横に置いて、人の悲しみを支える
病気の子どもたちに希望と薬を届ける、イラクのイブラヒム先生
第10章:みんな違って、みんないい。不揃いのカボチャたち
北の大地で、ともに生きる「共働学舎」の25人
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と云うことで、アルコール依存症、若年がん患者、チェルノブイリの被爆者、広島被爆者、視覚障害者、アフガニスタン難民、スキルス性胃癌のシンガー、神戸淡路震災被害者、イラク難民、自立農業施設主宰者、等々の10のエピソードの内、幾つかのエピソードは他のメディアによって既に紹介されているものもあるが、本書ではどのエピソードの主も鎌田先生と人間的な信頼関係によって文章化されている。そしてエピソードは個人の心の内側に迫ったミクロの視点と、社会情勢・世界情勢との関係性を保ち俯瞰なマクロの視点によって構成されている。そして悪戯に感情に流されることなく客観性も保ち、ユーモアを交え解りやすく読みやすく書かれている。ここ最近の様々な世相の動きを見ていると、この国の方向性が民主主義からどんどん懸け離れてゆくように思えてならないが、それでもそんな逆境の中、日常をひた向きに生きている人たちの存在に勇気づけられる。あきらめずに、がんばりすぎず、そしてなげださないで...。
東京慕情―昭和30年代の風景 東京新聞出版局・定価1200円(税込)
昨年一年間、東京新聞・日曜朝刊に連載されていた特集記事を一冊に纏めたものである。単に昭和30年代の懐かしい写真を集めて昔話に終始したものではなく、被写体となった風景や人物を探し求め、関係者へ当時の状況等の追跡取材を加え、エピソードを交えて東京新聞編集委員・田中哲男氏が執筆したものである。そこには半世紀に亘る都市で生活する庶民の様々な想いや物語が隠されている。
幾つかのエピソードの中で工事中の東京タワー最上部近くの鉄骨に立つ三人の塗装工とその写真を撮った写真館店主の話はとても興味深いものの一つだ。しかし僕にとって自分の記憶を確認できた写真として昭和34年の渋谷駅界隈を現在のセルリアンタワー東急ホテル方向から撮影したものがある。写真に写っているビルは東横デパートと東急文化会館くらいで、現在の三井住友銀行が入っている東急プラザは未だ建っていない。僕が校外授業として東急文化会館最上階の五島プラネタリウムに見学に来たのは、その写真と同じ昭和34年である。山里の小学校から観光バスに小一時間ゆられて渋谷に着き、プラネタリウムを見学して屋上でお昼の弁当を食べて、再びバスで山里に帰った訳だが、その間、僕たちを乗せてきたバスは路駐して待っていたのである。今では信じられないような話しであるが、70頁の写真を見れば納得するであろう。

と云うことで「川の地図辞典」を手にして最初に調べたことは、私の生まれたバラックの前を流れていた堀割の正式な名称である。だが残念ながら「川の地図辞典」(P380〜P382)には掲載されていなかった。尤も足立区北部、草加市との都県境を流れる毛長川と荒川放水路とに挟まれた低湿地帯に嘗ては数多くの堀割が縦横に設けられ、それらの多くは農業用水路として機能していた事を考えると、無名の堀割もあるだろうし「川の地図辞典」にそれら全てを網羅することは到底無理と考えられる。頭の隅に微かに記憶されていた「梅田堀」をキーワードにGoogleで検索すると位置を特定できる情報が三つ程見つかった。
一つは西新井駅近くの梅田堀親水水路、そして生家に隣接した梅田稲荷神社について書かれた下記の文言。
5丁目9番にある。社殿の左側に禊教の教祖井上正鉄と妻の安西男也の墓が二人の高弟の墓とともに並んでいる。ほかに神社の玉垣に沿ったところに庚申塔と外荒神の2基を祀った庚申堂がある。もと梅田堀の端にあったものを地元の人々がここに安置したもので野仏の保存が図られている。文久元年(1861)九月銘の漱盥石がある。
上の写真の撮影場所をiPodtouchの空撮写真で見るとGoogleのロゴ付近から北の方向(西新井方面)を写している。右手の緑は梅田稲荷の社務所、鉄骨3階ALCのマンションが母の実家の池があった場所。生家の前の道は梅田堀を暗渠化して歩道を設け、更に車道を広げ、片側一車線の対面交通としたようである。梅田堀上の歩道のポールは嘗ての湿地帯を表徴するものだろうか。写真左手のマンション付近も50年前は溜め池があり、夏はシオカラトンボが池の上を飛んでいた。
追記:上記写真は昨年一月、西新井大師から荒川放水路までアースダイビングした時のモノです。因みにmasaさんが発見したサビオウの前は本木堀が流れていました。
次回「川の地図辞典-3 Jediへの道」へ続く。
『川の地図辞典 江戸・東京/23区編』
菅原健二・著 之潮・刊(定価3800+税)
ISBN978-4-902695-04-5
カーレースに例えるなら既に周回遅れでピットスタートとなった感があるが、Kai-Wai散策を震源地とする『川の地図辞典』の紹介である。私も何方かと同様、「新宿のジュンク堂+タイトルうろ憶え」であったが、出版社のコレジオ(Collegio)がイタリアの画家コレッジョ(Correggio)に似ていたのが幸いし、それを頼りに優秀な店員さんに探していただき、正月休み明けの1月7日に手に入れることができた。
江戸・東京の川に関する辞典と名の付く書物を読むのは、この『川の地図辞典』が初めてではない。第4回アースダイビング『Take The "A" Tram』の下調べをしている時に大学の図書館から借りた図説 江戸・東京の川と水辺の事典に次いで二度目である。その「図説 江戸・東京の川と水辺の事典」を出版した柏書房は何と「川好きotoko」さんが「之潮」を始める前に社長を務めていた出版社なのだ。わきたさんが調べたこちらとこちらの記事を読むと、どうやら「川好きotoko」さんは自分の納得できる仕事をすべく「之潮」を設立したらしい、そしてその成果の一つが図書館に貸出禁止図書として鎮座されるデスクトップタイプの辞典ではなく、誰でもが手にできるモバイルタイプの『川の地図辞典』なのである。と勝手に解釈して合点した。
追記:著者の菅原健二氏は前述の鈴木理生・編著による「図説 江戸・東京の川と水辺の事典」と「東京の地理がわかる事典」の共同執筆者の一員であり、鈴木理生氏とは東京都の図書館繋がりであったのだ。合点、合点、合点。
実業美術館:赤瀬川原平×山下裕二
文藝春秋の『オール讀物』に三ヶ月に一度くらい略定期的に掲載されていた『企画モノ』の単行本化である。世話役に山下裕二、ご隠居が赤瀬川原平と云った趣向なのだろうか、編集部の段取りで各地の実業美術館・物件を見学した後、何処ぞで対談、録音テープから原稿を起し、なんちゃらかんちゃらで一丁上がり。雑誌原稿が溜った処で書籍化となる。良くも悪くも出版社主導のシステムによって作られた本である。その辺りが些か気になるのは、物件によって食い付き方に温度差が見られることである。興味深いのは第一章の「大和ミュージアム」で戦艦大和をカメラに見立てる赤瀬川原平。
大和の艦橋にある測距儀はカメラのレンジファインダーと同じ原理、製作は日本光学によるものだ。カメラ上部を軍艦部と呼ぶのも同じ理由、逆にカメラを軍艦に見立てているからである。撮影も射撃も英語では同じ"shot "であるからニコンが嘗て日本光学狙撃眼鏡を製作していても何ら不思議ではないのである。
内容
巻頭鼎談「実業美術館とはなんぞや?」赤瀬川原平×南伸坊×山下裕二
はじめに 赤瀬川原平
1 戦艦大和を観に行く(大和ミュージアム・海上自衛隊呉基地)
2 網走番外地の真実とは!?(博物館網走監獄・網走刑務所)
3 ごみ処理工場が芸術してます(大阪市環境局舞洲工場&スラッジセンター・広島環境局施設部中工場)
4 交通博物館で職人技を応援(交通博物館)
5 警察と芸術のビミョーな関係(明治大学博物館刑事部門・警察博物館)
6 偉大なる中小企業の「作品」たち(コシナ・オリエント時計)
7 野球の国ニッポンの聖地を訪ねて(東京ドーム・野球体育博物館)
8 「お金」に「芸術」の深淵を見た(国立印刷局滝野川工場。お札と切手の博物館・貨幣博物館・日本銀行本店)
9 トヨタは応挙、マツダは光悦である(トヨタ博物館・マツダ本社工場)
あとがき 美術に実業を、実業に美術を 山下裕二
いわゆるムック、発行元はMCプレス。オジサンはiPod touchをハッキングする気もなく、記事にあったHandBrakeを試したかっただけ、以前も似たようなフリーウェアを試したが、それは上手くコンバートできなかったので再挑戦、と云うことで今回は成功..。使い方はこちらにもあった。最初から知っていればムックを買わずに済んだのだが、無知故の出費でした。
トーハン調べによる2007年間ベストセラーの第一位が『女性の品格 』なんだそうである。昨年の第一位が『国家の品格 』だから柳下に泥鰌が二匹いた訳である。と云うことで、ちかごろ新書がブームなのか、どこの出版社でも新書を出すようになった。Wikipedia調べによれば30社から42の新書シリーズが出版されているが、書店店頭で見たところWikipediaのリストにない新書もあって、まだ増え続けているようである。現在、東京新聞夕刊・文芸欄に植田康夫氏による『本は世につれ・戦後ベストセラー考』と云うコラムが連載されているのだが、その11月22日付けの47回目に光文社の「カッパブックス」誕生の経緯が紹介されていた。
その一部を引用すると...
伊藤整の要請で、新書判の双書創刊を決意した神吉晴夫だが、伊藤の『文学入門』をトップバッターにすることは決まっても、双書名は考えあぐねた。
人真似をしないことを信条とする神吉は、岩波新書と異なる新しい双書をと思い、タイトルにもこだわった。・・・中略・・・
・・・《これで、私は新しくスタートする軽装判シリーズに、カッパという名前をつけることに踏みきった。けれども、「カッパ新書」では、新書という新語をつくった岩波茂雄さんに面目ないし、さりとて、「カッパ文庫」 「カッパ双書」では、古めかしい。もっと今日的な感覚が欲しかった。これは、ひとつ、外国のものにならって、・ブックスをつけ、「カッパ・ブックス」にしようと考えつく。ブックスという言葉なら、小学生だって知っているだろう》・・・
2000年以降、一人で各社から多くの新書を出しているのが解剖学の養老孟司と脳科学の茂木健一郎である。
ベストセラーとなった養老孟司の『バカの壁』は口述した内容をライターと編集者が原稿にまとめ、著者がチェックして一冊の本に仕上げると云うシステムを確立している。原稿用紙に向かい推敲を重ねる、なんてのは過去のこと。最近増えている対談スタイルの新書も似たようなものだろう。
養老 孟司
まともな人 (中公新書) 養老 孟司 (新書 - 2003/10)
バカの壁 (新潮新書) 養老 孟司 (新書 - 2003/4/10)
いちばん大事なこと―養老教授の環境論 (集英社新書) 養老 孟司 (新書 - 2003/11)
死の壁 (新潮新書) 養老 孟司 (新書 - 2004/4/16)
こまった人 (中公新書) 養老 孟司 (新書 - 2005/10)
無思想の発見 (ちくま新書) 養老 孟司 (新書 - 2005/12)
超バカの壁 養老 孟司 (新書 - 2006/1/14)
希望のしくみ (宝島社新書) アルボムッレ・スマナサーラ 養老 孟司 (新書 - 2006/6/13)
ぼちぼち結論 (中公新書 1919) 養老 孟司 (新書 - 2007/10)
バカにならない読書術 (朝日新書 72) 養老 孟司/池田 清彦/吉岡 忍 (新書 - 2007/10/12)
茂木健一郎
脳とコンピュータはどう違うか―究極のコンピュータは意識をもつか (ブルーバックス) 茂木 健一郎 田谷 文彦 (新書 - 2003/5)
意識とはなにか―「私」を生成する脳 (ちくま新書) 茂木 健一郎 (新書 - 2003/10)
知能の謎 認知発達ロボティクスの挑戦 けいはんな社会的知能発生学研究会(共著) (新書 - 2004/12/17)
「脳」整理法 (ちくま新書) 茂木 健一郎 (新書 - 2005/9/5)
脳の中の人生 (中公新書ラクレ) 茂木 健一郎 (新書 - 2005/12)
ひらめき脳 (新潮新書) 茂木 健一郎 (新書 - 2006/4/15)
すべては脳からはじまる (中公新書ラクレ) 茂木 健一郎 (新書 - 2006/12)
フューチャリスト宣言 (ちくま新書 656) 梅田 望夫 茂木 健一郎 (新書 - 2007/5/8)
音楽を「考える」 (ちくまプリマー新書 58) 茂木 健一郎 江村 哲二 (新書 - 2007/5)
日本人の精神と資本主義の倫理 (幻冬舎新書 は 3-1) 波頭 亮 茂木 健一郎 (新書 - 2007/9)
欲望する脳 (集英社新書 418G)茂木 健一郎(新書 - 2007/11/16)
それでも脳はたくらむ (中公新書ラクレ 264) 茂木 健一郎 (新書 - 2007/12)
すべては音楽から生まれる (PHP新書) 茂木 健一郎 (新書 - 2007/12/14)
流石に時代の寵児と云うか売れっ子の茂木先生は新書だけでも今年6冊も上梓しているのである。(訂正:今月分・新書二冊を追加)
こうして眺めてみると活字文化も視聴率第一主義のテレビと云ったメディアと似たり寄ったり同じように見えてくる。どのチャンネルを回しても似たような顔ぶれのタレントやコメンテーターが並び、何かが流行れば、どのチャンネルも似たような内容となるように、出版界も然したる差は無いようだ。『バカ』『ウソ』『脳』『品格』と云ったキーワードを用いたタイトルだけ見ると週刊誌の中吊り広告を見ているようである。玉石混淆の新書の世界、品格を語るも天に向かって唾を吐くようなものに思えてならない。
ところで辛口書評家として知られる大森望が大竹まこと・ゴールデンラジオ!「大竹紳士交遊録」の12月6日放送分のポッドキャスト版のエンディングで大竹の「(年間ベストセラーの)ベスト10にも全部点数付けて欲しいよな...」のフリに対し、大森望曰く「『女性の品格 』に7点が付いたりして...」の軽口を叩いたところでエンド...本音がチラリ。
カーサ・ブルータスの向うを張ったかどうかは知らないが、Mac系専門誌からライフスタイル・クオリティマガジンとしての脱皮を図ったMacPowerであったが、それも頓挫し、新たに季刊誌として再出発している。新装なったMacPowerは季刊で160頁の情報量に対し月刊のMacFanとMacPeopleは250頁前後の情報量である。必要な情報はネットにアクセスすれば事足りる時代、三ヶ月に一度の季刊誌となればじっくりと読ませる内容が必要となる。柴田文彦氏の「UI進化論」と「MacOS 1.0の研究」そして三原昌平氏による「Appleのプロダクトデザイン史(前編)」と、既にどこかで読んだような見たような企画が並ぶ。前途多難であろうが、季刊誌の特性を活かし腰を据えてオールド・マックユーザーにも読みたくなる内容を願いたい。呉々も気付かないうちにフェードアウトすることの無いように...。
日曜朝刊に『週刊 ハーレーダビッドソン』の広告が出ていた。こうした付録がメインの雑誌もシリーズ化され、商売として成立しているのだから根強いフアン層があるのだろう。しかし、いつも思うのだが果たして最後まで諦めずに完成させる購読者はどの位の数いるのだろうか、と。それよりも、全冊揃えるのに、どのくらいの期間で値段が幾らくらい掛かるのか気になった。広告を隈無く調べると小文字で毎週火曜日発売の89号で完成とある。う〜む、全てのパーツの入手まで1年と8ヶ月以上、購入価格を計算すると(890+1790×88)で〆て金158,410円也の出費で1/4のメタル製のハーレーが手に入る訳であるが、それには一冊の厚みが5センチと計算して全89冊が収納できるラック(900×280×1800)のスペースと、完成品(597×255×270)を飾るスペースも必要となる。創刊号の価格だけで、お手軽な「パーツ付きマガジン」だと侮ってはいけない。時間と予算、そしてスペース、その上、根気も充分必要とされるのである。
ご臨終メディア:森 達也 ・森巣 博 (著) 集英社新書
副題が「質問しないマスコミと一人で考えない日本人」つまり、思考停止状態なのはメディアも一般大衆も大差ないと云う事であろう。僕は常々、メディアに対して脳死状態にあると見ていたが、二人の著者は既にメディアを「ご臨終」したと見做している。
放送メディアだけでなく活字メディアにしても書店の店頭に平積みにされた「売りたい本」の山を見ると、権力に阿るメディアによって国民をどの方向に向かわせるのか情報操作されているような暗澹たる気持ちにされるのであるが...やはり、活字メディアもご臨終ということか。

と云うことで『復刻版 岩波写真文庫 赤瀬川原平セレクション』の全10冊(科学編5冊・社会編5冊)である。駅前の啓文堂書店でdanchu11月号を買うつもりで立ち寄り、平積みされている暴走老人!を手に取り、買おうか買うまいか迷っていると、前方斜め右の目線の高さの書棚に赤瀬川原平セレクションの文字が目に入った。『戦後腹ぺこ時代のシャッター音
』はAmazonに注文してあるが、写真文庫は原物を見てから買うか決めようと思っていた。箱から出して頁をめくり始めると、これはタイムマシンである。生まれてから意識が目覚め初めて見た原風景やグラフ雑誌やニュース映画等のメディアで知った出来事が記録されている。これは自分の記憶とすり合わせ、その時代を再確認する為にも必要なアイテムと成り得るし、第一どれを見ても面白いのである。
科学編の蛔虫 (岩波写真文庫 赤瀬川原平セレクション 復刻版)には野糞についても見開き二頁で写真と「うんちく」が語られている。
野糞はふつう農村に多いとされている。農村の状態から見て当然であろう。その上にハイキングに行く人なども残してくる。ところが、少いと思われがちの都会にも、案外野糞は多い。公園の草むらなどにもよくあるし、屋外の行事のあとには、必ずといってもよいほど多い。野糞と弁当の殻が相接している風景もよく見られる。また、ないようで多いのが公衆便所の近所である。便所が汚れていることが多いからであろう。このような都会の野糞は戦後特に多い。野糞ではないが、似たものに列車便所から線路に落ちたものがある。列車が長く止っている駅の線路には物すごいほど多い。丁寧にも調査した公園の見取り図に野糞の位置を示した図も添えられている。
戦後腹ぺこ時代のシャッター音・岩波写真文庫再発見
赤瀬川原平・著 (1600円+税)
と云うことで本書と同時に『復刻版 岩波写真文庫 赤瀬川原平セレクション』全10冊(科学編5冊・社会編5冊)が岩波書店から9月27日に発売されている。12月には東京をテーマに『川本三郎セレクション』全5冊が刊行される予定である。最近話題の岩波写真文庫であるが、『A瀬川原平セレクション』と来たら『F森教授セレクション』が有って良さそうである。こちらも期待しよう。
内容
アメリカ人の生活を見る・・・・・岩波写真文庫5『アメリカ人』1950
捕鯨船団ヤマトの時代・・・・・・岩波写真文庫3『南氷洋の捕鯨』1950・赤瀬川セレクション
肖像からはじまった写真・・・・・岩波写真文庫8『写真』1950
電気がまだハダカだった・・・・岩波写真文庫190『家庭の電気』1956
日本人はなぜ野球がすきなのか・・・・・岩波写真文庫35『野球の科学』1951
車がまだ自動車だったころ・・・・・岩波写真文庫94『自動車の話』1953・赤瀬川セレクション
むかし見た明るい夢・・・・・岩波写真文庫65『ソヴェト連邦』1952・赤瀬川セレクション
黒々として神々しい巨大獣・・・・・岩波写真文庫21『汽車』1951・赤瀬川セレクション
靴ぴったり至上主義のころ・・・・・岩波写真文庫118『はきもの』1954
芸術も前進の時代だった・・・・・岩波写真文庫78『近代芸術』1953
不潔でも逞しかった蛔虫時代・・・・・岩波写真文庫44『蛔虫』1951・赤瀬川セレクション
日本列島初の同時多発フォト・・・・・岩波写真文庫183『日本 一九五五年十月八日』1956・赤瀬川セレクション
交通巡査の立っていた東京・・・・・岩波写真文庫68『東京案内』1952
電話番号の下に(呼)があった・・・・・岩波写真文庫34『電話』1951
どこを写真に撮っても様になる・・・・・岩波写真文庫194『パリの素顔』1956
産業革命を率いた王様・・・・・岩波写真文庫49『石炭』1951・赤瀬川セレクション
鉄と海が相手の職人魂・・・・・岩波写真文庫67『造船』1952
真実の漏れ出る部分・・・・・岩波写真文庫13『心と顔』1951
子供特派員の目の輝き・・・・・岩波写真文庫199『子供は見る』1956
玉音放送を聞いて家路に・・・・・岩波写真文庫101『戦争と日本人』1953・赤瀬川セレクション
排気ガスの代わりに馬糞があった・・・・・岩波写真文庫48『馬』1951・赤瀬川セレクション
団塊世代が一年生だった頃・・・・・岩波写真文庫143『一年生』1955・赤瀬川セレクション
塩分欠乏でへたり込んでいた・・・・・岩波写真文庫193『塩の話』1956
深山幽谷から色香まで・・・・・岩波写真文庫213『自然と心』1957
図説・明治の地図で見る鹿鳴館時代の東京
学習研究社・発行(1900+税)
参謀本部陸軍部測量局によって明治17年に完了した測量に基づいて作成されたフランス図式『五千分一東京図』35面の内、34面の地形図が収録され、併せて国土地理院による地形図と古写真や錦絵が参照されている。地図の範囲は北東が浅草周辺、北西が早稲田周辺、南東は海で欠番となっているが現在の晴海、南西が広尾周辺までの区域である。芝公園周辺地図を見ると芝増上寺の将軍家霊廟の殆どが西武鉄道グループに買い占められたことが解る。戦災で消失したとは云え、なんだか、、である。写真などの図版も多くマッパーならずとも持って置きたい一冊である。
たむらくんより偕成社から10月上旬発売の『ゆきだるまくん、どこいくの?』が届いた。
表紙は大胆な赤だ。大胆なのは表紙だけでなく中身もかなりなモノだ。絵本としては異例の黄色を用いた二色刷りでページ数は96ページもある。
"やなせたかし"が"大竹まこと"とのラジオの対談で『キャラクターをしっかり考えれば、自然に動き出して面白くなる。』と言っていた。この『ゆきだるまくん』も、最初の数コマを描いたら、後は自然に動き出したに違いない。それが大騒動を起すとは、、、いやはや。
ビゴーが見た日本人-諷刺画に描かれた明治
こちらは明治でも写真ではなくフランス人画家・ビゴーが描いた風刺画である。明治時代の写真を見ると日本人の体躯は五頭身から六頭身半くらいだが、ビゴーが描く日本人は三頭身から四頭身に誇張されている者が多い。このごろつきと題された男、どこかで見たような容貌だが高下駄を履いても三頭身半、この頃はロンドンブーツはなかったようである。
内容は編著者の清水勲が選んだ100枚の風刺画を下記の六章に分類し批評を加えたものだ。
第一章:明治を活写した異邦人・・・(日本を知りつくしたフランス人)
第二章:ポーカーフェースの世界・・・(日本人の容貌)
第三章:はっとさせられる風習の数々・・・(日本人の生活)
第四章:愛らしき「お菊さん」たち・・・(日本の女性)
第五章:西洋文明にほれこんだ人々・・・(日本人の性格)
第六章:近代化に呑みこまれる古きよき日本・・・(日本人の猛烈性)
第三章の「はっとさせられる風習の数々」には第32図から第36図まで「ふんどし」と題された絵が五枚も並ぶ。印半纏に褌のいでたちならまだしも、第32図「ふんどし・・股間への送風」の男は帽子にシャツ、そして下半身は褌一丁、足袋に高下駄で往来を歩きながら、緩めたふんどしの中へ団扇で風を送っている。
下半身裸といえば、麻薬漬けの生活を送っていたチャーリー・パーカーが上半身はスーツで決め自分では正装しているつもりなのに、下半身は何も穿かずホテルのロビーに現れ、そのまま病院送りになったと云う伝説を読んだ事はあるが、明治31年の日本では下半身を裸同然で往来を歩いても、病院に送られることも官憲に捕まることもなく、大らかと云えば大らかだったのだろう。まぁ、今でもパンツ一丁でテレビに出てる芸人もいるから、大して変わってないかも、、、。
官邸崩壊 安倍政権迷走の一年・上杉隆・著、新潮社刊
昨日の事態を予知していたかの様である。
ベンジャミン・フルフォードのブログで首相に引導を渡したと推測されている記事であるが、恐らくは本日発売の週刊文春の上杉隆による記事ではなかろうか。掲載誌が新潮でなく文春と云うのは、色んな事情があるのだろう。
ひとまず、虚ろに空を彷徨い、時折懇願するようなカメラ目線を見なくて済むのは有り難いが、それにしてもKYどころか、これほど適性に欠いた人間を首相に仕向けた連中の罪は重い。ところで、官邸のメディア対策について読んでいると、相撲協会理事長の言動に重なる部分も多いのだが、、。
「大竹紳士交遊録」: 【9月12日 大森望(辛口書評家)】で急遽紹介
と云うことで、一日で読了しましたが、「美しい国へ」の出版企画段階でのタイトルが「ぼくらの国家」だったとは、まさにホイチョイ・アベ内閣による気まぐれコンセプトそのものでした。
ところで表紙・腰巻きに書かれた戦犯とはこの人物と自民党のゲッベルスと云われたこの人物です。彼ら「チーム安倍」を称して「少年官邸団」と揶揄したのは週刊新潮だそうでが、リーダーとなる小林少年もチームワークも欠如していたのでは乱歩も偉い迷惑です。
「官邸崩壊」を読んでいると、安倍内閣が第二次世界大戦末期の東条内閣のように思えてきます。
この、危機管理能力の欠如した「チーム安倍」が憲法9条を破棄して再軍備しようと願っていた訳ですから、そら恐ろしいことです。その泥舟から逸早く遁走を決めたのが、泥舟の船長な訳で、これではリーダーシップを疑われても仕方ありませんね。「自民党を壊す」と言った小泉の言葉が現実味を帯びてきましたが、、、。
立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」
第116回 政界を大混乱に巻き込んだ安倍首相電撃辞任の真相 (2007/09/13)
第117回 週刊現代が暴いた“安倍スキャンダル”の全容 (2007/09/14)
滅多に買うことのない文藝春秋・オール讀物の九月号である。松井今朝子の直木賞・『吉原手引草』(抄)も気になったが、『金田一家三兄弟』が祖父・京助と父・春彦を語る座談会も読みたくて買い求めた。A5判・厚さ25ミリ、548頁で特別定価・税込960円也は週刊誌の三倍の値段、高いか安いかの判断は読者次第であるが、全頁読破すれば安いものであることは間違いない。昔は大人の読む雑誌と云えば全てこの判型であった。純文学に対して用いられる中間小説と云う言葉は今ではすっかり死語となってしまったが、「オール讀物」はそうした中間小説を満載した月刊誌であり、亡父の愛読誌でもあった。
と云うことで肝心の「吉原手引草(抄)」であるが、読み始めると、やめられない止まらないエビセン症候群に陥り。結末の想像は付いても、実際の落ちがどうなっているのか気になり単行本を買ってしまった。
引手茶屋 桔梗屋内儀 お延の弁
舞鶴屋見世番 虎吉の弁
舞鶴屋番頭 源六の弁
舞鶴屋抱え番頭新造 袖菊の弁
伊丹屋繁斎(酒問屋)の弁
信濃屋茂兵衛(大店・婿養子)の弁
舞鶴屋遣手 お辰の弁
仙禽楼 舞鶴屋庄右衛門の弁
舞鶴屋床廻し 定八の弁
幇間 桜川阿善の弁
女芸者・大黒屋鶴次の弁
柳橋船宿鶴清抱え船頭 富五郎の弁
指切り屋 お種(元女郎)の弁
女衒 地蔵の伝蔵の弁
小千谷縮問屋 西之屋甚四郎の弁
蔵前札差 田野倉屋平十郎の弁
詭弁・弄弁・嘘も方便(証人再登場)
物語は戯作者見習いと称する者が、悪所・吉原で起きた事の顛末を当事者・花魁葛城に関わった上記16名の人々から聴きだした17篇の語りで構成されている。「オール讀物」に掲載されているのは17篇の中から、10篇(黒字部分)を選び出した『吉原手引草(抄)』である。内容は事の真相を探るミステリー仕立てでもあり、多くを語るのは控えるのが賢明であろう。
作者の松井今朝子は京都祗園の料理屋に生まれ、幼い頃、他家に預けられ育ち、小学校に上がる年齢になって実家に戻され、作家や役者が出入りする環境で育ち、早稲田の演劇科を卒業、松竹に入社、歌舞伎の台本に出会い、台本作家となる。
『吉原手引草』に登場する16人の生き生きとした台詞は、台本作家としてのキャリアが生きている。各章はモノローグとなっているが、その人物によって、歌舞伎、新派、講談、落語を聴いているような錯覚に陥り、噺に引き込まれるのである。目で活字を追っているのだが、脳の中で桂文楽や三遊亭圓生が語っているのである。
女芸者・大黒屋鶴次の弁は吉原御免状ミニダイブで出会った浅草東町の誇り高い住民の話が思いだされた。「オール讀物」の自伝エッセイと林真理子との対談も興味深い。
筋違いの蛇足であるが「オール讀物」目次・見返しにある広告は父方の祖父の代まで神職を務めていた神社である。
東京新聞夕刊二面に著作権の切れた名作が仮名遣い差別語等も当時のまま原文通りの表記で連載されている。そして、今週月曜からは菊池寛・『恩讐の彼方に』の連載だ。奇しくも TOKYO FM Podcasting・ききみみ名作文庫 でも『恩讐の彼方に』が取り上げられたばかりである。何故、この時勢に『恩讐の彼方に』なのだろうか。いま、社会を支配しようとする『報復へ向かう空気感』への危機感がそうさせるのだろうか。
青空文庫・恩讐の彼方に 尚、青空文庫を読みながらポッドキャストを聴くのがベスト。
実は「恩讐の彼方に」は小学生の餓鬼の頃、漫画で読んだ事があるだけでした。漫画家の名前も記憶に残っておらず、漫画のタイトルも「恩讐の彼方に」ではなく「青ノ洞門」とかなんとか別のタイトルでした。もしかすると菊池寛の原作ではなく耶馬渓に伝わる伝説を元に書かれた別のストーリーの漫画かも知れません。その漫画を見た親父かお袋が、これは菊池寛の「恩讐の彼方に」だと教えてくれましたが、アホ餓鬼だった私は作家の名も小説の題も直ぐに忘れてしまいました。ただ、九州大分の「青ノ洞門」を主題にした大作家がいた。それだけは脳に記憶として定着していました。ですから、大人になってから、大作家と菊池寛がリンクして、「恩讐の彼方に」を思いだすことができた次第です。もしかすると、この漫画を憶えていたのはストーリーよりも洞門に興味があったのか、餓鬼の頃から洞門フェチだったのかも知れません。いまでも正月の箱根駅伝中継で箱根湯本の函嶺洞門(かんれいどうもん)に選手が差しかかると、つい見入ってしまいます。
素数ゼミの謎 /吉村仁・著
先日「空蝉」をエントリーした数日後、深夜放送の理科系ヴァライティ番組で「17年ゼミ(Magicicada)」をテーマに取り上げ、その解説は著者の静岡大学教授・吉村仁氏でした。氏は「17年ゼミ」の17と云う数字に着目。その17と云う素数が種の保存に対し有利に働き、自然淘汰を乗り越え生き残ったかを解説。と言っても、深夜につき居眠り状態で見ていたので、話半分も理解していなかった。そんな訳で昨日、書店で本書を見つけ即購入、内容は素数を切り口にした進化論の話であるが、図版も豊富で、腰巻きにも書いてある様に小学校上級生位から大人まで楽しめる内容となっている。
1章 アメリカの奇妙なセミ
1節 不思議な生き物、セミ
2節 50億匹のセミ!?
2章 小さなセミの秘密
1節 アメリカ中がセミだらけ!?
2節 謎を解くカギは「気温」?
3節 とてつもない時代「氷河時代」
3章 セミの歴史を追って
1節 祖先ゼミの受難
2節 不幸中の幸い「レフュージア」
3節 奇妙な性質のはじまり
4章 素数ゼミの登場
1節 13と17の秘密
2節 「素数ゼミ」の登場
3節 魔法の数字の不思議
5章 そして、現代へ
1節 長い旅の末に
2節 終わりに――「進