四年前にトムズボックスより発行された絵本作家・たむらしげるのFlip Book、つまりパラパラ漫画がiPhone Appになって戻ってきた。因みに印刷された三冊のFlip Bookは限定1000部で定価600円のコレクターアイテムとなっている。iPhone Appの方は引き続き英語、フランス語版がリリースされるとのこと...。

iPhone Appにはリバースもあって、いわゆる逆回転もできる。しかしサウンドは無いのでiPodで手使海ユトロ作曲のサントラ盤「銀河の魚 URSA minor BLUE」を聴きながらパラパラ捲ると良いかも。
と云うことでリアルな三冊のFlip BookとiPhoneに二冊の豆本とあたしも手伝った『PLAN』もまぜてトムズボックス・ブラザーズの記念写真。
本屋の店頭で平積み乃至は表紙を正面に立て掛けされている雑誌でiPhoneやiPadを表紙にしている雑誌とムックだけを数えたら18冊あった。書棚に収められた書籍雑誌ムックを数えれば更にその数は増えるだろう。
そうした中にWindows系の雑誌を発行している晋遊舎と云う出版社から、その名もズバリ"All About Apple "なるムックを見つけた。手に取ってページを捲ると内容もしっかりして、ブームに便乗した唯の急ぎ働きではないようだ。奥付を見ると今秋"MACLIFE"復刊とある。なるほど、それで元MACLIFE編集長の高木利弘氏の証言記事があったのかと合点!と云うことで...新装"MACLIFE"のパブリシティーを兼ねたパイロット版の様である。
東京人8月号は『特集:東京の川を楽しむ』と云うことで、表紙はいまや定番アングルとなった北十間川から見たスカイツリー。
それで14〜15頁の見開きに『東京の川マップ』なるものがあり、その左下に『東京の河川と水系』の全体図があるのだが、その中で『境川』の表記が紛らわしい。この図を見た限り『境川』の位置関係を知らない読者は多摩川水系の浅川の支流と勘違いしても仕方ないだろう。『境川』はその名の通り、東京都町田市と神奈川県相模原市の都県堺を流れ、大和市から南下し片瀬江ノ島の西海岸で相模湾に注ぐ川であり、河口付近では片瀬川と呼ばれているのだが...これは誤解を招く地図である。この地図で表記してある境川の位置は湯殿川、八王子市と町田市との市境が多摩川水系と境川水系との分水嶺となる。因みに湯殿川の西が高尾山の麓を流れる案内川、その北が北浅川で...。とは云うものの、川好きには押さえておきたい東京人8月号。
『20歳のときに知っておきたかったこと・スタンフォード大学 集中講義』の三章分がiPadのBooks用書籍データとして無料で読めると云うニュースは知っていたが、そのデータを何処からダウンロードすれば良いかは、そのニュースにはなかった。
今日、偶々、GoogleReaderをiPadにシンクロすべく再構築しようと阪急コミュニケーションズの"e-days"のサイトを訪れると、"e-days"は3月末で廃刊されたようだが電子書籍(ePubファイル)無料ダウンロードキャンペーンの頁があった。日本語で読める「iBooks」は未だ揃っていないので、試し読みすることに...
iBooks1.0(左)とiPhone用のiOS 4のリリースに伴いアップデートされたiBooks1.1(右)、新たにメモ機能で書込が可能になっている。どうやらPDFの対応はiPadがiOS 4に対応してからのようだ。訂正:PDFはiTunesLibraryのブックにドラッグ&ドロップした後、iPadの「ブックを同期」から同期すればiBooksで読めました。
川の地図辞典 多摩東部編
私は『川の地図辞典 多摩東部編』の333頁の圏外に住んでいる。と云うことで『川の地図辞典 多摩東部編』出版記念ウォークの前日に以前より気になっていた湯殿川の上流域を歩いてみた。子供のころ川遊びした淵は館ケ丘団地の建設に伴う町田街道の付け替えで、遠の昔に無くなってしまっている。また現在は圏央道八王子南I.Cに繋がる八王子南バイパスのトンネル工事やら、更に湯殿川上流域の河川整備も工事に着手する等、既に往時の山里の風景を偲ぶものは何一つ残されてない、と言っても言い過ぎではないだろう。尤もガキの頃は川の名も知らず、ましてや川の名の由来が出羽三山の湯殿山にあった等とは知る筈もない...。
さて、1947年の米軍による空撮写真とGoogleMapの空撮写真を比べるとこの半世紀の間にどれだけ地形を痛めつけてきたか一目瞭然である。GoogleMapの空撮写真も未だ八王子南バイパスのトンネル工事等が撮影されてなく最新の物ではない。1947年の湯殿川の上流域の谷戸に見られる建造物は恐らく旧日本陸軍浅川地下壕の工事関連施設の様だが、既に資材運搬用のトロッコ線路は撤去されていると思われる。私の家族が八王子の山里に越してきたのはこの空撮写真の10年後1957年のことであるが、未だ町田街道に沿ってトロッコ線路跡のような窪みがあったのは憶えている。湯殿川上流域の谷戸は拓殖大学八王子キャンパスによって地形の原形を留めることなく無残にも埋められ、現在では旧町田街道に湯殿川上流域を示す標識が立っているだけである。(1947空撮写真の左下丸印)子供の頃、この谷戸に探検と称して一二度分け入ったことがあるが、人家もなく、小学生だけでは些か心細いものがあった。当時の町田街道は舗装もされておらず、浅川駅(現高尾駅)から相原へ行くバスが一時間に一回程度通るだけで、田舎道を西部劇の駅馬車の如く砂塵を巻き上げて走ってくる姿は遠くからも目に付き、中村メイコ唄う『田舎のバス』そのままに、デコボコ道をガタゴト走ってきたものであった。1947年空撮写真の二つの丸印の間が私が子供の頃に遊びに行った湯殿川の流域である。遊び半分で鮠(ハヤ)釣に行っても、釣れるのはオババドジョウか、赤黒金魚と面白がって呼んでいたイモリくらい。夏休みにイチドンブチとか言っていた淵で川遊びをしたのは、せいぜい中学生位までだろう。
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GoogleMapにGoogle Earthと同じ3D機能が附加されたので拓殖大学八王子キャンパスによって立ち入ることができない湯殿川上流域を想定してみた。旧町田街道から入った湯殿川の谷戸は造成工事で潰され谷口に調整池が設けられ、キャンパス内の湯殿川は暗渠化されていると思われる。谷頭となる沢の上流には入れないが、湯殿川の分水嶺は八王子と町田市相原地区との市境となる、町田市相原地区と神奈川との県境には境川が流れ下流は片瀬川と名前を変えて江ノ島付近で相模湾に注いでいる。分水嶺によって東京湾に注ぐ多摩川流域とに分かれ、その違いは大きい。
上の空撮写真より下流の北野街道に沿って蛇行して流れていた湯殿川は河川整備によって真直ぐに付け替えられた。多くの動植物が犠牲になったであろうが、羽を持つ生き物は生き長らえたようである。それにしても、元の川跡はどう利用されるのだろうか。
京王片倉駅ホームから湯殿川下流域の谷地を望む。この風景から人家を消すと、多摩の横山と詠んだ万葉の古人の心にふれられるような気がする。1967年に京王高尾線が開通した当時は人家も少なく谷地に水田も広がり、ここから眺める富士は私の好きな景観の一つだった。その頃から多摩丘陵にブルドーザーが入り込み、赤土の山肌にクレーンや杭打ち機が林立する異様な光景が見られるようになった。田中角栄が日本列島改造論を発表する五年前である。
VectorworksではじめるCAD 2010/2009/2008対応
と云うことで前書・VectorWorks12ではじめるCADから略三年半ぶりに改訂版を上梓致しました。2008年1月のVectorWorks2008の発表から一年毎のアップデートが決まりVectorworks2009の発表会も同じ年の12月に行われ、一年後の昨年12月にVectorworks2010の発表会があり、今年1月に製品がリリースされると云うように慌ただしい限りで、出版もそれに振り回された感があります。それで何が変わったかと申しますと、パッケージの見た目で云えば『VectorWorks』が『Vectorworks』に変わっていると云うことでしょうか。Version2008の頃からCEOであるショーンのスピーチによれば、これからはBIMを標榜するらしく、と云うことで全て変数によって情報を支配制御する方向に向かって製品開発がシフトしていることは確かで、異なるパッケージによる製品の差別化にもそれは反映しているようです。一方、未だにプレゼンのドローイングをAdobeのillustratorで描くと云う極端な人もいて、今更...化石のような図面を描いても...と思いますが...かと言ってデザインプロセスのアルゴリズムも確立しないで、いきなりBIMもないでしょうね。
それからVersion2010からはIntelMacだけの対応となりPowerMac G5は切り捨てられ...お蔭でハードウェアやらAdobeのCS4やらにも...でした。
世界権力者 人物図鑑
著者は植草一秀氏と共に「売国者たちの末路」を上梓した副島隆彦氏だ。何て云うか、揃えも揃えたりのグラビア顔写真と実名による『世界悪党人物図鑑』でもある。出版の動機付けは、民意で成立した民主党政権を転覆させようと企てている、官と癒着した談合メディアによる情報操作に対する憤りであろう。戦後日本に於ける、CIAによるメディア・コントロールは米国の公文書で明らかにされたように既に周知の事実となっているが...臭いものに蓋で...談合メディアが自らの過去の行為を公表し襟を正す事はなく、益々劣化するばかりである。本書を上梓した副島隆彦氏は後書きで次のように記している。
『この本をだしたあと、私に何が起こってもいい。その覚悟はしている。私の遺言書のような良い出来の本である。日本国民への私からの贈り物だ。
........中略......
世界を裏から支配する「闇の世界権力」など存在しない。彼らは堂々と表に出ていて、思う存分、各国に愚劣なる政・官・財・電波(メディア)を育て、かつ操っている。日本もその例外ではない。
人間の顔は真実を語る。世界の超大物たちのワルい顔にこそ味わいがある。これが、私たちが生きている今の世界である。』
まさにその通りだろう、ゼネコンの談合以上に悪質なのが大本営発表の記者クラブに胡坐をかいたメディアによる談合であろう。彼らにゼネコンの悪口を言う資格はない。報道番組でしたり顔で物言う帝国の手先に公共の電波を提供するメディアはどこまで卑屈になれば気が済むのだろうか。...最近、Akiさんが、ある新聞の購読を止めたそうだが...その新聞を堕落させた男と影で操る男の写真も、もちろん...でている。それよりも、なによりも副島隆彦氏の御無事と御健勝を祈るばかりである。
目次
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はじめに
第一章 世界権力の頂点 世界帝国アメリカを支配している者たち
1:ロックフェラー家に選ばれたオバマ大統領 バラク・オバマ
2:ヒラリーが次の大統領になる ヒラリー・クリントン
3:この男が死ぬまで"世界皇帝" デイヴィッド・ロックフェラー
4:ジェイが小沢一郎を守ろうとするが... ジェイ・ロックフェラー
5:石油の発見とロックフェラー財団 ロックフェラー家
6:ロックフェラー家が握った世界覇権 ロックフェラー家
7:共和党まで乗っ取ったロックフェラー ネルソン・ロックフェラー
8:"隠し子"だったクリントン元大統領 ウィンスロップ・ロックフェラー
9:オバマを"世界皇帝"に推薦した男 ズビクニュー・ブレジンスキー
10:次の大統領はヒラリー・クリントンと男 ビル・クリントン、ジョゼフ・リーバーマン
11:ミシェル・オバマは立派な奥様 ミシェル・オバマ
12:ブッシュの愛人兼、教育係だったライス コンドリーザ・ライス
13:米財界人2世ボンクラの星だった ジョージ・W・ブッシュ
14:日本金融占領の実行部隊長だった若造 ティモシー・ガイトナー
15:老骨に鞭打って出てきた皇帝の直臣 ポール・ボルカー
16:"ネオコン"よりも恐ろしいユダヤ人 ラーム・エマニュエル
17:"エコロジー"を牛耳る主要閣僚 キャロル・ブラウナー、スティーブン・チュー
第二章・ドル覇権の崩壊 ドル崩壊に直面する金融・財界人
18:高橋是清を研究したFRB議長 ベンジャミン・バーナンキ
19:石で追われたわけではない巨匠 アラン・グリーンスパン
20:ついに金融恐慌の責任を認めたルービン ロバート・ルービン
21:"マッカーサー元帥の再来"の末路 ラリー・サマーズ
22:本音をもらしたノーベル賞経済学者 ポール・クルーグマン
23;"冷や飯食いのはぐれ者"経済学者 ジョゼフ・E・スティグリッツ
24:"反デイヴィッド連合"を組む2大富豪 ウォーレン・バフェット、ビル・ゲイツ
25:巨大な金融八百長市場を今も操る男 レオ・メラメッド
26:アメリカ金融バクチ経済学の創始者 ミルトン・フリードマン
27:金融危機で大損した大投機家たち ジョージ・ソロス、ジム・ロジャース
28:"世界皇帝"の金融実働部隊長は失脚 サンフォード・ワイル
第三章・欧州とBRICs アメリカに処方案を突きつける指導者たち
29:これからの世界を動かすBRICs(ブリックス) BRICs
30:巻き返しを図る欧州ロスチャイルド ジェイコブ・ロスチャイルド、ナット・ロスチャイルド
31:ロスチャイルド家の"内紛" イブリン・ロスチャイルド、ダヴィド・ロスチャイルド
32:アル・ゴア自身が『不都合な真実』 アル・ゴア
33:"チャイニーズ"ポールソンは去った ヘンリー・ポールソン
34:早くから中国に賭けたメディア王 ルパート・マードック
35:中国を豊にした鄧小平が偉い 鄧小平、毛沢東
36:あと3年はこの善人指導者たち 胡錦濤、温家宝
37:アメリカとつながるワルの指導者たち 江沢民、曽慶紅
38:次の"世界覇権国"は中国である 習近平、李克強
39:ロシアが目指す"新ユーラシア帝国" ウラジミール・プーチン、ドミトリー・メドヴェージェフ
40:大きく隆盛するブラジルとインド ルーラ・ダ・シルバ、マンモハン・シン
41:世界はアメリカを見捨てつつある G20
42:欧州の中心である3カ国の指導者たち ニコラ・サルコジ、ゴードン・ブラウン、アンゲラ・メルケル
43:EU(欧州連合)は帝国になれるか ジョゼ・マヌエル・バローゾ、ジャン=クロード・トリシェ、ドミニク・ストロスカーン
第四章・米国保守とネオコン 激しく闘ってきたポピュリストとグローバリスト
44:"ドル覇権の終焉"を予言した下院議員 ロン・ポール
45:"地球支配主義者"と闘った立派な人たち ヒューイ・ロング、チャールズ・リンドバーグ
46:"ポピュリズム"を正しく理解せよ ウィリアム・ジェニングス・ブライアン
47:イラク戦争を主導した戦争の犬 ディック・チェイニー、ドナルド・ラムズフェルド
48:今や落ちぶれたネオコン思想家たち フランシス・フクヤマ、ポール・ウォルフォヴィッツ、リチャード・パール、ジョン・ボルトン、エリオット・エイブラムス
第五章・日本操り対策班 属国日本を狙い撃ちする帝国の手先ら
49:中川昭一朦朧会見を仕組んだ男 ロバート・ゼーリック
50:小沢一郎逮捕攻撃に失敗した謀略家 ジョゼフ・ナイ
51:安保問題で脅しをかける連中 リチャード・アーミテージ、マイケル・グリーン
52:竹中平蔵の育ての親はこの男である フレッド・バーグステイン、グレン・ハバート
53:金融・経済面での日本操り対策班 ジェラルド・カーティス、ケント・カルダー、エドワード・リンカーン、ロバート・フェルドマン
おわりに
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第四章に「"ポピュリズム"を正しく理解せよ」とあるが、昨年、民主党政権が誕生したとき、多くの談合メディアの幇間の如き保守系政治評論家たちが"ポピュリズム"が日本を駄目にすると言い放った。要は彼らも己の利権を保守したいだけ...その彼らによって...情報操作とも云えるネガティブキャンペーンが一斉に始まっている。なにがなんだかである...
と云うことで...テレビの傍に世界地図帳と一緒に揃えて置いておくと良い本かも知れない。
追記:ロックフェラーとの関係で、オバマ米大統領が就任演説で先住民族に対する謝罪の一言もなく、彼らを棄民として扱い無視したのか判ったような気がする。
それに第82回アカデミー賞でイラク戦争のアメリカ軍の危険物処理班を扱った『ハート・ロッカー』が主要な賞を独占し、前評判の高かったジェームズ・キャメロンの『アバター』が敗れたのも頷ける。
東京人3月号は特集『江戸吉原・part2』だ。三年前に刊行された「東京人2007年3月号・江戸吉原」の続編と云うことでサブタイトルは「聖と俗、光と影の人模様」と付けられ、対談は「遊廓と芝居『二大悪所』は江戸の夢」とくれば「吉原手引草」の作者・松井今朝子を置いて他はない。そういえば、もう一つの悪所であった猿若町は先日の第11回 浅草をブラタモリで、街の様子が放送されていたが往時を偲ぶモノは何一つ残されてなかった。悪所で見るのは徒夢...と云うことか。
因みに建築家・石上申八郎氏が『小唄と吉原情緒』を寄稿されている。そういえば、昨年「船橋ボックス」の見学会でお会いしたとき、小唄をiPodで聴いてると言っていたのを思い出した。
ところで、1月29日のポッドキャストで「きたろう(タレント/俳優)」が志の輔の落語の噺をしていた。何度聴いても私の耳が悪いのか、きたろうの滑舌が悪いのか、その演目が聴き取れないのだが、きたろうが言うには同じ演目を志ん生のCDで聴いたが、それよりも志の輔の方が面白かったと言う。きたろうが言うには志ん生の芸は引き算、志の輔は足し算、解説付きの噺だと言う。きたろうは私と同世代、高校時代から落研に居たという...らしいが...
それで、似たような話しが横浜・真金町で生まれた桂歌丸による「東京人 3月号」・「なんたって、廓の生まれですから。」にもあった。歌丸は廓噺一つ語るにも、演目の「お見立て」その言葉すらが通じないから、枕で、一言付け加えなければならず、昔は20分で済んだ噺が30分掛かるという。同世代の東京生まれでも、下町、山の手、郊外と生まれた地域で江戸東京の文化の残り香の差は大きい。世代が違えば更に広がるのだろう。特集『江戸吉原』の寄稿者も多くは60年代、70年代、80年代生まれの人達が文学的、文化的な研究対象として語っているのである。1970年代頃に吉原を語るのは往時を偲ぶ好き者のエロ爺と相場は決まっていたものだが、これも時代の変化だろう。
Newsweekの「大予測・2010年の世界はこうなる」だが、かなり編集者の希望的観測も含まれているようである。
その中でテクノロジー編のヘッドラインだけを列記すると...
1:アップルのタブレットが大人気に
2:マードックがグーグルと絶縁する
3:マルウェアがSNSを麻痺させる
4:スタバがあなたにつきまとう
5:アメリカでも携帯が財布になる
6:映画配信がブルーレイを阻む
7:ツイッター・ブームの勢いに陰り
8:フェースブックが株式公開
9:マイクロソフト、バルマー更迭
10:グーグル、独禁法裁判に
こうして見るとテクノロジーといってもIT関連だけ、情報を支配することだけは他国に譲れない米国を象徴しているようだ。因みにキーパーソンの4番目にもスティーブ・ジョブズが選ばれている。さて...アップルのタブレット発表はメディアによって既成事実とされているようだが...果たして1月26日に何が...あるのか...
昨年末からダラダラと...雑誌やら何やらを処分すべく...仕分け中...なのに古本を買ってきてしまった。おどろおどろしい表紙タイトルの雑誌は「日本六十余州・傳説と奇談」(日本文化出版社発行・昭和35年)とある。丁度半世紀前の1960年に出版された雑誌であるが、よく見ると...どこかの図書館に収蔵されていたものが処分されたらしく合本されていた跡があり、紙は劣化しているが保存状態は悪くない。目次内容はこのように昔の講談本等に書かれていた伝説に奇談それに纏る史実やらを追跡したもの...何しろ巻頭の折り込みが「江戸・本所の七不思議」である。「小塚ッ原奇談」では磔(はりつけ)や打首獄門の写真も...今ではメディアが差別用語として言い換え表記している言葉も多く使われていたりとか...今も昔もこの様な本を買うのは物好き...でしょうね。
東京の道事典
東京新聞12月27日の日曜書評欄の年末特集「2009年 私の3冊」に之潮の芳賀さんが地図の本を挙げていた。その内の一冊、川好きotokoさん御推奨「東京の道事典」を早速Amazonに注文、翌日(月曜日)の午前中に届いた。
ブックカバーの腰巻に記されているように、生活道・通称道路の成り立ちや特色を明らかにするもので、実際に現在使われている道が対象となっている。従って名は付いているが通称道路として一般的に認知されていると言い難いものは対象ではない、また○○街道のように古の名称でも現在でも広く使われている道は対象とされているが、新たに付けられた○○通りの通称が一般的な場合は○○街道ではなく、○○通りとされている。「東京の道事典」はアイウエオ順の「青山通り」から始まり、その「概要」「由来」「現状」「周辺の道」(ここでは青山通りに結ばれる道等)が記載されている。因みに青山通り「周辺の道」に長者丸通りや骨董通りは周辺の道に記載されてるが、表参道交差点から根津美術館前までの通りについては記載されていない、この道は明治以降に造られたもので青南小学校裏の平行する裏道が古道(尾根道)である。おそらく明治神宮が造られたとき、表参道に繋がる道として「みゆき(御幸)通り」とされたようだが、その名を知るものは既に町の古老だけだろう。最近はマーケティング指向なファッション系の通称を画策する者もいるようだが一般化には至らないようだ。
今朝の新聞で日高敏隆氏の訃報を知った。僕が初めて氏の文章に触れたのは40年前位に読んだエドワード・ホール の『かくれた次元』の翻訳者としてだった。氏はエドワード・ホールの他、ソロモンの指環のコンラート・ローレンツ や利己的な遺伝子のリチャード・ドーキンス 等の紹介者(翻訳家)でもあり、我国の動物行動学(エソロジー)の第一人者と位置づけられているが、前エントリーのアニエス・ヴァルダに劣らず"RANGES"が広く、ジャズピアニストの山下洋輔や作家の筒井康隆とも交流があったことだ。僕が『かくれた次元』を読んだだけで終らず、氏の著作物を読むようになったのも、ジャズから派生して山下洋輔のエッセーや筒井康隆の作品やエッセーを読むようになったからだと思う。其処に度々、対談や鼎談の相手として氏の名を確認して、その考えに興味を持つようになったのだろう。科学的に未解決な問題を仮説で誤魔化すことなく、それは未だ『解らない』と飄々と述べる学者の姿に信頼感を覚えたものである。合掌。
追記:そういえば氏の翻訳したE.T.ホールの「文化を超えて Beyond Culture」に影響されて『伝達不能』なる駄文を書いていた。
今年の東京人 4月号で『花街 色街』を特集し半年を過ぎたところで東京人12月号は生誕130年、没後50年と云うことで特集『永井荷風の愉しき孤独』である。東京人を読んで思い出したが新藤兼人の『濹東奇譚』は確か90年代半ばにテレビ東京で放送したことがあった。今までテレビドラマだと思っていたが1992年制作の映画とは知らなかった。主演の男優と女優も間違いないから同じものだろう。話しは『濹東奇譚』と『断腸亭日乗』を合わせたもので荷風が亡くなるまで描かれていたと思う。
そういえば昨年の暮れに玉ノ井界隈を散策してから早一年になろうとしている。
と云うことで招待状が届いたので11月1日は第19回 神保町ブックフェスティバルの関連イベントとして開かれる『芳賀啓講演会『神保町地図物語』』を聴きに行くのだが、残念なことに『中央線で行く東京横断・ホッピーマラソン』の著者「『酒とつまみ』編集長、大竹聡の話のおつまみ」のトークショーと時間が重なっているのだ。奇しくも、神保町ブックフェスティバルの同時間帯にタモリ倶楽部出演者二人が目と鼻の先で講演するとは、深夜のサブカルチャー番組だけのことはある。
カムイ伝講義・田中優子著・小学館
akiさんがカムイ伝講義をエントリーしたので、私も昨年暮れから塩漬けのまま放ってあったエントリーを些か中途半端であるが他のエントリーとの関係性を含め、遅ればせながら公開を...。1964年12月から1971年7月まで『ガロ』に連載されたカムイ伝をたぶん1965年の春頃から読み始めたと思う。情報源は何か憶えていないが、とてつもない漫画が、聞いた事もない『ガロ』と云う雑誌で連載されていると云う話だった。その頃、高尾で一件しかなかった小沢書店に行き『ガロ』を取り寄せてもらい定期購読するようになった。と云うことで10代で私は『カムイ伝講義』を受けていたことに...だが...夏休みのレポートを未だ提出してない...ような体たらくで...。
カムイ伝
冷たい国・日本へ
中世の非人と遊女
中央線で行く東京横断ホッピーマラソン
今やJEDI左派の定番ドリンクとなったホッピーであるが、その生い立ちと受難の歴史を語る本ではない。著者はタモリ倶楽部の居酒屋系ネタに井筒和幸監督、なぎら健壱に次いで欠かせない存在となった『酒とつまみ』の編集人・大竹聡氏である。その大竹氏が武蔵野台地と多摩丘陵の縁をホッピーと居酒屋を求めて、武蔵野台地の背骨を貫く中央線を西に向かって終点の高尾まで各駅停車で徘徊するドキュメンタリーである。しかし、行ったきりではない、高尾は折り返し点だったのである。復路は京王電鉄に乗り換えて1964年東京オリンピックのマラソン折り返し点もある飛田給やホッピーの聖地でもある調布を通り新宿のゴールへと向かうのである。其処には上から目線で物言う羞恥心の壊れた人間には見えない、人々の暮らしが見えてくる。嘗て中央線の終点から終点まで痛勤電車に揺られ京橋まで通ったり、京王線と井の頭線を乗り継いで渋谷まで通っていた私には必読...なのである。
多読術 (ちくまプリマー新書):松岡正剛・著
千夜千冊で知られている読書家の編集工学研究所・松岡正剛氏による新書である。本書は新書編集者が著者を相手にテーマに沿って質問を展開してゆく「聴き下ろし新書」なので読みやすい。しかし、ノウハウ本ではないので、読んだからと云って「術」が使えるように成る訳ではない。まぁ、セイゴオ先生がどんな風に書物に向きあっているか...興味を持って読めば...それなりに共感したり、幾つかのヒントを得られる...かも知れない。彼が影響を受けたのは江戸の私塾の読書法だそうで、池田草庵の「掩巻:えんかん」と「慎独:しんどく」の二つは今でも真似てると云う。「掩巻」は書物を在る程度読み進んだら、いったん本を閉じ、内容を追想すると云うもの。「慎独」は文字通り(知の)独占を慎むと云うもの、それが千夜千冊をネット上で無料公開することに繋がっているそうだ。
目次
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第一章 多読・小読・広読・狭読
セイゴオの本棚/本は二度読む/たまには違ったものを食べてみる/生い立ちを振り返る
第二章 多様性を育てていく
母からのプレゼント/親友に薦められた『カラマーゾフの兄弟』/文系も理系もこだわらない
第三章 読書の方法をさぐる
雑誌が読めれば本は読める/三割五分の打率で上々/活字中毒になってみる/目次をしっかり読む/本と混ざってみる/本にどんどん書き込む/著者のモデルを見極める
第四章 読書することは編集すること
著者と読者の距離/編集工学をやさしく説明する/ワイワイ・ガヤガヤの情報編集/言葉と文字とカラダの連動/マッピングで本を整理する/本棚から見える本の連関
第五章 自分に合った読書スタイル
お風呂で読む・寝転んで読む/自分の「好み」を大切にする
第六章 キーブックを選ぶ
読書に危険はつきもの/人に本を薦めてもらう/本を買うこと/キーブックとは何か/読書しづけるコツ/本に攫われたい
第七章 読書の未来
鳥の目と足の目/情報検索の長所と短所/デジタルvs読書/読書を仲間と分かち合う/読書は傷つきやすいもの
あとがき「珈琲を手にとる前に」
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第一章の「生い立ちを振り返る」で、いつごろから本に興味を抱いたのか、小一まで住んでいた足立区梅田の図書館や、カバヤとかフルヤとかキャラメルの景品で貰えた少年少女向け名作文庫とか....色々と....思い出しますね。それに小四のとき、三鷹の山本有三文庫に行った事も...
取りあえず『目次をしっかり読む』ってことから...それに『まえがき』と『あとがき』を読んでから「積読」にしても....時期がくれば読み始めることもありますね。...未だにその時期が訪れない本も...多々ありますが...それもいつか...
「売国者たちの末路」
暫く前に読んだ本であるが衆院選の前にエントリーしようと思い「下書き」のままにしていたが、akiさんが『売国者たちの末路』をエントリー、それを見て出番となった。
私はテレビの政治報道が大嫌いである。政治家の顔が画面に映ると気分が悪くなるのでリモコンを手にとりザッピングする。上っ面だけのテレビの政治報道を見なくても新聞やネットに目を通せば充分なので別に困ることもない。しかし、世の中には新聞も読まないし、ましてやネットなんて...見た事もない人も多い。彼らは為政者にとっては都合の良い人達である。そんな観客を取込んで小泉劇場は大盛況となったのだが...カイカク・ミンエイカを絶叫!浪費国家米国に日本を売り渡し、目的を達した座長は引退、座付き作家も参考人招致を避け平蔵ならぬ「知らぬ顔の半兵衛」を決め込んでいる。
ここで政権交代しないと、我々は憲法で保障された主権在民も、生存権も、三権分立も、それら全てを失うことになるでしょう。
目次内容
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まえがき 副島隆彦
1章 世界史の転換が起きている;
■「エコノミストの予測」と「副島の予測」は、ここが違う
■世界の流れは変わった。売国者は末路を迎える
■まだ「小泉・竹中」の残党がいる
■なぜ世界も日本も「財政出動」に急転換したのか
■サブプライム危機は「目に見えない危機」だ
2章 破裂した金融爆弾;
■「デリバティブのブラックホール」をつくったアメリカは土下座せよ
■アメリカの景気回復は「コーヒータイム」に過ぎない
■バブルを生み出す「二つの条件」とは
■歴史の流れから経済変動を見抜
■アメリカは日本の「守旧派」と手を結び直した
■ケチな財務省が「財政出動の大盤振る舞い」を許した理由
3章 売国の構図;
■郵政民営化は、アメリカの「経済安全保障」に欠かせなかった
■りそな銀行救済の背後に立ちこめる、国家犯罪のにおい
■会計士の不審な死
■初めから「抜け穴」が用意されていた
■「竹中降ろし」と「植草入閣」が水面下で進んでいた
■2001年、小泉・竹中との全面戦争が始まった
■「植草はガリレオだ!」
■ゲシュタポ・金融庁に襲われた銀行
■郵政民営化の本当の狙いは、巨大な「不動産」だ
■「かんぽの宿」突然の減損会計の謎
■日本郵政の社長人事をめぐる対立構図
4章 国家の暴力;
■その日、すでに尾行がついていた
■冤罪のきっかけとなった「もうひとつの事件」
■「竹中大臣辞任」と「植草事件」、そのタイミングは奇妙に符合する
■"被害者"の女性は婦人警官だ
■権力は捜査情報をリークする
■国税や警察は"公設の暴力団"である
5章 売国者はこうしてつくられる;
■「経済学者・竹中平蔵」の基盤はどこにあるのか
■言うことが180度変わるのは、なぜなのか
■大物大蔵官僚のおかげで築かれた海外人脈
■大蔵省が作成する「3000人リスト」とは
■官僚は自らの利権のためだけに動く
■アメリカで「洗脳」された財務官僚・高橋洋一氏
■「植草事件」と「高橋事件」の落差
6章 国策捜査、暗黒国家;
■小沢一郎攻撃という謀略、その背景に何があったのか
■日本では三権が「分立」していない
■「アメリカ軍は日本から帰ってくれ」発言がきっかけだった
■政権交代があって、デモクラシーがある
■「本当の法」と「書かれた法」
■メディアは世論を「誘導」する
■出演禁止を言い渡された愛国者
■副島陰彦も「監視」されている
7章 地獄へひた走る世界経済
■アメリカの対日金融支配戦略は、1983年から始まった
■日本を悪くした「ジャパン・ハンドラーズ」たち
■「大蔵権力」は、どれほど日本を歪めてきたか
■中川昭一氏への政治謀略をすべて暴く
■アメリカヘの日本資金の流出を止めさせろ
■ドル暴落を支えつづけた日本の売国政策
■外資撤退の陰で、企業倒産と官僚の「焼け太り」が起きている
■世界経済は、さらにもっとひどくなる
あとがき 植草一秀
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植草被告の上告を棄却=小泉・竹中政権の犯罪暴露を恐れてか
植草一秀の『知られざる真実』
元外交官・天木直人のブログ
この不可解な事件に関して最高裁で懲役4ヶ月が確定した訳ですが、未決勾留期間の2ヶ月は差し引かれて収監されることになるそうですが、彼の場合は留置期間を含めると4ヶ月以上身柄を拘束されていました。どうも、懲役4ヶ月と云う判決もなんだか...辻褄合わせのような気もします。ましてや、選挙期間中に収監されるとしたら、益々怪しいですね。未だ刑が実行されないのは検察や裁判所側にも不審に思っている人がいるのでしょうか...良く分からない事件です。それにしても一度も裁判所に出廷しなかった「なんちゃって高校生」役の婦警の素顔を見て見たいものです。検察はプライバシー保護を盾に出廷させないそうですが、裁判員制度では婦女暴行事件も対象となり、被害者は裁判員の前で審問に答えなければいけません。いわゆるセカンドレイプの可能性が大きいものです。婦女暴行事件が被害者による被害申告によるものなので、裁判員制度により被害申告が減り、数値上は婦女暴行事件が激減する可能性が指摘されています。
それ以上に怪しいのが、小泉・竹中政権下でイラク攻撃支持の外交政策を推進した外務官僚・竹内行夫。彼は昨年秋、麻生首相によって最高裁判事に任命され、名古屋高裁「イラク自衛隊差し止め訴訟」違憲判決を最高裁で却下した人物です。ほんと、こんなことあっていいの!!という、日本は三権分立もしていない暗黒国家ですね。北の将軍様を嗤えませんです。因みにイラク戦争に反対した元外交官・天木直人氏は竹内行夫の手によって外務省を首になったと云うことです。
リブインピースドットジェイピー:「最高裁判官をあなたがチェック!!国民審査で竹内行夫にバッテンを!!」
追記:2009年8月 3日 (月)「植草一秀氏の刑事事件弁護団声明」
東京人8月号
特集『踏切、鉄橋、ガード下 なつかしい鉄道風景』
執筆陣も鉄道系、地図系、街歩き系、建築系、廃墟系、等々でお馴染の顔ぶれ、内容も充実している。
今尾恵介氏による『大踏切が街にあった頃』は大正・昭和の1/10000地形図を元に渋谷/新宿 /池袋 /王子を語る。現在建替え中の東急文化会館が渋谷小学校の跡地だったとは知らなかった。駅前再開発とはいえ、民間企業がどうやって公有地を手に入れたのか....その経緯も知りたいものである。
ガードなる言葉が気になり辞書を調べてみると"Girder"から派生した和製英語であるとは知らなかった。大梁を意味する"Girder"であるが、アーチ構造の高架下でもなんでもガード下と言い切ってしまう、その語源に拘らない、いい加減さが...実に日本的だ。
奥付には非売品とあるが「岩波文庫フェア」のいわゆる販促品、平積みにされ『御自由にお持ちください』とあった。それだけ手にして、そのまま何も買わないで帰るのは、小心者なので気が引け「線路を楽しむ鉄道学」も買ったのである。
と云うことで「岩波文庫・読書のすすめ」第13集は八人による読書にまつわるエッセーが書かれている。面白いのは、オバマ、Internet、iPod、Amazon、ブックオフ等々、やはり2009年という時代を表象する言葉がそれぞれのエッセーに表れていることだろう。そういえば最近読んだ岩波文庫は永井荷風の濹東奇譚であった。
目次
リンカーンを究極の師として --私の演説修行------秋葉忠利
お天道様と米の飯と岩波文庫---------------------------伊藤比呂美
感性の人、感情の人 --『論語』の中の孔子---------川合康三
ぐうぜん、うたがう、読書のすすめ-------------------川上未映子
読んだことのない本について考える-------------------塩川徹也
『山猫』の舞台としてのシチリアの館----------------陣内秀信
空に雲、手に文庫本--------------------------------------林 望
想像する洋書の中の洋風景------------------------------楊 逸

Newsweek Japanのオフィシャルサイトが充実している。e-daysと同じ阪急コミュニケーションが発行しているのだが、冷泉彰彦氏や町山智浩氏のコラムやブログもあり、読みごたえのあるWEBマガジンに仕上がっている。そういえば、雑誌『ニューズウィーク日本版』は「グーグルへの挑戦状」の特集に質問回答型・検索エンジンの「アルファ」の記事があったが、ここまでくると....ん〜....
追記:町山智浩・やじうまUSAウォッチ(6/3)『不況下で増える悲しい「ファミリサイド」』...これは言葉もない...
クルディスタンを訪ねて―トルコに暮らす国なき民
写真・文 松浦範子/新泉社/2,415円
イラク戦争に関連して耳にするようになった感のあるクルド人やクルディスタンであるが、彼らについても、彼らの多くが住んでいるトルコについてさえも、僕たちはそう多くの事を知っている訳でもない。
『通りにいる人たちを信用しないことよ。そして装甲車にも乗らないようにね。』取材の後で別れ際、著者にそうジョークを言ったのは1989年に凶弾に倒れたクルド人活動家の妻・ヘレンである...。(2007年12月パリにて、続編『クルド人のまち --イランに暮らす国なき民』より)
1996年夏、友人と二人でトルコを訪れた著者はアルメニアとイランの国境に近いドウバヤズットのまちに立っていた。旅の目的は『絨毯織りの女を取材して本にしよう。』その一歩となる筈であった旅はドウバヤズットで起きた『エピソード-1』によって著者のそれからを大きく変えることになったのだ。
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プロローグ
はじめてのクルド人のまち―ドウバヤズット(Dogubayazit)
鵯行き先は「クルド」
行き着いたまち―メルシン(Mersin)
ネプロスの炎―ディヤルバクル(Diyarbakır)
摘まれ続けてきた芽―アンカラ(Ankara)
引き寄せられた場所―非常事態令下のまち
「最悪」と呼ばれるまちを離れて―メルシン
鵺時をかけて
クルド人であること、トルコ国民であること―イスタンブール(İstanbul)
素顔のクルディスタン―ドウバヤズット
はた迷惑な訪問者―軍の検問
鶚彼らの居場所
国境線の向こうへ―ハッサケ(Al-Hasakah)
水に沈む遺跡と生き残った村―パトマン周辺(Batman)、(Hasankeyf)
アレヴィー教徒のまち―トゥンジェリ(Tunceli)、ピュトゥルゲ(Puturge )
何が正しくて何が間違いなのか―ハッカリ(Hakkâri)
鶤私のなかのクルディスタン
みちのり―バスの車中
皆既日食―ジズレ(Cizre)37°19'32.24"N 42°11'18.23"E
愛しい人々―シュルナック(Sirnak)
罪悪感と試練―イスタンブール
あとがき
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目次で紹介されている場所をGoogleMapに配置してみた。さてトルコの首都は何処でしょう?
今年、1月26日、神楽坂のキイトス茶房で『松浦さんを囲み、岩城さんを取り巻く会』が開かれた。其処へ向かう京王線車内でAmazonで買ったばかりの本書を読んでいたのであるが、丁度、中ほどの「はた迷惑な訪問者―軍の検問」に差しかかり、その理不尽さに私のアドレナリンもいつしか全開となっていた。近代国民国家という共同幻想はその内在する排他性によって一民族一国家の虚構をも産み落とす。トルコに生きるクルド人も民族の文化、伝統、誇りを捨て、出自を隠蔽し国家に溶解すれば二級市民となれる道が開かれる。しかし出自が分かれば暗黙のうちに差別の対象とされる。なにやらどこか極東の島国と似てなくもない。
松浦さんが10年以上に亘ってクルドを取材し続ける情熱はなんだろう、トルコに生きるクルドの『絨毯織りの女』は既に一番ではないだろう。その文化の背景にある『何か』に心の琴線が突き動かされたのであろう。それはクルドの人々が旅人にみせる「無条件の優しさ」だったり、その裏に隠された哀しみや痛みもその一つであろう。しかし、何よりも「他者の痛みを...」知らぬふりできない...のであろう。
関連ブログ
MyPlace:「彼らの居場所」と「クルディスタンを訪ねて」
MyPlace:「クルド人のまち」
う・らくん家 ( わたしの今 ):松浦範子写真展
う・らくん家 ( わたしの今 ):『クルド人のまち』を10倍楽しむ方法
音楽系のサイトから辿り着いた、ニューズウィーク日本版やフィガロ・ジャポン等を発行している阪急コミュニケーションが発行しているWEBマガジン・e-daysであるが...その「東京大人の遊び場」を見てみると、なにやら御近所ブログで評判の店が...神楽坂の「キイトス茶房」に...下落合の「カフェ杏奴」と....それに未だ行ったことのない谷中ボッサも....うーむ。
「リートフェルトの建築」
リートフェルトと云えば世界遺産・シュロイダー邸とレッドアンドブルー・チェアーが代表作であるが、それ以外の建築作品は日本では殆ど知られていない。2004年に開催されたリートフェルト展でも建築作品はシュロイダー邸だけにフォーカスした構成となっていた。その展覧会の図録にはユトレヒトの建築マップが添付されていたが、写真はまさに爪の先・サムネイルで建築の全体像をイメージすることまでは不可能であった。本書は今まで日本国内で紹介される機会の少なかった戦前・戦後の「リートフェルトの建築」の現存する姿を「撮り下ろし写真」によって記録している。それだけでも20世紀のいわゆるミッド・センチュリーのモダニズムを再考する貴重な資料となるであろう。
内容
1 家具作家から建築家へ 1917-24
2 戦前の住宅:新即物主義を超えて 1925-45
3 戦後の住宅:「生活」と「空間」の同一化 1945-64
4 「構成」と「構造」の統合を目指して 1949-64
著者の奥佳弥氏は2004年のリートフェルト展に合わせて府中市美術館で「リートフェルトと日本をつなぐもの」と題した講演を行なっている。そこでも蔵田周忠の古仁所邸や旧 金子邸にも比較言及していたが、セゾン美術館で開催された「デ・ステイル1917-1932」の図録に「デ・ステイルと日本/日本における新造形主義の行方」と云う論文を寄せている。蔵田周忠は1930〜32に掛けてベルリンに滞在、グロピウスに師事、デ・ステイルの建築に見られる「面の立体的構成」に共感し、シュロイダー邸を高く評価している。帰国後の作品は、それまでの多摩聖蹟記念館(1927)に見られる表現主義は影を潜め、古仁所邸等の「等々力住宅区計画」(等々力ジードルング)にみられる面による立体的構成をモチーフとした非対象形な建築へと変化していった。
嘗て等々力渓谷に面したこの付近の閑静な住宅街にリートフェルト建築の影響を受けた「等々力住宅区計画」が4棟建てられた。旧三輪邸を除いて既に現存していないようであるが、その旧三輪邸も竣工当時の面影は残していない。そうした情況はリートフェルト・設計による戦前の住宅が現在でも手入れされ使用されているのに対して大きな違いがある。住宅に限らず多くの近代建築が姿を消してゆくのは、耐用年数の問題以上に建築的価値が投資に見合う金銭的対価をもってのみ評価されているからであろう。巷では中央郵便局の再開発に対し、某大臣が異論を唱えている。文化的価値から保存を望まれた三信ビルディングは既に解体されてしまった。そうした保存運動に関心を持たなかった男が俄に中央郵便局の文化的価値を語るとは...今更ながらの政治的茶番に片腹痛い...。
蔵田周忠・参考文献:INAX REPORT / 蔵田周忠・生活芸術を追及したモダニズムの啓蒙家(HTMLは抄文であるが、全文がPDFとなっている。)
東京人 4月号の特集は『花街 色街』だ。
『色街』とくればその代表は荷風ゆかりの吉原、玉の井、鳩の街だが今月号の東京人は八王子にあった遊廓も取上げられているのだ。
まぁ色街の遊廓は昭和33年3月31日を境に寂れて見る影もないが、花街の方は八王子市が東京都の『江戸東京・まちなみ情緒の回生事業』の支援により八王子市中町の料亭街周辺の花街の雰囲気を回生し、落ち着きを醸しだす路地の石畳舗装、外壁の黒塀風塗装、行灯風街路灯の整備等を行なうそうである。平成21年2月13日の八王子市長定例記者会見によれば総事業費1200万円(内:都補助480万円)で9月に着工、12月に竣工ということであるが、まちなみ情緒の回生の最初が花街の雰囲気というのが...なんとも.........お好き...らしい...
MSN産経ニュースの「八王子で黒塀の小路復活へ」にある写真の路地、見覚えがあると思ったら、小学校の同級生Kが20年前位までカレーの店を開いていた路地であった。
と云うことでストリートビューで八王子市中町界隈の黒塀がある路地。手前右の建物は既に「外壁が黒塀風」に...
3年前に撮った中町界隈の写真....「外壁が黒塀風」は未だ工事中(左端)
洋書版:The Che Handbook
翻訳版:チェ・ゲバラ―フォト・バイオグラフィ
発行:原書房:ISBN4-562-03679-6(現在品切)
実はゲバラの『ボリビア日記』を読みたいと思い、書店に立ち寄ったのだが文庫本もなく、目に付いたのがこの本である。頁を捲ると幼少から晩年までの写真(未公開写真が250以上)、ゲバラ語録、かつての同志へのインタビュー、アイコンとなったアルベルト・コルダが撮影した写真からインスパイアーされた数々のアートな作品、そして年表や地図等々、「子どもたちへの最後の手紙(1965)」を読んでから一旦書棚に戻し、他の買物を済ませてから、やはり買おうと決めた。ネットで調べたら現在品切れとのことだ。
目次
謝辞/まえがき
序文
第1章 少年時代、学生、旅行
第2章 ゲリラ戦士
第3章 政治家、外交官、家庭人
第4章 革命はつづく
第5章 ゲバラ伝説
図版出典/引用文献/参考文献
訳者あとがき
索引
(「あとがき」より) いったいチェ・ゲバラの何が、私たちをこれほどひきつけるのだろう。半世紀前、南米の土地で反米反帝国主義の戦いに命を捧げたこの革命家は、政治経済・社会文化環境が大きく変わった今日も、世界各地で敬愛され、シンボルとして親しまれている。遠く離れた今日の日本でも、世代をとわず、その人気は根強い。 本書The Che Handbook(MQ Publications,2003)は、公私にわたる未公開写真を中心に、親交のあった人々とのインタビューをはさみこみながら、膨大 な資料によって「エルネスト・ゲバラ」の人生をあとづけていく野心的試みである。もとからのゲバラ通であれ、名前程度しか知らない人であれ、男性であれ女性であれ、本書を手にとったあなたは、知られざる「人間ゲバラ」にふれ、その魅力を再認識するだろう。社会の因習に縛られず、人を愛し、自由を愛し、人生を愛した信念の人、ゲバラの放つオーラとは、いまの私たちにとって「正直な生き方」への憧れに通じるものともいえそうだ。 訳者自身、以前からゲバラに詳しいわけではなかったが、ページを繰るごとに、彼のまなざしと声の強さに圧倒され、自由への思いをかきたてられた。同じように幸せな経験をする読者がひとりでも多いことを願ってやまない。……
バレンボイム/サイード 音楽と社会
原題は"Parallels and Paradoxes"(相似と相反)
本書はユダヤ人・音楽家のダニエル・バレンボイムとパレスチナ人・人文学者のエドワード・サイード、この二人の越境者によって1995年10月7日から2000年12月15日までの五年間に六回行われた対話(セッション)を記録したものである。尚、対話の進行役には本書編纂者のアラ・グゼリミアン(カーネギーホールのシニア・ディレクター、芸術顧問)が務めている。本書を読むきっかけはkawaさんがガザでも触れているようにウイーン・フィルのNew Year's Concert 2009でのバレンボイムの発言である。どこかで記憶の片隅に引っ掛かっていたのだろう「書籍:エドワード・サイード OUT OF PLACE」を読み返し、バレンボイムとサイードをキーワードにして検索し本書の存在を知った。読み進んでゆくにつれ、帯に書かれた「白熱のセッション」の意味を知る、まさにその通り...。
「映画:エドワード・サイード OUT OF PLACE」に併せて刊行された「書籍:エドワード・サイード OUT OF PLACE」に採録されたシナリオによるとサントリーホール公演前のリハーサルの合間を利用したステージ上でのインタビューでバレンボイムはサイードについて次のように語っている。
『...じつのところ音楽家として理解すべき人物です---ピアノを弾いて、音楽評論を書いていたからではありませんよ。映画ではこの部分だけが使われており、彼がパレスチナやイスラエルについて語っている部分はカットされている。その映画に収録できなかったインタビューは書籍(エドワード・サイード OUT OF PLACE 第六章 音楽家)に採録されている。(因みにサイードはジュリアード音楽院に通い、ピアニストになることを真剣に考えていた時期があった。)
そうではなくて、彼が音楽の本質を理解していたからです。音楽は、ひとつの曲に登場するさまざまな要素を統合しようとします。オーケストラには、あらゆる要素が入っています。バイオリンがどんなに上手でも、オーボエやコントラバスやクラリネットが主旋律を奏でるのを聴こうとしないようでは、バランスがとれません。主旋律はどこにあるのか、どんな応答があるのかがわかっていないとだめなのです。
エドワードが音楽家だったというのは、こういう深い意味でのことです。この世のものすべて、他のものに何かしらの影響を及ぼしており、他から完全に断絶したものなどひとつもないということを彼は知っていました。』
----------------------------------- バレンボイム/サイード 音楽と社会 目次(内容)-----------------------------------
○はじめに アラ・グゼリミアン
○序 エドワード・W・サイード
1(2000年3月8日ニューヨーク)
自分にとって本拠地とは/ワイマール・ワークショップで西と東が出会う/解釈者は「他者」の自我を追求する/アイデンティティの衝突はグローバリズムと分断への対抗である/フルトベングラーとの出会い/リハーサルの目的
2(1998年10月8日ニューヨーク)
パフォーマンスの一回性/サウンドの一過性/楽譜やテキストは作品そのものではない/サウンドの現象学/誰の為に演奏するのか/音楽は社会の発展を反映する/芸術と検閲、現状への挑戦という役割/調性の心理学/過去の作品を解釈すること/現代の作品を取上げること/ディテールへのこだわり、作品への密着/一定の内容には一定の時間が必要である/中東和平プロセスが破綻した理由
3(1998年10月10日ニューヨーク)
大学やオーケストラはどのように社会とかかわれるのか/教師の役割とは/指揮者の権力性、創造行為の弾力性/他者の仕事に刺激や発展がある/模倣はどこまで有益か
4(1995年10月7日ニューヨーク、コロンビア大学・ミラー劇場)
ワーグナーがその後の音楽に与えた決定的な影響/アコースティクスについての理解、テンポの柔軟性、サウンドの色と重量/オープン・ピットとバイロイト/イデオロギーとしてのバイロイト/バイロイトの保守性は芸術家ワーグナーへの裏切り/ワーグナーの反ユダヤ主義/国民社会主義によるワーグナーの利用/『マイスタージンガー』とドイツ芸術の問題/ワーグナーの音楽はその政治利用と切り離せるか/Q&A
5(2000年12月15日ニューヨーク)
いまオーセンティシティ(authenticity:真実性)が意味するもの/テクストの解釈、音楽の解釈/歴史的なオーセンティシティは過去との関係で現在を正当化する/二十世紀における音楽と社会の断絶/モダニズムと近づきにくさ
6(2000年12月14日ニューヨーク)
有機的な一つのまとまりとしてのベートーヴェン/社会領域から純粋に美的な領域へ---後期ベートーヴェン/音楽家の倫理とプロフェッショナリズム、ベルリン国立歌劇場管弦楽団/冷戦後の世界には「他者」との健全なやりとりがない/音楽のメタ-ラショナルな性格/ソナタ形式の完成と一つの時代の終わり
○ドイツ人、ユダヤ人、音楽 ダニエル・バレンボイム
○バレンボイムとワーグナーのタブー エドワード・W・サイード
○あとがき アラ・グゼリミアン
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編纂者・アラ・グゼリミアンの考えによるのであろうが、各章(セッション)の構成は年代順となっていない。最初のセッションで夫々の出自と本拠地について語られ、アラブとイスラエル等の若い音楽家を集めて行われたワイマール・ワークショップ、少年時代のフルトベングラーとの出会い、リハーサルを通して音楽の骨格が築き上げられてゆく様に、読んでいて惹きつけられてしまう...。音楽家と文学者の対話はこれまで何度も読んだことがあるが、ここまでの領域に達しているものは...少ない...と云うよりも...読んだことがなかった。
反貧困
―「すべり台社会」からの脱出
湯浅誠・著 岩波新書・刊
『うっかり足をすべらせたら、すぐさまどん底の生活にまで転げ落ちてしまう。今の日本は、「すべり台社会」になっているのではないか。そんな社会にはノーを言おう。合言葉は「反貧困」だ。貧困問題の現場で活動する著者が、貧困を自己責任とする風潮を批判し、誰もが人間らしく生きることのできる「強い社会」へ向けて、課題と希望を語る。 』(ブックカバー見返しより)
平成10年(1998)から年間三万人を超えた自殺者数の半分は無職だと云い、その半分(全体の24%)は経済問題が動機と考えられている。一方、嘗て年間一万人を超えていた交通事故による死亡者数は年々減少する傾向にある。若者の車離れを考えても飲酒運転対策やシートベルト等の安全対策も功を奏していると考えられる。やればできるのである。社会のセーフティネットが機能すれば不幸な人々が年間三万人を超えることもないであろう。半世紀以上、生きていると「すべり台社会」の生贄にされ音信不通となってしまった人が幾人かいる。理由は介護の問題、会社の倒産等々、決して他人事で済まされる事ではない。私だったかも知れない彼等と『あの時は大変だったね。』と笑い話で語れる明るい未来を私は望んでいる。
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第一部 貧困問題の現場から
・第一章 ある夫婦の暮らし
・第二章 すべり台社会・日本
1 三層のセーフティネット
2 皺寄せを受ける人々
・第三章 貧困は自己責任なのか
1 五重の排除
2 自己責任批判
3 見えない"溜め"をつくる
4 貧困問題をスタートラインに
第二部「反貧困」の現場から
・第四章「すべり台社会」に歯止めを
1「市民活動」「社会領域」の復権を目指す
2 起点としての〈もやい〉
・第五章 つながり始めた「反貧困」
1「貧困ビジネス」に抗して エム・クールユニオン
2 互助のしくみを作る 反貧困たすけあいネットワーク
3 動き出した法律家たち
4 ナショナル・ミニマムはどこに? 最低生活費と最低賃金
・終章 強い社会を目指してー反貧困のネットワークを
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YouTube:視点・論点 派遣切り(湯浅誠)
神田川再発見
歩けば江戸・東京の歴史と文化が見えてくる
神田川ネットワーク [編]
東京新聞出版局・発行(本体1429円+税)
帯に書かれた内容紹介には『神田川水系の歴史と文化を、5年の歳月をかけて徹底踏査したデータ約1000項目、写真150点、江戸名所図会29点。神社仏閣はもちろん、橋の名のひとつひとつにも興味深い由緒来歴がある。ウオーキングのガイドブックとしてだけでなく、神田川を知る資料としても手元に置きたい一冊。』とある。判型サイズを考えると持ち歩くには不向きであるが、神田川水系の現況を知ろうとするならば「川の地図辞典」と併せて必携の書であろう。
気になるのは関係性が見えてこないフラグメンテーション(断片化)を起こしたような書籍構成とイラストマップの完成度の低さ、自費出版の内部資料ならまだしも...残念である。
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内容(目次)
第一章 神田川上流部
井の頭公園〜高田馬場 /玉川上水緑地と寺町/神田川上流部の水環境/神田川36景 その1
第二章 神田川都心部
高田馬場〜柳橋/甘泉園から早稲田大学へ/神田川の分水路/飯田橋周辺/小石川後楽園周辺/御茶ノ水まで南岸を行く
第三章 善福寺川
善福寺公園〜神田川合流点
第四章 妙正寺川
妙正寺公園〜神田川合流点/上高田の寺町/神田川36景 その2
第五章 日本橋川・亀島川
三崎橋〜豊海橋/霊岸橋〜南高橋
第六章 思い出の川筋
桃園川/川歩きの楽しみ/笹塚川/谷端川・小石川/弦巻川/水窪川/蟹川
井草川/江古田川/神田上水・助水堀跡/神田上水・素堀部跡
付 隅田川右岸
両国橋〜勝鬨橋/隅田川左岸の名所/隅田川の橋一覧
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第五回アースダイビング・善福寺川+阿佐ケ谷住宅
上図右の赤線部分の繰り返す文字を示す記号の様な字を「踊り字」と云うことを、これまで知らずにいた。それというのも金阜山人戯作なるものをテキストデータとして『i文庫』に読込んだ処、上図中の赤線部分の様に『矇矍』と文字化けが起きてしまい、文脈から繰り返して読むものと解るものゝ、何故なのか真相究明のミッションを得て、調べた結果知ったことである。因みに上図右の『く』を「くの字点」、上図左の『々』を「同の字点」と云う。ならば原文通りに「くの字点」に直そうと試み、成功したかに思えたが...アレアレ..
と云うことで『ウィキペディア(Wikipedia)』で『くの字点』の文字コードを参照にegwordの検索機能を用いて文字化け部分を一括変換することにした。
egwordを縦書きにすると『くの字点』もすらすらと読めるようになった。これをテキストデータに出力すれば良い筈である。此処で悪い予感が....shift-JISでは変換できず、Unicodeで変換する事に、どうにかテキストデータをサイトに貼り付け、『i文庫』へのテキスト読込も順調、データ登録も済み、読もうとするとメッセージが...と云うことで、「くの字点」は諦め「同の字点」で妥協したのである。フォントデータがないのか、Unicodeへの対応が完璧でないのか、何れにせよ...残念でした。
「WV的/私的2008年映画ベスト10」の記事によると、一昨年、拙ブログでエントリーした『Never Let Me Go』(邦題:わたしを離さないで)が2010年の公開予定で映画化されることがきまったそうだ。二年後の映画公開は評判を呼ぶに違いない、主題歌は誰が歌うのか等を含めて、今から期待が膨らむ。因みに書籍は既に文庫本になって求めやすくなった。
ところで『生物と無生物のあいだ』を書いた福岡伸一氏の『もう牛を食べても安心か』を読み終わった時に抱いたモヤモヤとした感覚は、物語の舞台をイギリスに、触れてはいけない生命の領域に敢えて踏み込んだ『わたしを離さないで』に共通するものが有るように思えてならない...。
思えばiPod touchの頃から手軽に青空文庫を読めるリーダーを欲していた。Aozora Bunko for iPod touchはネットに接続されていることが条件でオフラインでは読めなかった。iPhoneを入手してからPDFを読む"FileMagnet"を使って青空文庫を読もうと試みたこともあったが、一々、テキストファイルをiPhoneのスクリーンサイズにPDF化するのも面倒なことだ。そのうちオフラインでも青空文庫を読めるリーダーが幾つかAppStoreに出品されるようになった。その中でフォントサイズとルビに対応した『青空読書』を買ってみたが、本文がゴシック体であることと、本文中の注釈等も全て本文と同じように表示されるのが、気持ち良いものではなかった。そうしたユーザーの不満を解消する青空文庫リーダーが漸く登場した。『i文庫 』がそれである。青空文庫からテキストファイルをダウンロードして本棚にコレクションできることは当然であるが、既に『i文庫 』に最適化された152作品が内蔵されており、主だった文豪の作品は直ぐに読めるようになっている。なによりも本文が明朝体で表示できるのが良い。これならiPhoneで読書する気になれるというものである。
iBunko :
(¥350はキャンペーンプライスのようだ。)
追記:任意のテキスト(例:上図・日本国憲法)を『i文庫 』に取込んでみました。
予め用意されている『i文庫 』の本棚(ライブラリ)に書体とフォントサイズに背景色の設定。
青空文庫の追加は作者別に書籍データベースを内蔵しており、簡単に検索とダウンロードができる。「i文庫」サポートページ
と云うことでiPhone(携帯電話)であることを忘れさせ、文庫本を読んでいる気にさせる『i文庫 』の画面。古本屋で152冊買ったとしても350円では手に入らないでしょうね。
こちらが『青空読書』の画面、....これでは、あまり読む気になれない。
やはり、インターフェースとデザインは重要です。
追記:「任意zipダウンロード」の機能を用いて日本国憲法を書棚に収めました。
i文庫版・日本国憲法のダウンロード方法
メニューからDownloadsを選んでから、Downloadsタイトルバーの右にある『+』をタップして、題名と著者と下記のURLを入力してテキストファイルをダウンロードする。ダウンロードされたらデータを登録する。
http://madconnection.uohp.com/mt/archives/kenpou.txt.zip
編集出版組織体アセテートからの注文控メール「・・・12月中旬にはお手元に届くと思います。」の通り、本日『藤森照信 グラウンド・ツアー』の泥モノ、石モノ、積みモノ、地底モノ、UFO、の全五巻が届いた。各巻の構成は中谷礼仁氏による藤森照信氏へのインタビューと建築ガイド(座標:緯度経度付き)からなる。判型は205×115mmで、一冊あたり88頁から104頁、フィールドワークに用いられる野帳より一回り大きく、ミシュランガイドよりも縦が13ミリ長いが、厚さは20ミリも薄く、軽くて、面白くて変。
『グランド・ツアー(Grand Tours)』から『グラウンド・ツアー(Ground Tours)』へと建築物を追って地を這う旅が...語られる...。
編集出版組織体・アセテートから『藤森照信 グラウンド・ツアー』刊行決定の案内が届いた。発行日、価格等の詳細は未定であるが、サイトにはグラウンド・ツアー【泥もの】【石もの】【積みもの】【地底もの】【UFO】それぞれの収録予定地座標がありGoogleMapやGoogle Earthとリンクできるようになっている。そういえばGoogleMapもアップデートされマップ上に写真やWikipediaの情報を表示できるようになった。それにしてもポタラ宮を【UFO】に分類するとは、いかにもF森教授....。(初稿:June 03, 2008)
更新(2008.11.26):編集出版組織体・アセテートの中谷礼仁氏から書き込みがあり、2008年12月24日に発売予定で、既に予約を開始したとのことです。
ポタラと云えばFumanchu 先生が出放題に「補陀洛」というのは"Potala"のことだそうで...と書いていた。

今年の3月のことであるが、トウキョウ建築コレクション2008の「東京」をテーマとした槇文彦特別講演を聴いた。講演内容は「奥の思想」と東大・槇研究室を引き継いだ大野秀敏氏によるFIBER CITYから引用したデータを元に「東京」を鉄道網や地勢等の文脈から語り。代官山ヒルサイドテラスと最近作から都市に於けるパブリックスペースについて氏の持論を語った。その内容はクリエイティブ・コモンズにも通じるものがあるように思えた。特に印象に残ったのは『都市は、群から離れて一人で居ても楽しい場所、孤独でいることを保証するもの、』でなければいけないと云う考えであった。
その講演で今秋に『NURTURING DREAMS』のタイトルで本を上梓すると述べていた事を思い出し、Amazonで著者名で検索したが表れず、このエントリーの下書き(2008-03-16)から書名の『Nurturing Dreams』で検索したら既に10月31日に出版されていた。但し、それは洋書であった。つまり英文によるものである。う〜ん、現在、Amazonで「日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で
」が売れているというし...デジタル・デバイドのみならず...ランゲージ・デバイドも...
と云うことで、塩漬けにしたまま埋もれていた下書きを...8ヶ月経ってから、ちょっとだけ手を加えてエントリーのお粗末でした。
参考:
法科大学院統一適性試験・長文読解力を測る問題3奥の思想・「中心」の思想との比較
大野秀敏研究室・FIBER CITY
アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない
明日10日発売と云うことで未だ読んでいないが、本書は著者・町山智浩のベイエリア在住・アメリカ日記を下敷きに書き下ろしされたペーパーバックのようだ。皮肉たっぷりの裏表紙を読んで笑って済まされない処が21世紀の悲喜劇でもあるのだが、否応なしに全世界を道連れに暴走する米国の政治的背景について10/7(火)のコラムの花道で実に端的に語っているので、興味ある人はポッドキャストを聴かれると良い。
そういえば、数カ月前、CBSドキュメントで福音派・原理主義によるティーンエージャーの為のブートキャンプなるものを見たが、キャンプ終了後には完全に洗脳され子供達は「学校で教えている進化論は間違っている。」と口にするようになる。全ては『神の見えざる手』により導かれ、ミッションとあれば彼らは異教徒に銃口を向けることも厭わない大人に成長するのであろう。
aki's STOCKTAKING:アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない
物心が付いた頃には家にあった兄達の『少年』を見ていた。小学校に上がる前に時々買ってもらった雑誌に同じ光文社で弟分の『幼年』があったが、その『幼年』の内容については全く記憶に残っていない。(どういう訳か光文社の沿革、つまり記録にも残っていない、同じジャンルには集英社の『幼年クラブ』があった。)何故か?その理由はこの表紙の鉄腕アトムにあるのだろう。1989年に光文社文庫から出版された『「少年」傑作集 第1巻』は『少年』復刻版で文庫本サイズのダイジェストである。今読んでも面白いのは手塚治虫と杉浦茂の二人だ。そう、手塚治虫と杉浦茂の漫画の出てない『幼年』は記憶にも記録にも残らなくても当たり前なのだ。
国内に於いてメディアの枠組みを超えてサイエンス・フィクションと云うジャンルを確立したのは、やはり手塚治虫の功績が大きかったと思わざるを得ない。そういう意味で少年雑誌であっても手塚治虫は一つも手を抜いてなく、サイエンス・フィクションのプロットを押さえている。鉄腕アトムは昭和43年に連載が終了しているが、鉄腕アトムを読んで育った子供達は何の違和感も先入観もなくSF小説を受入れる青年に成長していたのだ。
先日、たむらくんの仕事場に寄った時、古本屋で買ったと云う昭和34年1月号『少年』の附録で杉浦茂の『ミスターロボット』を見せてくれた。やっぱり杉浦茂は今でも面白い。この『「少年」傑作集 第1巻』には『ミスターロボット・赤い家の秘密』が掲載されている。物語の事件が解決した後にこんな顛末が、杉浦茂の人柄がよく表れている内容である。
ところで、『「少年」傑作集 第1巻』に夏目房之介のエッセー『鉄腕アトムの時代』が掲載されている。夏目房之介は私と一つ違いの同世代である。彼が同世代の長谷川明の言葉を引用している。
『わずか数年の差であるが、雑誌で手塚マンガを見ていた世代と、最初からアニメで見ていた世代とでは大きな断絶があるのである。偏屈を非難されるのを承知で言えば、鉄腕アトムと聞いてアニメを思い出す人には手塚マンガはわからない。』
おつまみ横丁・すぐにおいしい酒の肴185
基本的に一品、一人前、新書一頁をコンセプトにして必要な材料とレシピを三つの工程だけで簡潔に書かれている。もちろん居酒屋の定番・モツ煮込みも簡潔に要点を押さえて書かれている。下町の味・レバカツは見開きで紹介、写真には御丁寧に酎ハイが添えられている。ジャーマンポテトも旨そうだ、ゴーヤチャンプルーだって、ゴーヤは種とワタを取って小口切りにするだけ、苦味も味の内なのだ。どれも材料さえ用意すれば、料理の途中で一々レシピに目を通す必要もない。かと言って手を抜いている訳でもなく、下拵えのポイントや、アク取りやら、なんやらとツボは押さえていて無駄がない。著者はタモリ倶楽部のコアでマニアックな料理篇にも出演している料理研究家・瀬尾幸子さんである。一癖も二癖もある出演者を前に動ぜず、ニコニコと臨機応変に対処している姿が本書にも反映しているようだ。
「酒のつまみ」なんてのは気取らず、有り合わせのものでテキトーに作れば良いのであって、一つのレシピに拘る必要はない。であるから『おつまみ横丁185品』は材料と調理方針のヒントが示されていると思えば良い。食いしん坊や呑んべえなら、俺だったらこうするとか、あたしだったらあれを加えるとか、思うだろう。基本さえ押さえれば後は勝手に「俺流」「あたし流」「僕流」「自分流」で作れば良い、失敗したって、それでいいのだ。
-----------------------------内容----------------------------
ぐいっと一杯やりたくなる。
第一章・横丁酒場の定番おつまみ 118品
とりあえず・・・・14品(※みそ漬け3種が3品にカウントされている)
サラダ・・・・・・10品
煮物・蒸し物・・・11品
焼き物・・・・・・12品
炒め物・・・・・・13品
揚げ物・・・・・・12品
和え物・・・・・・12品
豆腐・・・・・・・10品
〆の一品・・・・・8品
小鍋立て・・・・・16品
まだまだある。
第二章・気軽につくれるおつまみレシピ集
●クイックおつまみレシピ47
<野菜類>・・・・・・14品
<魚介類>・・・・・・7品
<肉類>・・・・・・・8品
<その他>・・・・・・9品
<缶詰め・瓶詰め>・・9品
●文字だけおつまみレシピ20
他に
●お役立ちコラム
●横丁酒場の料理教室(いかをさばく。あじを三枚におろす。さざえをさばく。アボガドの下拵え)
-----------------------------ここまで----------------------------
追記:瀬尾幸子・タモリ倶楽部出演記録
と云うことで、奥付の顔写真を見て、もしかしてタモリ倶楽部に出ていた人じゃないかと調べてみたら、やはりそうでした。
2005.12.9
早い!安い!美味い!酒がすすむ!「スターが作る“おつまみ”選手権!!」
乾貴美子、なぎら健壱、田山涼成、大竹 聡(酒とつまみ編集長)、渡邊和彦(酒とつまみ編集員)、瀬尾幸子(料理研究家)
2006.3.10
オヤジ豪快企画:下仁田ねぎを食べながら下ネタを語って一杯飲む
ガダルカナル・タカ、 堀部圭亮、江川達也、大槻ケンヂ、瀬尾幸子(料理研究家)
2006.12.1
さかな対抗旨い皮No.1決定戦!冬の大漁祭(骨スープ付き)〜なぎら健壱の反省点付き〜
堀部圭亮、なぎら健壱、六角精児、瀬尾幸子(料理研究家)
2007.2.23
なぎら健壱の漬け物祭:ぬかの中身は何じゃろな?
なぎら健壱、羽場裕一、石田 靖、乾貴美子、瀬尾幸子(料理研究家)
2008.06.06
一番ウマいのはどの“ブシ”だ!?節キング決定戦!
浅草キッド、光浦靖子、瀬尾幸子(料理研究家)
1975年に「話の特集」から発行された「赤塚不二夫1000ページ」を遺影に見立て合掌のココロ。「赤塚不二夫1000ページ」は、そのご1998年に扶桑社から復刻されたが、現在は絶版になっている。と云うことで今夜は赤塚不二夫@おコトバを噛みしめ、故人を偲び、「赤塚不二夫1000ページ」を読んで大いにバカ笑いするのだ。お言葉-1 お言葉-2
下落合タイムズ
8月7日の告別式に於けるタモリ(森田一義)による弔辞が故・赤塚不二夫の人となりを良く表しているのでここに引用。(弔辞を読んでいるように見えたが、実は白紙であったと云う説があるようで....)
『8月2日にあなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかですが、回復に向かっていましたのに残念です。
10代の終わりから我々の青春は赤塚不二夫一色でした。
何年かのちに私がお笑いの世界をめざして、九州から上京して、新宿・歌舞伎町の裏のバーでライブみたいなことをやっていたとき、あなたは突然目の前に表れました。その時のことは今でもはっきり覚えています。
赤塚不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。この突然のできごとで、私は、あがることさえできませんでした。終わってやってきたあなたは、君はおもしろい。お笑いの世界に入れ。8月末にある僕の番組に出ろ。それまでは住むところがないから私のマンションにいろ。
自分の人生や他人の人生にも影響を及ぼすような大きな決断をこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。
それから長いつきあいが始まりました。しばらくは新宿の寿司(すし)屋で夕方に集まっては深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなねたをつくりながら教えを受けました。
いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。あなたが言ってくれたことは金言として心の中に残っています。そして仕事に生かしています。
赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。麻雀(マージャン)をする時も、相手の機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしかあがりませんでした。あなたが麻雀に勝ったところを見たことがありません。
しかし、その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのために、だまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたことがあります。しかし、後悔の言葉や相手を恨む言葉をきいたことがありません。
あなたは父のようであり、兄のようであり、時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は年の離れた弟のようでもありました。
あなたは生活すべてがギャグでした。ギャグによってものごとを無化していったのです。あなたの考えは、すべてのできごとを前向きに肯定し受け入れることです。それによって、人間は重苦しい陰(いん)の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後の関係を断ち放たれて、そのとき、その場が異様に明るく感じられます。それをあなたは見事にひとことで言い表しました。すなわち「これでいいのだ」と。
いまふたりで過ごしたいろいろなできごとを思い浮かべています。一緒に過ごした正月。そして海外へのあの珍道中。どれもがこんな楽しいことがあっていいのかとおもうばかりのすばらしい時間でした。
最後に会ったのは京都・五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔はお互いに労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。
あなたは会場のどこか片隅で、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘(ひじ)をつき、にこにこと眺めていることでしょう。そして、おまえもお笑いやってるなら弔辞で笑わせてみせろと言っているにちがいありません。あなたにとって死もひとつのギャグなのかもしれません。
人生で初めて読む弔辞が、あなたのものになるとは夢想だにしませんでした。私はあなたに生前お世話になりながらひとこともお礼をいったことがありません。肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼をいうときにただよう、他人行儀のような雰囲気がたまらなかったからです。他の人から、あなたも同じ気持ちだったと聞きました。しかし、いまお礼を言わせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。』
iPhoneスタートガイド (SOFTBANK MOOK)
と云うことで『週刊文春によれば悪評フンプンのiPhone』であるが、本書はそのガイドブックである。それもSoftBankからの出版である。だったら、iPhone購入者に只で配れと云うブーイングも聴こえてきそうでもある。まぁSoftBankの『孫の商法』はシナジー効果でなんとやらでしょうから、出版部門からガイドブックをだして売り上げを狙うのは当然であろう。しかしながら、前のエントリー・買ってはいけない...でも触れたように、iPhoneはパーソナルなPC環境があって成立するモバイル・ギアである。それについての解説が最終章「パソコンを使って徹底カスタマイズ」にさらりと書かれているだけなのは感心しない。「購入前後の注意点まで解説」とするなら、それはトップに持ってくるべきで、最低限、iPhone契約時に渡される注意事項に書いてあるようなiPhoneと同期可能なPCとOSのバージョン、必要なソフトウェア、インターネット接続環境についてまで解説するのが筋であろう。
「からだにおいしい 野菜の便利帳」
板木利隆・監修/高橋書店・刊(1300円+税)
銀行で月末の支払いを済ませて、本屋をのぞいたら店頭に平積みにされていた本書があった。手に取って値段と中身を確認、これは「買い」と即決。
スーパーや八百屋の店先に初めて見るような物珍しい野菜や食べたことのない野菜は、調理法も解らないと、どう食べてよいのやら、敬遠しがちである。もう旬は過ぎたが、今年になって初めて買って食べてみたのは「スナップエンドウ」、これは予想以上に甘くて美味かった。
と云うことで知っているようで、知らない野菜の食べ方から栄養知識、選び方まで載っている、全頁カラーで、まさにこれは台所に一冊の便利帳。
ロシア闇と魂の国家 (文春新書 623)
ブックカバーの見返しに『「ドストエフスキー」から「スターリン」、「プーチン」にいたるまで、ロシアをロシアたらしめる「独裁」「大地」「魂」とは何か。かの国を知り尽くす二人が徹底的に議論する。』と書かれている通り、ドストエフスキーの新訳文庫が評判のロシア文学者・亀山郁夫と起訴休職外務事務官で作家の佐藤優と云う二人の知性がロシアの近代と現代そして未来を様々な切り口からロシアを構成しているレイヤを徹底的に分析し議論している。面白い本である、腰巻きを読んだだけでも、それが伝わってくる。ドストエフスキーに精通していれば更に面白いであろう。だが、幸か不幸かロシア文学は高校生の時にトルストイを、それに1968年に話題となったソルジェニーツィンを読んだくらいで、ドストエフスキーの悪霊は映画となったものを岩波ホールで見ただけである。かろうじて先日放送された『知るを楽しむ・悲劇のロシア〜ドストエフスキーからショスタコービッチまで〜』の再々放送を録画できたのでどうにか俄知識だけは...。(と言っても未だ全て見ていないのだが...)
大学で神学を学び自らキリスト者でもある佐藤優の『スターリニズムは「ヒューマニズム」』に対し『キリスト教は「アンチ・ヒューマニズム」』と定義づけしている下りに、妙に納得した。そうか北方ルネッサンスと云ってもオランダ・ドイツが北限、15世紀にイタリアで興ったルネッサンスは辺境のロシアまで達することがなかったのだ。近代的自我が芽生えたルネッサンスの「ヒューマニズム」は「アンチ・ヒューマニズム」のキリスト教にとって異端であり受入れ難いものであった。
佐藤優は「第三章 霊と魂の回復」の中で次のように語っている。
ロシアだけでなく、キリスト教の異端についてぼくは次のように考えます。キリスト教は、二つの焦点を常にもっていると思うのです。イエス・キリストにおける人間と神性、信仰と行為、聖書と伝統、教会と社会というテーマをキリスト教神学は二項対立の形で立てることが好きです。そのうちどちらか一つの焦点だけを認めて、軌跡として円を描こうとするのが異端なのだというのが私の認識です。正統的キリスト教は、二つの焦点を維持して、楕円を描くのだと思います。ベルジャーエフは、キリスト教は二元論の陣営に立つと言ってますが、それはこのような楕円を描く焦点が二つあり、いずれも真理であるということを指しているのだと思います。
ちなみにプロテスタンティズムとロシア正教の異端派には、一つの焦点しか認めず、円を描こうとする傾向が強いです。私自身も、神学生の時代には楕円を円に矯正するのが神学の責務であると勘違いをしていましたが...
もしも亀山郁夫と同世代の米原万理が存命だったら鼎談もあり得たかも知れないと思わせる。ヒューマニストとしての米原万理とアンチ・ヒューマニストとしての佐藤優の論争も聞きたかった。
ところで、「生物と無生物のあいだ」にも出てきた研究員を揶揄する言葉『スレイブ(slave)=奴隷』はスラブ人が語源とされている。神や独裁者に隷属することを欲するロシア...が気になる。
ロシア 闇と魂の国家:目次
aki's STOCKTAKING:ロシア 闇と魂の国家
センネン画報
2006年2月のエントリーで紹介したブログ・「今日マチ子のセンネン画報」の選りすぐり作品に新たな書き下ろし作品を加え単行本となった。最初は「ちょっとシュールな脱力系」という印象であったが、最近は高校生の女子とそのボーイフレンドとの日常と夢想が織りなす風景と叙情に少々の毒とエロスを添加した「オチのないマンガ」として作風が確立し、不思議な魅力をもった作品となっている。
と云うことで週に一度だけ都内に行く出講日を利用して、山里から川向こうは京島まで足を延ばした。東武浅草から電車に乗るのは何年ぶりだろう。記憶に残っている最後はターミナルビルの浅草松屋の食堂で「お子様ランチ」を食べた時、未だ小学校には上がってないからたぶん昭和30年くらい、遥か昔の話だ。下りる駅は東武浅草から二つ目の曳舟、隅田川を渡るとき微かに潮の匂いがした。曳舟で下りたのは初めて、足立に住んでいた頃、東武電車に乗ることがあっても東武浅草から梅島まで途中下車したことは一度もなかった。LOVEGARDENまでの道順はGoogleMapで調べておいた、途中でクリーニング店と主人の姿を横目で見て、暫く行くとカーブの向こうに店の前で働いているcenさんの姿が見えた。
ブログで公開された『時差ボケ東京』の表紙を見て、海馬を刺激されたのか、何故かエリオットによる「荒地」の次の一節(福田陸太郎・訳)が脳内にイメージとして浮かび上がった。
まぼろしの都市、背中を丸めうつむきかげんに重そうな足取りで歩く人々、彼らにだけフォーカスが合わされ、人間だけが鮮明に写り、他の背景や前景はブレてボケている。脇道の奥から狙撃兵のようにカメラを構え流し撮りしているmasaさんの姿が目に浮かぶ。
冬の夜明け、茶色の霧をくぐって
大ぜいの群衆がロンドン橋の上を流れていった。
死はあんなに大ぜいの人々を滅ぼしたのか。
思い出したように短いため息をもらしながら、
みんな自分の足もとを見つめていた。
そうした個が埋没してる群衆の写真と対照的なのが、街中を疾走する自転車、流れる背景に個が際立って美しい。う〜ん、これは広告代理店のアートデレクターの目に留まるとパクられて何かに使われそうだ。masaさんが自費出版を選択したことが理解できる。暗闇に溶ける時差ボケサビオウの写真もある。そして銀座鳩居堂の前をアビー・ロードに変えたカメラ目線の女の子に僕は秒殺されてしまったのである。
参ったなぁ...。
昨年は没後40周年でNHKの「知るを楽しむ 私のこだわり人物伝」で取上げられ、今年は生誕80年周年と云うことでPLAYBOY今月号の特集も作家戸井十月・取材協力による「チェ・ゲバラ」である。彼が如何にして革命や自由のアイコンとなりえたのか...写真家アルベルト・コルダへのインタビューが興味深い。僕はアルベルト・コルダの名前を知らなかったが、彼の写真を見て映画「Buena Vista Social Club」のプロローグに出てくる写真家だと気付いた。映画の本編とは直接関係ないカットをプロローグにしたのはヴィム・ヴェンダースによる「チェ・ゲバラ」へのオマージュが含まれているのだろう。もちろんPLAYBOYの表紙にも使われているこの写真を撮影し著作権を主張しなかったアルベルト・コルダへの敬意もあったのだろう。これで何となく気になっていたものが腑に落ちて、ヴェンダースの意図が掴めた気がした。
PLAYBOY今月号は他にカート・ヴォネガットの未発表作品「阿鼻叫喚の街」や、今年のグラミー賞を独占した「エイミー・ワインハウスって何者だ?」等、興味深い記事が山盛りである。PLAYBOYと云うと金髪美女のヌードグラビアのイメージが強いが、内容的には硬派の雑誌なのである。
あのとき、撮影手法に....と...色々と話に聴いていたが、うーむ、こーゆーことだったのか。Kai-Wai 散策のmasaさんこと、村田賢比古氏が写真集を上梓される。タイトルはズバリ『時差ボケ東京』である。
ハードカバー大型上製本(全62頁-写真42葉)ISBN4-9904156-0-0 価格3600円+税なのだ。これはもう、masa-fanならずとも買わねばならぬのだ。
追記
LOVEGARDENでの発売も決まったのだ。『そうだ 京島、行こう。』
神保町・ブック・ダイバー(探求者)でも発売!近くの「新世界菜館」でカツカレーと...
発売中の週刊文春5月12日号・「阿川佐和子のこの人に会いたい」のゲストは新書で50万部を売り上げたベストセラー「生物と無生物のあいだ」の著者・福岡伸一氏である。これには伏線があって、阿川佐和子がアシスタントをつとめる『大竹まこと ゴールデンラジオ!』の3月31日放送分に福岡伸一氏がゲスト出演したことから始まる。ポッドキャストでこの放送を聴いていて理系が苦手なアシスタントの反応に... 些か...であったが、まぁ「科学と似非科学のあいだ」で視聴率稼ぎをするメディアにどっぷり身を置いている者の反応として、これがフツーなのかとも妙に納得した。伏線というのは週刊文春・誌上で次週から福岡伸一氏が連載するエッセイのパブリシティを兼ねているということ、何れそのエッセイも文藝春秋から単行本化され、時を経て新書ではなく文庫におさまるのであろう。
栗田さんのCHRONOFILEのエントリー「生物と無生物のあいだ」に「この新書の副題を「科学とゴシップのあいだ」にしても良かったかも...」と茶々をいれてしまった私であるが、それも強ち的外れでもなさそうだ。福岡氏は科学的主題を読者に如何に興味をもって読まれるかを考え、様々な研究者によって科学的発見に辿り着くプロセスを彼自身の体験を織り交ぜながらドラマ仕立てに書き表している。それはまさに「科学と文学のあいだ」を取り持つ筆さばきともいえる。しかし、彼はそうした文学的表現だけでなく科学的事象を短い言葉で的確に表現するのにも長けているのである。『エントロピーとは乱雑さを表す尺度である。』の言葉に出会った時は、何か胸のつかえが下りた気がした。昔々、ブルーバックスで読んだ、あの判り難さは何であったのだろう。これからはデスクトップがとっ散らかっている状態はエントロピーが増大していると言おう。
DNAの発見によって「生命とは自己複製するシステムである。」との認識を人類は得たが...福岡氏は更に『生命とは動的平衡にある流れである。』と再定義するのである。この言説は栄養学やら何やらの定説を再定義しざるを得ない程のマグニチュードを持っている。と云うことで詳しくは...「生物と無生物のあいだ」を読まれることを...その前に週刊文春をサラッと目を通すのも...よいかも...。
追記:御近所ブログの関連エントリー
aki's STOCKTAKING:生物と無生物のあいだ
MyPlace:「生物と無生物のあいだ」
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昨日の東京新聞・こちら特報部に『季刊誌「谷中・根津・千駄木」来春に幕』の記事が、発行部数が採算ラインを割ってしまったという現実もあるが、今までモチベーションを支えてきた都市のフォークロアが壊滅してしまったということではないだろうか。編集発行人の森まゆみさんは『だんだん自分たちの町ではなくなってきた。オートロックの建物が増えたり、個人情報保護といった風潮から以前のように話をじっくり聞けなくなってしまった。』と語る。「谷根千」や「神楽坂」といった町がブームに乗り観光地化すればするほど、そこで生活する人々の心にはある種の疎外感というか虚脱感のようなニヒリズムが芽生えるような気もするのだが...。
源泉の思考・谷川健一対談集
東京新聞日曜日の読書欄・新刊案内に『列島の旅と短歌、経世済民、民衆の暮らしの伝承...。民俗学の祖・柳田国男の方法と精神をもっともよく受け継ぐ在野の民俗学者の対談集。....』と紹介されていた。その谷川健一の相手を務める対談者の顔ぶれに興味を覚えAmazonに注文してしまった。連休最後の日の朝に届いた本を開き頁を捲り、最初の鼎談『いま、民俗学は可能か』に目を通すと、そのプロローグは柳田礼賛ではなく柳田国男批判である。私のような研究者でない門外漢の一般人にとって、こうした対談集は、戦後の民俗学を俯瞰的に捉えるのに最適かも知れない。
鼎談「いま、民俗学は可能か」の序文として「民俗学はなぜ衰退したか」が寄せられているが、その一部を引用すると...
...「いまの民俗学は落日のなかにある。...今日の民俗学は、厚い雲に包まれたまま姿もみせずに沈んでいこうとしているのではないか」と。...
...それはたしかに当っている面があるわけです。なぜかというと、一つは柳田が民俗学の枠組みをつくって、それからはみ出したり逸脱したりすることを許さなかったからだと思うのです。それが批判精神をなくしていった原因ではないかと思う。....
....経済成長によって農村は崩壊していくし、一方で減反政策をとらされるわけですから、やはり農民のあいだにニヒリズムみたいなものが産まれてくる。そういう農村の崩壊、農民のニヒリズムは、稲を中心とした日本民俗学の魂の衰弱と、パラレルなかたちをとっているのではないかと私は思うのです。...
過疎という現実に苦しんでいる村を前にしたときに、その現実を見ないふりをして、依然として柳田国男時代のマニュアルどおりの聞き書きなり、調査項目なりを村に押しつけて、そこで掬いとれたものを牧歌的に再構成して、村の民俗誌のようなものを再生産してきたのが戦後の民俗学ではないか、そういう民俗学に携わる人々の心性もほんとうはニヒリズムなのかもしれないと思うのです。それは、明らかに、農民のニヒリズムという現在の事実にきちんと向かいあっていないわけです。...
内容と対談者
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いま、民俗学は可能か 山折 哲雄、赤坂 憲雄(1997.7.31)
柳田の経世済民の志はどこにいったのか 小熊 英二(2002.11.20)
南の精神誌 岡谷 公二
民俗学の可能性 網野 善彦、宮田 登(1996.1.17)
網野史学をめぐって 山折 哲雄、赤坂 憲雄
精神史の古層へ 赤坂 憲雄
日本人の他界観 赤坂 憲雄
大嘗祭の成立 山折 哲雄
市町村合併の新地名に異議あり 今尾 恵介
現代民俗学の課題 宮本 常一
旅する民俗学者・宮本 常一 佐野 眞一(2005.2.8)
今なぜ「サンカ」なのか 礫川 全次(2005.4.18)
瞬間の王 詩人谷川雁 齋藤 愼爾(2002.2.28)
古代人の心と象 白川 静、山中 智恵子、水原 紫苑
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世代も経歴も考え方も異なる者同士の対談は時に見解の相違で不協和音を奏でる処もあり、興味深い一冊である。
死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う
僕が二十歳の誕生日を迎える略一月前、連続ピストル射殺事件犯人の永山則夫が19歳と10ヶ月で逮捕された。永山は「二十歳までは生きていたい。」と逃亡生活を続けていた。彼は僕と同い年だった。1979年・東京地方裁判所で死刑判決。1990年・最高裁判所で死刑判決確定。1997年・東京拘置所にて死刑執行(享年48)。その日の夕刊で永山の死刑執行の記事を読み、彼は「五十歳までは生きていたい。」と思っていたのだろうか、と僕は考えていた。
森達也の名を意識的に捉えるようになったのは、玉井さんに誘われて見た韓国映画「送還日記」の試写会での映画監督・金東元とのトークショーが切っ掛けであった。グレート東郷をテーマにした「悪役レスラーは笑う」は著者名を意識せずに読んでいたが、彼の名を世間に知らしめたオウム事件を素材にした「A」や「放送禁止歌」は未だ読んでいない。本書腰巻きには「死刑をめぐる三年間のロードムービー」と書いてある。「悪役レスラーは笑う」もそうだったが、紙媒体に於いても彼の手法はルポルタージュやドキュメンタリー映画のようである。そして、読了して思ったことは、民族学や文化人類学のフィールドワークにも似ていることだ。予断を持たずに相手の話を聴くこと、そのスタンスは同じかも知れない。
TBSの深夜番組「CBSドキュメント」で放送される"CBS 60 Minutes"を見ていると、時々、刑務所内部までカメラが入り込み、死刑囚等の凶悪犯罪の犯罪者へのインタビューが行われることがある。また死刑執行の現場となる刑場施設へカメラが入り込むこともある。米国では情報開示されている死刑制度であるが、日本では国民からは不可視の状況となっている。刑罰としての「死刑」を正しく理解している人は多くはない。懲役刑が懲役(強制労働)を持って刑を務める為、作業所が併設された刑務所に収監されるのに対し、死を持って刑を務める死刑囚は刑が執行されるまでは、他の未決囚と同じ拘置所に収容されたままとなる。そして刑が執行される朝を迎えるまで、死と隣り合わせに毎日を過ごすことになる。
森達也は本書執筆の動機付けを次のように語る。
少なくとも死刑を合法の制度として残すこの日本に暮らす多くの人は、視界の端にこの死刑を認めながら、(存続か廃止かはともかくとして)目を逸らし続けている。ならば僕は直視を試みる。できることなら触れて見る。さらに揺り動かす。余計なお世話と思われるかもしれないけれど。...
プロローグ
第一章:迷宮への入口
クリスマスの死刑執行(2006年12月「フォーラム90」の忘年会)
死刑事件弁護人(弁護士・安田好弘)
シュレーディンガーの猫(元オウム幹部・死刑囚・岡崎一明)
暗くて深い迷宮(『モリのアサガオ』作者・漫画家・郷田マモラ)
第一章:隠される理由
拷問博物館(明治大学博物館)
不可視の領域(名古屋拘置所)
視察の考現学(衆院議員・保坂展人)
第一章:軋むシステム
死刑になりたいから人を殺す(大阪池田小事件・死刑囚・宅間守/担当弁護人・戸谷茂樹)
民意のメカニズム(死刑廃止議員連盟・亀井静香)
死刑の起源
三十分間吊るすことの意味(元大阪高検公安部長・三井環)
第一章:元死刑囚が訴えること
生還(免田栄)
冤罪執行(石井健治郎・西武雄)
第一章:最期に触れる
野蛮な刑罰(元刑務官・坂本敏夫)
処刑場のキリスト(教誨師・カトリック神父)
論理から情緒へ(刑事被告人・佐藤優)
殺しているという意識(元刑務官・現弁護士・野口善國)
第一章:償えない罪
死刑の本質(山口県光市母子殺人事件)
応報感情(「少年に奪われた人生」作家・藤井誠二)
殺された側の情緒(音羽事件・被害者祖父・松村恒夫)
終着駅(山口県光市母子殺人事件・被害者家族・木村洋)
エピローグ
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森達也が対話した人たちの多くは存続か廃止かは別として、現状制度に対し...疑問を抱いている。何故なのか...
以下、2年前の2006年5月の東京新聞の記事から引用
異端の肖像2006 「怒り」なき時代に 弁護士 安田好弘(58)
「弁護士としての資質、人間としてのモラルに失望した」。読者から一枚のファクスが届いた。この読者一人にとどまらない。テレビのワイドショーで、ネット上で非難があふれ返った。
安田好弘。いま、日本で最も物議を醸している弁護士だ。かつてオウム真理教元代表・麻原彰晃被告=本名・松本智津夫=の主任弁護人を務め、先月、山口県母子殺害事件の上告審でも弁護人を務めた。
「悪人は早く吊(つる)せ」という世間感情、タレント弁護士が登場するお茶の間のにぎわいに彼は背を向ける。
非難のきっかけはこの上告審だった。三月十四日、最高裁の口頭弁論を安田は相方の弁護士とともに欠席した。
最高裁、検察、遺族は憤った。最高裁は昨年導入された改正刑事訴訟法に基づき、四月十八日の弁論への出頭在廷命令を初適用。欠席すれば、解任は避けられない。彼は法廷で「被告に殺意はなく、下級審の事実認定は疑問」と弁論の続行を訴えたが打ち切られた。
異例ずくめだった。昨年十二月上旬、二審の弁護人が最高裁へ「弁論は自分ではなく、安田さんに頼もうかと思っている」と伝えたという。開廷日は裁判所と検察、弁護人の三者で協議されるのが慣例だが、裁判所は同月下旬、一方的に開廷日を通告してきた。
安田は二月下旬、初めて被告人と接見した。被告の話が事件記録と違い、驚いて弁護人を引き受けた。さらに自白調書と死体所見の食い違いを見つけ、被告の殺意に疑問を抱いた。
弁論準備には数千ページに及ぶ記録の精査が必要だ。当日は日弁連の催しも重なっていた。彼は裁判所に三カ月の延期を要望。「従来は認められたケース」(安田)だったが、今回は拒まれた。弁論は通常一回で、準備なしに出廷すれば事実上、死刑を後押ししかねない。欠席の方針を固めた。
「被害者の人権を無視した」と苛烈(かれつ)なバッシングが待っていた。オウム真理教の裁判のときよりも酷(ひど)かった。当人はどう受けとめたのか。
「こういう仕事をしている以上、避けられない。凶悪とみられる人々の弁護をするのだから。世論は常に多数派だ。逆に被告は孤立している。弁護が少数者のためである以上、多数派から叩(たた)かれるのは定めだ」
その使命感は、と聞こうとすると、安田は遮って「使命感じゃない。これが弁護士という職業の仕事なんです」と言い切った。
報酬に乏しい公安事件、重大な刑事事件を背負ってきた。死刑の求刑、あるいは下級審で死刑判決が出た後に、彼が請け負った事件は十七に上る。大半が依頼だった。ある法曹関係者は「こうした事件を受ける弁護士が少なくなり、彼に集中している」と漏らす。
「自分も(こうした事件から)できれば逃げたいと思う」と安田は話す。
「死刑が絡む事件は不安だ。何もできないだろうと落ち込む。裁判で負けても終わらない。被告が処刑される日まで守らねばならない。毎日、冷や冷やして自分も生きていかねばならない。だから、だれもやりたがらない。でも、被告から依頼の手紙が舞い込む。接見で顔を見てしまう。そうすると断れなくなる」?? 非難の主流は「遺族感情に配慮しろ」だった。今回の事件では、被告が一審判決後に獄中から友人に宛(あ)てた「終始笑うは悪なのが、今の世だ」という手紙の一節が非難に油を注いだ。
「復讐(ふくしゅう)したいという遺族の気持ちは分かる。だが、復讐が社会の安全を維持しないという視点から近代刑事裁判は出発した。もし、復讐という考えを認めれば殺し合いしか残らない」
裁判を死刑廃止運動に利用しているという批判もあった。「死刑廃止を法廷で考えているとしたら弁護士失格だ。法廷は事実を争う場であって、政策や思想の場ではない。だいたい判決は死刑だろう、と考えて弁護なんてできやしない」
安田の弁護は徹底して事実にこだわる。愚直なまでに現場に行き、再現を繰り返す。「よく被告のうそをうのみにして、とか言われるが、うそで起訴事実が覆せるほど、法廷は甘くない。肝心なのは遺体や現場の状況という客観的な証拠だ。被告がどう言ってるかは参考情報にすぎない」
そんな弁護スタイルが、これまでいくつかの死刑判決を覆した。ただ、その手法も壁に突き当たりつつある。昨今の迅速化を掲げた「司法改革」の流れだ。
例えば、被告側の防御権を損ないかねない公判前整理手続きが、昨年十一月に導入された。経験した弁護士は「時間がない。十分な検証は不可能だ」と悲鳴を上げた。安田は「迅速化の中身は結局、手抜きだ。検察、裁判所からみれば手軽に一件落着で済む。しかし、被告人には生死や自由が絡んでいる」と憤る。
「刑事裁判は死んだ」と安田は話す。「有効な反論を通じ、初めて真相は明らかにされる。検察、弁護人の客観的な主張を裁判所が冷静に判断する。そんなシステムが機能不全に陥っている。検察主導の大政翼賛化が進んでいる」
■事実に徹底的にこだわる闘い方
その理由を安田は「弁護士がしっかり反論せず、検察は地道な事実の積み重ねよりトリックにおぼれ、裁判所も監視の役割を怠っている」と指摘する。
麻原裁判の長期化に批判が集まり始めたころ、安田は顧問を務める不動産会社の事件で逮捕された。一審は無罪。裁判長は検察側の強引な公訴内容に苦言を呈した。とはいえ、十カ月もの拘置で麻原裁判の舞台からは“消された”。
この拘置中、殺人的な仕事からは解放された。でも保釈後、再び以前の日々を送る。「朝七時から会議をやって、夜九時すぎからも会議。その間に裁判資料を調べ、自宅に帰れるのは二週間に一回だけかなあ」
安田について、友人でジャーナリストの魚住昭は「徹底的に事実にこだわり、かつ人権を守ろうとする弁護士の基本に忠実な人物。逆に最高裁や検察当局からみれば、最も厄介な人物だろう。それがバッシングの根底にある」と語る。
孤立しがちな印象の一方で、彼自身の控訴審には前例のない二千百人の弁護士が弁護人に名を連ねた。
「彼は左翼系で私とは立場が大きく違う」と話しつつ、元検察官の小林英明弁護士は彼をこう評す。「私は死刑問題でも彼とは考え方が根本的に違う。だが、弁護士としての優秀さ、人間性については高く評価している。法の許す範囲内か否かを自覚し、信念を持ち一生懸命やっている」
団塊の世代のご多分に漏れず、学生活動家だった。そこで容易に人が変節するのを目の当たりにした。
「自信なんてない。しかし、できるだけ変わらない方を選ぼうと生きてきた。でも、世の中はどんどん単純化していく。一体、この先に何が待っているのか」

と云うことで先週、「2001年宇宙の旅」の原作者・アーサー・C・クラークが亡くなったのだが、やっぱり面白かったのは初期の「幼年期の終り」でしょうか。昨日の「大竹紳士交遊録」でも書評家の大森望が「幼年期の終り」を推していたが、アシスタントの東京外語大出身のお笑い芸人・光浦靖子がSFは分からないし、翻訳物も苦手と言ってたのが哀しい。そう云えば2001年のモノリスの意味が解らないと云う同級生がいたが、こういう人には幾ら言葉で説明しても時間の無駄である。解らない事があることを肯定しそれを面白いと思えなければSFを読まない方が良い。世界は、未知なもので溢れている....のだから。

さて中沢新一のアースダイバーに触発され2005年10月22日から隊長の発案で始めたアースダイビングであるが、最初は東京タワーの足下、芝丸山古墳や代々木八幡の半島や岬状の地形等に縄文人の足跡を辿る等、どちらかと云えばドライなモッコリ地形にフォーカスしていた。埋田或いは海田が地名の起源と云われている低地に生まれ、今は山里の谷間に住んでいる私はウェットな場所に魅かれるのだろうか、二回目のアースダイビング@下北沢の出発地・代々木八幡に集合前に渋谷川の支流・宇田川の更に支流の河骨川跡の春の小川の碑に立ち寄り小田急線に平行する川筋を歩いて、切り通しから八幡宮の杜に入っていった。そのアースダイビング@下北沢に於けるサブテーマであった「都市計画道路補助54号線」の全体を確認した後、特に誰が言うまでもなく北沢川の支流を確認したり、暗渠化された川筋に沿って代沢の森厳寺方面に歩いていることに気付いた。地球の引力に抗うことなく自然と低地に向かっている。その体験が第三回アースダイビング@江戸東京地下水脈の企画へ繋がったことは言うまでもない。謂わば時代の共時性であろうか、図らずもそれは川の地図辞典の出版意図ともシンクロしている。川の地図辞典・腰巻に書かれた『アース・ダイビング〈消えた川・消えた地形歩き〉必携』のキャッチコピーがそれを物語っている。と云うことで次の日曜日は川の地図辞典・出版記念ウォークと懇親会なのだ。どうやら天気が崩れる心配も無いようだ。気の早い染井吉野が見られるか楽しみである。
謎解き広重「江戸百」 (集英社新書 ビジュアル版 )
と云うことで前のエントリー『「名所江戸百景」と江戸地震』で紹介したサイトの解説を担当した原信田実氏による著作である。本書は電脳「くろにか」に2005年末まで連載していた江戸百を元に詳細な論証と図版を加え新書として上梓したもので著者の遺作となっている。表紙は安政二年の十月二日に起きた安政江戸地震で九輪が折れ曲がった浅草寺五重塔が翌年安政三年五月に修復され、それを記念しその年の七月(辰七)に出版された版画である。しかし修復されたのが五月にも関わらず季節が冬に見立てられているのである。著者は『名所江戸百景・浅草金龍寺』を雪景色の中に置いて一新の雪に戦災復興を祝う広重や江戸市民の想いが込められているのでは...と考える。
真乳山山谷堀夜景の構図も興味深いですね。教科書的には、いけない構図ですが、其処に謎が有りそうで...考え始めると...う〜む。
ネットの情報だけでは腑に落ちない、と云う向きには打って付けの新書。
『名所江戸百景』を研究しているサイトは他にもあります。
森川和夫:廣重の風景版画の研究(1)古写真で読み解く広重の江戸名所
森川和夫:廣重の風景版画の研究(2)広重と「江戸名所図会」
工作少年の日々 (集英社文庫 ) 森博嗣・著
昨年の秋に森達也と森巣博による『ご臨終メディア』を読んだ所為か似たような著者の名が目に留まった。普段ならそのまま見過ごすのであるがタイトルの『工作少年の日々』に釣られて文庫本を手に取りページを捲った。最初の散らかしの法則を読んで、そのままレジに向かった。嘘か真か、氏が小説を書き始めた動機付けは工作室の或る家を手に入れるためだそうである。何故ならとりあえず資金(道具)が少なくて済むからである。そんな氏も現在は14台のMacを所有し、それらを駆使して小説を書いていると云う。Macの台数はエッセーを書いた時点で尚且つ上位機種が未だG4であるから、想像するに今では20台を超えているのではないだろうか。昨年秋には夫人がiMacを自身はiPodtouchを手に入れたらしいし、「MacBook Air」もとりあえず1台は買うらしい。と云うことで定期的に読むブログにMORI LOG ACADEMYがまた一つ増えてしまった。やれやれ。
もしやと思い栗田さんのブログを検索すると単行本で紹介していました。
2006-08-08CHRONOFILE: 工作少年の日々
追記:aki's STOCKTAKING・工作少年の日々
なげださない 鎌田實・著
あまり、この手の類いの本は僕の購入予定リストには入っていないのだが、2月1日の【大竹まこと ゴールデンラジオ】でゲストの鎌田實さんが紹介していた著書「なげださない」を読んでみた。まぁ、ガキの頃、学校から家に帰ってくるなりランドセルをなげだして遊び呆けたり、夏休みの宿題を最後までやらずになげだした自分としては、耳の痛いタイトルでもある。そんな、しょうもないガキだった自分も、考えてみたらもう12年も非常勤として学生に接している。そしてこの季節は後期の採点表を提出する一番苦手な時期でもある。採点が恣意的にならぬよう項目別に分類して学生が提出したデータを分析して採点し集計するのであるが、レンダリングのリドロウやら何やらでそれなりに時間を要する作業でもある。いつだったか、高名な解剖学者のセンセーが小論文を一瞥するなり65点と略流れ作業的に採点していたのをテレビで見ていて、実に羨ましくもあった。全ての学生が問題なく合格点に達していれば良いのだが、そう首尾よく運ばないのは世の常、出席不足等でボーダーラインから落っこちそうな場合も、切り捨てたりせずに、何らかの救済措置が求められるのだが、昨今は微妙な問題を抱えた学生もおり、無闇矢鱈と「がんばりなさい」と言えないのが現状でもある。
前文
ちょっとしんどいと、親が子どもをなげだし
子どもは老いた親をなげだし
メーカーも商社も信用をなげだしてしまう。
ちょっとつらいと、勤め人は会社をなげだし、
国のリーダーまでもが、この国をなげだした。困難の中、なげださずに、ていねいに
生き抜く人たちを書きたいと思った。
いのちの底力を、伝えたい。
第2章:転移しても再発しても、なげださない。がんが治った
支えあい、笑いあって、病を乗り越えたふたり
第3章:自分の夢をなげだすときもある。人のために
放射能汚染で地図から消された村にいきる、飛行機おじさん
第4章:かつての敵を許す。憎しみの連鎖を断ち切れ
アメリカで生き、平和のために被爆体験を語り続ける笹森さん
第5章:心の目で見てみよう。大切なものが見えてくる
盲導犬とともに福祉活動にいそしむキミエさん
第6章:明日を信じているからできる。遥かな夢への小さな一歩
故郷アフガンへ森を贈る「ドイツ国際平和村」のマスードさん
第7章:いのちは輝かせられる。ラストの一ページまで
死を背負い歌い続けたシンガーmicoさん
第8章:人の悲しみを癒すとき、自分も癒される
震災を越えてつないだ「いのちのバトン」
第9章:自分の悲しみは横に置いて、人の悲しみを支える
病気の子どもたちに希望と薬を届ける、イラクのイブラヒム先生
第10章:みんな違って、みんないい。不揃いのカボチャたち
北の大地で、ともに生きる「共働学舎」の25人
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と云うことで、アルコール依存症、若年がん患者、チェルノブイリの被爆者、広島被爆者、視覚障害者、アフガニスタン難民、スキルス性胃癌のシンガー、神戸淡路震災被害者、イラク難民、自立農業施設主宰者、等々の10のエピソードの内、幾つかのエピソードは他のメディアによって既に紹介されているものもあるが、本書ではどのエピソードの主も鎌田先生と人間的な信頼関係によって文章化されている。そしてエピソードは個人の心の内側に迫ったミクロの視点と、社会情勢・世界情勢との関係性を保ち俯瞰なマクロの視点によって構成されている。そして悪戯に感情に流されることなく客観性も保ち、ユーモアを交え解りやすく読みやすく書かれている。ここ最近の様々な世相の動きを見ていると、この国の方向性が民主主義からどんどん懸け離れてゆくように思えてならないが、それでもそんな逆境の中、日常をひた向きに生きている人たちの存在に勇気づけられる。あきらめずに、がんばりすぎず、そしてなげださないで...。
東京慕情―昭和30年代の風景 東京新聞出版局・定価1200円(税込)
昨年一年間、東京新聞・日曜朝刊に連載されていた特集記事を一冊に纏めたものである。単に昭和30年代の懐かしい写真を集めて昔話に終始したものではなく、被写体となった風景や人物を探し求め、関係者へ当時の状況等の追跡取材を加え、エピソードを交えて東京新聞編集委員・田中哲男氏が執筆したものである。そこには半世紀に亘る都市で生活する庶民の様々な想いや物語が隠されている。
幾つかのエピソードの中で工事中の東京タワー最上部近くの鉄骨に立つ三人の塗装工とその写真を撮った写真館店主の話はとても興味深いものの一つだ。しかし僕にとって自分の記憶を確認できた写真として昭和34年の渋谷駅界隈を現在のセルリアンタワー東急ホテル方向から撮影したものがある。写真に写っているビルは東横デパートと東急文化会館くらいで、現在の三井住友銀行が入っている東急プラザは未だ建っていない。僕が校外授業として東急文化会館最上階の五島プラネタリウムに見学に来たのは、その写真と同じ昭和34年である。山里の小学校から観光バスに小一時間ゆられて渋谷に着き、プラネタリウムを見学して屋上でお昼の弁当を食べて、再びバスで山里に帰った訳だが、その間、僕たちを乗せてきたバスは路駐して待っていたのである。今では信じられないような話しであるが、70頁の写真を見れば納得するであろう。

と云うことで「川の地図辞典」を手にして最初に調べたことは、私の生まれたバラックの前を流れていた堀割の正式な名称である。だが残念ながら「川の地図辞典」(P380〜P382)には掲載されていなかった。尤も足立区北部、草加市との都県境を流れる毛長川と荒川放水路とに挟まれた低湿地帯に嘗ては数多くの堀割が縦横に設けられ、それらの多くは農業用水路として機能していた事を考えると、無名の堀割もあるだろうし「川の地図辞典」にそれら全てを網羅することは到底無理と考えられる。頭の隅に微かに記憶されていた「梅田堀」をキーワードにGoogleで検索すると位置を特定できる情報が三つ程見つかった。
一つは西新井駅近くの梅田堀親水水路、そして生家に隣接した梅田稲荷神社について書かれた下記の文言。
5丁目9番にある。社殿の左側に禊教の教祖井上正鉄と妻の安西男也の墓が二人の高弟の墓とともに並んでいる。ほかに神社の玉垣に沿ったところに庚申塔と外荒神の2基を祀った庚申堂がある。もと梅田堀の端にあったものを地元の人々がここに安置したもので野仏の保存が図られている。文久元年(1861)九月銘の漱盥石がある。
上の写真の撮影場所をiPodtouchの空撮写真で見るとGoogleのロゴ付近から北の方向(西新井方面)を写している。右手の緑は梅田稲荷の社務所、鉄骨3階ALCのマンションが母の実家の池があった場所。生家の前の道は梅田堀を暗渠化して歩道を設け、更に車道を広げ、片側一車線の対面交通としたようである。梅田堀上の歩道のポールは嘗ての湿地帯を表徴するものだろうか。写真左手のマンション付近も50年前は溜め池があり、夏はシオカラトンボが池の上を飛んでいた。
追記:上記写真は昨年一月、西新井大師から荒川放水路までアースダイビングした時のモノです。因みにmasaさんが発見したサビオウの前は本木堀が流れていました。
次回「川の地図辞典-3 Jediへの道」へ続く。
『川の地図辞典 江戸・東京/23区編』
菅原健二・著 之潮・刊(定価3800+税)
ISBN978-4-902695-04-5
カーレースに例えるなら既に周回遅れでピットスタートとなった感があるが、Kai-Wai散策を震源地とする『川の地図辞典』の紹介である。私も何方かと同様、「新宿のジュンク堂+タイトルうろ憶え」であったが、出版社のコレジオ(Collegio)がイタリアの画家コレッジョ(Correggio)に似ていたのが幸いし、それを頼りに優秀な店員さんに探していただき、正月休み明けの1月7日に手に入れることができた。
江戸・東京の川に関する辞典と名の付く書物を読むのは、この『川の地図辞典』が初めてではない。第4回アースダイビング『Take The "A" Tram』の下調べをしている時に大学の図書館から借りた図説 江戸・東京の川と水辺の事典に次いで二度目である。その「図説 江戸・東京の川と水辺の事典」を出版した柏書房は何と「川好きotoko」さんが「之潮」を始める前に社長を務めていた出版社なのだ。わきたさんが調べたこちらとこちらの記事を読むと、どうやら「川好きotoko」さんは自分の納得できる仕事をすべく「之潮」を設立したらしい、そしてその成果の一つが図書館に貸出禁止図書として鎮座されるデスクトップタイプの辞典ではなく、誰でもが手にできるモバイルタイプの『川の地図辞典』なのである。と勝手に解釈して合点した。
追記:著者の菅原健二氏は前述の鈴木理生・編著による「図説 江戸・東京の川と水辺の事典」と「東京の地理がわかる事典」の共同執筆者の一員であり、鈴木理生氏とは東京都の図書館繋がりであったのだ。合点、合点、合点。
実業美術館:赤瀬川原平×山下裕二
文藝春秋の『オール讀物』に三ヶ月に一度くらい略定期的に掲載されていた『企画モノ』の単行本化である。世話役に山下裕二、ご隠居が赤瀬川原平と云った趣向なのだろうか、編集部の段取りで各地の実業美術館・物件を見学した後、何処ぞで対談、録音テープから原稿を起し、なんちゃらかんちゃらで一丁上がり。雑誌原稿が溜った処で書籍化となる。良くも悪くも出版社主導のシステムによって作られた本である。その辺りが些か気になるのは、物件によって食い付き方に温度差が見られることである。興味深いのは第一章の「大和ミュージアム」で戦艦大和をカメラに見立てる赤瀬川原平。
大和の艦橋にある測距儀はカメラのレンジファインダーと同じ原理、製作は日本光学によるものだ。カメラ上部を軍艦部と呼ぶのも同じ理由、逆にカメラを軍艦に見立てているからである。撮影も射撃も英語では同じ"shot "であるからニコンが嘗て日本光学狙撃眼鏡を製作していても何ら不思議ではないのである。
内容
巻頭鼎談「実業美術館とはなんぞや?」赤瀬川原平×南伸坊×山下裕二
はじめに 赤瀬川原平
1 戦艦大和を観に行く(大和ミュージアム・海上自衛隊呉基地)
2 網走番外地の真実とは!?(博物館網走監獄・網走刑務所)
3 ごみ処理工場が芸術してます(大阪市環境局舞洲工場&スラッジセンター・広島環境局施設部中工場)
4 交通博物館で職人技を応援(交通博物館)
5 警察と芸術のビミョーな関係(明治大学博物館刑事部門・警察博物館)
6 偉大なる中小企業の「作品」たち(コシナ・オリエント時計)
7 野球の国ニッポンの聖地を訪ねて(東京ドーム・野球体育博物館)
8 「お金」に「芸術」の深淵を見た(国立印刷局滝野川工場。お札と切手の博物館・貨幣博物館・日本銀行本店)
9 トヨタは応挙、マツダは光悦である(トヨタ博物館・マツダ本社工場)
あとがき 美術に実業を、実業に美術を 山下裕二
いわゆるムック、発行元はMCプレス。オジサンはiPod touchをハッキングする気もなく、記事にあったHandBrakeを試したかっただけ、以前も似たようなフリーウェアを試したが、それは上手くコンバートできなかったので再挑戦、と云うことで今回は成功..。使い方はこちらにもあった。最初から知っていればムックを買わずに済んだのだが、無知故の出費でした。
トーハン調べによる2007年間ベストセラーの第一位が『女性の品格 』なんだそうである。昨年の第一位が『国家の品格 』だから柳下に泥鰌が二匹いた訳である。と云うことで、ちかごろ新書がブームなのか、どこの出版社でも新書を出すようになった。Wikipedia調べによれば30社から42の新書シリーズが出版されているが、書店店頭で見たところWikipediaのリストにない新書もあって、まだ増え続けているようである。現在、東京新聞夕刊・文芸欄に植田康夫氏による『本は世につれ・戦後ベストセラー考』と云うコラムが連載されているのだが、その11月22日付けの47回目に光文社の「カッパブックス」誕生の経緯が紹介されていた。
その一部を引用すると...
伊藤整の要請で、新書判の双書創刊を決意した神吉晴夫だが、伊藤の『文学入門』をトップバッターにすることは決まっても、双書名は考えあぐねた。
人真似をしないことを信条とする神吉は、岩波新書と異なる新しい双書をと思い、タイトルにもこだわった。・・・中略・・・
・・・《これで、私は新しくスタートする軽装判シリーズに、カッパという名前をつけることに踏みきった。けれども、「カッパ新書」では、新書という新語をつくった岩波茂雄さんに面目ないし、さりとて、「カッパ文庫」 「カッパ双書」では、古めかしい。もっと今日的な感覚が欲しかった。これは、ひとつ、外国のものにならって、・ブックスをつけ、「カッパ・ブックス」にしようと考えつく。ブックスという言葉なら、小学生だって知っているだろう》・・・
2000年以降、一人で各社から多くの新書を出しているのが解剖学の養老孟司と脳科学の茂木健一郎である。
ベストセラーとなった養老孟司の『バカの壁』は口述した内容をライターと編集者が原稿にまとめ、著者がチェックして一冊の本に仕上げると云うシステムを確立している。原稿用紙に向かい推敲を重ねる、なんてのは過去のこと。最近増えている対談スタイルの新書も似たようなものだろう。
養老 孟司
まともな人 (中公新書) 養老 孟司 (新書 - 2003/10)
バカの壁 (新潮新書) 養老 孟司 (新書 - 2003/4/10)
いちばん大事なこと―養老教授の環境論 (集英社新書) 養老 孟司 (新書 - 2003/11)
死の壁 (新潮新書) 養老 孟司 (新書 - 2004/4/16)
こまった人 (中公新書) 養老 孟司 (新書 - 2005/10)
無思想の発見 (ちくま新書) 養老 孟司 (新書 - 2005/12)
超バカの壁 養老 孟司 (新書 - 2006/1/14)
希望のしくみ (宝島社新書) アルボムッレ・スマナサーラ 養老 孟司 (新書 - 2006/6/13)
ぼちぼち結論 (中公新書 1919) 養老 孟司 (新書 - 2007/10)
バカにならない読書術 (朝日新書 72) 養老 孟司/池田 清彦/吉岡 忍 (新書 - 2007/10/12)
茂木健一郎
脳とコンピュータはどう違うか―究極のコンピュータは意識をもつか (ブルーバックス) 茂木 健一郎 田谷 文彦 (新書 - 2003/5)
意識とはなにか―「私」を生成する脳 (ちくま新書) 茂木 健一郎 (新書 - 2003/10)
知能の謎 認知発達ロボティクスの挑戦 けいはんな社会的知能発生学研究会(共著) (新書 - 2004/12/17)
「脳」整理法 (ちくま新書) 茂木 健一郎 (新書 - 2005/9/5)
脳の中の人生 (中公新書ラクレ) 茂木 健一郎 (新書 - 2005/12)
ひらめき脳 (新潮新書) 茂木 健一郎 (新書 - 2006/4/15)
すべては脳からはじまる (中公新書ラクレ) 茂木 健一郎 (新書 - 2006/12)
フューチャリスト宣言 (ちくま新書 656) 梅田 望夫 茂木 健一郎 (新書 - 2007/5/8)
音楽を「考える」 (ちくまプリマー新書 58) 茂木 健一郎 江村 哲二 (新書 - 2007/5)
日本人の精神と資本主義の倫理 (幻冬舎新書 は 3-1) 波頭 亮 茂木 健一郎 (新書 - 2007/9)
欲望する脳 (集英社新書 418G)茂木 健一郎(新書 - 2007/11/16)
それでも脳はたくらむ (中公新書ラクレ 264) 茂木 健一郎 (新書 - 2007/12)
すべては音楽から生まれる (PHP新書) 茂木 健一郎 (新書 - 2007/12/14)
流石に時代の寵児と云うか売れっ子の茂木先生は新書だけでも今年6冊も上梓しているのである。(訂正:今月分・新書二冊を追加)
こうして眺めてみると活字文化も視聴率第一主義のテレビと云ったメディアと似たり寄ったり同じように見えてくる。どのチャンネルを回しても似たような顔ぶれのタレントやコメンテーターが並び、何かが流行れば、どのチャンネルも似たような内容となるように、出版界も然したる差は無いようだ。『バカ』『ウソ』『脳』『品格』と云ったキーワードを用いたタイトルだけ見ると週刊誌の中吊り広告を見ているようである。玉石混淆の新書の世界、品格を語るも天に向かって唾を吐くようなものに思えてならない。
ところで辛口書評家として知られる大森望が大竹まこと・ゴールデンラジオ!「大竹紳士交遊録」の12月6日放送分のポッドキャスト版のエンディングで大竹の「(年間ベストセラーの)ベスト10にも全部点数付けて欲しいよな...」のフリに対し、大森望曰く「『女性の品格 』に7点が付いたりして...」の軽口を叩いたところでエンド...本音がチラリ。
カーサ・ブルータスの向うを張ったかどうかは知らないが、Mac系専門誌からライフスタイル・クオリティマガジンとしての脱皮を図ったMacPowerであったが、それも頓挫し、新たに季刊誌として再出発している。新装なったMacPowerは季刊で160頁の情報量に対し月刊のMacFanとMacPeopleは250頁前後の情報量である。必要な情報はネットにアクセスすれば事足りる時代、三ヶ月に一度の季刊誌となればじっくりと読ませる内容が必要となる。柴田文彦氏の「UI進化論」と「MacOS 1.0の研究」そして三原昌平氏による「Appleのプロダクトデザイン史(前編)」と、既にどこかで読んだような見たような企画が並ぶ。前途多難であろうが、季刊誌の特性を活かし腰を据えてオールド・マックユーザーにも読みたくなる内容を願いたい。呉々も気付かないうちにフェードアウトすることの無いように...。
日曜朝刊に『週刊 ハーレーダビッドソン』の広告が出ていた。こうした付録がメインの雑誌もシリーズ化され、商売として成立しているのだから根強いフアン層があるのだろう。しかし、いつも思うのだが果たして最後まで諦めずに完成させる購読者はどの位の数いるのだろうか、と。それよりも、全冊揃えるのに、どのくらいの期間で値段が幾らくらい掛かるのか気になった。広告を隈無く調べると小文字で毎週火曜日発売の89号で完成とある。う〜む、全てのパーツの入手まで1年と8ヶ月以上、購入価格を計算すると(890+1790×88)で〆て金158,410円也の出費で1/4のメタル製のハーレーが手に入る訳であるが、それには一冊の厚みが5センチと計算して全89冊が収納できるラック(900×280×1800)のスペースと、完成品(597×255×270)を飾るスペースも必要となる。創刊号の価格だけで、お手軽な「パーツ付きマガジン」だと侮ってはいけない。時間と予算、そしてスペース、その上、根気も充分必要とされるのである。
ご臨終メディア:森 達也 ・森巣 博 (著) 集英社新書
副題が「質問しないマスコミと一人で考えない日本人」つまり、思考停止状態なのはメディアも一般大衆も大差ないと云う事であろう。僕は常々、メディアに対して脳死状態にあると見ていたが、二人の著者は既にメディアを「ご臨終」したと見做している。
放送メディアだけでなく活字メディアにしても書店の店頭に平積みにされた「売りたい本」の山を見ると、権力に阿るメディアによって国民をどの方向に向かわせるのか情報操作されているような暗澹たる気持ちにされるのであるが...やはり、活字メディアもご臨終ということか。

と云うことで『復刻版 岩波写真文庫 赤瀬川原平セレクション』の全10冊(科学編5冊・社会編5冊)である。駅前の啓文堂書店でdanchu11月号を買うつもりで立ち寄り、平積みされている暴走老人!を手に取り、買おうか買うまいか迷っていると、前方斜め右の目線の高さの書棚に赤瀬川原平セレクションの文字が目に入った。『戦後腹ぺこ時代のシャッター音
』はAmazonに注文してあるが、写真文庫は原物を見てから買うか決めようと思っていた。箱から出して頁をめくり始めると、これはタイムマシンである。生まれてから意識が目覚め初めて見た原風景やグラフ雑誌やニュース映画等のメディアで知った出来事が記録されている。これは自分の記憶とすり合わせ、その時代を再確認する為にも必要なアイテムと成り得るし、第一どれを見ても面白いのである。
科学編の蛔虫 (岩波写真文庫 赤瀬川原平セレクション 復刻版)には野糞についても見開き二頁で写真と「うんちく」が語られている。
野糞はふつう農村に多いとされている。農村の状態から見て当然であろう。その上にハイキングに行く人なども残してくる。ところが、少いと思われがちの都会にも、案外野糞は多い。公園の草むらなどにもよくあるし、屋外の行事のあとには、必ずといってもよいほど多い。野糞と弁当の殻が相接している風景もよく見られる。また、ないようで多いのが公衆便所の近所である。便所が汚れていることが多いからであろう。このような都会の野糞は戦後特に多い。野糞ではないが、似たものに列車便所から線路に落ちたものがある。列車が長く止っている駅の線路には物すごいほど多い。丁寧にも調査した公園の見取り図に野糞の位置を示した図も添えられている。
戦後腹ぺこ時代のシャッター音・岩波写真文庫再発見
赤瀬川原平・著 (1600円+税)
と云うことで本書と同時に『復刻版 岩波写真文庫 赤瀬川原平セレクション』全10冊(科学編5冊・社会編5冊)が岩波書店から9月27日に発売されている。12月には東京をテーマに『川本三郎セレクション』全5冊が刊行される予定である。最近話題の岩波写真文庫であるが、『A瀬川原平セレクション』と来たら『F森教授セレクション』が有って良さそうである。こちらも期待しよう。
内容
アメリカ人の生活を見る・・・・・岩波写真文庫5『アメリカ人』1950
捕鯨船団ヤマトの時代・・・・・・岩波写真文庫3『南氷洋の捕鯨』1950・赤瀬川セレクション
肖像からはじまった写真・・・・・岩波写真文庫8『写真』1950
電気がまだハダカだった・・・・岩波写真文庫190『家庭の電気』1956
日本人はなぜ野球がすきなのか・・・・・岩波写真文庫35『野球の科学』1951
車がまだ自動車だったころ・・・・・岩波写真文庫94『自動車の話』1953・赤瀬川セレクション
むかし見た明るい夢・・・・・岩波写真文庫65『ソヴェト連邦』1952・赤瀬川セレクション
黒々として神々しい巨大獣・・・・・岩波写真文庫21『汽車』1951・赤瀬川セレクション
靴ぴったり至上主義のころ・・・・・岩波写真文庫118『はきもの』1954
芸術も前進の時代だった・・・・・岩波写真文庫78『近代芸術』1953
不潔でも逞しかった蛔虫時代・・・・・岩波写真文庫44『蛔虫』1951・赤瀬川セレクション
日本列島初の同時多発フォト・・・・・岩波写真文庫183『日本 一九五五年十月八日』1956・赤瀬川セレクション
交通巡査の立っていた東京・・・・・岩波写真文庫68『東京案内』1952
電話番号の下に(呼)があった・・・・・岩波写真文庫34『電話』1951
どこを写真に撮っても様になる・・・・・岩波写真文庫194『パリの素顔』1956
産業革命を率いた王様・・・・・岩波写真文庫49『石炭』1951・赤瀬川セレクション
鉄と海が相手の職人魂・・・・・岩波写真文庫67『造船』1952
真実の漏れ出る部分・・・・・岩波写真文庫13『心と顔』1951
子供特派員の目の輝き・・・・・岩波写真文庫199『子供は見る』1956
玉音放送を聞いて家路に・・・・・岩波写真文庫101『戦争と日本人』1953・赤瀬川セレクション
排気ガスの代わりに馬糞があった・・・・・岩波写真文庫48『馬』1951・赤瀬川セレクション
団塊世代が一年生だった頃・・・・・岩波写真文庫143『一年生』1955・赤瀬川セレクション
塩分欠乏でへたり込んでいた・・・・・岩波写真文庫193『塩の話』1956
深山幽谷から色香まで・・・・・岩波写真文庫213『自然と心』1957
図説・明治の地図で見る鹿鳴館時代の東京
学習研究社・発行(1900+税)
参謀本部陸軍部測量局によって明治17年に完了した測量に基づいて作成されたフランス図式『五千分一東京図』35面の内、34面の地形図が収録され、併せて国土地理院による地形図と古写真や錦絵が参照されている。地図の範囲は北東が浅草周辺、北西が早稲田周辺、南東は海で欠番となっているが現在の晴海、南西が広尾周辺までの区域である。芝公園周辺地図を見ると芝増上寺の将軍家霊廟の殆どが西武鉄道グループに買い占められたことが解る。戦災で消失したとは云え、なんだか、、である。写真などの図版も多くマッパーならずとも持って置きたい一冊である。
たむらくんより偕成社から10月上旬発売の『ゆきだるまくん、どこいくの?』が届いた。
表紙は大胆な赤だ。大胆なのは表紙だけでなく中身もかなりなモノだ。絵本としては異例の黄色を用いた二色刷りでページ数は96ページもある。
"やなせたかし"が"大竹まこと"とのラジオの対談で『キャラクターをしっかり考えれば、自然に動き出して面白くなる。』と言っていた。この『ゆきだるまくん』も、最初の数コマを描いたら、後は自然に動き出したに違いない。それが大騒動を起すとは、、、いやはや。
ビゴーが見た日本人-諷刺画に描かれた明治
こちらは明治でも写真ではなくフランス人画家・ビゴーが描いた風刺画である。明治時代の写真を見ると日本人の体躯は五頭身から六頭身半くらいだが、ビゴーが描く日本人は三頭身から四頭身に誇張されている者が多い。このごろつきと題された男、どこかで見たような容貌だが高下駄を履いても三頭身半、この頃はロンドンブーツはなかったようである。
内容は編著者の清水勲が選んだ100枚の風刺画を下記の六章に分類し批評を加えたものだ。
第一章:明治を活写した異邦人・・・(日本を知りつくしたフランス人)
第二章:ポーカーフェースの世界・・・(日本人の容貌)
第三章:はっとさせられる風習の数々・・・(日本人の生活)
第四章:愛らしき「お菊さん」たち・・・(日本の女性)
第五章:西洋文明にほれこんだ人々・・・(日本人の性格)
第六章:近代化に呑みこまれる古きよき日本・・・(日本人の猛烈性)
第三章の「はっとさせられる風習の数々」には第32図から第36図まで「ふんどし」と題された絵が五枚も並ぶ。印半纏に褌のいでたちならまだしも、第32図「ふんどし・・股間への送風」の男は帽子にシャツ、そして下半身は褌一丁、足袋に高下駄で往来を歩きながら、緩めたふんどしの中へ団扇で風を送っている。
下半身裸といえば、麻薬漬けの生活を送っていたチャーリー・パーカーが上半身はスーツで決め自分では正装しているつもりなのに、下半身は何も穿かずホテルのロビーに現れ、そのまま病院送りになったと云う伝説を読んだ事はあるが、明治31年の日本では下半身を裸同然で往来を歩いても、病院に送られることも官憲に捕まることもなく、大らかと云えば大らかだったのだろう。まぁ、今でもパンツ一丁でテレビに出てる芸人もいるから、大して変わってないかも、、、。
官邸崩壊 安倍政権迷走の一年・上杉隆・著、新潮社刊
昨日の事態を予知していたかの様である。
ベンジャミン・フルフォードのブログで首相に引導を渡したと推測されている記事であるが、恐らくは本日発売の週刊文春の上杉隆による記事ではなかろうか。掲載誌が新潮でなく文春と云うのは、色んな事情があるのだろう。
ひとまず、虚ろに空を彷徨い、時折懇願するようなカメラ目線を見なくて済むのは有り難いが、それにしてもKYどころか、これほど適性に欠いた人間を首相に仕向けた連中の罪は重い。ところで、官邸のメディア対策について読んでいると、相撲協会理事長の言動に重なる部分も多いのだが、、。
「大竹紳士交遊録」: 【9月12日 大森望(辛口書評家)】で急遽紹介
と云うことで、一日で読了しましたが、「美しい国へ」の出版企画段階でのタイトルが「ぼくらの国家」だったとは、まさにホイチョイ・アベ内閣による気まぐれコンセプトそのものでした。
ところで表紙・腰巻きに書かれた戦犯とはこの人物と自民党のゲッベルスと云われたこの人物です。彼ら「チーム安倍」を称して「少年官邸団」と揶揄したのは週刊新潮だそうでが、リーダーとなる小林少年もチームワークも欠如していたのでは乱歩も偉い迷惑です。
「官邸崩壊」を読んでいると、安倍内閣が第二次世界大戦末期の東条内閣のように思えてきます。
この、危機管理能力の欠如した「チーム安倍」が憲法9条を破棄して再軍備しようと願っていた訳ですから、そら恐ろしいことです。その泥舟から逸早く遁走を決めたのが、泥舟の船長な訳で、これではリーダーシップを疑われても仕方ありませんね。「自民党を壊す」と言った小泉の言葉が現実味を帯びてきましたが、、、。
立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」
第116回 政界を大混乱に巻き込んだ安倍首相電撃辞任の真相 (2007/09/13)
第117回 週刊現代が暴いた“安倍スキャンダル”の全容 (2007/09/14)
滅多に買うことのない文藝春秋・オール讀物の九月号である。松井今朝子の直木賞・『吉原手引草』(抄)も気になったが、『金田一家三兄弟』が祖父・京助と父・春彦を語る座談会も読みたくて買い求めた。A5判・厚さ25ミリ、548頁で特別定価・税込960円也は週刊誌の三倍の値段、高いか安いかの判断は読者次第であるが、全頁読破すれば安いものであることは間違いない。昔は大人の読む雑誌と云えば全てこの判型であった。純文学に対して用いられる中間小説と云う言葉は今ではすっかり死語となってしまったが、「オール讀物」はそうした中間小説を満載した月刊誌であり、亡父の愛読誌でもあった。
と云うことで肝心の「吉原手引草(抄)」であるが、読み始めると、やめられない止まらないエビセン症候群に陥り。結末の想像は付いても、実際の落ちがどうなっているのか気になり単行本を買ってしまった。
引手茶屋 桔梗屋内儀 お延の弁
舞鶴屋見世番 虎吉の弁
舞鶴屋番頭 源六の弁
舞鶴屋抱え番頭新造 袖菊の弁
伊丹屋繁斎(酒問屋)の弁
信濃屋茂兵衛(大店・婿養子)の弁
舞鶴屋遣手 お辰の弁
仙禽楼 舞鶴屋庄右衛門の弁
舞鶴屋床廻し 定八の弁
幇間 桜川阿善の弁
女芸者・大黒屋鶴次の弁
柳橋船宿鶴清抱え船頭 富五郎の弁
指切り屋 お種(元女郎)の弁
女衒 地蔵の伝蔵の弁
小千谷縮問屋 西之屋甚四郎の弁
蔵前札差 田野倉屋平十郎の弁
詭弁・弄弁・嘘も方便(証人再登場)
物語は戯作者見習いと称する者が、悪所・吉原で起きた事の顛末を当事者・花魁葛城に関わった上記16名の人々から聴きだした17篇の語りで構成されている。「オール讀物」に掲載されているのは17篇の中から、10篇(黒字部分)を選び出した『吉原手引草(抄)』である。内容は事の真相を探るミステリー仕立てでもあり、多くを語るのは控えるのが賢明であろう。
作者の松井今朝子は京都祗園の料理屋に生まれ、幼い頃、他家に預けられ育ち、小学校に上がる年齢になって実家に戻され、作家や役者が出入りする環境で育ち、早稲田の演劇科を卒業、松竹に入社、歌舞伎の台本に出会い、台本作家となる。
『吉原手引草』に登場する16人の生き生きとした台詞は、台本作家としてのキャリアが生きている。各章はモノローグとなっているが、その人物によって、歌舞伎、新派、講談、落語を聴いているような錯覚に陥り、噺に引き込まれるのである。目で活字を追っているのだが、脳の中で桂文楽や三遊亭圓生が語っているのである。
女芸者・大黒屋鶴次の弁は吉原御免状ミニダイブで出会った浅草東町の誇り高い住民の話が思いだされた。「オール讀物」の自伝エッセイと林真理子との対談も興味深い。
筋違いの蛇足であるが「オール讀物」目次・見返しにある広告は父方の祖父の代まで神職を務めていた神社である。
東京新聞夕刊二面に著作権の切れた名作が仮名遣い差別語等も当時のまま原文通りの表記で連載されている。そして、今週月曜からは菊池寛・『恩讐の彼方に』の連載だ。奇しくも TOKYO FM Podcasting・ききみみ名作文庫 でも『恩讐の彼方に』が取り上げられたばかりである。何故、この時勢に『恩讐の彼方に』なのだろうか。いま、社会を支配しようとする『報復へ向かう空気感』への危機感がそうさせるのだろうか。
青空文庫・恩讐の彼方に 尚、青空文庫を読みながらポッドキャストを聴くのがベスト。
実は「恩讐の彼方に」は小学生の餓鬼の頃、漫画で読んだ事があるだけでした。漫画家の名前も記憶に残っておらず、漫画のタイトルも「恩讐の彼方に」ではなく「青ノ洞門」とかなんとか別のタイトルでした。もしかすると菊池寛の原作ではなく耶馬渓に伝わる伝説を元に書かれた別のストーリーの漫画かも知れません。その漫画を見た親父かお袋が、これは菊池寛の「恩讐の彼方に」だと教えてくれましたが、アホ餓鬼だった私は作家の名も小説の題も直ぐに忘れてしまいました。ただ、九州大分の「青ノ洞門」を主題にした大作家がいた。それだけは脳に記憶として定着していました。ですから、大人になってから、大作家と菊池寛がリンクして、「恩讐の彼方に」を思いだすことができた次第です。もしかすると、この漫画を憶えていたのはストーリーよりも洞門に興味があったのか、餓鬼の頃から洞門フェチだったのかも知れません。いまでも正月の箱根駅伝中継で箱根湯本の函嶺洞門(かんれいどうもん)に選手が差しかかると、つい見入ってしまいます。
素数ゼミの謎 /吉村仁・著
先日「空蝉」をエントリーした数日後、深夜放送の理科系ヴァライティ番組で「17年ゼミ(Magicicada)」をテーマに取り上げ、その解説は著者の静岡大学教授・吉村仁氏でした。氏は「17年ゼミ」の17と云う数字に着目。その17と云う素数が種の保存に対し有利に働き、自然淘汰を乗り越え生き残ったかを解説。と言っても、深夜につき居眠り状態で見ていたので、話半分も理解していなかった。そんな訳で昨日、書店で本書を見つけ即購入、内容は素数を切り口にした進化論の話であるが、図版も豊富で、腰巻きにも書いてある様に小学校上級生位から大人まで楽しめる内容となっている。
1章 アメリカの奇妙なセミ
1節 不思議な生き物、セミ
2節 50億匹のセミ!?
2章 小さなセミの秘密
1節 アメリカ中がセミだらけ!?
2節 謎を解くカギは「気温」?
3節 とてつもない時代「氷河時代」
3章 セミの歴史を追って
1節 祖先ゼミの受難
2節 不幸中の幸い「レフュージア」
3節 奇妙な性質のはじまり
4章 素数ゼミの登場
1節 13と17の秘密
2節 「素数ゼミ」の登場
3節 魔法の数字の不思議
5章 そして、現代へ
1節 長い旅の末に
2節 終わりに――「進化」ってなんだろう
もしやと思って調べてみたら、komachiさんが出版されて直ぐに『素数ゼミの謎』が面白いをエントリーしてました。
神は妄想である・宗教との決別早川書房
リチャード・ドーキンス (著), 垂水 雄二 (翻訳)
利己的な遺伝子の著者として知られている動物行動学者・ドーキンスによる最新作である。週刊文春の立花隆による「私の読書日記」で本書の存在を知ったのであるが、その読書日記を改めて読むと、宇宙からの帰還
の著者らしく、第一章「すこぶる宗教的な不信心者」からアインシュタインやカール・セーガンらの言葉を引用し、ドーキンスは彼らと同様に理神論者ないしは汎神論者と見做しているのだが、肝心の第二章以降の内容についての言及はなく、『神と自然と人間について、いろいろなことを考えさせてくれる書。』の一言で締め括られると、物足りないと思うのは私だけではないだろう。まぁ書評ではなく読書日記だから仕方ないか。
本書で語られている神と宗教は、そのルーツを一つにする一神教の三大宗教(ユダヤ教、キリスト教、回教)の超自然的な人格神であり、仏教や儒教についてではない。むしろ、東亜細亜の宗教については、宗教というよりも倫理体系ないし人生哲学として扱うべきだと彼は考えているようである。
原理主義者による「進化論をめぐり、コロラド大学教授らに脅迫状」の様な事件が顕在化し「信仰しない自由」を否定する空気感が支配する社会に於いて、ドーキンスは何よりも『学問する自由』を訴えているのではないだろうか。
巷間伝えるところによればアインシュタインは神の存在を信じていたとされ、多くの宗教家や似非宗教家は我田引水の如く信心深いアイコンとしてアインシュタインを利用しようとしている。だが、1940年代にアインシュタインは自らを「すこぶる宗教的な不信心者」と告白し、人格神という観念を否定している。この事により、アインシュタインは当時の有神論者達から多くの非難を浴びることになる。それでもアインシュタインは言う。
『私が信じるのは、存在するものの整然たる調和のなかに自らを現している神であり、人間の運命や所業に関心をもつ神ではない』。と。
1)強力な有神論者。神は100%の蓋然性(がいぜんせい--確率)で存在する。C.G.ユングの言葉によれば『私は信じているのではなく、知っているのだ。』
2)非常に高い蓋然性だが、100%ではない。事実上の有神論者。『正確に知ることはできないが、私は神を強く信じており、神がそこにいるという想定のもとで日々を暮らしている。』
3)50%より高いが、非常に高くはない。厳密には不可知論者だが、有神論に傾いている。『非常に確率は乏しいのだが、私は神を信じたいと思う。』
4)ちょうど50%。完全な不可知論者。『神の存在と非存在はどちらもまったく同等にありうる。』
5)50%以下だが、それほど低くはない。厳密には不可知論者だが、無神論に傾いている。『神が存在するかどうかはわからないが、私はどちらかといえば懐疑的である。』
6)非常に低い蓋然性だが、ゼロではない。事実上の無神論者。『正確に知ることはできないが、神は非常にありえないことだと考えており、神が存在しないという想定のもとで日々を暮らしている。』
7)強力な無神論者。『私は、ユングが神の存在を"知っている"のと同じほどの確信をもって、神がいないことを知っている。』
1970年代後半にヒットした映画『サタデー・ナイト・フィーバー』の中でジョン・トラボルタ扮する主人公の兄は神父になることを目指し神学校で学ぶ母親の自慢の息子であるが、あるとき悩みを抱えて里帰りした。そんな兄を慰めるべく、弟はディスコに兄を誘う。兄の悩みは『神の存在が見えない』と云うことであった。映画の中では些細なエピソードであるがイタリア系移民の主人公家族にリアリティを与えていた。このエピソードが記憶に残ったのはマニエリズム美術のレクチャーに通っていたとき、講師がイタリアの大学生は陽気で明るく、端から見ると何も悩みを抱えていないように見えるけれど『私には神が見えない』と信仰上の悩みを抱えた若者も大勢いる。と言っていたのを憶えていたからだろう。
宗教的拘束力の緩い日本で生活する、私のような世俗的人間にとって人格神の有無は文学的寓意の範疇であるが、ダーウィン主義の進化論を否定しようとする進化論裁判や創造論を教育の現場に持ち込もうとするブッシュ政権等の向い風に晒されている生物学者にとって避けて通ることの出来ない命題であろう。
第二章以降は有神論者による創造論や「インテリジェント・デザイン」等からの反論を想定しながらダーウィン主義として持論を構築してゆく、それは正にディベートの様である。
更に第8章 『宗教のどこが悪いのか? なぜそんなに敵愾心(てきがいしん)を燃やすのか?』の「絶対主義の負の側面」に於いて2006年に起きたアフガンでの事例を示している。(少なくともアフガンで拘束された韓国のプロテスタントが本書を読んでいたら、殺されることもなかったであろう。)
そして、『信仰と人間の命の尊厳』では原理主義者による医師への迫害を追求する。こうした事が19世紀に行われているのではなく、21世紀の米国で行われているのである。
さて、ブッシュ政権下でキリスト教原理主義に傾きつつある合衆国政府であるが、合衆国建国の時点でキリスト教国家として建設された訳ではなく明確に政教分離を打ち出しているのである。独立宣言の起草に携わり、初代大統領ジョージ・ワシントンの元で国務長官、第2代大統領ジョンア・ダムスの元では副大統領、そして第3代大統領として二期務め20年に亘って米国政府の中枢にいたトーマス・ジェファーソン、その人は限りなく無神論者に近い人であったと考えられるようだ。ジェファーソンは甥に宛てた手紙の中で『たとえ結局、神が存在しないという信念をもつことになろうとも、それを実践することで君はくつろぎや喜びを得られるという利点もあるし、そして、君は他者への愛というものに目を向けるようにもなるはずだ』。と述べているのである。
どうやら、地球の存亡に関わる問題はCO2だけではなさそうである。
東京人 8月号は特集・「東京の橋100選」特別ふろく付きである。その巻頭を飾る伊東孝氏と陣内秀信氏の対談による「東京は橋の博覧会」をはじめに「神田川クルージング」と興味の尽きぬ内容。「東京の橋100選」には漏れてはいいても、人夫々、人生の節目で記憶に残る橋が一つや二つはあるのではないだろうか。
aki's STOCKTAKING:万世橋駅
その「東京の橋100選」の中に懐かしい橋の名を見つけた。等々力渓谷に架かるゴルフ橋だ。等々力の駅を降りて上野毛方向に向かって進み、踏切のある道に出たら左に折れ、次の角を右に折れるとゴルフ橋( 35°36'28.55"N 139°38'47.67"E)に出る。その角に八百屋があったように記憶しているが、今はどうなっているのだろう。そしてゴルフ橋を渡ると世田谷区中町の閑静な住宅街である。其処には等々力渓谷に沿って蔵田周忠の設計によるモダニズムの住宅(等々力ジードルンク計画)があった。その近く、環八から100m位入った所に、私が高木事務所で初めて担当した住宅の敷地もあった。そしてGoogle Earthで空から見ると、その住宅は既に存在していない。200坪の敷地に老夫婦の為の40坪弱の平屋建て住宅であるから、恐らく相続問題で処分されたのであろう。
2002年発行のシリーズ前作「まじょのケーキ」の原画は一昨年の「たむらしげるの世界展」で目にした人もいるでしょう。「ポルカちゃんとまほうのほうき」はその続編、今回は見開き頁で森の中をポルカちゃんがまほうのほうきに跨がり疾走するシーンが描かれている。絵本でこうした空間の奥行きと広がり、そして映像的な浮遊感を描かせたら彼の独壇場である。
「ゲドを読む。」は文庫本サイズのフリーペーパー、つまり無料の広告媒体である。このフリーペーパーの存在は文化放送のポッドキャスト「大竹紳士交遊録」の水曜コメンテーターで辛口書評家とされているらしい大森望がどれほど辛口なのか聴いてみようと思い立ち、聴かずに溜っていた6月6日のポッドキャストで「ゲドを読む。」を取り上げていたのが切っ掛けである。そして昨日、本屋のレジカウンターにこの「ゲドを読む。」の広告を見つけ店員にお願いして頂戴したのである。尤も映画の「ゲド戦記」の評判も散々だったし、今更、ファンタジー小説「ゲド戦記」を読もうとも思ってなかったので、広告の存在に気がつかなくても当然だろう。と云うことで、先ずは第1章の中沢新一による『「ゲド戦記」の愉しみ方』から読んでみよう。
茨木のり子の詩集「倚りかからず」は1999年に出版された時にメディア等で紹介されて話題になった。僕も何のメディアか忘れたが、如何にも永六輔や秋山ちえ子が話題に取り上げそうな詩の内容と云う印象を持った。そしてその時、初めて茨木のり子の名を知った。昨年、茨木のり子が他界したときにも、書店にこの詩集が並べられた。そして今春、文庫として出版された「倚りかからず」を初めて買った。話題となってから八年目である。動機は山根基世(NHKアナウンサー)の解説文が気になったからである。
2004年にラジオ出演した際、山根基世の詩の朗読を聞いていた茨木のり子は『我ながら威張った詩ですね。、、、』と感想を述べたそうだ。この「倚りかからず」は詩として世に出すまで40年の歳月を費やしているとか、想像するに発表するに幾度となく躊躇い、推敲を重ねたであろう詩を、改めて聞いてみて、威張った詩と感じた詩人に、少し共感を覚えた。
立花隆ゼミ『調べて書く、発信する』インタビュー集「二十歳のころ」
二十歳のころ・茨木のり子
iPhone 衝撃のビジネスモデル
岡嶋 裕史 (著) 光文社新書
今年の1月9日MacWorldの基調講演で発表された"iPhone"は来月、米国市場に投入される予定であるが、日本国内での市場投入時期は全くの未知数である。未知のApple製品に先駆けて新書が出版されるとは前代未聞な出来事であり、便乗出版と云う気もするが、それだけ期待の大きさの現れでもあろう。
内容は
第1章:iPhone の衝撃
第2章:Web2.0の幻
第3章:ユビキタスの挫折
第4章:クール!iPhoneのインターフェース
第5章:iPhoneが拓く新しいビジネスモデル
と云った具合に現状の通信・ネットワーク環境を俯瞰しつつ、iPhoneの位置づけを探るものであるが、「、、、携帯電話の居場所を電話機からオーグメントにシフトさせることによってである。」、、等々、至る所、カタカナによる文字化けが支配しているのが難点と云えば難点。
iPhoneが黒船になるのか、DoCoMo2.0がガセネタに終わるか、暫くは目を離せない。
字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ
久しぶりに面白い新書を読んだ。字幕なしの原語で外国映画を楽しめたらどんなに良いだろう。しかし生憎と英語をはじめとして外国語は全て苦手で字幕に頼らざるを得ないのが現実である。それでも字幕の存在を忘れて銀幕の世界に入り込んでしまう映画と、逆に妙に字幕が気になって銀幕の世界に集中できない映画もある。何故だろう?そうした疑問を一度でも抱いたことがあるなら、本書を読めば、成程と合点が行くだろう。「一秒間に四字」が、人が字幕を読める速度だそうだ。字幕屋はフィルムを通しで見てから、俳優が台詞を喋っている秒数に合わせて、観客が読める文字数を計算し、台本と照らし合わせながら翻訳をする。だが、それだけではなく、口にしてはいけない言葉(スラングが字幕に直訳されることはない)、差別語、日本語読解能力の低下、無理難題を押し付ける配給会社のアホな営業担当者、等々、様々な難関を潜り抜け、それも短期間に一本の映画の字幕が作られていたのだ。そして、我々も字幕から行間を読む能力が試されているのである。
何故か泉麻人の青春の東京地図である。南伸坊の解説「懐かしいの達人」に書かれている『泉麻人さんは「小学生の頃から、自分が幼稚園児だった時代のことを回想し」ていた、、』を読んで、昭和を回顧するテレビ探偵団のレギュラーだった泉麻人の風貌を想い出し、なんとなく合点がいった。特に彼の書いたコラムのフアンでもないが第五回アースダイビング・善福寺川+阿佐ケ谷住宅の途中でじんた堂さんに教えられたゲルンジー駐車場が牧場だった頃の住宅地図が239頁に載っていたので、つい衝動的に買ってしまったのである。しかし、ゲルンジー牧場について書かれた「住宅地図の旅」は氏が浜田山近くに越してきてからの出来事であるからブックタイトルからの「青春、、、」からは逸脱と云うか付け足しである。本題はブックタイトルの如く、幼年期を過ごした下落合界隈、電車通学をするようになってから徘徊したターミナル駅界隈、繁華街の記憶された風景である。まぁ、同時代にその空間を体験しても人によって見ているモノ、見えているモノが違う、当たり前だがそこが興味深いところで、アースダイビングが終わってから二度も三度も美味しい処にも共通する。
日曜日の午前中、投票に行ったついでに駅前の書店で文庫と新書を買い求め、その足で古本屋に立ち寄った。そこで見つけたのが「アトリエ1951年6月号」である。買い求めた動機は表紙にある「アトリエ社復活記念号」でも「パウル・クレエ特集」でもない。武満徹によるエッセー「パウル・クレエと音楽」が掲載されていたからである。恐らくは武満徹が出版メディアに初めて書いたエッセーであろう。家に戻って調べてみると一周忌にあたる1997年に集英社より刊行された追悼版「武満徹の世界」に掲載の秋山邦晴による年譜にも、昨年刊行された「作曲家・武満徹との日々を語る」に掲載されている年譜にも、このエッセーについての記述は見つからなかった。そこで昨年の「武満徹 ─ Visions in Time 展」を記念して出版されたカタログ「武満徹 ─ Visions in Time」に掲載されている小野光子による武満徹年譜を調べると滝口修造の口添えにより執筆したと記されている。いや、年譜だけでなく「武満徹 ─ Visions in Time」の本文にも「パウル・クレエと音楽」が収録され、この文章で『「文筆家」としてデビューした。』とされている。時に武満徹は21歳、「ですます体」で書かれた文章は良く云えば瑞々しくもあり、悪く云えば青臭さも感じる。武満の良き理解者であった秋山邦晴がこのエッセーを年譜に敢えて加えなかったのかは、武満の死から半年後に秋山邦晴も病で亡くなった事から永遠の謎である。
今月の東京人は特集「昭和30年代、都電のゆく町」、いわゆる「ちんちん電車」の特集だ。泉麻人による「黄金時代の運転手が見た、東京風景」は元都電運転手へのインタビュー記事だが、都庁で取材した前半よりも荒川車庫で取材した後半の荒川線の運転手を60年務めたS氏の話の方が100倍面白い。荒川線はTake The "A" Tramで全線を乗車したばかりなので尚更だ。ここでも神田川の氾濫で早稲田付近の線路が冠水した話が出てくる。
古本屋で買ったままにしてあった復刻版のすみだ川が積読状態の本の間から出てきた。折角、顔を見せたのだから読まないと本に申し訳ない。奥付を見ると大正四年発行の改訂版を復刻したもので昭和52年(16刷り)に発行されている。因みにネット古書店では1500円もするが、高尾の古本屋では美本で400円だった。そして表紙絵はOld-MacUserなら知っている「髪梳ける女」で有名な橋口五葉だ。
旧仮名遣いは読み始めるまでは取っ付き難いが、読み出すと漢字にルビも振ってあるので、当時の言葉遣いがリアルに伝わってくる。何しろ第4回アースダイビングや吉原御免状ミニダイブで徘徊した界隈が舞台なので余計にそう思うのだろう。小説を読んだのは初めてだが「すみだ川」は何となく子供の時分から、新派の芝居や歌謡曲で「タイトル」等は知っていた。もしかすると、新橋演舞場か明治座辺りで芝居を観ていたのかも知れない。
一昨日、夕刻になってから仏壇に供える牡丹餅を買ってないことに気付いて買い物に出掛けた。車の運転席に座ると、フロントグラス越しに山の上に出ている月に気付いた。まるで不思議の国のアリスのチェシャ猫の様に笑う月だ。もしかするとチェシャ猫が空に浮かんでいるのかも知れないと、もう一度よーく笑う月を見つめたが、月の輪郭線が丸くぼんやりと見えるだけで耳もしっぽも付いてなかった。
車を運転しながら、そういえば安部公房のエッセー集に「笑う月」のタイトルがあったこと思いだした。左の写真は初版のB5判変型サイズの箱入りハードカバーだけど今は文庫本になっているようだ。初版本裏側の腰巻きの続きには「思考の飛躍は、夢の周辺で行われる。夢は意識されない補助エンジン、意識下でつづっている創作ノートである。」と夢のスナップショット17篇が収められている
タイトルの「笑う月」のさわりを引用すると、、、
ぼくが経験した限りでは、どんなたのしい夢でも、たのしい現実には遠く及ばない反面、悪夢のほうは、むしろ現実の不安や恐怖を上まわる場合が多いような気がする。
たとえば、何度も繰返して見た、いちばんなじみ深い夢は、ぼくの場合、笑う月に追いかけられる夢だ。最初はたしか、小学生の頃だったと思う。恐怖のあまり、しばらくは、夜になって睡らなければならないのが苦痛だったほどだ。正確な記憶はないが、半年か一年の間をおいて、周期的に笑う月の訪問をうけた。最後はたしか十年ほど前だったように思う。かれこれ三十年にわたって、笑う月におびやかされつづけた計算になる。、、、続く
と云うことで今月の東京人は待望の特集「東京は坂の町」である。そういえば作家・冨田均の東京坂道散歩や自称日本坂道学会会長・山野 勝の江戸の坂はエントリーしてあるが、自称日本坂道学会副会長による「タモリのTOKYO坂道美学入門」はエントリーしないままであったが、タモリ推奨の東京坂道ベスト12のなべころ坂(中目黒)のY字路をちょっと見てみたくなった。
月に響く笛・耐震偽装 藤田 東吾 (著)
耐震偽装を公表したイーホームズ藤田東吾による所謂告発本である。Amazonから購入したが正規販売でなくマーケットプレイスによる代行販売である。前書きによれば文藝春秋社から刊行することで合意していたそうだが、アパグループによる耐震偽装の記述を削除しなければ文藝春秋社から発行できない、云々の経緯が記されている。そうした耐震偽装に関わることだけでなく、何故に建築の専門教育を受けていない上昇志向の強い青年が検査機関を起業し経営するに至った動機付け知りたかったが、キャッチコピーのようなイーホームズの理念「21世紀の住環境の向上」から伺い知る筈もなく、只そこには文系による理系支配と云う、今日的な社会構図さえ隠れみえてくる。新幹線で野中広務を見掛けた事象を出会いのエピソードに増幅する例からも、彼にとって検査機関の経営は己の社会的発言権を確実にするための布石だったのだろう。今回の別件逮捕に等しい社会的制裁は、逆に彼にとっては政界進出の好機と捉えているのではなかろうか。感傷的すぎる文体も、そうした思惑があってのことかと意地悪オヤジは勘ぐってしまうのだが、、、
サボテンぼうやの冒険
たむら しげる (著) 偕成社・刊
ISBN4-03-965250-9
もう一冊は絵本だけど漫画、いや漫画だけど絵本、いや違う、えーと絵本の中に漫画が綴じられている本なのだ。たむら くんは漫画も描くし、絵本も描く、だからストーリーの展開に合わせて絵本から漫画にになったりと、一粒で2度美味しい「アーモンドグリコ」のような本なのである。
しまであおうね・たむらしげる作
福音館(ちいさなかがくのとも 2007年3月号)
先週、大学の先生から著書を二冊戴いたばかりのところに、今度はたむらくんから本が二冊届いた。
その内の一冊が福音館の月間絵本で「しまであおうね」だ。物語はフープ博士から届いた手紙から始まる、仲間たちは色んな移動手段で島に向かう、島で仲間たちを待ち受けているものは、そしてお終いは始まりなのだ。
図説・西洋建築史グルッポ7・共著
彰国社・刊 ISBN4-395-00648-5 定価(¥2,800+税)
7人の建築史家のコラボレーションによる西洋建築史の入門本である。内容は古代から19世紀までを五つの時代に分類、各時代毎に15のテーマを設定し、一つのテーマを見開き二頁で一人の執筆者が担当している。ある意味、カタログ的な編集でもある。読者は興味や関心のあるテーマから読めるようになっている。読者には建築史を履修する学生を対象としているが、勿論一般の読者にも受けいられる内容でもある。もしも、欧州への旅行を計画しているのならば、旅行に沿ったテーマを選び一読しておくことを勧めたい。旅行が100倍楽しくなることは間違いない。
手前味噌になるがこれは「Macintosh Desktop Architecture Guide」の編集方針と共通するものがある。グループで一冊の本を上梓する場合の最善の選択肢の一つであるようだ。
完璧な家 パラーディオのヴィラをめぐる旅
ヴィトルト・リプチンスキ (著), 渡辺 真弓 (翻訳)
白水社・刊 ISBN4-560-02702-1
サブタイトルの通り、 本書はパラーディオ設計の公共建築や宗教建築、はたまたパラッツオと呼ばれる都市住宅ではなく、郊外や田園地帯に建つヴィラ(別荘と云うよりも荘園住宅)に焦点が当てられている。
完璧な家とは所謂『用・美・強』を兼ね備えた家である。『、、、なぜなら、有用であっても長持ちしない建物、永続性はあっても便利でない建物、あるいは耐久性と有用性の両方を供えていてはいても美しさに欠ける建物を、完璧と呼ぶことはできないからである。』とパラーディオは語る。
因みに2005年12月の地中海学会月報285の「自著を語る」に於いて翻訳者の渡辺真弓さんが著者や本の内容についてのエピソード等を語られている。尚、リプチンスキ氏はねじとねじ回しの著者でもある。
そういえば来年はパラーディオ生誕500年を記念する年である。没後400年を迎えた1980年も世界各地でパラーディオを記念する展覧会が開かれ、日本では九段のイタリア文化会館で開催されている。そのとき配布された建築見学案内の小冊子・表紙のロトンダの空撮写真が珍しかった。
パラーディオに興味を抱いたのはロバート・ヴェンチュリーの「建築の複合と対立」に於けるサン・ジョルジョ・マッジョーレのファサードの分析からであろう。その後、ヴィチェンツアのバシリカの写真のセルリアン・モチーフの端正な力強さに魅せられ、これはいつか見に行きたいと思っていた。

そんなことで建築家協会が「パラーディオ紀行」を企画していたのを知り、渡りに舟と申込んだ。時はバブル絶世期の1989年、世の中の建築関係者の誰もが多忙を極めていた。最小催行人員15人のところ、集まったのはたったの9人だけであったが、ツアーは予定通り実行された。ツアーに先立ち勉強会が行なわれたが、その講師を担当されたのが「完璧な家」の翻訳者・渡辺真弓さんであった。

1989年8月27日21時30発・搭乗予定の英国航空006便が台風の影響で韓国の金浦空港より遅れて成田に到着、時間は遅れたが搭乗手続きも荷物も積み終え、滑走路に出て、いざ離陸と云うところでタイムオーバー、成田空港の離着陸時間を過ぎ空港が使用できなくなってしまった。これは言い訳、本当は機体整備の不良であることは間違いない。きっと、離陸寸前まで機長、機関士、整備員、管制官の間で揉めていたのだろう。深夜につき、そのまま機中に泊まり、翌日午後の英国航空008便で再出発。てことで命拾いしたのだが、当初の予定が狂い、パドヴァ行きはキャンセルと相成り、パドヴァ近郊の五つのヴィラを見学することは叶わなかった。結局、一日遅れでヴェネチアに到着、その翌日の8月30日午前10時にロトンダに辿り着いた次第である。

Villa Malcontentaは運河からの眺めが優美である。

Villa Cornaro の前の通りでは朝市が開かれていたが、村人は我々日本人の一団を珍しそうに眺めていた。

Villa Emoの前に訪れたVilla Barbaroについては拙ブログのマゼールの館で触れている。
現地で「パラーディオ紀行」に同行し、我々に解説と助言を与えてくれた福田晴虔氏はGA JAPAN47の「歴史は現代建築に必要か」に於いて『建築史という学問の目標は、建築創作の過程を追体験することだと考えている。、、、、、その追体験を学生諸君に語ることによって、幾分かはもの作りの倫理が伝えられるのではないかと考えている。』と述べている。
「完璧な家」の著者・ヴィトルト・リプチンスキも建築家としてパラーディオのヴィラをめぐる旅を続けながら、パラーディオの建築創作の過程を追体験しているのであろう。そうした視点で本書を読むと、訪問したヴィラの佇まいが脳裏に浮かび、未だ見ていないヴィラへの想像力がかきたてられてゆく。なかでも最終章のヴィラ・サラチェーノは見学予定を断念したヴィラであるが、現在は貸別荘として利用できるようになっているようだ。
翻訳者である渡辺真弓先生は私が週に一度、非常勤講師を務める東京造形大学の教授である。昨年、海外研修で半年間ヴェネツィアに滞在しパラーディオの研究を続けてこられた。そのエピソードは地中海学会月報は2006年10月の月報293「ヴェネツィア雑感」としてエッセーに記されている。
と云うことで今月の東京人は発刊以来初めての特集・江戸吉原である。鳶福の頭が作成した「吉原今昔図」は一葉記念館で買うかどうするか迷ったが、B5版の見開きに縮小され掲載されている。最後の吉原芸者・みな子姐さんの話は「吉原御免状ミニダイブ」でお遇いした、あの御婦人のお話を思いだす。小沢昭一と竹内誠の対談「悪所が生んだ粋と意気」を読んでも、吉原の大門の向きは気になっても私のように都市を俯瞰的に見たり、治水や鬼門からの発想はしないようである。兎も角、図版も豊富で江戸吉原を知るにはお誂え向きの雑誌である。(但し浮世絵は修正が施されているので過度な期待はせぬように。)
追記:昨年12月22日のLOVEGARDEN・酒と女は二合まで !?に写っているのが上記の吉原芸者・みな子姐さんと、yukiりんさんが教えてくれました。
良く解らないが落語ブームの再来のようである。そんな訳でサライ2月15日号は「落語再入門」、表紙は古今亭志ん生だ。演芸評論家の矢野誠一による古今東西・噺家列伝は、氏の著書・志ん生の右手の文庫本だけでは、その時代をイメージできない若い読者にとって貴重な内容だろう。付録には古典落語のCDもある。
江戸の坂 東京・歴史散歩ガイド 山野 勝 (著)
二人だけの学会「日本坂道学会」会長による江戸の坂の案内書である。冨田均の東京坂道散歩が坂道から昭和の記憶を再生しようとしているのとは対照的に、坂に残された江戸の記憶を求めている。後書きには日本坂道学会副会長による「坂道には江戸が隠されている」の文章が添えられている。その書き手は既に「タモリのTOKYO坂道美学入門」を上梓した坂道愛好家の芸能人である。その後書きを「地形には歴史が隠されている」と読み替えても良いだろう。それは逆に云えば、明治以降、現在に至るまで常に歴史的な建造物を排除し、記憶を殺し成長を続けてきた東京に於いて、建造物から歴史を読み解くことが不可能となっていることの証でもある。
内容的に気になったのは私が彷徨える北坂で触れた北坂の正しい位置である。
北坂については港区・元麻布〜西麻布の項にある「牛坂」で触れられているが、
(長谷寺の)山門を出て左折、道なりに進んで一本目を左折してゆく。突き当たりの通りを左折すると北坂の上りになる。坂上には根津美術館がある。別名を根津坂、姫下坂という。と、根津美術館の脇道の方を優位とする書きかたである。まえがきで『「江戸の坂」とはまさに江戸時代に命名された坂道のことを意味するとお考え下さい。』と述べられている割には江戸時代の古地図等の文献を吟味されていないようである。
北坂については別の説がある。坂に至る手前の変則十字路を右折、二本目を左折して立山墓地に沿って上る坂道を北坂とする説だ。
志ん生の右手-落語は物語を捨てられるか 矢野 誠一 (著)
この文庫本は1973年から1987年に新聞雑誌に書かれた文章を纏め1991年に出版された「落語は物語を捨てられるか」を底本にしている。それは『ストーリーの面白さだけでなく、話者の語り口、ひいてはその個性こそに落語の面白さがあるのではないか』という視点に立って綴られた文章を、第1章が志ん生を中心とした落語に関して、第2章は演芸について、そして第3章は新聞芸能欄の連載コラムを纏めたものとなっている。1973年は五代目・古今亭志ん生が亡くなった年でもある。志ん生、最後の高座は1968年10月9日、イイノホールの精選落語会での「王子の狐」となった。このホール落語会の草分けとも云える精選落語会を1962年に立ち上げプロデュースしたのが著者の矢野 誠一である。それは1961年に志ん生が脳溢血で倒れてから、奇跡的に復帰した年でもある。脳溢血により「しぐさ」を封じ込められた「志ん生の右手」に、志ん生自身が『、、、まったく動ずることなく落語家として生きられたのは、「手の藝」をうわまわる、豊かな語り口と、すぐれた諧謔精神の持主だったからである。』と著者は述べている。
母の話によると、或るとき夕方、家に帰ってきたら明かりの付いてない部屋から子供の笑い声がしていたそうである。薄気味悪く、躊躇いがちにそっと襖を開けると、暗い部屋の中で一人で座って、ラジオを聴いてヘラヘラ笑っている私がいたそうである。ラジオからは落語が聴こえていたそうだが、年端も行かない子供に落語が解るのかと疑問に思い、何が可笑しいのか聞くと、「らくごだよ」と答えたそうである。私にはその出来事の記憶はないが、物心付いた頃には落語は身近に自然にある存在であり、さして特別なものではなかった。家の地所の隣にあった梅田稲荷の社務所の座敷で寄席が開かれたこともあったし、ラジオからは落語だけでなく、浪曲、講談もよく放送されていた。夏となれば講談は怪談噺オンリーであった。縄文人・F森教授によれば「昔の下町では、銭湯と床屋と寄席の三つが下町三羽ガラスとでもいうべき建物だった。」そうである。嘗て寄席は日常的な庶民の娯楽の中心だったのだろうが、ラジオというメディアによって定席は衰退していったのだろう、それは江戸落語が外連味を拝し、聴かせる話芸として発展したことにも起因するのではないだろうか。
志ん生より二年早く亡くなった八代目・桂文楽は寄席や名人会で聴くことが出来たが、1968年で高座を去った志ん生を生で聴くことは叶わなかったが、メディアを通してでもリアルタイムで名人芸に接することができた事は今思えば幸いである。
最後の名人六代目・三遊亭圓生が世を去ってから、寄席や名人会に行くこともなくなり、そうかと云って五代目・柳家小さんの飄々とした好々爺の噺では物足りなく、寄席に足を向ける気にはなれなかった。
育った環境にもよるだろうが、私より少し年齢が下の友達では文庫本になった落語全集を読んでも面白くも何ともないと云う。しかしながら、僕にとってそうした落語全集は記憶の再生装置でもある。読み始めると、記憶が再生され名人達の語り口が頭の中に聴こえてくるのである。
東京人の特集は「たてもの保存再生物語part2」である。
印象に残った記事は「国際文化会館のケーススタディ」、「保存!解体?揺れた建物リスト」、それに「同潤会アパートの消滅を巡って」は現存するが風前の灯状態の三ノ輪と上野下の同潤会アパートの行方が気になる。どうやら青山同潤会アパートのレプリカ保存も賛否両論の様である。
と云うことであるが1月13日付けの東京新聞夕刊に掲載された上野池ノ端のはんぺんビルこと、この建築については東京人では未だ記事にされてない。
因みに来月発売の東京人3月号の特集は江戸吉原である。暮れの吉原御免状ミニダイブに行った人も、行けなかった人も興味津々か。
不都合な真実 アル・ゴア著
今月の20日から上映される映画・不都合な真実の書籍版である。
Amazonから【以前に山本 良一の『気候変動 +2℃』をチェックされたお客様に、アル・ゴアの『不都合な真実』のご案内をお送りしています。】のメールが届いた。丁度、月末まで有効のクーポンも有ったので、速攻で注文した。
地球温暖化については誰でもが知っている事だが、具体的にどこまで深刻な状況にあるのか理解してない人が多数を占めているだろう。アル・ゴアからのメッセージである『不都合な真実』は(一般人が)知りたくない、そして(為政者が)知らせたくない事実をビジュアルを用いて、具体的事例を挙げて示している。先ずは現実を知ること、そして生活を見直し、具体的な行動をするしかないだろう、、、。
TBS/NEWS23「地球環境スペシャル(仮題)」

カムイ伝一部が見つかった。兄が建替えの際に梱包して保管してあったもので、昭和56年(1981)の新聞紙に包まれていたから25年ぶりに日の目をみた事になる。第1巻「夙谷の巻」から第21巻「滄海の巻」まで全21巻である。全て初版で最初の「夙谷の巻」が昭和42年(1967)5月10日発行、最後の「滄海の巻」が昭和46年(1971)10月10日発行である。第1巻「夙谷の巻」は青林堂の雑誌ガロに発表されてから約3年のタイムラグで小学館から刊行されたものだが、第21巻はガロでの連載が修了した年に刊行されている。と云う事で第1巻から40年ぶりにカムイ伝を読み直すことにした。
第1巻を読んで思いだした事がある。それは「テリトリー」と云う言葉を憶えたのはローレンツ等の動物行動学系の本ではなく「カムイ伝」からであった。そのくらい、第1巻は人間社会と自然・動物社会を並列して描いている。

上は第1巻「夙谷の巻」第1章「誕生」の白土三平による後記である。この物語も時代的には「吉原御免状」にも重なっている。雇用体制の矛盾が新たな階級制度を形成しつつある現在こそ「カムイ伝」はもっと読まれても良いのではないだろうか。
中世の非人と遊女 網野 善彦 (著) 講談社学術文庫
周辺ブロガーの間で俄にプチ・ブームとなった吉原御免状であるが、そのプチ・ブームを起こした玉井さんはMyPlace: 吉原御免状の記事で網野史観との共通性を指摘している。「吉原御免状」を読み終わってから、そういえば網野善彦の「中世の非人と遊女」が積ん読のままだったことを思いだし、「吉原御免状」の続編「かくれさと苦界行」を読みつつ、「中世の非人と遊女」にも目を通しはじめた。どうも「吉原御免状」を読み始めた頃から僕の中で勝手に「網野善彦+白土三平=隆慶一郎」と云う妄想がふつふつと沸き始めている。さてその白土三平であるが、代表作の忍者武芸帖も友達に貸したまま、カムイ伝もカムイ外伝も今は手元にない。確か雑誌・ガロに連載された白土三平のカムイ伝を読み始めたのは高校生の頃だった。
その当時、高尾に1軒だけあった本屋・小沢書店には雑誌・ガロは置いてなく、月極めで取り寄せることになった。主人公が非人で、傀儡子が登場する漫画なんて、それまで読んだ事もなく、少年誌の漫画に飽きていた僕にとってそのプロットやテーマが事の他新鮮に思えた。歴史の表面からかき消された人々の存在は、中学一年の日本史の授業で教師の余談として士農工商の身分制度から外れた人々の存在を示唆されたが、それ以上の事は奥歯にモノの挟まったような教師の口から語られることはなく、どこか腑に落ちないままでいた。そうしたテーマに正面から向き合ったのが、分野は異なるが、白土三平であり、網野善彦であり、隆慶一郎なのであろう。とにかく、カムイ伝はもう一度読み直してみたい。
江戸・東京の地名と地理・鈴木理生著
一昨日、丸の内の丸善に行ったとき、エスカレーター脇に平積みで大量に置かれていた。東京の地理がわかる事典に代わる鈴木 理生氏による日本実業出版社からの江戸東京・地理地名シリーズである。この手の本が売れるようになったのか、判型も大きくなり、巻頭カラー頁、本文二色刷りと見やすく解りやすくなって、価格は1500円(税別)から1300円(税別)と安くなっている。
江戸の川・東京の川
図説 江戸・東京の川と水辺の事典
Page-A-Day Calendarsの日捲り七曜表はOrigami 2007 Calendarである。AssistOnで見つけて買ったのだが、届いたパッケージを見るとISBNの出版コードが書かれていた、ならばAmazonにもあるだろうとチェックすると見つかった。値段はAmazonの方が4割も安い、他にもPAPER AIRPLANES等のクラフト系カレンダー等その種類は豊富である。と云う事でAmazonからPAPER AIRPLANESとKirigamiも買ったのだ。
12月からの中央線新型車両E233系登場により東京人12月号は「中央線の魂 オレンジ電車よ、さようなら」で中央線沿線からなくなったものと生まれたものの特集だ。高田渡と「いせや」や阿佐ヶ谷住宅等も取り上げられている。そう云えば、私が東京駅から浅川駅(現・高尾駅)までの中央線の旅を初めて体験してから今年の暮れで半世紀になる。その高尾にはドトールはあってもスタバはないが、最近、まともな古本屋ができたことが嬉しい。
図説 江戸・東京の川と水辺の事典 鈴木 理生 (著)
事典とあるように江戸の川・東京の川の著者・鈴木 理生氏による研究の集大成である。書名の事典故に貸出禁止図書の指定がされていたが「そこをなんとか、m(__)m」と図書館司書にお願いして1週間だけ借りてきた。わきたさんが「東京の元・湿地帯をダイブする(その3)」の中で「江戸の川・東京の川」を取り上げていたので『出版されてから30年近く経っているので、、、云々』とコメントしたところ本書の存在を知らせて戴いた。Amazonで「江戸の川・東京の川」を買っているので、その後Amazonから本書の案内が来たと思うが値段が張る故に無視していたような気もする。
と云うことで「図説 江戸・東京の川と水辺の事典」を借りてきたのは出版されてから30年近く経った『江戸の川 東京の川』に於ける仮説的論考の、その後の研究成果を知りたかったのである。それは本来の石神井川が飛鳥山手前で右手に折れ谷田川(藍染川)と名称を変え不忍池に流れていたのであるが、或る時代から武蔵野台地東端の上野台地を切り裂き隅田川に注ぎ込むようになったのであるが。鈴木理生氏は『江戸の川 東京の川』に於いてはこの様に仮説を断言していた。
さきに渓谷状の石神井川が王子に抜ける形が異例だといったのは、河流がつくる谷の形は徐々に谷幅をひろげる形で発達するのが普通である。滝野川の王子側のわずか一キロたらずの渓谷地形を、自然現象の結果だとしたならば、この部分の地盤だけが局地的に隆起したという理由だけしか考えられない。と述べている。
、、、中略、、、
正史の『吾妻鏡』には滝野川という地名はでてこない。滝野川が地名として扱われるのは、前述のように頼朝上陸の時点より約一世紀後に成立した『源平盛衰記』以後のことである。
以上のことから、私は石神井川が現在のように石神井川と谷田川に分断されたのは、人為的なものだと断定したい。
それが「図説 江戸・東京の川と水辺の事典」では人為的な土木工事説を捨ててないが、自然現象説の可能性についても述べられている。
最近の東京における自然地理(地形学)の調査・研究の結果では、幾度かあった海進期の海の波の浸蝕力は非常に強く、この辺りの武蔵野台地の海に面した場所は「1000年間に250メートルも削られた」という見解も発表されている。
(『駿台史学』第98号・1996年9月刊の中の(研究ノート)「武蔵野台地東部(本郷台) における石神井川の流路変遷」、筆者は中野守久・増渕和夫・杉原重夫の三氏)
この研究の結論は、谷田川〜不忍池方向に流れていた石神井川が、「縄文海進最盛期に本郷台の崖端浸蝕に起因した河川争奪を起こし、流路を変更して台地から東京低地へと急勾配で流下した。流路を奪われた谷田川の上流部では沼沢地となり滝野川泥炭層を河床に堆積させ一方、王子方向へと流出した新たな河流は河床を深く掘りこんで峡谷状となり、現在の流路を取るに至った。」とする。つまり、海側からの浸蝕と石神井川側からの双方の浸蝕力で、壁状になった台地の緑(ふち)が崩壊して石神井川が海側に流れ出したというのである。
歴史上のことでいえば、鎌倉幕府の正史といわれた『吾妻鏡』の治承四(1180)年十月四日の条(くだり)の解釈に、源頼朝が「隅田宿」から「長井渡」を経て武蔵に最初に上陸した場所として、この石神井川流域の滝野川付近が推定されている。それから約百年後の十三世紀後半に成立したといわれる『源平盛衰記』には、源頼朝の上陸地点を「武蔵国豊島の上、滝野河、松橋」とあるのが文字で見られる限りの最古の例である。
2)鎌倉古道の位置づけ
また鎌倉時代の軍用道路(鎌倉古道のうちの「中の道」が後北条時代に受けつがれ、それが江戸時代になると岩槻道(いわつきみち)、別名日光御成道=本郷通りから岩淵(北区)〜川口 (川口市) とつづく道も現在の石神井川を跨ぐ形でつけられている。
しかし本来の岩槻道は石神井川を跨がずに、台地の縁沿いに通っていたと考えた方が、軍用道路の路線設定の条件を考えた場合、より自然である。
この点から、あるいは岩槻道が成立した後に、自然的または人為的に石神井川の流路が変わったとも推察できる。
現地に立てば分かるように岩槻道と今の石神井川との交差の有様は、各時代の状況に応じた社会と川の関係を偲ばせるものが多い。
これらの理由だけで実証もなく人為的な土木工事説と断定するのは難しいと思われるが、江戸時代の土木工事で本郷台地に切り開かれた仙台堀(御茶ノ水・神田川)に架かる聖橋と、滝野川に架かる音無橋がよく似た意匠のアーチ橋と云うのも興味深い。
追記:江戸時代と明治時代の飛鳥山周辺の地図と古墳時代の遺跡分布地図

岩槻道が飛鳥山に添って一旦下り谷底で石神井川を渡り、再び武蔵野台地に登っている。
石神井川は谷底で流れが二つに分かれ隅田川に向かう流れと、武蔵野台地の旧海岸線に沿った流れとなる。(この下流は日本堤に流れ、山谷堀から隅田川に注いでいる。)
江戸・東京の地図と景観(正井泰夫・著)より引用。

明治13年。

王子権現のある場所(半島、岬)は19の十条台遺跡群とされ、縄文、弥生の住居跡はあるが古墳はない。赤丸22は王子稲荷裏古墳、赤丸24は四本木(よもとぎ)稲荷古墳、これも地霊信仰の一つである稲荷が古墳跡にある典型だろう。飛鳥山には赤丸46の飛鳥山古墳群が見られる。中里と西ヶ原に貝塚が見られるのは縄文海進期の海岸線が京浜東北線に沿っていたのであろう。
東京都遺跡地図情報インターネット提供サービスによる北区-遺跡一覧より引用。
新版・母は枯葉剤を浴びた/ダイオキシンの傷あと
中村悟郎・著、岩波現代文庫
著者である報道写真家・中村悟郎氏の名は先日9月26日の「視点・論点」を見るまで知らなかった。その前日のTBS/News23ではラオスのベトナム国境近くのいわゆるホーチミンルート周辺で不発弾処理に携っているJMAS(日本地雷処理を支援する会)の活動を特集していた。ベトナム戦争当時のラオスの人口一人当たり1トンの爆弾が落とされていると云う。改めてベトナム戦争の負の遺産について気になり、ネットで調べてから書店で購入した。枯葉剤の被害としては双子のベトちゃんドクちゃんの事が知られているが、中村氏は彼らの分離手術に報道写真家として立ち会った唯一の人である。本書は1983年に新潮文庫として刊行されたものだが、ベトナム戦争・終戦後30年を経た昨年、再びベトナムを訪れ取材した二つの章を新たに追加、83年版の各章に加筆修正を行ない、昨年末出版された。
東京坂道散歩:冨田均・著、東京新聞出版局・刊
タモリのTOKYO坂道美学入門に次ぐ坂道の本、つまり坂本である。東京新聞朝刊に週1で連載されていた「坂道を歩こう」が単行本「東京坂道散歩」となって刊行された。筆者の冨田均は東京散歩の達人である。興味深いのは四谷荒木町の津の守坂の項である。聞書き・寄席末広亭の語り部である席亭・北村銀太郎から往時の荒木町を偲ぶ話を聞き出していることである。嘗て荒木町が四谷の箱根と呼ばれていたとは知らなかった。
VectorWorks12で始めるCAD:ソーテック社・刊
と云うことで、夏の間、江戸十里所払いの地に引篭り、執筆・編集していた拙著が上梓されました。
内容はVectorWorks11ではじめるCADの改訂版ですが、全てMacとWindowsで再検証して新たにスクリーンショットを撮り直し、追加項目を加え再構築したもので、或る意味で新刊よりも手間が掛かかる仕事です。尚、表紙デザインについては著者の与り知らぬ間に斯様な結果となりに候。
akiさんとfuruさんがそれぞれのBlogで拙著を紹介して下さいました。ありがとうございます。
aki's STOCKTAKING:VectorWorks12ではじめるCAD
af_blog:VectorWorks12ではじめるCAD
ラジオドラマ・博士の愛した数式を聴いた。
ラジオドラマを聴いたのは久し振りだ、いや、前に聴いたのが、いつの事か思いだせないのだから、久し振りと云うよりも、遥か昔のことである。そうは云っても「君の名は」なんてのは記憶にない。かろうじて「笛吹童子」や「紅孔雀」はうっすらと記憶に残っている程度、昭和30年代初めの「赤胴鈴之助」の主題歌は覚えているが、話の内容は忘却の彼方である。と云うことで、久し振りのラジオドラマは中々良いものだ。小説は玉井さんのMyPlaceのエントリーに刺激され直ぐに読んだが、映画は未だ観ていない。リアルタイムで放送されるラジオドラマは時間に拘束されるが、こうしてCD化されたものなら、iPodに入れておけば時と場所を選ばず聴くことができる。iTunes MusicStoreでもこうしたラジオドラマやオーディオブックが増えると良いだろう。
以下、ラジオドラマ「博士の愛した数式」に寄せた、作者・小川洋子の言葉である。
老数学者と十歳の少年を結びつけるために、この小説には野球が必要だ、と思いついた時すぐさま、彼ら二人が肩を寄せ合い、ラジオにじっと耳を澄ませている情景が浮かんできた。
静かな食堂に流れる、野球の実況放送。タイガースが得点を入れ、わき上がる歓声。顔を見合わせ、微笑を交わす博士とルート少年。そんなささやかな瞬間に、かけがえのない喜びを見出す家政婦さん……。
彼らの心が触れ合う場面で、きっとラジオが大事な役割を果たしてくれるに違いないと確信した。ラジオドラマ化のお話をいただき、迷わず了承の返事をしたのは、この小説とラジオが密接な関係にあると、分かっていたからなのだ。
博士と、家政婦さんと、ルート君の声が聞こえてきた時、懐かしい気持になった。小説を書いている間、ひとときも離れず私の胸にあった登場人物たちの体温が、よみがえってきたからだ。
自分の書いた一冊の本が、新しい出会いを経て、こうしてまた別の姿に生まれ変わった。「博士の愛した数式」は、本当に幸運な小説である。
最後に、うれしかったことをもう一つ。私の大好きな八木裕さん、亀山つとむさんと、このような形でご一緒でき、作家としてだけでなく、タイガースファンとして、大きな充実感に包まれている。
ザ・藤森照信総勢100名による徹底探究-歴史・設計・人間
長ったらしい副題が付いてる通り、100人で寄って集ってF森教授を徹底的に解剖してしまおうと云う企画のようだが、そんな100人の論客よりも異彩を放っている表紙の写真の方がF森教授の建築を看破してしまっているように見える。建築写真のセオリーの全てを無視した写真はsmall planetの本城直季である。正に現代建築のセオリーを無視した藤森建築に相応しい写真家である。
巻頭の「Q&A 藤森照信に問う」建築家、歴史家等による15通の質問状の回答が建築批評、建築家批評、文明批評になっていて面白く、結構笑えるから不思議。(21世紀は笑うしかない状況かもね。実際に大家の作品が自分の作品のパロディになってる状況もあるし、)
難波和彦によるサスティナブル・デザインの動向に関する質問で、環境原理主義者に対しての「マジメさだけが場の空気を支配し、笑いの乏しい世界は私の性に合わないのである。」とはF森教授らしい。
カズオ・イシグロのわたしを離さないでの原題" Never Let Me Go"は彼が村上春樹から貰ったJazzのCDアルバムにあったスタンダードナンバーから付けられたそうである。"Never Let Me Go"は多くのジャズ・シンガーが唄っており、ダイナ・ワシントン(Dinah Washington)やナットキングコール(Nat King Cole)も唄っている。カズオ・イシグロが聴いたCDのジャズ・シンガーは不明だが、小説に登場する"Judy Bridgewater"はどうやら架空の歌手のようである。"Bridgewater"という姓から70年代にデビューして話題になったジャズシンガー"Dee Dee Bridgewater"の名からヒントを得ているのではと思わせるが如何なものだろう。ところで、この小説に相応しい"Never Let Me Go"を唄っている歌手はダイナ・ワシントンでもなく、 この"Adele Nicols"の様な気がする。バイオグラフィーによれば日本にも数年滞在したことがあり、新宿のピットインでも唄った事があるようだが、日本語によるAdele Nicolsの情報は見つからない。
と云うことで話題がカズオ・イシグロの「わたしを離さないで」から離れてしまった。
そんな訳で表紙カバーのカセットテープはは記憶を手繰り寄せる表象として、また読み方によっては主題の隠喩と考えられないこともないだろう。31歳の介護人であるキャシー・Hのモノローグで始まる物語は、淡々と記憶を辿り、彼女の生い立ちの地「ヘールシャム」の決して尋常ではない寄宿舎生活へと溯る、物語の1/3で「ヘールシャム」の概要と存在理由が明らかにされ、物語の1/2で「ポシブル」という言葉により初めて出生の秘密が明らかにされ、やはりそうだったのかと納得する。或る意味で1960年代に書かれた近未来小説のようであり、女、男、女の純愛小説のようでもある。ミステリー小説ではないが、結末は勿論の事、予備知識は持たないほうが、想像力を刺激されるであろう。その中で"Never Let Me Go"のカセットテープはディテールにリアリティを与える小道具として小説に命を吹き込んでいる。
予備知識なしで『わたしを離さないで』を読みたいと願うならば下記のインタビュー記事には目を通さない方が賢明である。
『わたしを離さないで』刊行 カズオ・イシグロ氏
『わたしを離さないで』 そして村上春樹のこと カズオ・イシグロ インタビュー(文学界 2006年8月号)
fuRu さんも読了したということでエントリーをアップした。
af_blog:「わたしを離さないで 」---カズオ イシグロ
図説・占領下の東京:河出書房新社・刊
昭和30年代、放課後の掃除当番をサボって箒を抱え、意味も知らずにプレスリーのG.I. Bluesを真似て"hup, two, three, four occupation G.I. Blues"なんて、がなりたてていた小学生がいたそうだが、そんなガキ共もリフレインの"occupation G.I. Blues"に占領の意味があることを知ったのは大人になってからだろう。表紙の写真を見ると第二次大戦後の敗戦国を占領した進駐軍G.I.のお気楽ぶりが伺える。8月3日の東京新聞朝刊の特集記事では「占領が変えた東京読み解く・都市政策専門家が米軍資料もとに」と紹介されているが、戦後のビッグ・プロジェクトでもあった東京オリンピックも米軍から占領地の返還が行われなかったら叶わぬことであったのだ。