自転車泥棒
呉明益 (著), 天野健太郎 (翻訳)
作者はヴィットリオ・デ・シーカによる第二次大戦後を描いたネオレアリズモのイタリア映画『自転車泥棒』をリスペクトしているが、内容に関連性はない。
本書を読む切っ掛けとなったのは東京人2019、2月号の川本三郎・東京つれづれ日誌に本書の翻訳者である「台湾を愛した天野健太郎さん逝く」の記事でこの「自転車泥棒」に興味が引かれ、読んでみようと思い立った。
内容は第一章のタイトル「我が家族と盗まれた自転車の物語」の通りなのだが...失跡した父と消えた自転車の行方を追うことは、台湾の近現代史を辿ることでもあり、日本を含めて東亜細亜の近現代史とも重なり、歴史のメインストリームから零れ落ちた人々の語られない物語の地層を発掘する文化人類学か考古学の様でもある。作者が後記で『この小説は「なつかしい」という感傷のためではなく、自分が経験していない時代とやり直しのできぬ人生への敬意によって書かれた。』とあるように...少年時代、徴用工だった父を一として、戦中、戦後を生き抜いた人の言葉「戦争には、なつかしいことなどなにひとつありません。でも、こんな年になってしまうと、私たちの世代で覚えているもの、残されているものは全部、戦争の中にある....」と...人間だけでなく...オランウータンの一郎、ゾウのリンワン、唯一、心を許し合える相手がゾウだったムー隊長の数奇な運命...等々、世界は語られない物語で出来ているのだと、再確認。
戻ってきた鐵馬「幸福号」をレスキュー(レストア)し、家族のアイデンティティーは恢復するのだが、それは幸福号がパーツも組み立ても全て台湾で行われた最初の自転車であったことから、二重の意味もあるのだろう。
1996年四月の台北蘋果紀行で、原地人、内省人、外省人、国民党亡命政権、等々の台湾の一枚岩ではない複雑な民族関係を一応、見聞き接したりしていたので、多少なり共、読書する上で理解の助けとなった。
----------------------------------------目次----------------------------------------
1 我が家族と盗まれた自転車の物語
My Family's History of Stolen Bicycles
2 アブーの洞窟 Ah-Bu's Cave
ノート 鵯
3 鏡子の家 Abbas's House
ノート 鵺
4 プシュケ Psyche
ノート 鶚
5 銀輪部隊が見た月 The Silver Moon
ノート 鶤
6 自転車泥棒たち Bicycle Thieves
ノート 鶩
7 ビルマの森 Forests of Northern Burma
ノート 鶲
8 勅使街道 State Boulevard
9 リンボ Limbo
ノート 鷄
10 樹 The Tree
後記「哀悼すら許されぬ時代を」
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後記「哀悼すら許されぬ時代を」で呉明益は台湾の少年が日本に行き、戦闘機を作る小説「睡眠的航線」を執筆した際、二度ほど神奈川の高座に訪れたことを記してる。
因みに建築家・津端修一氏は嘗て高座海軍工廠で台湾から来た少年の徴用工を指導する立場にあり、少年達と寝起きを共にしていたと云うことです。映画『人生フルーツ』では、そんな時代に交流のあった少年工の消息を尋ね、戦後、二・二八事件の犠牲となった少年の墓所を訪れるエピソードが描かれている。
参照
文藝春秋・自転車泥棒・立読み可
高座海軍工廠と台湾少年工(1)
高座海軍工廠と台湾少年工(2)
台湾高座会
政治犯として銃殺された元台湾少年工の墓前で...
二・二八事件
台北、中華商場 1991年
かわいそうなぞう
林旺( Lín Wàng)