August 01, 2005

初めて人を殺す

初めて人を殺す・老日本兵の戦争論
井上俊夫著・岩波現代文庫
ISBN4-00-603105-X (定価1100円+税)
私が子供の頃、大人たちはよく戦争の話をしていた。苦労話や悲惨な体験は内地にいた女性や子供だった人の口から発せられたが、軍人や徴兵された戦争体験者は自慢話をするか、戦争の話を避けるかどちらかだったような気がする。「初めて人を殺す」は1942年に徴兵された著者が初年兵の軍事教練で中国人捕虜を使って行われた銃剣術の刺突訓練の体験を書いたものである。そこには国家権力によって国際法に抵触する非合法な捕虜へのリンチ殺害で、一般人を殺人者に仕立て上げ、共犯者にする様が書かれている。こうした話や軍刀による試し斬り等は耳からは聴いていたが、実際に当事者の書いた文章を読むのは初めてである。
著者の井上俊夫氏は自身のサイト私が戦争の詩を書いているのはと逆説的に語っているように、自身のレーゾン・デートルについての問いかけのようにも思える。
銃声が聞こえる
戦友よ、黄金の骨壷の中で泣け

本書の中で触れられていた「陸軍刑法」を読むと上官の命令は絶対であることが判る。法律は昭和22年に廃止されたが、こうした軍国主義の残滓は大企業や官僚組織に潜り込み亡霊のようにして新人研修等に姿を現し生き続けているように思えてならない。

陸軍刑法(明治41年法律第46号)昭和22年政令第52号により廃止
第四章 抗命ノ罪
第五十七条 上官ノ命令ニ反抗シ又ハ之ニ服従セサル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス
 一 敵前ナルトキハ死刑又ハ無期若ハ十年以上ノ禁錮ニ処ス
 二 軍中又ハ戒厳地境ナルトキハ一年以上十年以下ノ禁錮ニ処ス
 三 其ノ他ノ場合ナルトキハ五年以下ノ禁錮ニ処ス
第五章 暴行脅迫及殺傷ノ罪
第六十条 上官ヲ傷害シ又ハ之ニ対シ暴行若ハ脅迫ヲ為シタル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス
 一 敵前ナルトキハ一年以上ノ有期ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
 二 其ノ他ノ場合ナルトキハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
第六章 侮辱ノ罪
第七十三条 上官ヲ其ノ面前ニ於テ侮辱シタル者ハ三年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
2 文書、図画若ハ偶像ヲ公示シ又ハ演説ヲ為シ其ノ他公然ノ方法ヲ以テ上官ヲ侮辱シタル者ハ五年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
第七章 逃亡ノ罪
第七十五条 故ナク職役ヲ離レ又ハ職役ニ就カサル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス
 一 敵前ナルトキハ死刑、無期若ハ五年以上ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
 二 戦時、軍中又ハ戒厳地境ニ在リテ三日ヲ過キタルトキハ六月以上七年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
 三 其ノ他ノ場合ニ於テ六日ヲ過キタルトキハ五年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス

Posted by S.Igarashi at August 1, 2005 09:27 AM