村に火をつけ,白痴になれ――伊藤野枝伝:栗原康・著
このセンセーショナルで挑発的なタイトルは伊藤野枝が地元・今宿村で起きた出来事を素材にして書いた二つの小説・「白痴の母」と「火つけ彦七」から引用されたものであろう。(著者と鈴木邦男との刊行記念 トークセッションによれば、もう少し地味なタイトルを含めた幾つかの候補の中から、最終的に営業サイドが「これで行こう」と決定したそうである。ともすれば批判を恐れ自粛してしまうメディアの多い中、岩波の営業もやるじゃない!)
そうした傾向は文体にも表れている。著者によればPC入力した原稿を自ら音読して推敲するそうだ。仮名が多いのも自分自身で読みやすくするためとか…成程、それで合点できた。嘗て昭和軽薄体があったけれど、音読を前提に書かれたこの文体は「平成ナレーション体」と呼べば良いのだろうか。本書をドキュメンタリー番組に見立てると、ナレーターは加賀美アナや桜井アナではなく、ジョン・カビラに決まりだろう。アジテーションやエールもいいんです。
尤も著者の栗原康も初めからこの様な文体ではなく、研究論文のような文体で書いていたらしい。些か挑発的なアジテーションも含むこの文体を受入れられるか否かで読者の評価は大きく異なるようだ、好意的な書評が多い処からみても、自己責任と自主規制でがんじがらめの閉塞的な現代社会に伊藤野枝の様な人物が求められていることの表れかもしれない。
内容
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はじめに
あの淫乱女! 淫乱女!/野枝のたたりじゃあ!/もはやジェンダーはない,あるのはセックスそれだけだ
第一章 貧乏に徹し,わがままに生きろ
お父さんは,はたらきません/わたしは読書が好きだ/わたしはけっしてあたまをさげない/きょうから,わたし東京のひとになる
第二章 夜逃げの哲学
西洋乞食,あらわれる/わたし,海賊になる/ど根性でセックスだ/だれかたすけてください,たすけてください/恋愛は不純じゃない,結婚のほうが不純なんだ/究極の夜逃げ
第三章 ひとのセックスを笑うな
青鞜社の庭にウンコをばら撒く/レッド・エマ/野枝の料理はまずくて汚い?/もっと本気で,もっと死ぬ気で,ハチャメチャなことをかいて,かいてかきまくれ/(一)貞操論争/(二)堕胎論争/(三)廃娼論争/大杉栄,野枝にホレる/急転直下,自分で自分の心がわからぬ!/約束なんてまもれない,結婚も自由恋愛もしったことか/カネがなければもらえばいい,あきらめるな!/オバケのはなし――葉山日蔭茶屋事件/吹けよあれよ,風よあらしよ
第四章 ひとつになっても,ひとつになれないよ
マツタケをください/すごい,すごい,オレすごい/亀戸の新生活――ようこそ,わが家へ/イヤなものはイヤなのだ/あなたは一国の為政者でも私よりは弱い/主婦たちがマジで生を拡充している/魔子は,ママのことなんてわすれてしまいました/結婚制度とは,奴隷制のことである/ひとつになっても,ひとつになれないよ/友情とは中心のない機械である――そろそろ,人間をやめてミシンになるときがきたようだ/家庭を,人間をストライキしてやるんだ――この腐った社会に,怒りの火の玉をなげつけろ!
第五章 無政府は事実だ
野枝,大暴れ/どうせ希望がないならば,なんでも好き勝手にやってやる/絞首台にのぼらされても,かまうものか!/失業労働者よ,団結せよ/無政府は事実だ――非国民,上等! 失業,よし!/村に火をつけ,白痴になれ/わたしも日本を去り,大杉を追っていきます/国家の犬どもに殺される/友だちは非国民――国家の害毒は,もうバラまかれている
あとがき
いざとなったら,太陽を喰らえ/はじめに行為ありき,やっちまいな
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本書と併せて辻潤の「ふれもすく」を読みのも良いだろう。関東大震災の後、出版社から「野枝さんの思い出」を書いてくれないかと依頼され、惨殺された伊藤野枝の最初の夫である辻潤が書いたものである。
辻潤と伊藤野枝との間に生れた長男・辻一(まこと)が私の父と同い年なので、其処からも時代背景を読み取ると視界が広がるようだ。つまり伊藤野枝や辻潤、大杉栄は私の祖父母の世代にあたる。そう考えると、自分から見てそれほど大昔のことでもない
まことくん(辻潤は長男をそう呼んでいる)が関東大震災に遭遇したのは10歳の時、震災の起こる前に伊藤野枝は大杉栄と二人で辻潤の留守宅を訪れ、まことくんにと大杉栄が翻訳したばかりの「ファーブル昆虫記」を持ってきている。奇しくもそれが伊藤野枝の最後の形見になった。辻まことの『虫類図譜〈全〉 (ちくま文庫)』を読むと二人の遺伝子が…確実に伝えられているようである。
因みに「刊行記念 トークセッション」で「伊藤野枝伝」を映画化するとしたらヒロインは誰が良いですかの質問に、栗原康はこう答えていた。『伊藤野枝は広瀬すず、大杉栄はTOKIOの長瀬くんで、辻潤は僕がやります。』と….
岩波書店:村に火をつけ,白痴になれ 伊藤野枝伝(PDFの試し読み有り)
東洋経済オンライン:「あの淫乱女!」伊藤野枝の破天荒すぎる28年
東京新聞:村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝
YouTube:『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』(岩波書店)刊行記念 トークセッション【前半】
YouTube:『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』(岩波書店)刊行記念 トークセッション【後半】