滅多に買うことのない文藝春秋・オール讀物の九月号である。松井今朝子の直木賞・『吉原手引草』(抄)も気になったが、『金田一家三兄弟』が祖父・京助と父・春彦を語る座談会も読みたくて買い求めた。A5判・厚さ25ミリ、548頁で特別定価・税込960円也は週刊誌の三倍の値段、高いか安いかの判断は読者次第であるが、全頁読破すれば安いものであることは間違いない。昔は大人の読む雑誌と云えば全てこの判型であった。純文学に対して用いられる中間小説と云う言葉は今ではすっかり死語となってしまったが、「オール讀物」はそうした中間小説を満載した月刊誌であり、亡父の愛読誌でもあった。
と云うことで肝心の「吉原手引草(抄)」であるが、読み始めると、やめられない止まらないエビセン症候群に陥り。結末の想像は付いても、実際の落ちがどうなっているのか気になり単行本を買ってしまった。
引手茶屋 桔梗屋内儀 お延の弁
舞鶴屋見世番 虎吉の弁
舞鶴屋番頭 源六の弁
舞鶴屋抱え番頭新造 袖菊の弁
伊丹屋繁斎(酒問屋)の弁
信濃屋茂兵衛(大店・婿養子)の弁
舞鶴屋遣手 お辰の弁
仙禽楼 舞鶴屋庄右衛門の弁
舞鶴屋床廻し 定八の弁
幇間 桜川阿善の弁
女芸者・大黒屋鶴次の弁
柳橋船宿鶴清抱え船頭 富五郎の弁
指切り屋 お種(元女郎)の弁
女衒 地蔵の伝蔵の弁
小千谷縮問屋 西之屋甚四郎の弁
蔵前札差 田野倉屋平十郎の弁
詭弁・弄弁・嘘も方便(証人再登場)
物語は戯作者見習いと称する者が、悪所・吉原で起きた事の顛末を当事者・花魁葛城に関わった上記16名の人々から聴きだした17篇の語りで構成されている。「オール讀物」に掲載されているのは17篇の中から、10篇(黒字部分)を選び出した『吉原手引草(抄)』である。内容は事の真相を探るミステリー仕立てでもあり、多くを語るのは控えるのが賢明であろう。
作者の松井今朝子は京都祗園の料理屋に生まれ、幼い頃、他家に預けられ育ち、小学校に上がる年齢になって実家に戻され、作家や役者が出入りする環境で育ち、早稲田の演劇科を卒業、松竹に入社、歌舞伎の台本に出会い、台本作家となる。
『吉原手引草』に登場する16人の生き生きとした台詞は、台本作家としてのキャリアが生きている。各章はモノローグとなっているが、その人物によって、歌舞伎、新派、講談、落語を聴いているような錯覚に陥り、噺に引き込まれるのである。目で活字を追っているのだが、脳の中で桂文楽や三遊亭圓生が語っているのである。
女芸者・大黒屋鶴次の弁は吉原御免状ミニダイブで出会った浅草東町の誇り高い住民の話が思いだされた。「オール讀物」の自伝エッセイと林真理子との対談も興味深い。
筋違いの蛇足であるが「オール讀物」目次・見返しにある広告は父方の祖父の代まで神職を務めていた神社である。