
写真は車載カメラでなくタクシーの助手席で手持ちで撮影。母の四十九日法要の壇払いでうかい竹亭に向かう途中の甲州街道である。以前この辺りの甲州街道を通ったのは6年前、父の十七回忌の法事でうかい鳥山に行った時である。それ以来、南浅川町や大垂水峠の先には用事もなく、圏央道の八王子南インターチェンジの工事の進捗状況等を知る由もなかった。と云うことで、どうせなら高尾山の冬そばを食べに高橋屋に行こう、そしてついでに南浅川町まで足をのばしてみようと、思い立ったのである。(南浅川町とは八王子市の西端、高尾山の南側、この圏央道の八王子南I.C.から神奈川との県境の大垂水峠までの一帯、面積の殆どを山林が占める。)
と云うことで先ずは圏央道八王子南インターチェンジ模型(この模型は現場に隣接する相武国道事務所の圏央道インフォメーションルームに置いてある。)とGoogle Earthの3Dモデルを並列し比較してみると、甲州街道を跨いで架橋工事中の高架橋は津久井方面から甲州街道に降りるランプウェイである。山の中腹に穿かれたトンネルから谷間の甲州街道まで下りるには、その高低差と狭い谷間故に逆S字を描いて甲州街道を三度跨いで下りてくることになる。
人間の欲望がコンクリートの塊に込められているからだろうか、工事中にも関わらず、こうしたものを見ると近代産業遺跡に見えてしまうのである。何れにせよ、こうして既成事実を積み重ね、道理でなく無理を通すのが道路行政なのだろう。圏央道八王子南I.C.に繋がる八王子南バイパスの工事決定までの紆余曲折も机上で事の計画を進める行政の支離滅裂ぶりと、その利権に群がるハイエナ達が見え隠れしていた。元々は東八道路とめじろ台の南側を東西に走る椚田通りの八王子斎場東・交差点が結ばれ、椚田通りと町田街道の狭間町・交差点から西行きを延長して圏央道八王子南I.C.に繋げる予定であったのだが、このルートは高楽寺、御嶽神社、御衣公園、浅川中学、高尾霊園をブルトーザーで潰さない限り道路は出来ないことから断念、それでもルート上の浅川中学を廃校にすると云う風説が数年おきに聴こえてくるのだが、これも利権絡みの邪悪な輩の仕業なのか。(何しろ浅川中学は隣接する栗山を学校林として保有しているのである。)更に不可解なのは道路予定地となる八王子斎場東の土地を押さえていた某法人が計画道路の変更が決定されると、法人名の記された工事用の仮囲いを取り払い、元の農地に戻したことである。そんな人間の欲望を知ってか知らぬか、件の農地では牧草の上で乳牛がのんびりと草を食んでいる姿が見られるようになり、ここだけ昭和の風景が復活している。
参考:相武国道事務所
蛇足:観光地の食堂は不味いと云うのが定説だが、高尾山ケーブルカーの清滝駅の広場に面した高橋屋はそんな定説を覆す店で、美味い蕎麦を食べさせてくれる。今回は高尾山の定番、トロロ蕎麦を高橋屋で食したが、次は地元の人も奨める竹之家支店で天ざるでも食べてみよう。
Posted by S.Igarashi at February 21, 2008 10:44 AM | トラックバックAKiさん、どうもです。
そのうち八王子市民でさえも「大垂水峠」を読めなくなるのでは...と考えさせられます。
京王線の高尾山口乗り入れと中央道の開通によって甲州街道の交通量は激減し、西浅川町の中央本線ガード下で急カーブする甲州街道に面した家に深夜便の長距離トラックが飛び込むこともなくなりましたが、街道筋で発展してきた町の宿命でしょうか通過交通量の減少は町の衰退をもたらしました。
北野から八王子南I.C.までの八王子南バイパスもその名称の通り、市内を迂回して通過するだけですから、八王子にもたらされる経済効果を期待することは意味がないでしょうね。市は中央道八王子I.C.の近くに大規模S.C.を計画しているようですし、旧市街地の空洞化は更に進むでしょうね。
昨年の夏、新潟方面遠征....八王子ICから八王子JCT、圏央道、関越と行くつもりで走り出しました。
うっかり道路交通情報を見落としてしまったのか...八王子JCTが事故で閉鎖でありました。まったくの無駄足、次の相模湖ICで下りて「振出しにに戻る」で大垂水峠を越えてあきるのICに向かうことになりました。
その時、中央道開通以来忘れていた大垂水峠を通り、この工事現場を通り過ぎましたのであります。