エドワード・サイード Out of Place
シグロ 編・佐藤 真/中野 真紀子
・声の共振を求めて―制作ノート/佐藤 真
・エドワード・サイードを語る/中野 真紀子
1)I Belong to You―絆を求めて
2)コロンビア大学
3)パレスチナの外から
4)パレスチナの内から
5)イスラエル人との対話
6)音楽家
・エドワード・サイードOUT OF PLACE―採録シナリオ
・映画ガイド・佐藤 真/中野 真紀子
映画作家・佐藤 真の制作ノートによれば、取材テープは総計290本、時間にして210時間を超える量だと云う。それを本編2時間17分のフィルムに編集する作業は想像を絶する。映画の本編からカットされた膨大なインタビューが本書に復元収録されている。
ドキュメンタリーの編集は、目的地を決めずに泥の海に漕ぎ出す漂流のようなものだと思う。撮り溜めた素材を虚心に眺め、思いつくかぎりの構成案を建てては壊し固めては崩しを繰り返しているうちに、少しずつではあるがそれなりの塊ができてくる。そうした塊を崩れないように注意しながら、塊ごとの順番や配列を何度も入れ替えているうちに、なんとなくではあるが大きなブロックのようなものが見えてくる。すると今度は、そのブロックどうしの配列を変えたり、そのブロックの中味をいじり直したりしているうちに、ようやく映画の方向性がおぼろげにではあるが見えてくる。そうしたやりとりをつづけているうちに、自分では大切にしていたつもりの大きな塊がそのブロックごとそっくり抜け落ちて、映画が自分のあずかりしれない方向に漂流し始めるときがある。そんなとき、私はなるべく作り手である私の主張は抑えて、映画が漂流するに任せようと心がける。なぜならその瞬間こそ、映画が作者の手を離れて、ひとつの独立した生き物としてみずからの歩みを踏み出そうとしたときだと思うからだ。
難民とは人権も主権も奪われた人達である。南レバノンのアイネルヘルウェ難民キャンプの通りがかりの男の言葉が印象に残る。
わたしたちに民族差別はない。パレスチナ人は本当に差別のない唯一の民だ。ただ、わたしたちのパレスチナが占領され、支配されていることに、反対しているんだ。いま占領している連中は、利用されているんだ。西洋の植民地主義者たちが、国際シオニズムを通して東方へ進出しようとしているんだろう。ユダヤ人だけではない。アメリカはユダヤ人よりもシオニスト的だ。ブッシュ政権を見ろ。中枢メンバーはユダヤ人よりもシオニストだ
わたしは1954年にハイファで生まれた。その6年前、ハイファの町は根こそぎ変貌した。1948年のイスラエル建国の以前は14万人が住み、アラブ人とユダヤ人が半々だった。でも戦争が終わった1949年には、アラブ人は3000人しか残らなかった。わたしが生まれた1954年ごろでも、ユダヤ人は12、3万人に増えていたが、アラブ人は3、4000人程度だった。わたしが育った環境は、ハイファのアシェケナジ系シオニストの中流家庭のものだった。面白いことに、周囲の環境からパレスチナ人の痕跡はいっさい消えていた。わたしたちはいわば沈黙のなかで育った。Posted by S.Igarashi at May 22, 2006 10:42 AM
記憶は抹消され、ハイフアの半分がアラブ人だったことを、思い出させるような人影もない。いったい彼らの身に何が起こつたのか、尋ねる人も、答える人もいない。かつては、そこら中にいた人たちなのに。隣人や同僚、店主や客として、毎日見かけた人たちだったのに。バスの運転手も、客も、この人たちだったのに。そしてこのような沈黙のなかで育ったため、いまとは違ったハイファの存在は知りながらも、かなりぼんやりとしか意識されなかった。この沈黙のなかで育ったことは、ハイファ出身のユダヤ人に大きな影響を残したと思う。
昨日のNHK・首都圏ネットワークで、9月4日に自死した佐藤真氏を偲んで、特集「映画監督佐藤真の残したもの」が放送されていた。天気予報を見るためチャンネルを合わせたところ、偶然に最後のところだけ見たが、戦後日本を総括するドキュメンタリー作品を構想していたそうで、その死が惜しまれます。
Posted by: iGa at September 15, 2007 02:37 PM