January 05, 2020

50年前の自分と...

探し物をしていたら、シミだらけのサルトルの「嘔吐」(白井浩司・訳 人文書院)が出てきた。何気に頁を捲ると29頁目に傍線が引かれていた。傍線の箇所を書き出すと...『いま演奏されているのはジャズである。ここにはメロディーがなく、音そのものの連続であり、無数の小さい振動の反覆である。その振動は休むことを知らない。それを出現させ滅びさせる頑固な一つの秩序があって、勝手に再びあらわれたり停滞したりする暇を与えない。振動は、流れ押し合い、そして行き過ぎながら乾いたひびきで私を撃ち、消えて行く。私はそれを止めたいと思う。しかし私は知っている。よしんば私が一振動をとらえることができたにしても、それは私の指の間に、つまらない、すぐに衰えて行く一音としてしか、残らないだろうということを。だからそれらのものが滅びて行くのを、承認しなければならない。その死を<欲し>さえもしなければならない。私はこれほどきびしい力強い感銘をあまり体験したことがない。』
どうして傍線を引いたのか記憶に無いが、Eric DolphyのLP/LAST Date に刻まれたDolphyの言葉「When you hear music,after it's over,it's gone in the air. You can never capture it again.」と重なって見えてきた。「嘔吐」が書かれた1930年代とLAST DATE が吹き込まれた1964年とではジャズの様式も違っているが、その底に流れるモノは変っていないと...いうことだろうか。
ロカンタンもジャズを聴いているときは吐き気から逃れることができたようだ。50年前の自分もジャズを聴いて日常的な不条理が齎す吐き気を回避していた。

Eric Dolphy MISS ANN

Posted by S.Igarashi at January 5, 2020 04:14 PM
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