August 10, 2006

Never Let Me Go

カズオ・イシグロわたしを離さないでの原題" Never Let Me Go"は彼が村上春樹から貰ったJazzのCDアルバムにあったスタンダードナンバーから付けられたそうである。"Never Let Me Go"は多くのジャズ・シンガーが唄っており、ダイナ・ワシントン(Dinah Washington)やナットキングコール(Nat King Cole)も唄っている。カズオ・イシグロが聴いたCDのジャズ・シンガーは不明だが、小説に登場する"Judy Bridgewater"はどうやら架空の歌手のようである。"Bridgewater"という姓から70年代にデビューして話題になったジャズシンガー"Dee Dee Bridgewater"の名からヒントを得ているのではと思わせるが如何なものだろう。ところで、この小説に相応しい"Never Let Me Go"を唄っている歌手はダイナ・ワシントンでもなく、 この"Adele Nicols"の様な気がする。バイオグラフィーによれば日本にも数年滞在したことがあり、新宿のピットインでも唄った事があるようだが、日本語によるAdele Nicolsの情報は見つからない。
と云うことで話題がカズオ・イシグロの「わたしを離さないで」から離れてしまった。

そんな訳で表紙カバーのカセットテープはは記憶を手繰り寄せる表象として、また読み方によっては主題の隠喩と考えられないこともないだろう。31歳の介護人であるキャシー・Hのモノローグで始まる物語は、淡々と記憶を辿り、彼女の生い立ちの地「ヘールシャム」の決して尋常ではない寄宿舎生活へと溯る、物語の1/3で「ヘールシャム」の概要と存在理由が明らかにされ、物語の1/2で「ポシブル」という言葉により初めて出生の秘密が明らかにされ、やはりそうだったのかと納得する。或る意味で1960年代に書かれた近未来小説のようであり、女、男、女の純愛小説のようでもある。ミステリー小説ではないが、結末は勿論の事、予備知識は持たないほうが、想像力を刺激されるであろう。その中で"Never Let Me Go"のカセットテープはディテールにリアリティを与える小道具として小説に命を吹き込んでいる。


予備知識なしで『わたしを離さないで』を読みたいと願うならば下記のインタビュー記事には目を通さない方が賢明である。
『わたしを離さないで』刊行 カズオ・イシグロ氏
 『わたしを離さないで』 そして村上春樹のこと カズオ・イシグロ インタビュー(文学界 2006年8月号)
fuRu さんも読了したということでエントリーをアップした。
af_blog:「わたしを離さないで 」---カズオ イシグロ

Posted by S.Igarashi at August 10, 2006 10:18 AM | トラックバック
コメント

読了して、ずいぶん経ちますが
並大抵の本ではありませんね。
深く感動しました。

Posted by: fuRu at August 28, 2006 03:39 PM

>U2に"Never Let Me Go"の同名異曲があるみたいですね。

あれ?と思って調べてみましたら
ミラジョボビッチ主演の「The Million Dollar Hotel」という映画のサントラで「The Million Dollar Hotel Band」名義でありました。
まったく違う曲ですね。

それにしても、この本ですが
ちょこちょこ、いろんなところでの評判を読んでいたら
一日も早く読んでみたくなりました。

Posted by: fuRu at August 11, 2006 09:54 AM

fuRuさん、毎度ありがとさんです。
僕もこの本は期限切れ寸前のAmazonの500円クーポンを使って割引で購入したものです。StandardJazzのNever Let Me GoもiTMSでバラ買いして聴き比べてみました。そういえばfuRuさんの好きなU2に"Never Let Me Go"の同名異曲があるみたいですね。

Posted by: iGa at August 10, 2006 08:31 PM

なるほど、さっそく本屋さんに、と思いましたが
iGaさんところから買えるようになんていましたのでクリックしました。
遅ればせながら読んでいる、杉本博司「苔のむすまで」に引き続き読もうと思います。

Posted by: fuRu at August 10, 2006 05:36 PM

原書の表紙カバー(オーディオブックも同じ)は、第一部のヘールシャム時代に少女だったキャシーがカセットレコーダーでNever Let Me Goを掛け、独りでダンスを踊る場面をイメージしたものと思われます。その場面の切なさは、ダイナ・ワシントンともナットキングコールでも違うような気がします。まぁ、この小説のテーマは英国を舞台にしているからリアリティがあるのでしょうね。

Posted by: iGa at August 10, 2006 05:11 PM

この小説ですが
村上朝日堂でも何度も話題になっていたのでした。
気になりますね。

ちなみに、村上春樹が選びそうなのは
ナットキングコールのような気がします。
小説未読ですから、内容にふさわしいかどうかはわかりませんが。

Posted by: fuRu at August 10, 2006 12:50 PM

チラッとテレビ番組表を見たら、本日のNHK総合「時論公論」が「わたしを離さないで」のテーマを扱っているのかも知れませんね。果たしてどうでしょうか。

Posted by: iGa at August 10, 2006 11:22 AM