未だ学校に上がっていない子供の頃、母に連れられて新橋演舞場とか明治座の新派とかいった芝居に付き合わされた。母からすれば、兄達は学校に行っているので、私を家に一人にしておく訳にはゆかず、仕方なく連れていったのであるが、芝居が佳境にさしかかると、母を突いて「もう、帰ろうよ。」と言っては困らせた。新派の「婦系図」なんて子供に面白い訳がない。一度だけ、「もう、帰ろうよ。」と言い出さなかった芝居は「サザエさん」だった。これは子供にも理解できたようで、いまでも記憶に残っている。10年前に朝日新聞社から出版された文庫版の「サザエさん・第三巻」にその芝居のネタがあった「防犯ベル」の話である。記憶に残っているのは、隣同士で取り付けた防犯ベルが鳴り響き、それっ!一大事とばかりに手に手に箒やらバットやらを持って隣家に駆けつけるのだが、サザエさん一家が駆け出して上手か下手かに消えると、回転舞台が一転し隣家の茶の間に変わり、次に大騒ぎで花道からサザエさん一家が駆けつけると云う趣向である。覚えているのはそれだけである。いわゆる典型的なドタバタ芝居、よく考えてみると「ドリフの八時だよ全員集合」と共通点が有る、ドタバタと舞台装置の大仕掛け、そこに子供を飽きさせないものがあったのだろう。
追記:明治座昭和30年5月公演記録:昼の部にサザエさんがありました。