November 17, 2005

iCon

iCon Steve Jobs/スティーブ・ジョブズ-偶像復活を読了した。左の装丁はカバーを外したものだが腰巻には如何にもセンセーショナルなコピーが書かれている。今週のAERAの記事「ジョブズ成功の5原則」のタイトルは「スティーブ・ジョブズになりたい」である。電車内の中吊り広告でこのコピーを見たとき、困ったものだと思った。カタチだけスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツを真似しても、それは100%嫌な奴や最悪な守銭奴にしかならないだろう。

僕がMacに興味を持ち情報を集め始めたのは1985年だった。その1985年にジョブズはAppleを去った。ASCII1985年12月号に「緊急レポート!スティーブ・ジョブズが語る我が栄光と転落」の記事が掲載された。"NewsWeek Sept.30.1985"のインタビュー記事を翻訳したものだ。インタビューでは会社名等は明らかにしていないがNeXTを立ち上げる準備をしていることを語っていた。これが僕が初めて読んだジョブズの記事であった。そしてその翌年にMacPlusを購入してMacUserの仲間入りをしたのだ。その当時、MacUserになると云うことはMacのバックグランドにある文化を受け入れることでもある。当然の事としてコンピュータ 黎明期の神話やAppleの伝説にも関心を抱くようになり、本書の著者でもあるジェフリー・S・ヤングの「スティーブ・ジョブズ――パーソナル・コンピュータを創った男」をはじめてとしてR.X.クリンジーの「コンピュータ帝国の興亡」、F.ローズの「エデンの西/アップルコンピュータの野望と相剋」、それにジョブズをAppleから追い払ったジョン・スカリーの「スカリー」等を読み漁った。何れの本を読んでも、そこに登場するスティーブ・ジョブズは妥協を知らない完璧主義者で且つ独善的な、とても嫌な奴である。嫌な奴と云う点では、建築設計事務所のボスにもいそうであるが、ジョブズのように世界を変えるような影響力をもっている建築家はどこにも見当たらない。ジョブズが鼻持ちならない嫌な奴でも、例えMacがジェフ・ラスキンのプロジェクトを横取りしたものだとしても、ジョブズがMacを世界に向けて送り出したのは紛れもない事実である。そして、ジョブズがAppleを去ってからも、ジョブズの遺伝子はAppleという企業の骨格を形成していたのであった。僕が"iCon Steve Jobs"を読みたい理由はAppleを離れてから二つの会社を起業し、再びAppleに戻ったジョブズがどれだけ成長したのかを確認したいからだ。

日本国内に於けるMacWorld Expo Tokyoは1991年に初めて開かれ、2002年を以てその幕は閉じられた。1999年にスティーブ・ジョブズがMacWorld Expo Tokyoの基調講演の壇上に立つまで実に様々な人物が基調講演を行なった。1991年のアラン・ケイから1998年のスティーブ・ウォズニアックまでの間に、ジョン・スカリー、デル・ヨーカム、マイケル・スピンドラー、デビット・ネーゲル、ギル・アメリオらが壇上に立ったが、スティーブ・ジョブズの基調講演に誰一人敵う者はいなかった。スティーブ・ジョブズが不在の間もAppleはジョブズの会社であったのだ。MacWorld Expo Tokyo'99の基調講演を聴いた者はそう感じたに違いない。満身創痍のAppleを建て直し、創業者のスティーブ・ウォズニアックとスティーブ・ジョブズを呼び戻したギル・アメリオは誰よりも先にそのことに気付いたのだろうが、皮肉な事に任期半ばでジョブズによってAppleを追われてしまったのだ。ギル・アメリオはもっと評価されても良い人物だがビジョナリーとしての資質もプレゼンテーターとしての資質もネゴシエーターとしての資質もスティーブ・ジョブズに比べると劣っていたのは明らかであり、誰の目からもアメリオは脇役、主役はジョブズに見えるだろう。そう、スティーブ・ジョブズはビジョナリー、プレゼンテーター、ネゴシエーターと三拍子揃ったCEOとしてAppleに復帰したのだ。彼はアメリカンドリームのコンピュータ黎明期に於ける創世神話のイコンでもある。そうした神話や伝説の人物はメディアにとって貴重なリソースであるのだ。

「iCon Steve Jobs/スティーブ・ジョブズ-偶像復活」の後半はジョブズのタフで抜け目ないネゴシエーターとしての資質にフォーカスが当てられている。ピクサーに於けるジョブズの存在理由はネゴシエーターそのものである。ピクサーでのジョブズは制作に立ち入ったりして「現実歪曲フィールド」に制作者を巻き込む事は避け、制作責任者に全てを任せている。ジョブズの役割はディズニーとの交渉にある、如何にピクサーにとって良い条件を引き出すかが彼の使命だが、ディズニー経営内部の創業者子孫を巻き込んだドロドロの生憎劇のさなか、抜け目ないジョブズの素質が遺憾なく発揮される。因みにピクサーがまだルーカス・フィルムのCG部門であった時代、Appleを辞めたばかりのジョブズに「ルーカス・フィルムで働いているクレージーな連中がカルフォルニア州サンラファエルにいる。会ってみるべきだ。」 と助言したのは、当時アップルフェローであったアラン・ケイであった。アラン・ケイが今日のピクサーの成功を予想していたのか定かではないが、やはり、ビジョナリーであるアラン・ケイはジョブズに期待するものがあったのだろう。

昨日のITmediaの記事では「なによりアーティストが曲を出したがっている」――米Apple幹部が語るiTMSとiPodとあるが、ソニー・ミュージックエンタテイメント(SME)との交渉も直接ジョブズがネゴシエーターとして「現実歪曲フィールド」オーラを発揮してあたれば、翌日にはiTMS-JapanにSMEの楽曲が勢ぞろいするのではなかろうか。

腰巻の「発禁騒動、、、」 の文字から、私生活に踏み込んだスキャンダラスな事も書かれているのかと思ったが、過去に伝えられている以上のことはなく、批判も含めて極めて客観的にジョブズ像が描かれている。エピローグの「ヒーローにも欠点があるものだ。欠点のないヒーローが成功することはまずない。しかし、最後に我々が記憶しておくべきことは、ヒーローの欠点ではなく、ヒーローが何をなしとげたかである。」の言葉は著者のスティーブ・ジョブズへの最大の賛辞であろう。  

書籍の内容については秋山さんが詳しく書いているので参考にしてください。
aki's STOCKTAKING:スティーブ・ジョブズー偶像復活

Posted by S.Igarashi at November 17, 2005 10:29 AM
コメント

本書「スティーブ・ジョブズ-偶像復活」の翻訳者・井口耕二氏のブログがありました。
http://www.buckeye.co.jp/blog/buckeye/

Posted by: AKi at November 26, 2005 02:51 PM

ビル・アトキンソンは Mac 初期の MacPaint、HyperCard で大好きな人物ですが、今もっていい人ですね。ちゃーんとクリエイティブな仕事をされているのですね。安心いたしましたです。

Posted by: AKi at November 22, 2005 09:00 AM

興味深いリンクを、有り難うございました。

フォトグラファー ビル・アトキンソンのHPを見た時、
その色にビックリしたのですが、その意味も分りました。
コンピュータ界にも、縁の下?で貢献しているのですね。

>いい人では米国ビジネス界を生き抜いて行けないでしょうね。
涙が出そうになります…。

Posted by: 林檎家 at November 18, 2005 09:16 AM

ビル・アトキンソンはAppleからスピンアウトしてGeneralMagicを起業したけれども、ジョブズのようなタフなネゴシエーターの素質はないから心身ともに疲労してしまったと思います。フォトグラファーへの転身は燃尽き症候群に陥った自分自身のサイコセラピーでもあるような気がします。
いい人では米国ビジネス界を生き抜いて行けないでしょうね。
http://japan.cnet.com/interview/story/0,2000050154,20067363,00.htm

Posted by: iGa at November 17, 2005 07:43 PM

Macユーザーには、特に興味深い本ですね。
Jobsには、特別なオーラを感じます。
なりたくても、なれるモノでは無いのは、明らかですよね(^^;)
話題が逸れてしまいますが、偶然見つけたサイトです。
現在のビルアトキンソンは、写真家でも有るんですね〜。
私、知らなかったんです。
優れたソフトの開発も、芸術的な発想が必要なんだな、と改めて思いました。

http://www.billatkinson.com/aboutTheArtist.html

Posted by: 林檎家 at November 17, 2005 05:07 PM