と云うことで一年点検の血液検査の結果、善玉コレステロール、悪玉コレステロールの値とその比に問題なく、メタボリック・シンドロームの疑いは、いちおう晴れた。BMIの指数を見ると、あと7.5kgまでは太れるのであるが、まぁ逆に5Kg位は減量した方がベストだろうと、自覚はしている....油断は禁物...。

と云うことで今日の午前中、車の一年点検でディラーに車を納め、車の点検時間を利用して身体の点検もと掛かり付けの医院で健康診査を受ける。さて巷で話題のメタボはウェスト84のプチメタボでかろうじてセーフ。看護師のお姉さんは「大きい人も小さい人も身長に関係なく一律ウェスト85以上は変ですよね。」と「そうですね、若先生なんか...」と言いかけると「もーぜんぜん、オーバー、あたしも人のこと言えないけど。」うん確かに!と思ったが口には出さず笑って誤魔化す。血圧も今年から年齢に関係なく、上の正常値が120台だそうで、去年だったら正常値の私の132は霞が関基準では高血圧予備軍になるのだが...「まぁ待合室で順番を待ってるだけでも、人間の身体は緊張して、車のようにアイドリング状態でアクセルを踏んでいるみたいに、血液がより多く送られ、すぐに血圧が上がるからね。」と大先生。X線も採尿検査も特に問題なし、血液検査の結果は一週間後、さて...。それにしても、何から何まで霞が関基準は変。
そう云えば、2006年9月28日、国立博物館・一角座でもんしぇんを見た帰りに、上野公園で最近TV-CMで見掛ける大道芸人のパフォーマンスを見たことを思い出した。スケジュールによれば3月31日(月)にも、上野に出没するらしい。

母の葬儀が終って二三日後に宅配便でこんなモノが届いた。中身は香典返しのカタログ一式である。位牌は奉仕価格で8000円とか...であるが、情報の出所が気になる。伝票には送り先の住所と苗字しか記載されていない。市営の斎場から情報入手しているのだろうか、電話番号までの個人情報は入ってない、故人宛ではないのがせめてもだが...有り難くもない。因みに送り主は大阪の業者である。なんでやねん!

12年前と比べて新種も増え、昨年はシッポの無い変異体まで表れました。因みにこちらの結果はこんなでございます。まぁ、一昔前のネタでこの様な年賀状を出す訳ですから、素直に診断結果を受け入れます。
初めてHoppyを呑んだのは町田にある馬肉屋さんですが、大衆酒場の定番であるHoppyが近所のイトーヨーカドーにも置かれていた。アルコール飲料売り場のレイアウト変更と商品の入れ替えが行われ、カクテルのベースとなるリキュールやソーダ類、果実飲料等が増え、立ち呑み屋の摘みにされるような缶詰め、乾き物が並べられている。嗜好の変化とでも云うのでしょうか。
トゥルルル、、♪
「はい、、」
『もしもし、シーボン化粧品です、、』
「あっ、そーゆーモノを使う美しい人は生憎と家にいません。今年92歳になるバアサンならいますが、、、」
『失礼しました。』ガシャ、
ツー、ツー、ツー。

『はくしは白紙、カラスはカラス、せんこうがみは線香紙、、、』、、と紙屑を選別するときの口上が面白くて、餓鬼の頃、そうした口上をまねていたものだった。7歳まで住んでいた足立区梅田界隈には、当時そうした紙屑屋も多く、落語の世界が身近なものに感じられたものだが、株式会社ナントカ紙業とか名乗るようになった現在、落語の世界を彷彿させるものは何も残っていない。
お台場寄席 フジテレビのポッドキャスティング・『紙屑屋』 林家たい平

授業が終わってからも居残りしていた女子のグループが帰り、残っているのは3、4人の男子グループだけとなった。既に授業終了後30分近くになるので、「もうそろそろ終わりにしよう。」と退室を促そうと思っていたら、先ほど退室した女子グループの中の二人が男子に用事があるらしく戻ってきた。
一人の男子にスイカの定期券を差し出し「これ□□くんの落とし物だけど、後で会ったら渡してくれる。、、、それで、、、、○○くんは、バイクで来るの。?」
『いや、、、、、。』
「帰り、バイクじゃ危ないと思う、、、、けど。」
『ん〜、、、、。』
コンパの話のようである。【飲むんだったら、バイクは止めた方がいい。事故ったら即逮捕、検問に引っ掛かれば罰金も高いし。】と女子に助け船。
『分かった、電車で行くよ。』
「良かった〜。バイクで来ると思うとハラハラして気が気でなかったんだ。」
と云う訳で地元の高尾警察署で運転免許証を更新してICカード免許証に切り替わった。と云っても見た目の差異はなく、ICチップが埋め込まれて厚みが0.26ミリ増えたこと、それに本籍地が記されていないだけである。手続きをする前に四桁の暗証番号を二組用意して「IC免許読取兼バーコード印刷装置」に入力し、バーコードの印刷された登録カードを受け取ってから手続きに入るだけで、後は以前と変わらず30分のビデオ講習で済んだのだ。やれやれ。
「運転免許証更新のお知らせ」が届いた。「手続きには、暗証番号(4桁の番号を2組)が必要です。」と書かれている。そうか今度はICカード免許証になるのだ。今年は免許証更新の他に、車の車検もあるのでIntelMacもこれも我慢しないと、、、いけないのである。

確定申告の季節も近づきましたね、と云うことで今日から来月3月16日まで第20回サラ川ベスト10の投票受付してます。因みに確定申告は3月15日まで、なんだか紛らわしいな。
天狗の鼻が立派で、、、と云う写真ではありません。例の中央線新型車両E233系に初めて乗りました。
と云うことで、この天狗は中央線の終点・高尾駅のシンボルです。
正面からの写真はこんな風、中央線のシンボルカラー、オレンジをもう少し残して欲しかった。
最悪なのはこの「つり革」の常識外れの色、こんなものが頭上にあると鬱陶しい限り。
と云うことで昨日で松も取れて正月気分でもないのだがわがやの雑煮・番外編である。まぁ、残り物の切り餅が二つあったので、昨夜の味噌仕立ての巻繊(ケンチン)汁を流用し雑煮にしただけである。トッピングは暮れにコストコで買っておいた合鴨のロースハム、精進料理であるケンチン汁に合鴨なんて、非常識で以ての外だが、そんなことは気にしない。これが本日の昼食。
昨日は台風一過のような天候、富士を求めて市内を移動しているとこんな雲が、何やら橇を引いて遅れてきた馴鹿(じゅんろく=トナカイ)のように見えてきた。
と云う事でこんな日に大岳山を撮ってしまうのは八王子に住んでいるからです。

長期予報の確率では暖冬らしいが、雨や雪が降る確率も高いらしい、と云う事で点検と部品交換のついでにスタッドレスに履き替えて冬支度、摩耗は殆ど無いが、いちおうコンパウンドの状態も見てもらい、今シーズンは大丈夫ということで余分な出費はなし。

キリ番といってもブログのアクセスカウンターではなく車のオドメーター(odometer/走行距離計)である。偶々、自宅近くの駐車場に止める直前にキリ番になったので、駐車場で記念写真。確か10000を差したときは高速道路を走行中だった。
我が家の道路脇に置かれた不審物、それは勤労感謝の日の翌日、24日の午前中に何者かに置かれたようです。昼近くに出掛ける時に気付きましたが、家の者が資源ゴミの雑紙として置いたものか、不明でしたがそのままにして出掛けました。金曜日は一般ゴミの回収日ですが、市の指定ゴミ袋に入っていないものは回収しません。また資源ゴミは指定された場所に出すように決められています。夕方、帰宅した時も不審物はそのままの場所にありました。結局、不審物は不心得者によって置かれたようです。その中身を検めると、、、
1 卵焼き
2 カステラ
3 ナチュレ(ヨーグルト)05.03.29
4 卵 06.10.12〜06.10.26
5 若鮎(御菓子)
6 肉(調理済み)
7 烏賊(調理済み)
8 さんま(調理済み)
9 白菜漬物・大
10 白菜漬物・小
11 烏賊塩辛 06.12.20
12 おでん(二袋)
13 キュウリ漬物(4本)
14 黒豆
15 焼豚 06.12.22
16 チャーハン
17 鰯ハンバーグ(二枚)
と、殆どが食材です。賞味期限が過ぎたものもあれば、賞味期限前のモノもありますが、冷蔵庫の中身を処分したものと思われます。
"通りすがり"の不心得者の仕業と思われますが、家の前の道は行き止まりとなっており、その先は階段で昭和40年代に造成された紅葉台(分譲住宅地)に繋がっています。従って通行人は限られており、通学の小学生か、駅までの近道として利用する人だけです。
不審物置き去り犯人のプロファイルを想像すると次の様な人物像が浮かびます。
紅葉台で生まれ育ち、年齢は20代から30代の独身で一人暮らし。
勤労感謝の日に実家に泊まり、24日はそのまま会社に出勤。
実家の母親が、一人暮らしの子を案じ食材を持たせる。
母親と玄関先で、そんなものいらないと、一悶着する。
結局、母親の勢いに負けしぶしぶと紙袋を持って家をでる。
こんなモノ持って会社に行けないと考えながら歩いていると
玄関先にゴミ箱を出している家があった。
しめた、ここに置いて行こう。
犯人はこんな輩でしょうが、えらい迷惑な話です。
こんな奴は禁固刑にして漬物樽に1週間閉じこめて置きたい。
しかし、この中身、貰っても嬉しくないモノばかりですね。
子供の頃、一番好きな噺家は金馬だった。その三代目・三遊亭金馬の「孝行糖」は27分余りの噺であるが、その半分を超える14分が枕に充てられている。さて、その枕であるが本筋の孝行糖の売り声に掛けて、様々な出商人(であきんど)による「売り声」について、その絶妙な言葉選びと工夫を面白可笑しく語り、「売り声というものは難しいものでございます。」と締め括っている。「先々の時計になれや小商人」物売りの声が人々の生活に密着してた時代を物語る言葉である。この枕で語られている程、出商人の職種は豊富ではないが、50年前の足立区梅田には色んな出商人が往来していた。
どんな職種があったのか、極く一般的なところから記憶を辿ってみた。
豆腐屋:(とぉ〜ふ〜とぉふ)
納豆売り:(なっと〜なっと、なっとう)
浅蜊売り:(あさり〜しじみ)
金魚売り:(きんぎょぇ〜きんぎょ)記憶では(風鈴、釣りしのぶ)も売っていたような気がする。
サオ竹屋:(さおや〜あおだけ〜)、昔は近郊の農家の農閑期の副業だったと思う。
箒売り:売り声を聴いた憶えはないが、これも昔は近郊の農家の農閑期の副業だったと思う。
屑屋:(くず〜ぃ、おはらい)
研ぎ屋:包丁、ハサミ
傘屋:(こうもりがさのはりかえ〜)
梅田稲荷の境内にやってきて子供も相手にしていた職種は
玄米パン:母親は、あんなもの美味くないと、買ってくれたことがない。
アイスキャンデー売り:親から流しの出商人からアイスキャンデーを買うのは禁止されていたが、梅田稲荷の近くに夏はアイスキャンデー、冬は今川焼きを売る店があったので必要なかった。
爆弾あられ:おじさんが境内にやってくると子供達は一斉に米を貰いに家に戻ったものだ。
エンドウ豆売り:売り声(えんどうまぁ〜め〜、ほやほや〜♪)を掛けながら自転車で流していた。大声で呼び止めないと一町(約108m)も先に行ってしまう。新聞紙を三角に折った袋に入れてくれた。
焼売:自転車の荷台に蒸し器を載せて、焼売をばら売りしていた。
飴細工:縁日でなくても月に一度くらいやってくる。一番安いのが鳩、人気があるのが「猿の木登り」
覗き機関(からくり):自転車の荷台にからくりを載せ、水飴を買うと覗き機関が観られる。
紙芝居:当時流行った「かにちょ」は楳図かずおの「恐怖マンガ」に通じるものがあった。通称・頓智オッサンと云われていた紙芝居屋の口癖は「漫画だからしょうがないさ。」
出商人の定番、流しの屋台のラーメン屋とかおでん屋等は駅前や繁華街を中心に流しているのだろうか、それともチャルメラの音が聴こえる頃は子供の寝る時間だろうか、一度か二度しかチャルメラを聴いてない。焼き芋屋は子供の小遣いでは届かない価格なので、子供は相手にしなかった。それに焼き芋は駄菓子屋の店頭販売の壺焼きが主流であった。
因みに焼き芋屋も農閑期の農家の出稼ぎによるもので、東京の焼き芋屋は新潟県出身者で占められているそうだ。新潟県出身者の多い職業と云えば、お風呂屋(銭湯)もそうである。これは神田の銭湯の主人から聞いた話。
出商人ではないが、正月には獅子舞や万歳も家の門口に廻ってきていた。
流石に昭和30年頃にはTシャツを売り歩く出商人は梅田町界隈ではいませんでした。
東京新聞・朝刊に中央線オレンジチェンジの記事、今年の12月頃から順次、ステンレス製の新型車両E233系に切り替わると云う事であるが、車両前面にもオレンジ色を残して欲しい気もする。中央線にオレンジ色の車両101系(旧モハ90系)がデビューしたのが1957年と云うことだから、私が八王子に越してきた年である。それから半世紀近く、沿線住民にはあのオレンジ色の車両は風景の一部に同化している。
JR東日本
JR東日本・広報資料/中央快速線及び青梅・五日市線に新型電車を導入! [PDF/94KB]

日曜日、町内の一斉清掃の日、と云うことで朝から道路際の植込の草むしり、iPod shuffleを聴きながら2時間弱、汗だくになってポリバケツ1杯の雑草をむしったが、プチ・ジャングルと化した庭はそのうち、暇になったら、、、。
7月7日は父の命日、20年前の七夕の日に喘息治療で入院中の国立相模原病院で亡くなった。昨日、たなばたまつりのエントリーを見て、あれ!と思ったが、まだ前日だった。墓参りは日曜日に済ませているし、認知症にでもならない限り、年に一度の七夕命日を忘れることはないだろう。と云うことで再来年が23回忌、まぁ33回忌の法要までは何とか、50回忌の法要は難しい、100回忌は有りえない。
ビス踏んじゃったのだ。夕方、DVD-ROMの原稿を宅配便で送った後、スーパーで買物をして駐車場に戻ると、右フロントタイヤが微妙な感じでスローパンクチャーしているのに気づいた。このまま走ると危険なのでテンパータイヤに交換することにしたが、いけないアイスクリームを買ったばかりだ。ぐずぐずしてると溶けてしまうので、スーパーのサービスカウンターでドライアイスを調達してから作業に取り掛かった。スーパーの駐車場でタイヤ交換なんて間抜けな話だが、実はこれで二度目だ。スーパーは家にもカーディーラーにも1キロ位の距離、一旦家に戻ってからカーディーラーに修理に出せばよいだろうと、長い距離は走らないのでパンクしたフロントタイヤにそのままテンパータイヤを取り付けた。(本当はFF車なので、リアタイヤをテンパータイヤに交換して、そのリアタイヤとパンクしたフロントタイヤを交換しなければいけないのだが。)カーディーラーに営業時間を確認してから、一旦家に戻り食材を冷蔵庫に仕舞い、それから車を修理に持って行った。パンクの原因は皿ビス、修理費2625円の出費であった。まぁ、パンクが原因の事故を起こすよりは安いものですが...

栗田さんが根付きらっきょうをエントリーしていたのを知ってか、スーパーで売っていた根付きらっきょうを買ってきた。らっきょうは一度、いい加減に適当なレシピで漬けた事があるが、それでも市販の甘すぎるらっきょうよりは美味かった。容器はコストコで買ったミックスナッツの容器を流用した。尤も、この容器を何か利用できないかと思いついたのが「らっきょう漬」だったのだが。
ACミランのFW・シェフチェンコのウクライナが旧ソヴィエト連邦からの独立後、三度目のW-cap挑戦で初めて本大会に出場を決めた訳だが、そのウクライナはサッカーだけを取り上げても大国の支配により苦渋を強いられていた歴史がある。中でもナチスによる占領時代と、旧ソヴィエト連邦による政治的プロパガンダによる史実の捏造は、国家とスポーツの関係について考えさせられる問題を含んでいる。
国家とサッカー 2006ドイツW杯<上>
「ドイツW杯 世界のスーパースター 〜祖国のために旋風を〜」
そう云えば先月のエントリー「1986.Chernobyl nuclear power plant.2006」のチェルノブイリはウクライナの首都キエフの北西でした。
先月の「コストコ & 馬 TOUR」のルーツを調べるべく絹の道資料館に行ってきた。まぁ、多摩ニュータウンに行ったついでなのですが、、、これを見ると八王子から峠を越えて原町田辺りまで来ると、、、馬丁も馬も草臥れて休息が必要だったことでしょうね。それでも、言うことをきかなくなった馬は、、、
と云う事で2006ワールドカップ・日本代表が決まりましたね。ジーコの好みやコネも反映した人事でサプライズが巻ということです。代表選手の得点表を作成してみましたが、ん〜何れにせよFWはどんぐりの背比べであることに変わりないようです。それにしても往年の釜本の得点率は驚異的でしたね。
W杯日本代表『決定力不足』研究
World Cupの前に明日の深夜はサッカーUEFAチャンピオンズリーグ・決勝「バルセロナ×アーセナル」がある。これは見逃せない。
イベントの告知です。
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第8回出版UD研究会 2006年4月21日(金)18:30〜20:30
“さわれる本”から“さわる本”をめざして
〜触文化がひらくフリーバリア社会〜
■ゲストスピーカー:広瀬 浩二郎さん(国立民族学博物館・民族文化研究部)
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3月9日〜9月26日、大阪の国立民族学博物館において「さわる文字、さわる世界──触文化が創りだすユニバーサル・ミュージアム」という企画展を実施する。「豊かな触生活」をテーマとする本展示では、点字考案以前に世界各地で使われていたさまざまな盲人用文字、さわっておもしろい物(神社の模型やバードカービング)などを集めた。ユニバーサル=だれもが楽しめるとは、具体的には五感の持つ潜在力を切り開くこと。今回は、五感の中でも現代人に軽視されがちな触覚の可能性にこだわった。
従来の出版物は博物館と同様に、基本的には目で味わうものだった。最近は「さわれる絵本」も増えているが、五感の想像力(創造力)を刺激する「さわる本」は存在しない。触文化を今後の出版活動にどう生かしていけるのか、みなさんとともに考えてみたい。さわらぬ神(紙?)に当たりなし!
■ゲストスピーカー プロフィール
広瀬 浩二郎(ひろせ・こうじろう)
1967年 東京都生まれ。 筑波大学附属盲学校 高等部卒業。京都大学 文学部(国史学専攻)を経て、同大学院にて文学博士号取得。2001年4月より 国立民族学博物館 民族文化研究部 助手。2002年9月から03年8月まで米国プリンストン大学 客員研究員。著書に 『障害者の宗教民俗学』(明石書店 1997年)、 『人間解放の福祉論−出口王仁三郎と近代日本』(解放出版社 2001年)、 『触る門には福来たる−座頭市流フィールドワーカーが行く!』(岩波書店 2004年)がある。
■日時:2006年4月21日(金)18:30〜20:30(受付開始:18:00〜)
■場所:東京しごとセンター 地下2階 講堂
千代田区飯田橋3-10-3
交通機関:JR中央線「飯田橋駅東口」より徒歩7分。都営地下鉄大江戸線・東京メトロ有楽町線・南北線「飯田橋駅A2出口」より徒歩7分。
東京メトロ東西線「飯田橋駅A5出口」より徒歩6分。
http://www.tokyoshigoto.jp/traffic.php
■参加費:500円(資料代込み) ※当日、受付でお願いいたします。
■定員100名につき、予約制とさせていただきます。
参加ご希望の方は4月10日(月)までに、下記アドレスに「お名前と所属先(勤務先、学校名など)」をお知らせください。
※定員になり次第、〆切とさせていただきますので、何卒ご了承ください。
※出版UD研究会では、研究会修了後の9時〜11時くらいにかけて懇親会を飯田橋駅付近の居酒屋で行っております。遅い時間 で恐縮ですが、参加を希望される方がいらっしゃいましたら、申込メールに「懇親会参加希望」とお書き添えください。
参加費は割り勘となりますが、通常4,000円前後になっております。
ud8@dokusho.org
※問い合わせ先:
出版UD研究会事務局(読書工房内)担当/成松
(電話:03-5960-1662、ファックス:03-5960-1663)
◎出版UD研究会について…
2004年2月開催の「出版物のアクセシビリティを考えるセミナー2004」(主催:公共図書館で働く視覚障害職員の会)、2005年2月開催の「出版のユニバーサルデザインフォーラム」(主催:毎日新聞社)を経て、それらの実行委員だった有志メンバー(出版・印刷・デザイン・図書館などの関係者)が、2005年7月よりおよそ月1回のペースで定期開催している研究会。2006年6月まで継続の予定。これまで取り上げたテーマは、「拡大教科書の現状と課題」「LD(学習障害)と読書」「公共図書館における読書サポートの可能性」「青空文庫からのメッセージ」「iPodで読書できるか?」「色覚バリアフリー」「著作権保護とフェアユース」。
http://www.d-kobo.jp/ud-pub.htm
八歳のとき他所から越してきた僕は知らなかったが、aKiさんによれば八王子の地元民は八王子を「ハッチョージ」と発音するそうだ。左の地図は「F.ベアト幕末日本写真集」に掲載されている1867年頃の「横浜周辺外国人遊歩区域図」である。赤で縁取られた区域が外国人が居留地から遠出できる範囲である。その範囲は東は多摩川、北が八王子、西が丹沢から酒匂川、南が横須賀までとなっている。その地図をよく見ると八王子が"Hatchoge"と表記されている。つまり「ハッチョージェ」となる。これは地元民の発声を聴き取りアルファベット表記したものであろう。因みに橋本が何故かフランス風にHが抜けて"Ashomoto"、原町田が"Haramatchada"になっている。八王子の生糸商人が『あんときよーハッチョージェからアショモトに出てよー、それからよーハラマッチャダに寄ってよー、一服してからよー、ヨコハマに行ったじゃんかよー。』と言っていたかは定かでない。
三井不動産のWorkers' Forum MOCが提供するネットビデオ配信TOKYO1.TVのシリーズ「大人の遠足」であるが、都市の歴史等を探訪するに相応しく、街並み、歴史、施設、文化情報から古地図や昔の写真などの資料も豊富で詳しい。ちょこっとミニダイブする前に調べておくと役に立つ情報が満載されている。もちろん、ダウンロードしてビデオ(Windows Media Player)で見ることもできる。なんと言っても坂が多く起伏豊かな微地形の文京区と港区の情報が豊富なのだ。とは云っても「大人の遠足」は文芸評論家監修による正統な文学系であり、縄文系アースダイバー派とか景観系スリバチ派や路上観察系トマソン派とは一線を画しているようだ。
先月、交通博物館の旧万世橋駅遺構を見たばかりであるが、実は地下鉄銀座線にも万世橋駅があったそうだ。今朝の東京新聞の万世橋 2駅残像・旧国鉄と東京地下鉄道によると、この写真の石丸電気前の歩道が地下鉄・万世橋駅のようである。
数日前、新聞の訃報記事で増山たづ子さんの事を知った。今朝の東京新聞は筆洗に書かれている増山たづ子さんの写真を撮り始める動機付けの純粋さに魅かれ、早速、Amazonに増山たづ子 徳山村写真全記録を注文したのだ。
故郷 〜私の徳山村写真日記〜
蛇足:今朝、今年はじめての鶯の鳴き声を聴いた。正調でした。
2006年3月14日 23:15〜23:45 NHK総合で放送されます。
発見ふるさとの宝:ダムに沈む村を収めた8万枚の写真
昭和31年頃のお化け煙突です。荒川放水路の西新井橋と千住新橋の間の左岸から父が撮影したものです。かろうじてお化け煙突の全景が入っているところをみると、ファインダーでポンポン船を追っていたのでしょう。写真左側が下流、ポンポン船は上流に向かってます。そう云えば昔々、NHKで子供向けの「ポンポン大将」というテレビドラマがありましたね。主演が桂小金治でポンポン船の船長と云う設定で確か住まいが佃島だったと思うのだが、記憶は定かではありません。ポンポン船をネット検索しても玩具の事が殆どで焼玉機関が出てこないのは時代の趨勢でしょうね。こんな写真も見つかった。
と云うことで今日から八王子の市外・市内局番が変更された。私の場合0426-61-○○○○が042-661-○○○○になっただけなのだが、これで名刺や何やらを作り直さねばならなくなった。郵便番号の7桁に始まり、市町村合併とか、何だか余計な手間と無駄も増えているような、、、
と云うことで昨日はアースダイニング@傳八の前に佃島から築地を"アースちょいダイビング"してきた。
生憎の天候であったが、却って鈍色の空と水面がすべての境界を曖昧にしているように見え、晴れの日とは違った風景が楽しめた。江戸時代の佃島漁民を巡る諍い事は大岡越前や遠山の金さん等の奉行所を舞台にしたテレビドラマで幾度か取り上げられているのでご存知の方も多いと思われる。そうした佃島の歴史については都史紀要・26「佃島と白魚漁業」に詳しく書かれているので興味ある人は参考にされると良いだろう。
佃島から大川端を散策し勝鬨橋に向かう。嘗てはカミソリ堤防により大川端の親水性が損なわれていたが、所々分断されているにせよ、親水性のある散策路が設けられるようになっている。勝鬨橋から川上を望む風景は、いつの間にかこんなに沢山の、、、という印象である。
勝鬨橋を渡りmasa さん御推奨の築地川岸のバラックを見学写する。
時計台にてaKiさん以外全員レディス・サイズのラーメンを啜り、アースダイニング@傳八に突撃する。その前に、傳八を激写するaKiさんであった。
と云うことで、昨日のテーマは"wakkykenプレゼンツ・アースダイビング環境社会学編"の打合せを兼ねた歓迎会でもあったのだが、それはさておき、爆笑の連続でした。帰り際に傳八オーナーのアキちゃんが顔を見せ、aKiさん共々久しぶりの再会を果たしたのでありました。(アキちゃんとはaKiさんが40年来、僕でも数えてみたら34年来のお付き合いでした。)
マサさんは母の妹、つまり私の叔母であるが、若くして結核で他界したので、母が語る昔話のマサさんの事しか知らない。この写真はマサさんが外務省に務めているとき、日本の働く婦人として米国の通信社の求めに応じて写したものだそうだ。もしかすると同じものが米国の通信社か新聞社に残っているかも知れない。
70年前の昭和11年の2月26日、勤め先の外務省から、マサさんは緊急事態で帰れなくなったとの電話が入り、当時の外務大臣・廣田弘毅をはじめとして職員共々、省内に缶詰めになり一昼夜を過ごしたそうだ。と云うことは2.26事件は未明に決起されている訳だが、その朝は外務省に出勤できたことになる。外務省が襲撃の対象となっていなかったのが幸いしたのだろう。それにしても女学校を出たばかりの娘の身を案じて祖父は気が気ではなかったらしく、こんな事になるなら勤めになど出すんじゃなかったとその日は一日悔やんでいたそうだ。それでも何事もなく翌日には公用車で無事に送られて帰ってきたそうである。
もしも、マサさんが結核に冒されず生きていたら当時の話を詳細に亘って聞けたと思うと実に残念である。まさに10年早くパス(結核の特効薬)ができていたらと思うのである。

今日は入試の試験監督に駆り出されました。試験三日目は平面構成の実技、試験を終えて大きな荷物を抱えてスクールバスに乗り込む受験生。今どきの美大受験生ですから道具は皆さん立派なものをお持ちです。
先のエントリー第三回アースダイビングのお知らせのコメント欄で通称「外苑東通り」について「東京の凸凹地図」の誤りについて指摘したところ、編集者から早速の誠意ある御詫びのコメントをいただきました。それで道路名称と云うか路線番号を調べてみると、路線番号と通称とが必ずしも統一されていないことが分かりました。まるで「道路名称の怪」です。不思議なのは「明治通り」です。僕は「明治通り」が環状五号線だと思っていましたが、どうも正式に環状五号線とは認定されていないようです。「明治通り」は古川橋から渋谷、新宿、池袋、王子、田端、三ノ輪、東向島、亀戸、新木場までの東京の環状道路の一つですが、路線番号を調べると幾つもの道路からなっています。例えば古川橋から渋谷橋までの「明治通り」は「都道416号・古川橋・二子玉川線」で、渋谷橋から王子までの「明治通り」は「都道・主要地方道路305号・芝・新宿・王子線」となりますが、「都道・主要地方道路305号・芝・新宿・王子線」の芝から恵比寿(渋谷橋)までは「明治通り」ではなく、地図には通称もありません。一方、古川橋から渋谷橋まで「明治通り」だった「都道416号・古川橋・二子玉川線」は渋谷橋から「駒沢通り」と通称を変えます。ん〜む、何が何だか解りません。都市計画地図ではない、一般用の道路名称をメインに正式な路線番号と「通称」そして「俗称」を明確にした道路地図があっても良さそうな気がします。
以下告知です。
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第6回出版UD研究会 (2006年1月27日(金)18:30〜20:30 開催)
ユニバーサルデザインにおける色覚バリアフリー
〜色弱の人に配慮したデザイン・色彩設計を考える〜
■ゲストスピーカー:
伊藤 啓 さん(東京大学分子細胞生物学研究所、NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構副理事長)
学校の教科書がオールカラーになったり、パソコンやデジカメの普及、印刷技術の発達などにより、カラーの出版物や印刷物は年々増加していると思われます。
そうした中、日本国内に300万人以上いるといわれている色弱の人にとって、バリアになりやすいデザインの事例も増えている可能性があります。
今回は、「色覚バリアフリー」をテーマに活動されている伊藤啓さんをゲストスピーカーにお迎えして、色弱の人に配慮したデザインや色彩設計のあり方について、出版やデザイン・印刷などにかかわる者が知っておきたい基本的なことをお話いただきたいと思います。
また、「カラーユニバーサルデザイン機構(CUDO)」の活動についてご紹介いただき、商品開発におけるメーカーとのコラボレーションの事例についてもお話していただく予定です。
■日時:2006年1月27日(金)18:30〜20:30(受付開始:18:00〜)
■場所:東京しごとセンター 5F 第2セミナー室
千代田区飯田橋3-10-3
交通機関:JR中央線「飯田橋駅東口」より徒歩7分。都営地下鉄大江戸線・東京メトロ有楽町線・南北線「飯田橋駅A2出口」より徒歩7分。東京メトロ東西線「飯田橋駅A5出口」より徒歩6分。
http://www.shigotozaidan.jp/map.html
■参加費:500円(資料代込み) ※当日、受付でお願いいたします。
■定員50名につき、予約制とさせていただきます。参加希望の方は1月23日(月)までに、下記アドレスに「お名前と所属先(勤務先、学校名など)」をお知らせください。
※定員になり次第、〆切とさせていただきますので、何卒ご了承ください。
ud6@dokusho.org
※問い合わせ先:
出版UD研究会事務局(読書工房内)担当/成松
(電話:03-5960-1662、ファックス:03-5960-1663)
☆出版UD研究会について…
2004年2月開催の「出版物のアクセシビリティを考えるセミナー 2004」(主催:公共図書館で働く視覚障害職員の会)、2005年2月 開催の「出版のユニバーサルデザインフォーラム」(主催:毎日新 聞社)を経て、それらの実行委員だった有志メンバー(出版・印刷・デザイン・図書館などの関係者)が、2005年7月よりおよそ月 1回のペースで定期開催している研究会。2006年6月まで継続の予定。これまで取り上げたテーマは、「拡大教科書の現状と課題」「LD(学習障害)と読書」「公共図書館における読書サポートの可能性」「青空文庫からのメッセージ」「iPodで読書できるか?」。
http://www.d-kobo.jp/ud-pub.htm
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昨夜のJR羽越線の脱線事故、「あまるめ」の地名が「あまるべ」に聴こえ、あれ、また同じ処で事故かと思ったら、山陰ではなく、山形の庄内町の「余目-あまるめ」だった。「余部-あまるべ」は兵庫県の日本海側、余部鉄橋で有名だが、やはり、1986年の年末の12月28日に回送列車が突風にあおられ転落事故を起こしている。一方の山形県庄内町は平成の大合併で今年の7月に余目(あまるめ)町と立川町が合併して誕生した町だ。庄内町のサイトを見ると悩みの種の強風を活かした風力発電を行なっている。今日も秋田では民家の屋根が突風で飛ばされた。日本海側の冬の天候の厳しさは想像を超えたものがある。
追記:本日(12/27)の東京新聞朝刊山形・庄内 特急脱線、風に苦しむ町の特集記事にも「余部鉄橋事故の教訓が生かされていない」とのコメントがあった。やはり事故を知って「余部」のことが脳裏に浮かんだ人が多かったのだろう。