July 22, 2008

WALL-E

wall-E.jpg

現在、全米で公開されるDisney-Pixerによるアニメ・WALL-Eが面白そうだ。このAppleのサイトには10のビデオクリップがあり、どれを見ても面白い。嬉しいことにiPhoneでも観られるファイル形式の予告編も用意されているのだ。そしてテーマ音楽は何故かあの名曲「ブラジル」なのだ。
WALL-E : Official Site
町山智浩/コラムの花道:映画『WALL・E』のお話

Posted by S.Igarashi at 09:01 AM | コメント (2) | トラックバック

June 20, 2008

アンジェイ・ワイダの...

ETV特集のアンジェイ・ワイダの「祖国ポーランドを撮り続けた男」を見た。独裁政権下での表現者として、支配者に見つからないよう権力批判のメッセージを込める手法は「悲劇のロシア」で放送された作曲家・ショスタコーヴィチに通じるものがある。
ところで、このアンジェイ・ワイダ:「カチンの森」は日本で上映されるのだろうか。

Posted by S.Igarashi at 11:03 AM | コメント (0) | トラックバック

April 08, 2008

Monty Python's Flying Circus

Monty-Python01.jpg

と云うことで古いモンティ・パイソンのLDの上にあるカートンボックスがMonty Python's Flying Circus日本語吹替版・DVD BOXである。Amazonの23%offに釣られてポチってしまった。DVD7枚組で合計22時間と7分、寝ないで見続けたら間違いなくアチラの世界に行けそうである。僕の好きなスケッチ(コントのこと)はSilly Walk(バカ歩き)、ホント最高にくだらない。迷惑メールの語源となった例のスケッチ"Spam"はエンドタイトルまで凝っているのである。そして世界的に有名なハリネズミのノーマンも忘れてはいけない。


てなことでAmazonのウィジェットを試してみたのだが...

ところで"Silly Walk"の"Silly"を辞書(左図をクリック)で引いてみたら、[語源は「幸福な」; 「ばかな」の意は16世紀から]とある。言葉の意味が転用される事例として日本語の「おめでたい」と共通している。16世紀と云えば近代の始まりであるルネッサンスも後期となり、いわゆるマニエリズムの時代、彼のシェイクスピアが登場している。英国特有の屈折したシニカルな表現のルーツが"Silly Walk"のレイヤに隠されていたのだ。
私がレイヤと云う概念を認識したのは1970年代の後半、モンティ・パイソンと略同世代の英国の建築家ピーター・クックの講演を聴いてからで、都市をレイヤと云う概念を使って分析していたのが新鮮だった。モンティ・パイソンは30分番組を幾つかのスケッチで構成しているが、スケッチは複数のレイヤで構成され、番組全体を流れる通奏低音のようなレイヤ、反復して使われるレイヤ、変奏されるレイヤ、等々、複雑で多様なレイヤで構成されているのである。それは都市と同様であり、まさに人間社会そのものでもあるのだ。

Posted by S.Igarashi at 11:30 AM | コメント (2) | トラックバック

March 12, 2008

My Blueberry Nights

mbn.jpg

ラブストーリーには余り関心はない方だが"My Blueberry Nights"はちょっと気になる映画だ。映画初主演のNorah JonesによるRoad movieと云うのがその理由だが、そしてRoad movieの音楽と云えばRy Cooderと云うことになるのである。こちらのサントラ盤もNorah JonesやRy Cooderの他にOtis Redding、Cassandra Wilson等々、実に多彩である。女性には土地に定住し誰かを待つと云うイメージが固定され、漂泊するイメージからは掛け離れた存在として位置づけられているが、そうした定説と、女性が主人公のロードムービーが果たして...監督は上海出身の王家衛だ、期待しよう。

Norah Jones

Posted by S.Igarashi at 05:31 PM | コメント (6) | トラックバック

January 16, 2008

文庫本のように...シネマを...

SOLARIS-USSR.jpg

12年前に「文庫本のようにしてシネマを持ち歩きたい。」なんて考えたこともなかった。DVDもiPod touch 100%に紹介されていた"HandBrake"を使えばiPod touchに最適化された"m4v"にエンコード可能だ。欠点はエンコードに時間が掛かることだが、それは深夜のオフタイムに、Macに一人で働いて貰えば済むことでもある。シネマは銀幕で見るモノと云うのは理想であるし、当たり前すぎる。ビデオやDVDで見るにしてもモニターのある場所と時間に拘束される。文庫本の場合は机に向かってかしこまって読む人は少ないだろう、家で読む場合もリラックスした姿勢で読むだろうし、場所や時間等の外的条件に拘束されないで読めるのが文庫本の良さでもある。
追記:Macworld S.F.2008で20世紀フォックスとアップル、iTunes Digital Copyを発表とある。「DVDにiTunesで再生できる映画を無料で収録」と云うことなので、これなら時間を掛けてエンコードする必要がなくなるのだが国内対応は...どうなるか。

と云うことで"iPod touch"で見るシネマであるが、スクリーンの小ささが長所にもなることが解った。銀幕で観るシネマは常にその一部分にだけ注意が注がれ、意識していない物は見ていない、いや見てはいるが脳に記憶として定着されることはない。"iPod touch"の3.5インチのスクリーンは視線を移動しなくても全体を注視することが可能だ。もちろん、この3.5インチのスクリーンで一時間も二時間も見続けるのは辛い、それは文庫本も似たようなもの、好きな時に休憩ししたり、中断したりする。それは何時でも続きが読めるからである。"iPod touch"も"iTunes"と同期することで、"iTunes"で見ていたシネマの続きを"iPod touch"で見たり、別な"iPod "を"iTunes"と同期してそれをDockに差して、テレビに繋いでその続きを見る、なんてことも可能なのである。
その昔、神保町の岩波ホールで見たタルコフスキーの「惑星ソラリス」のDVDを手に入れたものの、夕食後、テレビの前で三時間近く集中力を持続させるのは困難を極め、途中で白川夜船となること度々であったが"iPod touch"で20〜30分くらいずつ集中して見た方が、より内容に近づくことができた。(ような気がする。)これも新しいシネマ観賞法の選択肢の一つなのだろう。

SOLARIS-USSR2.jpg
「惑星ソラリス」の未来都市は東京であった。


SOLARIS-USA.jpg
ジェームス・キャメロン制作の「ソラリス」はミスキャスト...のような...。ジョージ・クルーニーは未だしも...他が...。


BLADERUNNER-DIRCUT.jpg
ブレードランナーのLDは日本公開の劇場版を持っていたが、DVDはディレクターカットの最終版、デッカードとレイチェルがアパートから逃避するエレベーターホールのシーンで終っている。

2001-space-odyssey.jpg
最近、このシーンをパクった携帯電話のCFがあったような。某有名建築家がこの無彩色なセットに触発されて、観念的なベクトルだけで構成された建築空間を構築しようと試みたことがありましたが、こうして見ると無彩色ではないですね。でも、当時は映画の封切りが終ってしまうと、それを確かめる術がなかった。

Posted by S.Igarashi at 05:05 AM | コメント (2) | トラックバック

September 18, 2007

かもめ食堂

9月16日東京新聞日曜版「名作を食べる」は群ようこ原作・映画「かもめ食堂」のロケ地に選ばれたヘルシンキはカハヴィラ・スオミ(カフェ・フィンランド)の『コーヒーとシナモンロール』だ。その記事によると、なんでもフィンランドは国民一人当りのコーヒー消費量は世界一だそうだ。私もコーヒーの消費量なら負けてない、それにシナモンロールだって好きだ。

ところで、昨晩と言っても時計が12時を回った本日の深夜だがメールに返事して母屋に戻り、新聞を見ると1時47分から映画「かもめ食堂」が放送されるではないか、睡魔に襲われ途中で寝入ってしまうような不測の事態を考慮しビデオ録画もしておいた。
映画「かもめ食堂」は昨年の暮れ玉井さんがおにぎりとおむすびのタイトルでエントリーして、それがわがやのお雑煮大会へと発展していった切っ掛けとなった映画だったので是非観たいと思っていた。

不思議な魅力のある映画だ。かもめ食堂の女主人・サチエの日常を緩やかに淡々と時の流れに逆らわず生きてゆく姿は観ていて気持ちが良い。

サチエは生に対して肯定的だ。
『ねぇ、ミドリさん、もし、明日、世界が終っちゃうとしたら最後に何をしたいですか。』
『そうですね、何か、すごーく、美味しいものが食べたいですね。』
『やっぱり、私もこの世の終わりの時には、ぜったい美味しいものが食べたいんですよね。』

サチエはブレない。
かと言って、頑固という訳でもない。
人の意見を聞き、それを試したりもするが、情に棹さして流されない。

サチエは何時までもクヨクヨと考えたりしない。
かもめ食堂に空き巣が入った。
捕まえてみたら、サチエに旨いコーヒーの入れ方を教えた男。
かもめ食堂の前に、ここで店を開いていた主人だ。
その店に置き忘れたものを無断で合い鍵を使って持ち出そうとした。
どうしたら良いものや、思案に暮れる一同を前に『お腹空いた。』と立ち上がるサチエ。
空き巣も混ぜて一同「おにぎり」を頬張り、一件落着。

サチエは関西人ではない。
当然、自分でボケたり、相方にツッコムこともしない。
ましてやイチビリではない。

サチエは他人のことを一々詮索しない。
不審に見える人が、外から店内を見つめていても、軽く会釈して微笑むだけ。
表に出て、理由を尋ねたり、追い払うことはしない。

サチエは冷たい人ではない。
デブ猫の「ななお」が死んだ時より、大好きなお母さんが亡くなった時の涙の方が少なかった。
オフタイムをプールで泳ぐサチエ、
泳いでいるとき、サチエはお母さんと一体化しているのだろう。

映画はワンシーンのカット数も少ない、カメラのパンもズームも必要最小限だ。
15秒のコマーシャルに1秒以下のカットを詰め込むだけ詰め込むコマーシャルフイルムとは対極にある映像だ。CGを多用する添加物だらけのハリウッド映画とも対極にある。

そんな「かもめ食堂」は無添加の映画である。

Posted by S.Igarashi at 02:12 PM | コメント (6) | トラックバック

July 28, 2007

SiCKO

SiCKO.jpg

ポッドキャスト・「大竹紳士交遊録」の【7月26日 おすぎ(映画評論家)】で取り上げられていた、マイケル・ムーアの新作・SiCKO(シッコ)が面白そうだ。米国の医療保障制度にメスを入れたこの映画、対岸の火事といって笑って済ませられない。米国に追従する日本政府の様々な政策をみると明日は我が身なのである。先日のCBSドキュメントの「冷遇されるホームレス」では病院から救急車に乗せられ無法地帯に放置される患者の実態に迫っていた。法治国家ならぬ放置国家アメリカの現状である。

Posted by S.Igarashi at 09:22 AM | コメント (2) | トラックバック

May 19, 2007

TALIESIN EAST

MyPlaceにエントリーされたタリアセン・ウェスト:TALIESIN WESTを見て、早速"Google Earth"で"TALIESIN WEST"まで飛んで行き、周囲を偵察していたら、もうひとつのタリアセン"TALIESIN EAST"はどうなっているのか好奇心が湧いて出た。丁度、Google Earthのサイドバーのレイヤに「AIA(アメリカ建築家協会)の特集コンテンツ」が組込まれていたのでそれを頼りに"TALIESIN EAST"( 43° 8'29.37"N  90° 4'13.30"W)まで飛んでみた。すると、低解像度の衛星写真の中に"TALIESIN EAST"が丘の上に漂着していた。このイメージはどこかで見たことがある。30年前に見たタルコフスキーの映画・惑星ソラリスラストシーンにイメージが重なって見えてきた。

Posted by S.Igarashi at 09:20 AM | コメント (2) | トラックバック

February 13, 2007

A Hard Day's Night

Apple Inc.とApple Corps Ltd.が和解したと云うことでThe BEATLESの楽曲入りiPodのスペシャルバージョンがリリースされるのではと噂されているが、探し物をしていたらこんなCD-ROMが出てきた。マルチメディア黎明期の1993年にVOYAGERからリリースされた"A Hard Day's Night"だ。てことでCD-ROMのムービーファイルが不可視となっていないので"m4v"に書き出してiTunesに取込みiPodに転送してみた。最小のムービーサイズだけどiPodにはジャストサイズだ。この"A Hard Day's Night"を、例えば電車の中で個人的に楽しむといっても、一時間半も液晶画面を見続けるほどの集中力もなく、途中で居眠りすることは間違いない。

Posted by S.Igarashi at 09:34 AM | コメント (7) | トラックバック

January 28, 2007

映画・不都合な真実

a-global-warning.jpg

映画「不都合な真実」を観てきた。書籍版・不都合な真実から想像していた以上に面白かった。と言うと語弊があるかも知れないが、退屈をする暇を観客に与えないアル・ゴアのプレゼンテーションの上手さには、ジョブズのそれとは違った意味で感心した。二人の共通点はプレゼンテーションに用いるツールにある。もちろん、それはMacとKeynoteである。余談はさておき、これは現代を生きる地球人は必見のドキュメンタリー映画である。そして、一人の孤高のエコロジストよりも行動する千人のプチ・エコロジストが求められているのだろう。

aki's STOCKTAKING:不都合な真実
東京大学気候システム研究センター:地球温暖化問題

Posted by S.Igarashi at 03:04 AM | コメント (4) | トラックバック

October 27, 2006

三池 終わらない炭鉱の物語

Miike.jpg

来年1月に「もんしぇん」を再上映するポレポレ東中野をネット検索したら、11月4日から「三池 終わらない炭鉱の物語」を再上映することを知った。三池炭鉱を産業遺跡として保存し、負の歴史も含めてそこで生きてきた人々の生活の実態を後世に伝える事は大切だろう。因みにドイツではエッセンのツォルフェライン炭坑遺跡群がユネスコ世界文化遺産に指定されている。

Posted by S.Igarashi at 09:45 AM | コメント (0) | トラックバック

September 29, 2006

もんしぇん・楽日

本日が上野・一角座でのもんしぇん楽日となりました。お見逃しのないように。
【上映開始時間】 11:00/13:40/16:20/19:00
一角座 東京都台東区上野公園13-9東京国立博物館内 TEL:03-3823-6757
因みに特別鑑賞券はJR上野駅の公園口改札手前左側の美術館・博物館の入場券売り場でも取り扱っています。
と云うことで、今日は用事があるので昨日・午後の回を見てきました。なにか試写室で見たフィルムと僅かに編集が違うような、、、気のせいかな。

「もんしぇん」と「一角座」
映画「もんしぇん」のイベント

Posted by S.Igarashi at 09:42 AM | コメント (7) | トラックバック

August 28, 2006

不都合な真実

AnInconvenientTruth.jpg

アップルの取締役だけでは物足りなかった「一瞬だけ大統領になった男の挑戦」とは「不都合な真実(An Inconveniant Truth)」を明らかにすることだった。

Posted by S.Igarashi at 11:37 AM | コメント (3) | トラックバック

July 29, 2006

映画・もんしぇん 公式サイト

monshen01.jpg

映画「もんしぇん」の公式サイトがオープンしました。
8月19日(土)より上野・東京国立博物館内の一角座にて公開です。

Posted by S.Igarashi at 02:12 PM | コメント (0) | トラックバック

July 13, 2006

時間の接着

著作権の失効した映画の500円DVDの販売を巡る裁判であるが、一昨日の東京地裁で格安DVD販売が認められた。裁判の争点は70年に引き伸ばされたミッキーマウス保護法であるところの改正著作権法がどの時点で適用されるかであった。その解釈をめぐって映画会社と文化庁側は「時間の接着」と云う猫だまし的な屁理屈をこねたが、あっさりと却下されてしまった。いくらなんでも大晦日と元日が同じ日なんてありえない、この屁理屈を通せば時効なんて幾らでも延長できるし、法治国家の根幹を否定することにも繋がる。どうやら、コイズミだけでなく、文化庁もハリウッドのポチのようである。
東京新聞7/13・筆洗

Posted by S.Igarashi at 09:00 AM | コメント (0) | トラックバック

June 01, 2006

もんしぇん

monshen.jpg

8月19日から東京国立博物館内「一角座」で公開されるシグロ制作・「映画 もんしぇん」の試写会に行ってきた。

お腹の子どもをひとりで生むことを決意した"はる"果てしない不安の中、偶然迷い込んだ小さな入り江。そこで彼女は不思議な老人たちに出会う。星がその命の終わりに自らを爆発させ、そのかけらが新たに地球の生命体に生まれ変るように、"いのち"は繋がっている。やがてそう気づいた"はる"は、ゆっくりと恢復してゆく。
そして、エンディングの曲「脈動変光星」に、この映画のテーマは凝縮され結晶化されているようである。と云うことで昨日はAkiさん、玉井さん、masaさんと共に『もんしぇん』応援団が結成されたのだ。

すべての映画はファンタジーである。但し、ドキュメンタリー・フィルムを除いてだが。「映画 もんしぇん」の監督・山本草介氏は、私が先々週に見た映画エドワード・サイード OUT OF PLACEの監督である佐藤真氏の元で演出助手を務めていた経験をもつ。つまり私は奇しくも師匠と弟子の作品を続けて観たことになる。映画に続いて書籍:エドワード・サイード Out of Placeも読んだが、文脈からも佐藤真氏のドキュメンタリー・フィルムに対する、そして取材した人々に対する誠実さが伝わってくる。そんな監督の元で修業した山本草介氏の第1回監督作品が「映画 もんしぇん」である。
パラレルワールドに迷い込んだ玉井夕海演じる"はる"が出会った現実と非現実の世界をフラッシュバックも多用せず、フィルム・エフェクトやコンピュータグラフィックスに頼らず淡々と描いているのは、ドキュメンタリー・フィルムで培ったものだろうか。昨今のコマーシャル・フィルム出身の映画監督作品のあざといまでの非現実な作り事世界に対し、現実と非現実の境界を曖昧にしたままファンタジーを描くのは、山本草介氏の世代では逆に冒険なのだろうか。尤も、我々が見ていると思い込んでいる現実世界も、脳内記憶が作り上げた想像世界でもある訳で、どこまでが現実世界なのか実は境界が曖昧なのである。
aki's STOCKTAKING:もんしぇん
MyPlace:もんしぇんの試写会
af_blog:もんしぇん

Posted by S.Igarashi at 11:25 AM | コメント (5) | トラックバック

May 13, 2006

エドワード・サイード OUT OF PLACE

来週からアテネ・フランセ文化センターで2003年に白血病で亡くなったエドワード・サイードの足跡を辿る『エドワード・サイード OUT OF PLACE 〜Memories of Edward Said〜』が上映される。制作・配給元は映画 日本国憲法送還日記シグロだ。シグロのNewsによれば映画 もんしぇんの公開日も決まったようだ。

Posted by S.Igarashi at 11:24 AM | コメント (3) | トラックバック

February 24, 2006

送還日記

玉井さんの計らいで金東元(キム・ドンウォン)監督の送還日記の試写を渋谷シネ・アミューズで見てきた。映画監督・森達也とのトークショー付きであった。送還日記サイトのあらすじに書かれているように、北からのスパイ容疑で逮捕収監され刑期を終え出獄した非転向長期囚が北へ送還されるまでの12年間を追ったドキュメンタリーフイルムである。そして、これは現代韓国の民主化の潮流を伝えるフイルムでもある。

1970年代後半のこと、知り合いの設計事務所で雑談をしていたときのこと、話題が韓国の建築になったとき、その事務所のボスが「いま自分が韓国に行ったら空港でスパイ容疑で逮捕されるのは確実だろうね。なにしろパスポートに北朝鮮のスタンプがバッチリ捺されているからね。」彼は建築設計の仕事でチョソン(北朝鮮)に滞在したことがあったのだ。韓国と北朝鮮は当時も現在も休戦中であって、あの朝鮮戦争は終結している訳ではない。70年代は戒厳令が施かれ夜間外出も禁じられていたし、それは20年近く前まで続いていた。
キム・ドンウォ監督はこの映画を支持する主な観客層は(1980年代の民主化運動を支えた)三八六世代だろうと考えていたそうだが、そうした世代を超え、保守系メディアの朝鮮日報までが好意的な批評を寄せていると云う。それはキム・ドンウォ監督が極く普通の生活者の目線で非転向長期囚に接し、時には彼らの人間性に共感し、或る時は頑ななまでの政治的姿勢に憤りを憶えたり、様々なことに悩みながらドキュメンタリーを編集していったからだろう。右翼からの嫌がらせや拉北者家族からの抗議は当然あるにしても、自らの力で軍部から民主主義を勝ち取った韓国民のプライドと南北統一の願いが続く限り、それ程遠くない将来半島に春が訪れるような気がする。互いに正当性だけを主張すれば相互の心にバリアを築くだけである。キム・ドンウォ監督の人柄が滲み出すフイルムである。

Posted by S.Igarashi at 09:33 AM | コメント (6) | トラックバック

February 11, 2006

ナサニエルの失われた時を求めて

「お父さん見てよ、僕こんなにローラースケートが上手くなったんだ。」
父に見守られているかのように、ソーク研究所中庭でローラースケートで遊ぶナサニエルはきっと11歳の少年に戻っていたのだろう。MY ARCHITECT A Son's Journeyを見てきた。建築家・ルイス・カーンの足跡を息子が辿るドキュメンタリー映画であるが、同時に家族とは何かを問う映画でもあった。カーンの葬式以来、ノーマン・フィッシャー邸のリビングで初めて顔を合わせる三人の子どもたちは、母親は異なるが父親は同じだ。座っている距離感が複雑で微妙な人間関係を表わしている。次のシーンでカメラはノーマン・フィッシャー邸の外観を捉えている。リビングの会話だけが聴こえる。「僕たちは家族かな?」「父親が同じだからって家族じゃないわ、お互いに気遣う気持ちがあれば、それは家族よ。」二人の姉は成長したナサニエルに父親の幻影を見たかも知れない。

蛇足その1:フィラデルフィアの都市計画でカーンと意見の相違から袂を別ったエドマンド・ベイコンがナサニエルが仕返しに来たと勘違いし、ファイテングポーズを取っていたのが意外性があって面白い。因みにこのシーンの背景にオルデンバーグの洗濯ばさみがちょこっと見える。ワーマンはこのことをジューイッシュ(Jewish)と云う出自故に疎外されたとみているようだ。furuさんもaf_blog: 「マイ・アーキテクト」でフィリップ・ジョンソンのインタビューを書いているが、あの話、映画を見た時は、以外とジョンソンは正直と思ったけれど、良く考えるとあれはリップサービスですね、そこがカーンとの違いで財産を残せるのでしょう。

蛇足その2:ルイス・カーンもイサム・ノグチと同様に越境者としての自覚があったのだろうか。ユダヤ社会にもWASPが支配するアメリカ社会のどちらからも疎外され、彼が帰属する場所・社会があったとは思えない。そのどちらでもない、ヒンズーのインドや回教のバングラディッシュで晩年の作品を残せたのは、宗教の枠組みを超えた思想・哲学を受け入れる度量が彼の国にあったということだろう。

Posted by S.Igarashi at 02:52 PM | コメント (2) | トラックバック

February 08, 2006

ピクサー・アニメーション・スタジオ

pixar.jpg

ウォルト・ディズニー・ピクチャーズに買収されることが決まったピクサー・アニメーション・スタジオであるがウェッブサイトに日本語のページが用意されているとは考えもしなかった。短編映画や長編映画(最新長編作品「カーズ」)の予告編等が見られる他、制作プロセス等が紹介されている。

Posted by S.Igarashi at 09:57 PM | コメント (0) | トラックバック

February 07, 2006

脈動変光星

PulsingStar.jpg
脈動変光星は天草諸島にある御所浦町の牧島を舞台につくられた今年公開される「映画 もんしぇん」のサウンドトラックはエンディングの曲だ。「映画 もんしぇん」を制作、出演している玉井夕海さんが作詞作曲そして自ら歌っている。mF247のサイトからダウンロードすると、直ぐにiTunesに取り込まれiPodを接続すればiPodに転送されるのが嬉しい。ジャケットの絵は「芸大の研ちゃん」こと海津研さんの作品である。

映画の舞台となった御所浦町の牧島には行った事はないが、天草には三角から小さな連絡船で渡ったことがある、もう30年以上前のことだ。何故、天草まで足を延ばしたのか、天草で何を見てきたのか、もう記憶にアクセスできない。それでも、天草の海と島々の風景、そして生活の足である連絡船はイメージとして記憶に残っている。

海津研さんがブログのエントリー「時間」について〜杉本博司展を見てで杉本博司の「海景」から触発された旨を語っているが、私も「海景」を見た時、その旅行の途中、有明海で体験した記憶が蘇ってきた。貧乏旅行故に熊本は荒尾の先輩の実家に投宿させていただいた。先輩も帰郷していたので、彼の高校時代の同級生らも集まり、球磨焼酎に酔いしれた後、酔いを醒しに夜遅く有明海の岸辺を歩いた。有明海はミルク色の霧靄がたちこめ、空と溶け合っていた。踏みしめる砂の音と波の音、時折海岸線と平行に走る鹿児島本線の貨物列車の光と音だけが現実との接点だった。真っ暗闇の中、水平線と霧靄のミルク色が強烈なイメージとして今でも焼き付いているのが不思議だ。

Posted by S.Igarashi at 02:14 PM | コメント (2) | トラックバック

January 14, 2006

MY ARCHITECT A Son's Journey

一昨日の新年会二次会でこの映画が話題になりました。S教授は是非とも学生に見せたい映画だが、映画館場所が問題と言います。それにレイトショーなのですね。まぁ、保護者引率ということで希望者を集め団体で観賞しに行くしかないでしょうという結論でしたが、まぁ社会見学にもなるでしょうね。と云うことで"MY ARCHITECT A Son's Journey"の上映期間中は建築関係者はこの付近での秘密めいた夜遊びはお控え下さい。お知り合いに目撃される恐れがあります。

Posted by S.Igarashi at 02:17 PM | コメント (10) | トラックバック

December 31, 2005

正月に読む本と見るDVD

BookDVD.jpg

ユン・チアンの前作「ワイルド・スワン」は上巻・下巻を一気に読んでしまったが、12年ぶりの新作「マオ」はそれよりも、ずっと分厚く上巻・下巻共、500頁を超える。果たして挫折することなく読了できるか否や。
モーターサイクルダイアリーズは封切り公開を見逃してしまった映画だ。山里にいるとこうした映画を見る機会に恵まれないのである。

Posted by S.Igarashi at 01:47 AM | コメント (0) | トラックバック

December 14, 2005

MY ARCHITECT・劇場公開決定

MY ARCHITECT.jpg

ずいぶん長い間待ちましたが、劇場公開は2006年1月28日からです。予告編だけでも期待が膨らみます。

Posted by S.Igarashi at 10:51 AM | コメント (0) | トラックバック

November 22, 2005

あらしのよるに

前触れもなく試写会案内のファックスが届いた。ファックスには「関係者様向け」と書いてあり、自分が何の関係者だか今一つ分からないまま、文部科学省教育映画・選定作品の映画「あらしのよるに」の事前試写会に行ってきた。原作となった絵本あらしのよるには本来なら天敵、つまり捕食関係にある狼と山羊との友情(愛情?)をテーマに描いた作品でシリーズ累計で200万部以上も売り上げたベストセラーだと云うことだ。原作を読んでいないので何とも言えないが、何か腑に落ちない。「ありえないことに希望を抱いても、その結果は絶望でしかない。」これが映画を見終わった後の偽らざる感想である。汚れきった大人である僕にとって「あらしのよるに」がファンタジー映画として成立していない理由は何だろうか考えざるを得ない。兎も角、原作はどんなものか本屋で調べてみることにした。この映画を見る前に「iCon Steve Jobs/スティーブ・ジョブズ-偶像復活」を読了してディズニーとピクサーの内幕劇を知ってしまったのがいけない、やたらとアニメーションの出来が気になる。

原作のは映画とは全く異なり、原作では主人公「メイ」も山羊らしく描かれ、作家の読者に対する誠実さを感じることができた。それにひきかえ映画のキャラクターデザインによる「メイ」は目が可愛らしすぎて、どう見ても山羊には見えない。デォフォルメするにしても特徴ある山羊の目を活かしたデザインにするのが道理であろうが、リアリティを無視することなんて何とも考えていないのだろう。映画制作に広告代理店や放送局や新聞社等のメディアが参入すると、企画段階から情報操作が行なわれているような気がしてならない。絵本と映画とは全くの別物であるが、作家が脚本を書いているところをみると、作家もこれで良としたしているのだろう。「赤頭巾ちゃん」の昔から狼は悪者と汚名を着せられ、羊や山羊は従順で弱く愛らしく守らねばならぬものとされ、強い者が悪、弱い者が善と決まり切った、ノー天気なまでの紋切り型で映画は作られている。こうした一方的な概念は、羊や山羊が商品や資産・資本、つまり富の象徴であり、狼はそれらの富を脅かす存在として悪なのである。羊や山羊が善、狼が悪というのは人間から見た資本主義的概念でしかありえない。主人公「メイ」の一見屈託のないブリッコは資本主義世界の中では時には愛らしくも見えるのだろうが、周りを不幸にすると云うことでは悪魔と紙一重の存在であろう。
映画宣伝チラシの『世界のあちこちでテロが頻発する現在、地球にも「あらし」が必要だと思ったのはぼくだけだろうか。』と石田衣良の言葉が紹介されているが、なんだろうね。
ありえないことに希望を抱いても、その結果は絶望でしかない。現実を見据えることでしか希望の扉は開かれないだろう。
まぁ、文部科学省教育映画ということだから、ホームルームのテーマには丁度よいかも知れないが。

Posted by S.Igarashi at 10:38 AM | コメント (2) | トラックバック

November 16, 2005

ブロガー試写会

アップリンク配給the CORPORATIONブロガー試写会にブログ友達でもあるakiさん玉井さんfuRuさんの三人が行ってきた。試写会招待の条件は自分のブログに記事を書き配給会社にトラックバックすると云うものだが、これは一人から二人、三人へとブログの力によって情報を人伝てに広めようとする意義のある試みなのだ。

aki's STOCKTAKING:The Corporation | ザ・コーポレーション
MyPlace:「ザ・ コーポレーション」試写会
af_blog:「The Corporation」-ブロガー試写会

Posted by S.Igarashi at 11:14 AM | コメント (0) | トラックバック

November 11, 2005

MY ARCHITECT A Son's Journey

myarchitect.jpg

2年前にエントリーしたLouis I Khanの映画がようやく渋谷で来春公開される。楽しみだなぁ。因みに、この渋谷にできるシネコンの5つのスクリーンの2つを桜丘町から移転してくるユーロスペースが使うらしい、"MY ARCHITECT"は「Q−AXシネマ」で上映の予定。東京新聞11/10、映画館“バブル”を生き抜くに、ミニシアターの現状が語られている。
MY ARCHITECT A Son's Journey

Posted by S.Igarashi at 01:01 AM | コメント (0) | トラックバック

November 01, 2005

the CORPORATION

CORPORATION.jpg

ロードショー公開する前に希望するブロガーに本編を見せてしまうという映画がある。今日はその試写会を見に渋谷のアップリンクまで行ってきた。試写会招待の条件は自分のブログに記事を書き配給会社にトラックバックすると云うものだ。映画の原作はジョエル・ベイカンのザ・コーポレーションである。映画は「NO LOGO」ブランドなんか、いらないのナオミ・クラインやノーム・チョムスキー、そしてマイケル・ムーア等、各界40人のインタビューによって構成されている。10月11日付けの東京新聞夕刊・マネーゲーム勝者は「怖いもの知らず」と題し、マネーゲームに勝ち抜くための条件が「サイコパス」の特性に酷似しているとのスタンフォード大学とカーネギー・メロン大学の共同研究を伝えている。映画「ザ・コーポレーション」は企業の実態を精神分析そしてサイコパス(人格障害)と診断を下した。その分析テストとは以下のようなものだ。
□他人への思いやりがない。
□人間関係を維持できない。
□他人への配慮に無関心。
□利益のために嘘を続ける。
□罪の意識がない。
□社会規範や法に従えない。
制作はカナダ、上映時間は2時間25分だが長いとは感じなかった。

映画で取り上げられている主なエピソード
○ボリビアの水道民営化を阻止した民衆運動
○ホンジュラスの労働搾取工場の実態
○インターフェース社の環境への取り組み
○ロイヤル・ダッチ・シェルの公害問題
○内部告発の値段:フォックス・テレビの事例
○ギャップ社の不当労働疑惑
○遺伝子組み換え食品に対するインドの環境保護運動家たちの取り組み

他にもIBMがナチス・ドイツの捕虜収容所の捕虜の(パンチカードによる)管理業務に加担していた疑いや、戦後日本でのDDT散布でジャップと云う差別語が飛び交う米国国内向けニュースフィルム等、差別、偏見、搾取、環境破壊等々、企業が犯す罪を事例をあげて糺している。

ノーム・チョムスキーは語る『民営化とは、公共機関を善良な人に譲ることではない。専制政治へそれを委ねることです。公共機関には利点もあった。損することも出来ます。別の利点があれば、損をしてもよかったのです。もし、国営の製鉄会社が損をしたら、他の業界へ安く鉄を売ればそれで済むのです。公営企業には後ろ盾がある。不景気でも従業員を雇え、そのために消費も伸び、景気回復につながるのです。しかし、民間企業では解雇せざるを得ません』

中南米ボリビアの米国企業・ベクテル社による水道事業の民営化では民家の屋根に降った雨も企業に権利があり市民は雨水さえも自由に飲むことが許されなかった。
民営化とはそういうものだ。いつか、道路も、川も、海も、空も、空気も、誰かの独占物となってしまうのだ。それは個人の命も自分のものではないことを意味する。既に米国では月の土地や火星の土地を売って金儲けしている輩がいる。彼らをサイコパスと言わずに何て言えばよいのだろうか。

一つの救いはケミカル系カーペット製造企業・インターフェース社CEOレイ・アンダーソンである。彼は過去において自社の製品が資源を搾取し環境を破壊していたことを認め、自らを有罪とし、資源のリサイクルを推進し、2020年までに100%持続可能(サスティナブル)な企業に生まれ変ることを宣言した。

かつて、JFKの父・ジョセフは金儲けの秘訣は法律で禁止される前に行動することだ、と嘯いていたが、JFKの暗殺は金融恐慌の時代に父・ジョセフによって煮え湯を飲まされ、無一文となった者たちの犯行と見るのは穿ち過ぎだろうか、この映画から何となくそんなことを考えてしまった。

"the CORPORATION"は資本主義社会を生き抜くためのサバイバル映画と云うことだ。

追記:民営化を英和辞典で調べると次の通りである。(Privatization:1 〈公的なものを〉私的目的に使う, 私物化する.2 〈公有[国有]の企業?財産などを〉民営[民有]化する, 私営[私有]化する.)
民営化には公有財産の市民による共有化と云う概念は含まれていない。つまり、公有財産を私的企業が独占するということである。

Posted by S.Igarashi at 10:31 AM | コメント (11) | トラックバック

September 03, 2005

Movie baton-3

昔は映画を見るには映画館で見るしかなかったが、1980年代になってからコンシューマ向けのビデオデッキの普及とレンタルビデオの登場で映画を見る環境が一変した。しかし、それから20年でビデオもレーザーディスクも既にレガシーなものとなってしまった。レーザーディスク・プレーヤーが健在な内にDVDにダビングすべきか諦めるべきか、それが問題なのだぁ。
ん〜★思い入れのあるベスト5★に絞るのは難しそうである。しかし、ビデオもなかった頃は見たい映画が何時でも好きに見られる訳もなく、遥か彼方にある手の届かぬものであった。逆に、現在では名画と呼ばれたものが廉価版DVDとして店頭に並べられているのを見ると複雑な気持ちになる。そういえば、僕がビデオデッキを買ったのは「真夏の夜のジャズ」がビデオ発売されたことが動機だった。
ふふふ、kawaさんも考え始めたぞ!

と云うことで、意志薄弱で絞り込めない私は、、、
7★思い入れのあるベスト5+5★順不同
1:「真夏の夜のジャズ」伝説と化していたこの映画を思いかけずに見ることができたのは1970年代前半の京橋の国立近代美術館フィルムセンターであった。
2:「ザ・ハーダー・ゼイ・カム」レゲエがテーマなのであるがジャマイカのB級活劇映画となっている。ギャングに追われるシーンはゴダールの「気狂いピエロ」を彷彿させる。
3:「未来世紀ブラジル」テリー・ギリアム の想像力の賜物。
4:「ブレードランナー」そういえば、目撃者ジョンブックスのヒロインもレイチェルだったなぁ。これも建築ではロスアンゼルスのブラッドベリー・ビルが使われていたり、デッカードのアパートにF.L.ライトのデザインモチーフが使われていたりとか、別な興味もある。
5:「気狂いピエロ」「勝手にしやがれ」も良いけれどこれは外せないかな。
6:「パリ・テキサス」そうか、この頃からライ・クーダーと仕事をしていたのだ。
7:「フェリーニのアマルコンド」ん〜、「道」とか「甘い生活」も良いけれど、「アマルコンド」は良いなぁ。沖合を豪華客船(映画ではハリボテ)が通過するので村中の人がボートを漕ぎ出し見送りに行くエピソードは、昔、横浜の大桟橋から出港するクィーンエリザベス二世号を見たことがあるので、あの気持ちはよく分かる。
8:「ノスタルジア」タルコフスキーも一本に絞り難いけれど、映像美ということでノスタルジアを、カンピドリオ広場での撮影許可を与えたイタリア当局の文化に対する許容度にも拍手。
9:「アンダーグランド」サラエヴォ出身のエミール・クストリッツア監督の公開中のライフ・イズ・ミラクルは未だ見ていないがアンダーグランドは面白かったなぁ。
10:「地獄に堕ちた勇者どもルキノ・ヴィスコンティも一本に絞り難い作家、どの作品もそうだがヴィスコンティにしか撮れない映画、頽廃を描かせたら彼の右に出るものはいない。1500円か、DVD買おうかな。

8★憧れの映画ヒーロー(ヒロイン)★
30年前くらい、渋谷の全線座で見たカサブランカのイングリッド・バーグマン。
小学生や中学生の頃は映画雑誌・スクリーンのグラビアで見るオードリー・ヘップバーンには何の魅力も奇麗とも感じなかったが、本物のスクリーンで見たオードリー・ヘップバーンは魅力的でした。
バーグマンもヘップバーンも年齢を重ねてもスクリーンから逃げなかったのは称賛に値。

9★夢の企画、あるいはもう一度みたい映画★
アラン・レネの「去年マリエンバートで」
ATG新宿文化で見終わって、新宿の雑踏を歩いている間にタイトルとイタリア式庭園の風景を除いてメモリーが失われていた。岩波ホールで見た同じ原作者と監督の「プロビデンス」も難解でしたが、ダーク・ボガードの台詞「ピー」だけは理解できた。
地獄の貴婦人」池袋文芸座でラストタンゴ・イン・パリと併映されていたのを途中から見たので全体のストーリーも題名もはっきりと記憶にないのだが、映画に使われていたアールデコのインテリアがピエール・シャローのガラスの家に似ているような気がするので確かめたいだけで、映画の内容には興味ない。あっ、主演のロミー・シュナイダーは好きな女優の一人です。

Posted by S.Igarashi at 12:47 AM | コメント (1) | トラックバック

September 02, 2005

Movie baton-2

と云うことで続きですが、
私、情報誌「ぴあ」の細かい文字を読むのがとても辛い、今日この頃です。
4★好きな監督★
20歳前後によく見たのがATG新宿文化だったので
ジャン・リュック・ゴダール
フランソワ・トリュフォー
ピエール・パオロ・パゾリーニ
フェデリコ・フェリーニ
ATG新宿文化なきあと、次にハマった映画館が神保町の岩波ホールで
ルキノ・ヴィスコンティ
アンドレイ・タルコフスキー
ですかね、、、
それとウッディ・アレンかな

最初に見たゴダールの映画は主演がジャン・ピエール・レオとシャンタル・ゴヤによる「男性・女性」で、当時メジャー配給されていたクロード・ルルーシュの「男と女」にタイトルが似ていたがゴダールの「男性・女性」を見た人は皆無に近かった。その後「勝手にしやがれ」「軽蔑」「気狂いピエロ」「アルファヴィル」「ウィークエンド」「中国女」と立て続けに見た。特に「気狂いピエロ」ラストのランボーの詩が流れるシーンはガキには刺激的だったね。またモラビア原作の「軽蔑」はイタリア合理主義を代表するグルッポ・セッテ(7)のアダルベルト・リベラ設計の岸壁に建つヴィラ・マラパルテが舞台になっている。何の予備知識を持たずに「軽蔑」を見た時、ブリジット・バルドーよりもこの建物に心を奪われてしまった。

フランソワ・トリュフォーはリアルタイムでは見られなかった突然炎のごとくが良い。

ピエール・パオロ・パゾリーニアポロンの地獄 を見たときは未だ十代でした。同じギリシャ悲劇の「オイディプス」から着想を得たのが松本俊夫監督の薔薇の葬列でATG系(アートシアターギルド)で封切られた。時期が「アポロンの地獄」の直ぐ後だっただけにパクリと見なされたのは不運だけど、「アポロンの地獄」よりもっと暗くじめじめしている。話題はピーター(池畑慎之介)の映画デビュー作だけ。この時代のATG系作品は大島渚をはじめとして、ほんとに暗かったなぁ〜。そういえば宇多田ママが十五、十六,十七とぉ〜♪、と唄っていたのは此の頃だっけ。

フェデリコ・フェリーニサテリコンも2年くらいのタイムラグはあるがアポロンの地獄 と同時代の映画と言って良いだろう。ん〜、今考えるとこんなに濃い映画を見ていたのか、ゲップ。

ルキノ・ヴィスコンティの映画を最初に見たのはアルベール・カミュ原作の「異邦人」だったが、マルチェロ・マストロヤンニが自分の中の原作のイメージと合わなかったので監督の名前までは記憶に残らなかった。その次に見たのが「家族の肖像」で、それからヴィスコンティにはまっていった。

アンドレイ・タルコフスキーも最初に見たのが惑星ソラリス だから監督で見にいったのではなくSF作品として見た。鏡、ストーカー、ノスタルジア、そして遺作のサクリファイスと西洋思想の四元素(土 気 火 水)の中でも特に「水」への執着が強い。タルコフスキーの映画は再生のメタファーである「水」がキーワードであり、彼の映画には常に「水のメタファー」が通奏低音としていつも浮遊している。

ウッディ・アレンのインテリアは独りよがりのインテリアデザイナー・建築家への悪意が込められていてシリアスドラマだけど面白い。

5★好きな俳優★
レイモンド・チャンドラー原作の映画・さらば愛しき女よで私立探偵フィリップ・マーロウを演じたロバート・ミッチャムの草臥れた中年男ぶりが良い。

6★好きなジャンル★
こうして見ると「SF」かな、スラプスティックも好きだけどなぁ。

以下、続く。

Posted by S.Igarashi at 10:13 AM | コメント (3) | トラックバック

September 01, 2005

Movie baton-1

fuRuさんの「Movie batonだよ?」・・・ということでを読んでみて、さて自分はどんな映画を見て、それから影響を受けたのだろうかを考えるには良いテーマかもしれないと思い、それに乗ってみることにした。

質問内容は下記の通り。
★一年に何本映画を見ますか?★
★初めて見た映画★
★最近見た映画★
★好きな監督★
★好きな俳優★
★好きなジャンル★
★思い入れのあるベスト5★
★憧れの映画ヒーロー(ヒロイン)★
★夢の企画、あるいはもう一度みたい映画★

と云うことで、古い記憶にもアクセスしなければいけないので、一度でなく数回に分割して書くことにする。

1★一年に何本映画を見ますか?★
南大沢にシネコンができてからレイトショーの時間帯の安い料金で見ることが多いが、ここは東宝系なので必ずしも見たい映画が掛かるとは限らないのが残念。最近は年に2〜4本くらいでしょうか。

2★初めて見た映画★
7歳まで住んでいた足立区梅田では物心が付かないうちから映画館に行っていたそうである。母によればジョン・ウェインの黄色いリボンは母の背中におぶさって見たそうだが、もちろん映画を見たという記憶はない。邦画系の梅田シネマでは主にチャンバラ映画、当時のスターは東千代之介だった。「蛇姫さま」なんてタイトルを覚えている。洋画系の大原館では元祖「宇宙戦争」を見た。他にもタイトルは覚えていないがB級のSFホラー映画なども見ていた。
高校生になってから新宿に出掛けて初めてみたのがソヴィエト映画の戦争と平和だった。この映画がきっかけでトルストイの原作を夏休みに読破。
高校三年の時、ATG新宿文化で初めて見た映画は華氏451だった。レイ・ブラッドベリのテーマに引かれて見に行った映画だったが、その後フランソワ・トリュフォーをはじめとするヌーベルバーグをみるようになった。

3★最近見た映画★
EPISODE-III
第一回目はここまで。

Posted by S.Igarashi at 03:09 PM | コメント (3) | トラックバック

July 20, 2005

THE ART OF STAR WARS

ということで招待券を入手したのでTHE ART OF STAR WARSも見てきた。THE ART OF STAR WARSは昨年、京都国立博物館でも開催されているが、そのとき"EPISODE-III"についてどのくらい情報公開されたのだろうか、いずれにしても今回は"EPISODE-III"完成後の"THE ART OF STAR WARS"なのでシリーズ6作を網羅した図録の完成度は高いと思われる。今回の会場は目黒美術館と東京フォーラムに分かれて、目黒美術館のコピーは「ダースベイダーの誕生」と云うことで主に"EPISODE-III"の登場人物のキャラクターにフォーカス、東京フォーラムのコピーは「リアルサイズのスターファイター」として乗り物等にフォーカスしている。どちらもマニア垂涎のお宝で溢れているが、目黒美術館ではそうしたマニアやオタクの行動心理を警戒しての措置なのだろうか、係員がのべつ幕無し「携帯での撮影や展示物に触れることは固くお断りします。」「ガムなどの会場内での飲食はおやめください。」と喋りながら会場内を巡回すること喧しいかぎりである。聞いた話であるがマニアからの質問や指摘は西洋美術や現代美術を学んだ学芸員の知識を遥かに超えているそうで、誰も答えられないとか。

Posted by S.Igarashi at 10:07 PM | コメント (1) | トラックバック

July 19, 2005

EPISODE-III

EPISODE-IIIを見た。「マンガだからしょうがないさ。」とは昭和30年頃、足立区梅田界隈をテリトリーとしていた紙芝居屋・通称とんちオッサンの口癖だが、今ならジョンカビラのハイテンション・フレーズ「いいんです!」と云ったところだろう。自然科学的に見れば問題の多い数々のシーンも、「いいんです!スターウォーズなんです!」で済ませることができる。しかし、ダークサイドに引き込まれるアナキン・スカイウォーカーの葛藤が描ききれておらず、余りにも稚拙な演技と安易な演出と言わざるを得ない。仮にそれが、ダークサイドに堕ちてゆくアナキン・スカイウォーカーに観客が感情移入しない為の配慮だとしても戴けない。が、そうした不満はあるにせよ1977年の第1作から見てきた者にとって"EPISODE-III"によって埋まらなかったジグゾーパズルのピースが見つかり全体像を見た思いである。これでようやく28年ぶりに胸のつかえが下りたのだ。

スターウォーズ第1作の1977年と云えばAppleII発売の年でもあり、Apple創立の年でもある。Appleの歴史の中で、しばしばスターウォーズが引用されIBMやIntelがダークサイドに見立てられてきた。嘗てはダークサイドに見立てたIBMともPowerPCで提携し、今度はIntelのチップを採用することが決まった。それが28年の歴史の流れでもあるのだろう。
STAR WARS Japan.com
THE ART OF STAR WARS

Posted by S.Igarashi at 10:22 AM | コメント (0) | トラックバック

June 26, 2005

チョムスキー9.11 Power and terror

チョムスキー9.11 Power and terror
チョムスキーは楽天家なのだ。9.11以後のインタビューと講演が収録されたこのDVDを見てそう思った。それは彼の言語学者としての研究と思索から生まれたものだろう。人の言語能力は先天的に備わったものだとするチョムスキーは人種・民族・文化の壁を超えて人々はコミュニケーションできると信じている。「世界は悪い方向に向かっているのではないか?」との聴講者の質問にも「そんなことはない」と言い切る。ベトナム戦争批判に立ち上がった当時に比べれば言論の風通しは少しずつ良くなっている。「サッコとバンゼッティの悲劇」も「奇妙な果実」も「マッカーシー旋風」も過去の出来事となりつつある。チョムスキーが職を失い国外追放されないこともアメリカの民主化が以前より良くなっていることの証なのだろう。物事に悲観せず諦めず継続することの大切さと可能性を信じる勇気を与えてくれるDVDである。

チョムスキーは東京裁判についても語っている。日本のA級戦犯は紛れもなく戦争犯罪人であるが、東京裁判そのものについては茶番と切り捨てる。何故なら、連合国側の戦争犯罪行為が問われなかったからである。更にニュールンベルグ裁判に於いて何が戦争犯罪に該当するか定める会議において、その根拠になったものは、ナチスドイツが行った戦争行為の方が多く、連合国側が行わなかったもの(或いは少なかった行為)が戦争犯罪と見なされた。その逆に連合国側が行った戦争行為の方が多く、ナチスドイツが行った戦争行為の方が少なかったものは戦争犯罪と見なされなかった。その典型的なものが市街地空爆である。第二次世界大戦末期、既に空軍の戦闘力を失っていたドイツ空軍に対して連合軍側は市街地空爆を断行し降伏へと追いつめた。それは日本においても同様である。1945年3月10日の東京空爆に始まり、日本の主要都市を空爆、最後にヒロシマ、ナガサキに原爆を投下、明らかに、女性、子供、民間の非戦闘員を巻き込んだ無差別殺人の戦争犯罪行為であるが、ドイツも日本も連合軍を上回る空爆を行わなかったので、空爆は戦争犯罪と認定されずに今日に至っている。それ故、アメリカはベトナム戦争北爆、アフガン空爆、イラク空爆と反省もせず無差別殺人を繰り返すのである。

Posted by S.Igarashi at 10:55 AM | コメント (0) | トラックバック

March 27, 2005

A VERY LONG ENGAGEMENT

戦争には勝者も敗者もいない、殺された者と生き延びた者がいるだけだ。
映画『ロング・エンゲージメント』を見た。フランス映画だと思っていたが、制作配給がワーナーブラザーズによるアメリカ映画である。原作はセバスチアン・ジャプリゾの"Un long dimanche de Fiancaille"(婚約者の長い日曜日)邦題「長い日曜日」である。恐らくはワーナーブラザーズ制作ということで、英語のタイトルになっているのだろう。映画は「アメリ」のジャン=ピエール・ジュネ監督とオドレイ・トトゥの主演ということから解るように、アメリカ映画であるが監督も出演者もフランス語圏の人々で固めている。例外は脇役として出演しているジョディ・フォスターだけである。
エンゲージメント(婚約)はフランス語的に発音すると「アンガージュマン」と言うらしい。広辞苑第五版によれば【アンガージュマン:(約束・契約・関与の意) 第二次大戦後、サルトルにより政治的態度表明に基づく社会的参加の意として使われ、現在一般に意志的実践的参加を指す。】とある。このタイトルが世界共通だとすると婚約者を"Fiancaille"から"ENGAGEMENT"に変更した理由に監督の思惑が隠されているのかも知れない。

長い日曜日とは第1次世界大戦の真っ只中、1917年1月の或る日曜日、フランス北部でドイツ軍と交戦しているフランス軍の最前線の塹壕「ビンゴ・クレピュスキュル」で起きた5人の戦争犯罪者の処刑(みせしめのリンチもどき)に隠された事実をオドレイ・トトゥ演ずるマチルドが明かしてゆくミステリーである。
映画は婚約者の生存を信じるマチルドのミステリー・ラブロマンスを前面に宣伝しているが、監督が描きたかったのは20世紀初頭の徴兵制度によって一般市民を飲み込んでゆく近代戦争であろう。それは封建国家に取って代わった国民国家という近代が生み出した国民的同一性という幻想や近代的神話が内包する矛盾でもある。

共同通信の従軍記者として戦地で取材した事の或る作家・辺見庸が戦場のイメージを「赤い薔薇」に例えていたが、マチルドの婚約者・マネクが隣りにいた兵士を直撃した砲弾によって「赤い薔薇」を全身に浴びるシーンを見て辺見庸の例えがその通りなのだと思った。とにかく、アメリカ資本で作られた映画なので火薬の量が半端ではない。目を覆いたくなるシーンも多いが、戦前の軍国主義へと回帰しようとする風潮を思うと是非見て欲しい映画である。

Posted by S.Igarashi at 11:30 AM | コメント (0) | トラックバック