
明治初期から中期の「迅速測図」による歴史的農業環境閲覧システムが公開されたが、こちらはそれより少し前の時代。
国立国会図書館のサイトはデジタル貴重書展で見られる大日本沿海輿地全図の武蔵・下総・相模(用紙サイズ117.5×187.0cm)である。流石に国立国会図書館らしく部分的にこのサイズまで拡大することが可能になっている。惜しむらくは、サイバースペース化された国立国会図書館の解り難いこと、目的の場所に辿り着くのが困難なデジタル迷路のようである。
GoogleMap で Wallpaperを作ってみた。フランス東部はスイス国境に近いアルク・エ・スナンの「ショーの製塩工場」を含む一帯、まさに地形は地球の皴である。この航空写真を見つめているとその歪んだ皴によって平衡感覚が乱され眩暈を伴う不思議な浮遊感に包まれる。
今日(4/19)のテレビ東京系「美の巨人たち」(PM10:00〜10:30)はクロード・N・ルドゥーの「アル=ケ=スナンの王立製塩所」だ。地名を冠にした名称(Saline royale d'Arc-et-Senans)もフランス語を仮名表記すると「アル=ケ=スナン」と「アルク・エ・スナン」と翻訳者によって微妙な違いがあるようだが、「ショーの製塩工場」と覚えた世代にはどちらも舌を噛みそうである。
GoogleMap( 47°2'6.00"N 5°46'37.26"E)
NHK 世界遺産の旅:【アルク・エ・スナンの王立製塩所】
36年前くらい高木事務所に入って一年ほどは八重洲のジャノメビルの裏通りにあるビルに通っていたので、京橋は目と鼻の先の行動範囲であったが、この欄干親柱・柱頭をまじまじと見つめたのは初めてのことだ。そう云えば36年前にはこの建物は無かった。だから意識することもなかったのかも知れない。ところで、この親柱・柱頭のデザインリソースは何から引用したのだろうか。もしも、欄干親柱の柱頭が普通に擬宝珠 (ぎぼし)だったら、相似形はあり得ないだろう。因みに北側の橋詰跡には擬宝珠付き親柱も復元保存されている。(京橋川:川の地図辞典56頁参照)
GoogleMapの解像度が多少向上したので、今まで識別不能だったVilla Barbaro の形状が漸く確認できるようになった。と云うことで2008年は建築家"Andrea Palladio"の生誕500年なのでGoogleMapでPalladio tourを企画してみた。400年程の時代の差があるが同郷の建築家と云うことで、ちょっとだけ"Carlo Scarpa"も加えてある。
GoogleMapで"Palladio Tour in Veneto"を開く。
今まで書いた"Andrea Palladio"(アンドレア・パッラーディオ)に関するエントリー。
August 26, 2005 Rotonda
August 29, 2005 マゼールの館
January 06, 2006 Anaglyph
January 10, 2006 立体写真集 NIPPON・明治の日本を旅する
February 06, 2007 完璧な家
May 06, 2007 Santa Sofia
cruasanさんの地中海ブログ・ 旅行記:建築に"Palladio Tour in Veneto"で紹介したパラーディオやスカルパの作品についてのエントリーがあります。
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いつか見に行きたいGiulio Romanoの"Palazzo del TE"も加えてしまいました。あまり大風呂敷を広げずに、このマップはポー川より北の範囲に留めて置かねばいけませんね。
と云うことで昨日は之潮主催の「川の地図辞典・出版記念ウォークと懇親会」に参加した。ウォーキングルートは上図のJR駒込駅南口から巣鴨まで谷田川跡と本郷台地の縁に点在する神社仏閣や墓地等の史跡を著者の菅原健二さんの案内で訪ね歩くと云うもので、山手線に沿って谷を下り、谷田川に架かっていた鉄橋の下を潜ると、アースダイビング開始である。
追記:ブラウザによってクラッシュする場合があり、GoogleMapの直接貼込みを止め別ウインドウで開くようにしました。
GoogleMapでは地形を読むことは不可能なので数値地図から凸凹地図を作成した。下が本郷台地で上が上野台地、その台地に挟まれた谷に谷田川が流れ、水田が広がっていた。(こちらも参照にTake The "A" Tramのmasaさん作成:広域凸凹地図)
画像をクリックで拡大
凸凹地図に辻潤の「ふもれすく」を追加
こうして見ると多くの神社仏閣が台地の縁やいわゆる半島や岬部分に位置していることが解る。中でも妙義神社の場所は半島そのモノの形状を示している。
染井坂を上り右に折れると新義真言宗の西福寺、ここに染井吉野の里の石碑と将軍吉宗の御用植木師・伊東政武の墓所がある。その西福寺の隣は染井稲荷があり、嘗ては真言宗と稲荷信仰の結びつきが強かったことを示している。再び谷に下り染井銀座から染井霊園の脇を通り、慈眼寺、本妙寺を散策し、豊島市場脇の谷田川の源流付近を確認し、中山道を渡り高岩寺(とげ抜き地蔵)へ、巣鴨地蔵通り商店街入り口の真性寺境内で記念撮影し一旦解散、懇親会参加者は4時から酒宴、河岸を変えて宴会は二次会へと続くのである。乾杯!
追記:谷田川の下流である藍染川についても多少話題になりましたが、ミツカン水の文化センターの機関誌「水の文化」第15号「里川の構想」に『森まゆみ・陣内秀信 現代都市の「里という居住地」とは』と云う対談で、森まゆみさんが土地の人々から聞き取り調査した藍染川の昔の様子が詳しく紹介されています。因みにPDF版も用意されているのでプリントして読みたい人はこちらのリンクから。
PDF版「里川の構想」
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例によってJedi-memberによる同時多発エントリーが始まったのである。
af_blog:川の地図辞典 記念ウォーク
Kai-Wai 散策:とげぬきフォント
Kai-Wai 散策:『川の地図辞典』出版記念ウォーク
aki's STOCKTAKING:川の地図辞典・出版記念ウォーク
東京クリップ:二連ポンプ:谷田川を行く
simple pleasure 2:東京は起伏に満ちている
Across the Street Sounds:春うらら、「川の地図辞典」出版記念ウォーク
Blog版「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔発」:「『川の地図辞典』出版記念ウォークとJEDI」
「図説 江戸・東京の川と水辺の事典」へのわきたさんのコメントから派生したこのアイデア、 運転手・AKi さんまで巻き込んで面白いことになりそうである。と云うことで新たにエントリーを設けることにした。(数値地図に首都高と高速道路だけ表示・クリックで拡大)
参考文献:東京の地理がわかる事典・240頁参照
高島平に住んでいた頃は八王子に車で帰る際(首都高の料金が500円だった時までは)よく首都高を利用していた。五号線から竹橋ジャンクション、三宅坂ジャンクションを経由して四号線に入り、三鷹の料金所から中央高速で八王子までのコースである。未だ免許を取ったばかりで余裕のない頃は運転するだけで目一杯だったが、慣れてくるに従い、身体に受ける加速度が地形の変化から生じていることに気付いた。地図を広げて首都高を見ると江戸東京の失われた河川や堀割、崖線、谷戸等の地形に沿って首都高がトレースされているのが分かる。そして江戸東京から内藤新宿を抜けて西向かって車を走らせると、視界を遮るものが減って、タイムスリップして古代の武蔵野台地を疾走しているような妄想がひろがる。
地上の一般道では、地上を埋め尽くしたビルに視界と地表は遮られ、嘗ての地形を認識することは益々困難になっている。江戸東京の景観を破壊したとされる首都高に、江戸東京の地形が記憶されているのが何とも皮肉である。逆説的に言えば日本橋を巡る景観論争で首都高を撤去することになれば、江戸東京の地形の記憶が永久に失われることにも成りかねないのである。

と云うことで「川の地図辞典」を手にして最初に調べたことは、私の生まれたバラックの前を流れていた堀割の正式な名称である。だが残念ながら「川の地図辞典」(P380〜P382)には掲載されていなかった。尤も足立区北部、草加市との都県境を流れる毛長川と荒川放水路とに挟まれた低湿地帯に嘗ては数多くの堀割が縦横に設けられ、それらの多くは農業用水路として機能していた事を考えると、無名の堀割もあるだろうし「川の地図辞典」にそれら全てを網羅することは到底無理と考えられる。頭の隅に微かに記憶されていた「梅田堀」をキーワードにGoogleで検索すると位置を特定できる情報が三つ程見つかった。
一つは西新井駅近くの梅田堀親水水路、そして生家に隣接した梅田稲荷神社について書かれた下記の文言。
5丁目9番にある。社殿の左側に禊教の教祖井上正鉄と妻の安西男也の墓が二人の高弟の墓とともに並んでいる。ほかに神社の玉垣に沿ったところに庚申塔と外荒神の2基を祀った庚申堂がある。もと梅田堀の端にあったものを地元の人々がここに安置したもので野仏の保存が図られている。文久元年(1861)九月銘の漱盥石がある。
上の写真の撮影場所をiPodtouchの空撮写真で見るとGoogleのロゴ付近から北の方向(西新井方面)を写している。右手の緑は梅田稲荷の社務所、鉄骨3階ALCのマンションが母の実家の池があった場所。生家の前の道は梅田堀を暗渠化して歩道を設け、更に車道を広げ、片側一車線の対面交通としたようである。梅田堀上の歩道のポールは嘗ての湿地帯を表徴するものだろうか。写真左手のマンション付近も50年前は溜め池があり、夏はシオカラトンボが池の上を飛んでいた。
追記:上記写真は昨年一月、西新井大師から荒川放水路までアースダイビングした時のモノです。因みにmasaさんが発見したサビオウの前は本木堀が流れていました。
次回「川の地図辞典-3 Jediへの道」へ続く。
Macにはカシミールのようなパブリックドメインの数値地図ビューアはないと云うのが俗説になっていたが、それがガセネタだったと日本地図センターで数値地図ビューアを買ってから気付いた。画面は昨日、日本地図センターから送られてきたものだが、同じものがシェアウェアとしてリリースされていることを昨日知った。その差額8,500円也、数値地図データ一本買ってお釣りが貰えるのだ。遅かりし、である。と云うことでMacで数値地図が見られないというのはガセですから、Macで数値地図を見たい人はシェアウェアを手に入れましょうね。
追記:VectorWorks11.5への取込みを追加しました。
ということで、日本地図センターは注文があってからCD-ROMに焼いてパッケージしているだけで、他には何もマニュアルさえも付けていないのである。やっぱり、御役人商売ですね。
それはそうと、VectorWorksで読み込める筈の数値地図50mメッシュもVectorWorks11.5では読み込めない。これもVectorWorksのマニュアルには読み込めるファイル形式等の具体的な解説らしきものがなく、通り一遍のコマンド紹介だけである。(後で分かったことであるが、マニュアルには書いていないが数値地図データコンバータでデータを変換してから取り込む。)
「数値地図ビューア」の機能であるが、まださわりだけで熟知していない。これが各種設定のコマンドメニューである。
画面表示の拡大縮小
補助機能として、鳥瞰図などの様々な画像が取り出せる。
ということで、高尾山を見てみると、旧甲州街道の小仏峠は地形に対して素直に通っている。えっ、どこが高尾山か小仏峠か分からない、横山丘陵の先で、相模湖の手前です。尚更、分かりませんか、すみません地元ネタです。
GPSデータについては上記のように取り扱うそうです。
これが、VectorWorks11.5に取り込んだ八王子の数値地図5mメッシュ(標高)のデータです。
データは50メートル間隔の3D基準点に変換されています。高尾山の山頂はこの地図データにはなく隣の与瀬(相模湖)に含まれている。
数値地図5mメッシュ(標高)データの取込みです。1つのファイルは10km四方に50mのメッシュで緯度、経度、高度のデータがあります。