March 31, 2006

MacPaint Art

Woodcut.jpg

"MacPaint"の最初のユーザーSusan Kareによって初代Macintoshのデモ用に描かれた"Woodcut"は橋口五葉の木版画「髪梳ける女」を素材にしたものだが、他にカタログに使われた"Sneaker"等が"MacPaint Art"のルーツであるが、日本の"MacPaint Artist"と云えばakiさんを置いて他に考えられない。

Posted by S.Igarashi at 10:08 AM | コメント (6)

March 30, 2006

シリーズ「大人の遠足」

tokyo1TV.jpg三井不動産のWorkers' Forum MOCが提供するネットビデオ配信TOKYO1.TVシリーズ「大人の遠足」であるが、都市の歴史等を探訪するに相応しく、街並み、歴史、施設、文化情報から古地図や昔の写真などの資料も豊富で詳しい。ちょこっとミニダイブする前に調べておくと役に立つ情報が満載されている。もちろん、ダウンロードしてビデオ(Windows Media Player)で見ることもできる。なんと言っても坂が多く起伏豊かな微地形の文京区と港区の情報が豊富なのだ。とは云っても「大人の遠足」は文芸評論家監修による正統な文学系であり、縄文系アースダイバー派とか景観系スリバチ派や路上観察系トマソン派とは一線を画しているようだ。

Posted by S.Igarashi at 10:29 AM | コメント (4)

March 29, 2006

REVOLUTION in The Valley

akiさんが3月12日にエントリーしたREVOLUTION in The Valleyを読み始めた。昨年の4月8日に"REVOLUTION in The Valley"を上梓したばかりのA・ハーツフェルドへのインタビュー記事を忘れないようエントリーしておいたが、迂闊にも既に翻訳本が出版されたことに気付かなかった。
とても、面白い本だが固有名詞が全てアルファベット表記だったり、それなりに専門的な記述も多く、万人向けとは言い難い内容ではあるが、Mac誕生にまつわる裏話としてiCon Steve Jobsと重ね合わせ読むと面白さは倍増するだろう。

日本国内でMacが2万台(たった!)を超えたのは87年の春先くらいだったと思う。やはり前年にMacPlusがリリースされAppleによって正式に日本語化されたことが大きい。そしてMacユーザー向けの定期刊行物が発行されるようになったのもこの年だと思う。その頃、Macに出会ってコンピュータの方向性を確信した人達にとって、この"REVOLUTION in The Valley"は秘蔵のトピックがギッシリ詰まったオモチャ箱のようだ。あのコマンドを表わすマークはSusan KareによってSwedish Campgroundのシンボルを16ドットのアイコンにしたものだったとは知らなかった。MacOSX Tiger のプルダウンメニューにスウェーデンのキャンプ場が沢山あるなんて、とても愉快だ。そして、なによりもMacがウォズの文化的遺伝子を受け継いだバレル・スミス(表紙のMacを抱えたビル・アトキンソンの隣でキーボードに手を掛けている。)によってロジックボードがデザインされていることだ。さらに"REVOLUTION in The Valley"はA・ハーツフェルドとバレル・スミスの友情の物語でもある。
このWikipediaのサイトUpplysningsmarkenにコマンドの元ネタを発見したが、何と書いてあるのか読めない。
こんな標識もあった。こんなサイトこんなサイトもある。そして、やっとこのサイトで"Sights of interest"の意味だと分かった。ドイツ語を英訳すると"Objects of interest"となる。やれやれ。
どうやら、ルーツはこんなAncientCelticCrossceltiquesのケルト文様ではないだろうか。


因みに私は一昨年のMac誕生20周年に寄せてMy First Macintoshをエントリーしていた。

Posted by S.Igarashi at 10:58 AM | コメント (6)

March 27, 2006

陰翳礼讚

「建築を学ぶなら谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』くらい読んでおくべきだ」と安藤忠雄が言ったそうだが、私は自慢じゃないが「陰翳礼讚」は読んでない。「陰翳礼讚」は建築・空間系学科の必読書になっているらしい、そして「陰翳礼讚」は外国人が日本文化を礼讚するときのテキストでもある。そうしたお墨付きを有り難く受け入れる事を好まない臍曲がりの私は「陰翳礼讚」を手にはしたが、あまり読む気になれなかった。そんな私は松岡正剛の千夜千冊『陰翳礼讚』谷崎潤一郎で「、、、むしろ谷崎潤一郎が『陰翳礼讚』で「お茶を濁してしまった」、、、」の批評に、ん〜『正剛礼讚』。

Posted by S.Igarashi at 09:51 AM | コメント (0)

March 26, 2006

「昭和モダニズムとバウハウス〜建築家土浦亀城を中心に〜」展

と云うことで「昭和モダニズムとバウハウス〜建築家土浦亀城を中心に〜」展を見てきた。都市住宅7109住宅第1集に掲載された土浦亀城邸(表紙サムネイル写真左から2番目、外装は原設計から変更)がモダニズムのセオリーだけでなく、F.L.ライトの影響も強く受けていたのだ。

新建築の昭和10年3月号に掲載された写真やスケッチ、それとは別の平面図立面図も展示されているが、平面図と立面図は微妙に異なっている。恐らくは立面図が原設計に基づいたもので、平面図左側(西)の和室は後から計画されたものであろう。この和室も都市住宅7109住宅第1集の添田浩氏による実測図には無く。地階の鉄筋コンクリート部分から左側へ2間分、つまり12尺×15尺(3.6×4.5m)だけが現存する増築部(?)である。立面図から考察すると4間四方(24尺×24尺:7.2×7.2m)のコンパクトな平面の一翼が1間(6尺:1.8m)だけ飛び出しているのが原設計であろう。この平面図がF.L.ライトがレディーズ・ホーム・ジャーナルに発表したコンクリート住宅のモデルプランに酷似していることが解る。F.L.ライトのプランではファイアープレースを中心にリビング、ダイニング、キッチンが展開し、空間は連続し回遊式動線が確保されている。土浦亀城邸では玄関と居間が5尺(約1.5m)の高低差を持つスキップフロア(スプリット・レベル)になっており、回遊式動線は地下に下る階段によって破綻しているが、無理矢理に回遊式動線を確保する為に階段途中に扉を設けている。F.L.ライトの建築の特徴である空間の相互貫入はオランダのデスティル建築にも影響を与え、逆にデスティル建築からの影響と云うか刺激を受けF.L.ライトも落水荘で左右非対称による造形を物にしている。昔、土浦亀城邸の写真を見たときリートフェルトのシュロイダー邸を連想したのも強ち的外れでもなさそうだ。F.L.ライトは弟子のモダニズムへの傾倒を嘆いて「君は何故、遠藤新らと協力して有機的建築を日本で広めないで、フランクフルトのファンクショナリズム(ドイツの機能主義=バウハウスのことらしいい)やコルビュジェなんかを真似するんだ。」と手紙を土浦亀城に送っているそうだ。
Kai-Wai 散策: 傳八ビルのルーツ(三原橋地下街・三原橋センターの図面あり)

余談:因みに都市住宅7109住宅第1集・表紙の右端の写真はakiさんが東孝光建築研究所時代に担当された別荘建築です。
蛇足:江戸東京博物館は窓口でJAFの会員証を見せると5名まで2割引で入場できます。(小金井の江戸東京たてもの園も同様)

Posted by S.Igarashi at 09:10 AM | コメント (5)

March 24, 2006

北田英治写真展 ル・コルビュジェのインド

kitadanoIndia.jpg

竹中工務店東京本店1FGallery A4の「北田英治写真展 ル・コルビュジェのインド 」を見た。そして講演会+シンポジウムにも参加した。その前にmasaさんの傳八ビルのルーツで紹介された両国・江戸東京博物館の「昭和モダニズムとバウハウス〜建築家土浦亀城を中心に〜」展を見てから、大江戸線と東西線を乗り継いで東陽町に向かった。東陽町は随分と前に運転免許証の再交付で行っただけで不案内な土地だが、地下鉄出口を出て次の交差点で右を向くと、直ぐにそれと分かる建物が視界に入ってきた。

北田さんの写真には、いわゆる「建築写真」つまり建築だけにフォーカスした写真とは一線を画し、建築の今を生きている姿が表わされている。建築が風土や人間との関係性に於いて成立するもので或る以上、建築が社会の中でどう生きてきたか、或いは生かされているか、その時間がフィルムに焼き付けられているように思えた。
そう云えばル・コルビュジェもルイス・カーンも最晩年をインドの仕事に費やしていた。北田さんのスライドにも写っていたインド人建築家B.V.ドーシ氏はMY ARCHITECT A Son's Journeyにも出ていた。彼はチャンディガール計画を知り、ル・コルビュジェの元に押し掛け設計に携り、現場を担当し、その後、カーンを招聘しインド経営大学の設計に推薦している。(カーンはこのインドの現場から帰路、N.Y.C.で倒れ帰らぬ人となっている。)
コルビュジェのインドでの仕事を見ていると彼の提唱した建築の五原則が実に伸びやかに生き生きと実現されているかが良く分かる。亜細亜的な建築の内と外との関係のユルさがコルビュジェの建築に命を与えているような気がした。

会場で落ち合ったakiさん「ル・コルビュジェのインド」をエントリーしている。
オープニングに行かれた真鍋さんはル・コルビュジエのインド/北田写真の魅力について語っている。

Posted by S.Igarashi at 10:30 AM

March 23, 2006

水仙

suisenn.jpg

お彼岸の墓参りの時、塔婆の裏に水仙が咲いていました。ギリシャ神話では極楽に咲く不死の花を意味するそうです。(ナルキッソスの生まれ変りとも、、、)ん〜、父・シローがあれでナルシストだったとは、、、

Posted by S.Igarashi at 11:31 AM

March 21, 2006

輪島の狭小住宅?

輪島は河原田川・河口近くのY字路に建つ建築であるが、これを狭小住宅と言うのは憚れそうである。元々この様な形状の建物なのか、もしかすると河口を拡幅工事した際に区画整理で半分削り取られたようにも見えるが定かではない。
追記:この写真で異様に見える交通標識であるが、左側通行に慣れた目にはY字路の左側道路が進入禁止となっているのが変だ。これではY字路で車がシャッフルされることになり危険に思えるし、地元民以外のドライバーは戸惑いそうである。

Posted by S.Igarashi at 01:12 AM | コメント (2)

March 20, 2006

戦争と建築家

akiさんが今日のエントリーRachel Corrieで3年前、イラク戦争が始まった頃のことを書いています。aki's STOCKTAKINGを立ち上げたのが2003年5月のことですから、その2ヶ月前はメーリングリスト等で意見を交換していたことになります。
以下はその時に書いた「戦争と建築家」です。
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戦争について考えると、どうしても二人の建築家のことが思い出されます。
それはジュゼッペ・テッラーニとイアニス・クセナキスの二人です。戦争に翻弄され 自らの命を絶った者と、生き延びた者、対照的な人生ですが、二人とも国家と 戦争によって人生を狂わされたことには違いありません。

ジュゼッペ・テッラーニはイタリア・ラショナリズモ(合理主義)の建築家として評価されて然るべき人物ですが、政治的にファシスト党の党員だったこともあり戦後暫くの間は黙殺されてきた建築家です。

古典主義的モチーフを表現手段とした多くのファシズム建築の中でジュゼッペ・テッラーニは異端と言わざるを得ません。彼の代表作のコモにあるカーサ・デッラ・ファッショもファシスト党の建築ならば広場に面して党首ムッソリーニが演説するための跳ね出し式のバルコニーが設けられるのが当たり前なのにそれがありません。俗な言い方をすれば未来派建築やファシズム建築の多くに見られるファルス(男根)を象徴する突起物が無く、一見してモダニズムの集合住宅のようなファサードをしているだけです。
テッラーニがロシア戦線に召集され、肉体も精神も病み、病院列車で帰郷し許嫁の家の階段室で首を吊って自殺したのはムッソリーニが失脚する6日前の1943年7月19日のことです。テッラーニがファシズムにも戦争にも関わらず生きていたら時代的にもコルビジェの良きライバルになったことは疑いもありません。

1998年に開催された「ジュゼッペ・テッラーニ展」に共催される形で六本木のTNプローブ・サロンで行われたシンポジウムで美術史家の若桑みどりがファシズムの定義についてベンヤミン等を引用して次のように要約していたと思います。つまり、「国家の起源を神話等の虚構に求め、全体主義的な国家権力に個人を溶解し階級的矛盾を覆い隠す思想。」と、それは正に明治政府が行なったプロパガンダそのものです。尊王攘夷思想に西欧から取り入れた国民国家、ドイツ帝国憲法、それらをミックスしたものが国体思想というわけで、1945年8月15日の悲惨な結末へのレールは既に明治政府によって敷かれていたといえます。
因みにイタリア・ファシズムにも影響を与えている1909年のイタリア未来派宣言で、戦争について肯定的に「9、われわれは、世界の唯一の健康法である戦争、軍国主義、愛国主義、無政府主義者の破壊的な行動、命を犠牲にできる美しい理想、そして女性蔑視に栄光を与えたい。」と語られています。未来派建築のモチーフの一つである男根崇拝のルーツはここにあります。日本では未来派宣言(マニフェスト)の負の側面について美術史・建築史でもあまり多く語られていません。

●イアニス・クセナキスの建築家としての活動はコルビジェの元でベルギー万博のフィリップス館のデザインとラ・トゥーレット修道院(主に窓の割り付けデザイン)を担当したことが知られていますが、彼は建築家としてよりも現代音楽家としての実績の方が有名で、確か数年前に亡くなったと思います。
クセナキスはルーマニア生まれのギリシャ人でアテネ工科大学で建築を学んでいます。多くのバイオグラフィーではギリシャがナチス・ドイツに占領された学生時代にパルチザンに加わり、その後パリに亡命してコルビジェのアトリエに入ったというくらいしか語られていません。
ナチス・ドイツがギリシャから撤退した後、ギリシャは王政派と解放戦線との内乱状態となり、実質的に英国軍の統治下に置かれることになります。この時代状況はギリシャ映画「旅芸人の記録」(テオ・アンゲロプロス監督、1975)によく描かれています。クセナキスはこの解放戦線に加わって負傷し右目を失明し頬には深い傷跡を負っています。ギリシャを統治していた英国軍の軍法会議(欠席裁判)によってクセナキスは死刑を宣告されることになり、地下に潜りフランスへ亡命します。その後、ギリシャには右寄りの政権が生まれることになります。

考えてみると元ボクサーの建築家よりも元死刑囚の建築家のほうがずっとインパクトがあると思います。

イアニス・クセナキスの作品でイランのペルセポリス・ダリウス王神殿跡で演奏された「ペルセファサ」がレコードになっています。初めてこのレコードを聴いたときマイケル・カコヤニス監督の「トロイアの女」の映像がイメージされたことを思い出します。大地が軋み、死者達の霊が甦り、暗雲が立ちこめ、雷鳴が轟く、黙示録的世界を連想しました。
イアニス・クセナキスの師匠にあたるオリビエ・メシアンに「世の終わりのための四重奏曲」があります。オリビエ・メシアンがドイツ軍の捕虜として捉えられていた収容所でヨハネの黙示録をテクストに書いた作品と言われています。もう、20年以上前になるのかピーター・ゼルキン率いるアンサンブル・タ
ッシの演奏で「世の終わりのための四重奏曲」を西武劇場で聴いたことがありますが、この時の演奏は本当に素晴らしいものでした。

小学一年生の頃だったと思いますが、六つ違いの兄と近所の社務所の前を歩いていたとき、上空を飛行機が飛んでいました。それを見て「また、戦争が始まるの?」と聴くと、兄は「日本は平和憲法があるから、もう戦争はしないんだ。」と言ってくれた。何故かその記憶がいつまでも残っています。
何故そんなこと兄に尋ねたのか、いま推測すると当時映画館のニュースで見たスエズ運河を巡るエジプト紛争が子供心に世界大戦を呼び起こすと思っていたのかも知れません。

玉井さんが CITROHAN.NET のメーリングリストに書かれた「『反戦』は、よい住宅をつくることと大いに関わりがあるのだとぼくは思っています。いや、反戦を語るときには住宅やまちづくりのことを同時に考えているというべきかもしれない。」僕もそう考えている。家を作ること考えることは、戦争と正反対のことなんだ。
と秋山さんも語っています。

私も建築を職業として選んだのには、直接的にも間接的にも人を殺すことをしなくても済むだ ろうという思いがありました。少なくとも破壊よりモノづくりに関与していたいと いう気持ちです。

Posted by S.Igarashi at 01:15 PM

March 19, 2006

菜の花畑

ちょうど一年前に浜離宮の御花畑で写したものです。オジサンの集中力には敵わない。

Posted by S.Igarashi at 11:12 AM | コメント (4)

March 18, 2006

もう一つの万世橋駅

先月、交通博物館の旧万世橋駅遺構を見たばかりであるが、実は地下鉄銀座線にも万世橋駅があったそうだ。今朝の東京新聞の万世橋 2駅残像・旧国鉄と東京地下鉄道によると、この写真の石丸電気前の歩道が地下鉄・万世橋駅のようである。

Posted by S.Igarashi at 01:19 PM

木村伊兵衛の13万コマ・よみがえる昭和の記録

今日のNHK教育放送・ETV特集は「木村伊兵衛の13万コマ・よみがえる昭和の記録」です。時間は午後10時から11時30分まで。

Posted by S.Igarashi at 12:59 PM | コメント (3)

March 17, 2006

VectorWorks12DX

と云うことでVectorWorks12DXのアップグレードが午前中に届いた。これで、VectorWorks12の箝口令は解かれ、これから出版社との原稿締め切りを巡る駆け引きが始まる訳であるが、先ずはインストールしてβ版から、どの程度ブラッシュアップされているかの確認作業となる。

Posted by S.Igarashi at 01:37 PM | コメント (6)

March 15, 2006

毎日ムック「新版 戦後50年」

11年前に出版された毎日ムックの「新版 戦後50年」である。腰巻きにも書いてあるように1945年の広島から1995年の神戸大震災までの戦後50年間の記録である。発行日が1995年3月25日となっているので、たぶん神戸大震災は全ての編集が終わった後で急遽追加されたのだろうが、地下鉄サリン事件までは間に合わなかったようだ。11年前に買った時は何かの資料として役立つだろうくらいにしか考えていなかった。久しぶりに内容に目を通してみると、自分が生きてきた時間に平行して起きた出来事がこの一冊に込められていた。1956年の頁には、つい先日ミニダイブで歩いた佃島の風景や築地川岸のバラックの写真があったり、1957年の頁にはお化け煙突の写真まであった。昭和の記憶が風化されてゆく中で、これは僕らの記憶の百科事典なのだ。

Posted by S.Igarashi at 12:15 AM | コメント (5)

March 14, 2006

幼稚園

「タモリのTOKYO坂道美学入門」の序章に彼が幼稚園に行くことを拒んだ経緯が書かれた「坂に佇む少年」の話がある。前にもタモリは何度かその話しを語っているのだが、私は自分と同じような子供がいたことにへぇ〜〜と感心した。四人兄弟の一番下だった私に対して、両親は兄達が学校に行っている間は私一人だけになるので幼稚園の一年保育に通わせようとした。

幼稚園に行かされることを兄から伝え聞いた私は幼稚園がどういうものなのか、自分が行かされる筈の幼稚園を兄と一緒に見に行った。そこで見たものは園児達のお遊戯であった。お遊戯の小首を傾け、しなを作る決めポーズを見て、こんな真似はしたくない、嫌だと思った。次に近所の同い年の子供を訪ね。幼稚園で何をしているのか、お絵描き帖等を見せてもらった。それを見て、なんて幼稚なんだと思った。そして色々尋ねてみて、幼稚園は自分の興味の対象ではないことが分かった。
スモックまで揃え、入園の準備をしていた両親の期待に反し、私は「幼稚園には行かない」と伝えた。両親は「好きなもの買ってあげるから」と私を誘惑した。私の頭の中は欲しい物が走馬灯のようにグルグルと回り、物欲に負けそうになった。しかし「幼稚園で勉強を教えてくれるなら行くが、幼稚園では勉強を教えてくれないから行かない」と言い、困らせた。両親は一度言い出したらきかない私の性格を知ってか諦め、「それなら、一人で留守番でもしてなさい。」と叱り。私は「いいよ。」と答えた。私のために買いそろえたスモックは兄の普段着となった。

Posted by S.Igarashi at 11:12 AM | コメント (3)

March 13, 2006

カメラばあちゃん

数日前、新聞の訃報記事で増山たづ子さんの事を知った。今朝の東京新聞は筆洗に書かれている増山たづ子さんの写真を撮り始める動機付けの純粋さに魅かれ、早速、Amazonに増山たづ子 徳山村写真全記録を注文したのだ。
故郷 〜私の徳山村写真日記〜
蛇足:今朝、今年はじめての鶯の鳴き声を聴いた。正調でした。

2006年3月14日 23:15〜23:45 NHK総合で放送されます。
発見ふるさとの宝:ダムに沈む村を収めた8万枚の写真

Posted by S.Igarashi at 10:25 AM | コメント (2)

March 11, 2006

イナバウアー効果

イナバウアー効果で"Celtic Woman""You Raise Me Up"が売れてますねぇ、iTMSでベスト3になってます。アルバムには"Last Rose of Summer"(庭の千草)も入っていたりと、ケルト文化を伝承しているアイルランド民謡やスコットランド民謡は文部省唱歌に取り入れられているので日本人にも馴染みやすいのでしょう。
てことで、"You Raise Me Up"は、のけ反って聴くと快感かもね。
Celtic Woman Celtic Woman

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March 10, 2006

Philippi "mobile phone strap"

PhilippiMPS.jpg

AssistOnで購入したPhilippi "mobile phone strap"です。本来は携帯電話用のネック・ストラップなのですがデジカメをぶら下げてます。取り外し出来るところがミソです。ヒモが切れているように見えますがヒモ状のカバーが解(ほぐ)れているだけで芯の釣り糸は大丈夫です。やはりデジカメをぶら下げるならば軽くて薄くなくてはいけません。

Posted by S.Igarashi at 09:47 AM

March 09, 2006

お化け煙突

昭和31年頃のお化け煙突です。荒川放水路の西新井橋と千住新橋の間の左岸から父が撮影したものです。かろうじてお化け煙突の全景が入っているところをみると、ファインダーでポンポン船を追っていたのでしょう。写真左側が下流、ポンポン船は上流に向かってます。そう云えば昔々、NHKで子供向けの「ポンポン大将」というテレビドラマがありましたね。主演が桂小金治でポンポン船の船長と云う設定で確か住まいが佃島だったと思うのだが、記憶は定かではありません。ポンポン船をネット検索しても玩具の事が殆どで焼玉機関が出てこないのは時代の趨勢でしょうね。こんな写真も見つかった。

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March 08, 2006

J-ALERT

昨日、テロリスト上陸を想定した全国瞬時警報システム(J-ALERT)のシュミレーションが避難訓練を兼ねて千葉の富浦町で行われていた。昨日夕方のローカルニュースで知ったのだが、新聞社系のニュースサイトにも情報はなく、今日の朝刊でも記事の扱いは小さい。今回のシュミレーションは21世紀版・治安維持法を連想させる国民保護法(有事関連)によるものだが訓練に動員された子供達に及ぼす影響が懸念される。

Posted by S.Igarashi at 02:07 PM | コメント (0) | トラックバック

March 07, 2006

東京人4月号

東京人の今月号は神楽坂と池袋モンパルナスの特集だ。
神楽坂がプチ・フランスになった理由なんかどうでもよいけれど、新宿区の東側の旧・牛込区の範囲は昔の町名がそのままではないが残されている貴重な区域になっている。小石川林町で生まれた母の昔話に出てくる地名で、住居表示変換しなくても済むのが唯一、神楽坂界隈だけと云うのも、なんだか情けない話である。神楽坂といえば袋町に住む恩師の義母さんが唄ってくれた都々逸はもう聴けない。

Posted by S.Igarashi at 08:34 AM | コメント (2)

March 06, 2006

中古家電売買規制

電気用品安全法の規定により中古家電売買が今月末で規制されることになっているのだが、その内容と真意については、いま一つ不可解である。
経過措置の 終了に伴う電気用品の取扱いに関して
電気用品安全法のページ
東京新聞2006.03.06朝刊 波紋広がる『中古家電売買規制』

Posted by S.Igarashi at 09:54 AM | コメント (5)

March 05, 2006

市外局番

と云うことで今日から八王子の市外・市内局番が変更された。私の場合0426-61-○○○○が042-661-○○○○になっただけなのだが、これで名刺や何やらを作り直さねばならなくなった。郵便番号の7桁に始まり、市町村合併とか、何だか余計な手間と無駄も増えているような、、、

Posted by S.Igarashi at 08:27 AM | コメント (2)

March 03, 2006

アースダイニング

と云うことで昨日はアースダイニング@傳八の前に佃島から築地を"アースちょいダイビング"してきた。
生憎の天候であったが、却って鈍色の空と水面がすべての境界を曖昧にしているように見え、晴れの日とは違った風景が楽しめた。江戸時代の佃島漁民を巡る諍い事は大岡越前や遠山の金さん等の奉行所を舞台にしたテレビドラマで幾度か取り上げられているのでご存知の方も多いと思われる。そうした佃島の歴史については都史紀要・26「佃島と白魚漁業」に詳しく書かれているので興味ある人は参考にされると良いだろう。
佃島から大川端を散策し勝鬨橋に向かう。嘗てはカミソリ堤防により大川端の親水性が損なわれていたが、所々分断されているにせよ、親水性のある散策路が設けられるようになっている。勝鬨橋から川上を望む風景は、いつの間にかこんなに沢山の、、、という印象である。

勝鬨橋を渡りmasa さん御推奨の築地川岸のバラックを見学写する。

時計台にてaKiさん以外全員レディス・サイズのラーメンを啜り、アースダイニング@傳八に突撃する。その前に、傳八を激写するaKiさんであった。
と云うことで、昨日のテーマは"wakkykenプレゼンツ・アースダイビング環境社会学編"の打合せを兼ねた歓迎会でもあったのだが、それはさておき、爆笑の連続でした。帰り際に傳八オーナーのアキちゃんが顔を見せ、aKiさん共々久しぶりの再会を果たしたのでありました。(アキちゃんとはaKiさんが40年来、僕でも数えてみたら34年来のお付き合いでした。)

Posted by S.Igarashi at 11:57 AM | コメント (8)

March 02, 2006

たむらしげるの色鉛筆・夢の結晶系

たむらしげるの色鉛筆・夢の結晶系が届いた。が絵本やアニメーション等の創作のプロセスで描いたイメージの結晶が綴られた画集である。カバーを外した表紙はこうなっている。随分と前にたむらくんから、殆ど未使用の"Berol EAGLECOLOR"の"120 Color Art Pencil Set"を使わないからと貰ったことが或る。自分なんかは120色でも持て余してしまうのだけれど、彼はこれでは色数が少なくて彼のイメージを結晶化するには使えそうもなかったのだ。

Posted by S.Igarashi at 11:45 PM

March 01, 2006

花粉症

昔から、春先になると朝起きて暫くのあいだクシャミが出る。自分では鼻炎モドキと思っているのだが、周りはそれを花粉症だと言う。どうも杉の木を目の敵にする風潮もなんだか情けない。子供の頃、通りに面した農家の林で杉鉄砲の弾丸にする為に芽を摘んだ杉の木は大人の背丈くらいだったが、今では建材にできるくらい成長している。植林したとき、その目的は孫子の代に家を改築したり新築したりするための備えなだったのだろう。そうした農家や元農家でさえ、昨今は新築するときはハウスメーカーの商品化住宅なのだ。

異端の肖像2006 「怒り」なき時代に<2>花粉症撲滅センター代表 永峯勝久
花粉症撲滅センター

Posted by S.Igarashi at 10:07 AM | コメント (1)