June 30, 2006

MF症候群

またしても、決定力不足を指摘されたサッカー日本代表である。ミッドフィールダー(MF)はいるがストライカーのタレント不足は日本の社会を映し出す鏡のように思える。そう、学生でも将来なりたい職業はアート・ディレクターやなんたらプランナーとか、地に働くことを嫌い、人をアゴで使うのが格好良いと勘違いしている者が増えている。受け手のいないキラーパスほどみっとないものはない、一対一の局面を乗り越えられない奴はレギュラーになれない世界があること知るべきだろう。

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June 27, 2006

地元ネタ本二冊

と云う事で地元ネタの掲載されている雑誌(ムック)二冊。東京(消費?)生活はマーケティング志向のこじゃれた雑誌、普段なら買わないが八王子特集なので買ってみた。まぁ、通り一遍の八王子紹介、目新しいものは特にないが、映画監督・斎藤耕一が八王子城を舞台に映画を作るらしいと云う話が気になる。浅川地下壕についてはこちらの雑誌が詳しい。


散歩の達人・エリア版ムック「京王線完全案内」こちらは多摩丘陵尾根ハイウェイと称して戦車道路の写真まで紹介している。どちらかと云えば「ぶらり途中下車の旅」か「出没!アド街ック天国」のノリで作られた庶民派と云ったところ。八王子は都心に出るのに京王線と中央線の二つの選択肢がある。京王帝都電鉄はバブル期に見栄を張らず、浮かれる事なく堅実経営を続け施設改善の借入金の償還も早くに済ませ、運賃値下げを実行した優良企業だが、失敗は姉歯物件のビジネスホテルを掴まされたこと。

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June 26, 2006

梅雨の紫陽花

やはり、紫陽花には梅雨が似合うようです。ん、梅雨に似合う花が紫陽花なのか。

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June 24, 2006

ビス踏んじゃった

ビス踏んじゃったのだ。夕方、DVD-ROMの原稿を宅配便で送った後、スーパーで買物をして駐車場に戻ると、右フロントタイヤが微妙な感じでスローパンクチャーしているのに気づいた。このまま走ると危険なのでテンパータイヤに交換することにしたが、いけないアイスクリームを買ったばかりだ。ぐずぐずしてると溶けてしまうので、スーパーのサービスカウンターでドライアイスを調達してから作業に取り掛かった。スーパーの駐車場でタイヤ交換なんて間抜けな話だが、実はこれで二度目だ。スーパーは家にもカーディーラーにも1キロ位の距離、一旦家に戻ってからカーディーラーに修理に出せばよいだろうと、長い距離は走らないのでパンクしたフロントタイヤにそのままテンパータイヤを取り付けた。(本当はFF車なので、リアタイヤをテンパータイヤに交換して、そのリアタイヤとパンクしたフロントタイヤを交換しなければいけないのだが。)カーディーラーに営業時間を確認してから、一旦家に戻り食材を冷蔵庫に仕舞い、それから車を修理に持って行った。パンクの原因は皿ビス、修理費2625円の出費であった。まぁ、パンクが原因の事故を起こすよりは安いものですが...

Posted by S.Igarashi at 10:24 PM

June 23, 2006

GoogleEarthから見た彼の国

GoogleEarth4.0のベータ版をインストールしたついでにNorth Koreaを上空から軍事施設を偵察、国土の割合にその数が多く、空軍基地は格納庫が地下壕に設けられているようで、滑走路への誘導路がトンネルの入り口に繋がっている基地が多い。そして新聞報道で注目されている例の基地は荒涼とした場所(40.855468,129.665837)にあった。北朝鮮と38度線を挟んで休戦中の韓国は朝鮮日報の記事では北朝鮮の一連の動向が日本のタカ派を刺激するのではと懸念している。国内外の軍事施設を白日の下に晒してしまうGoogle Earthではあるが、これとて情報は解像度と時間差によって操作されているのである。

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June 22, 2006

半球睡眠

「半球睡眠」とは右脳と左脳が交互に眠ることを云うそうですが、イルカはそんな器用な睡眠術を駆使して、泳ぎながら寝ているらしい、いや寝ながら泳いでるらしい、一体どっち。
イルカの親子 泳ぎながら眠る・左右の脳が交代で『休息』

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June 20, 2006

けじめ

「法に触れなければ何をしてもよいという考え」を望ましくないと思われる行動に挙げた人が41.9%と云う結果の「日本人の品格・道徳観」に関する調査結果ですが、きっとこの緑の枠で囲まれた人たちはそう思ってないでしょうね。さて渦中の人はけじめをどうするんでしょうか。

東京新聞・こちら特報部福井投資問題・プロが見たうまみとは
やっぱり、専門家からみても究極のインサイダー取引の疑いが指摘されてますが、東京新聞・こちら特報部のネット掲載記事は新聞記事全文ではなく要約記事です。因みに以下の内容が省略されてました。

持田氏はこう批判する。「福井総裁は小泉首相が任命した。その福井氏をクビすれば、自分も責任を取らなければならないから、小泉首相は擁護する。結局は政争の具にされている。米国の連邦準備制度理事会」の議長が同じ事をすれば、即座に罷免だ。

と云う事で、相変わらず、しらをきる小泉首相のけじめの付け方はどうなるのでしょうか。

Posted by S.Igarashi at 11:09 AM

June 19, 2006

SOUL TAKEMITSU

SoulTakemitsu.jpg

昨日は東京オペラシティコンサートホールで武満徹 ─ Visions in Time 展の最終日を飾る『武満徹トリビュート・コンサート"SOUL TAKEMITSU"』を聴いてきた。
「FOR TORU」と題された一部は武満徹の遺作「エア(フルートのための)」へのオマージュでもある一柳彗の「時の佇まいIV」で始まり、武満徹の70年代の代表作「カトレーンII」がリチャード・ストルツマン(CL)の加わったカルテットによる演奏で締めくくられた。
「SOUL of TORU」と題された二部では武満の残した小さな作品を様々なジャンルから参加したミュージシャンによるコラボレーションが繰り広げられ、最後は谷川賢作アレンジによる武満徹メロディが参加者全員で演奏され、やがてデキシーランドジャズの大団円となり、再び「明日ハ晴レカナ曇リカナ」のメロディが静かに流れ幕を閉じた。アンコールも終わって会場を出ようとするとステージから演奏が聴こえてきた。リチャード・ストルツマンのクラリネットと小室等のバンジョーによるセッションがステージ奥で繰り広げられていたのだ。残っていた客もステージの廻りに集まり、手拍子でそのセッションを楽しんでいた。なんて、リチャード・ストルツマンは良い奴なんだろう。28年前に聴いたTASHIの頃は、未だ少年の面影が残っていたが、白髪の混じった今、その風貌と眼差しがどこか武満徹に似てきてると思えた。トリビュート・コンサート大成功である。

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June 18, 2006

クーポンは届くけど...

世間はボーナス・シーズンのようで、このところ、たて続けて"Apple Store"のクーポンが送られてきます。これは税別10万円で1万円の割引クーポンですが、税別20万円で2万円の割引クーポン、税別2万5千円で2千500円の割引クーポンと、割引クーポンが3枚も貯まり、合計3万2千500円分あるが、これでiPodとは交換できないんだよね。当たり前だけど、残念。

Posted by S.Igarashi at 10:28 AM

June 17, 2006

ポストコロニアリズム的ワールドカップ観戦

ポストコロニアリズムとは強姦から生まれた子どもだ。』これはガヤトリ・スピヴァクの言葉だそうだが、ガヤトリ・スピヴァクを紹介している岩波新書のポストコロニアリズム(本橋哲也・著)には出ていない。この言葉は角川新書・ケンカの作法―批判しなければ、日本は滅ぶ収録の辛淑玉、佐高信、上野千鶴子による鼎談で上野千鶴子が紹介したものだが、一言でポストコロニアリズムを表現している。折しもワールドカップ開催中の16日、フランス議会上院で新移民法が可決されたと云う。旧植民地からの不法移民を制限し国内の雇用安定を狙う意味があるかも知れぬが、これでフランスは二度とワールドカップで優勝する可能性を失ったような気もする。ワールドカップとは旧植民地と旧宗主国とのプライドを掛けた戦いでもあり、旧植民地にとって存在理由を世界に誇示する場でもある。その状況に変化が起きたのは、旧宗主国が旧植民地出身の選手を取り囲み始めたことにある。1998年のフランス優勝はアルジェリア移民二世のジダンが齎したものである。
イングランド対トリニダード・トバゴの試合は正に旧宗主国と旧植民地との戦いであった。やっとの思いで勝利したイングランド選手を支配する焦燥感と悲愴感は何なのだろうか、そこには歓喜の表情を伺い知ることはなかった。

Posted by S.Igarashi at 10:44 AM | コメント (2)

June 16, 2006

オルタナティブな都市計画

先日、書店で立ち読みした新建築に興味深い記事が掲載されていた。東京大学・大野秀敏研究室によるFiber City/Tokyo2050と名付けられたプロジェクトは「縮小の時代の都市モデル」と定義づけられている。この構想は経済発展を基盤に据えた拡大・膨脹を続ける都市へのアンチテーゼと云えるだろう。既に郊外の団地では過疎化が現実問題となっており、「Mの時代」に代表されるデベロッパー主導による都市開発への警鐘でもあろう。因みに大野秀敏氏は槇文彦氏による「見えがくれする都市」の共同執筆者の一人である。

Posted by S.Igarashi at 12:35 AM

June 15, 2006

地下鉄のレクイエム

昨日の早朝、丸ノ内線・南阿佐ケ谷を過ぎて暫くするとiPod shuffleから武満徹の「弦楽のためのレクイエム」が聴こえてきた。プログラミングされた偶然性ではあるが前日に指揮者・岩城宏之氏が亡くなったばかりである。地下鉄の車内で聴く「弦楽のためのレクイエム」は不思議な感覚を呼び起こす。それほど音量を上げていないにも関わらず、音楽が地下鉄内の騒音を溶解し、静寂なプラネットの胎内へと空間を変容していった。程なくして東高円寺で地下鉄を降り、歩いている途中で曲はキース・ジャレットの弾く"My Wild Irish Rose"に変わり、校門に着いたところで曲が終わった。

Posted by S.Igarashi at 02:09 PM

June 14, 2006

西口通路のiPod+iTunes

新宿西口通路のビルボードにiPod+iTunesの広告が掛かっていた。広告としては昨年3月のiPod shuffleのシンプルなイメージの方がインパクトがあったと思う。そういえばiTunes Music Store Japanがオープンしてから未だ一年経っていない。1周年記念には何かのイヴェントか新たなレーベルの参入があるのだろうか。


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June 13, 2006

執念深い人

最終キャンプ地に於ける自称キャプテン・川淵氏の代表チームへの激励?の言葉が、暗にトルシェを批判しジーコを礼賛する内容が幼稚で可笑しかった。四年前にそれなりの結果を残して終わった事なのに、余程、執念深い人と見えます。
と云う事で、前々日のイングランドの試合を観ていて、これなら日本もかなりいけるかなと思ったのは唯の妄想でした。それにしても目覚めの悪い朝です。相変わらず戦略の見えない試合を見せられ、川淵氏が描いたような結果にはなりませんでしたね。

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June 12, 2006

デジタル著作権とか

ITmedia +D LifeStyleの小寺信良によるコラム「補償金もDRMも必要ない」――音楽家 平沢進氏の提言 がJASRACやデジタル著作権管理 (DRM)の問題点をズバリ指摘していて興味深い内容だ。昔、西武美術館のセミナーで高橋悠治が語った「大衆消費音楽」と云う言葉を思いだした。

Posted by S.Igarashi at 09:39 AM

June 10, 2006

Building Wright

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Apple U.S.にF.L.ライトの住宅を復元するドキュメンタリーが紹介されてます。

Posted by S.Igarashi at 11:41 AM

June 07, 2006

シンドラーのリフト

国内に於けるエレヴェータの死亡事故は1984年8月に横浜のスーパーで起きた事故以来のことです。その事故を起こしたエレヴェータはF社の低層建物用の油圧エレヴェータでした。その後、仕事の関係で業界の事故調査委員会に参加したと云うM社の方に話しを伺ったことがありました。事故原因は特定できていませんが、剥き出しの基盤に金属片の落下物が付着して誤作動したと云う説が有力でした。その事故以降は落下物による基盤の保護は義務付けられている筈です。昔から、エレヴェータの現場納入価格は設計価格の半値八掛けが当たり前と云われているくらい競争の激しい業界です。そこに新規参入した「シンドラーのリフト」は低価格で市場を開拓していったようですが、超高層住宅とエレヴェータの高速化の影で優先されるべき安全性が蔑ろにされました。これも経済性が最優先される社会故に起きた事でしょう。何か暴走するコンピュータが支配する近未来社会を暗示する事件のような気もします。

Posted by S.Igarashi at 07:05 PM

June 06, 2006

Family Tree

10年前の1996年6月5日にリリースされたToru Takemitsu Requiemは、その年の2月に亡くなった武満徹へ捧げる追悼盤である。内容は遺作となった「エア(フルートのための)」で始まり、「系図-Family Tree」、「エクリプス」、代表作の「ノヴェンバー・ステップス」、そしてストラビンスキーに認められた出世作であり武満徹の原点とも云える「弦楽のためのレクイエム」で終わっているが、全体を通して聴いてみると恰も一つの変奏曲のようにも聴こえてくる。

アルバム収録の『系図-若い人たちのための音楽詩(Family Tree - Musical Verses for Young People)』は「むかしむかしわたしはいた」のフレーズで始まり、「でもわたしはきっとうみよりももっととおくへいける」のフレーズで終わる音楽詩である。テキストは谷川俊太郎による詩集「はだか」より六篇の詩を元に武満徹によって再構成されている。1995年春のN饗による日本初演では15歳の遠野凪子が朗読している。このアルバムに収録されている"Family Tree "は1995年秋の小沢征爾指揮、サイトウ・キネン・オーケストラによるもので朗読は遠野凪子、武満徹が亡くなる半年前の演奏だ。そして没後一年の1997年6月18日にシャルル・デュトワ指揮 NHK交響楽団による再演がNHK芸術劇場(左図)で放送されている。

六篇の詩、むかしむかし(Once upon a time)、おじいちゃん(Grandpa)、おばあちゃん(Grandma)、おとうさん(Dad)、おかあさん(Mom)、とおく(A Distant Place)、は全て少女の一人称で語られている。この"Family Tree "を聴きたくなったのは映画もんしぇんを見たからだろう。嘗て生きていた人、いま生きている人、未来を生きる人、世界はそうした名も無い多くの人々の命の絆で成り立っている。だから、、、

Posted by S.Igarashi at 06:42 PM | コメント (1)

June 05, 2006

らっきょう

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栗田さんが根付きらっきょうをエントリーしていたのを知ってか、スーパーで売っていた根付きらっきょうを買ってきた。らっきょうは一度、いい加減に適当なレシピで漬けた事があるが、それでも市販の甘すぎるらっきょうよりは美味かった。容器はコストコで買ったミックスナッツの容器を流用した。尤も、この容器を何か利用できないかと思いついたのが「らっきょう漬」だったのだが。

Posted by S.Igarashi at 01:30 PM | コメント (2)

June 04, 2006

やってしまった

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「やってしまった!」、人に話しかけられたときは作業を中断しなければいけないのだが、それを怠ってしまったのだ。そう、"iPod"の音楽データを消してしまったのである。

直ぐにiTunesをキャンセルし、"iPod"を確認したら一見して音楽データは残っているように見えたのでそれで安心してしまったのが二度目のケアレスミス。そんなことも忘れて"iPod"を使い続けていたのだが、時々妙な現象が起きるようになった。アルバムやプレイリストを再生すると、再生できる場合と、再生しないで曲目が次から次へと送られる場合が生じた。"iPod"をリセットしても改善されなかった。音楽データの消失に気付いたのはMacに繋いで"iTunes"と同期させたときである。
『iPodのアップデートが完了しました。』"iTunes"のウィンドウを見ると空き容量が2/3以上になっていた。音楽データのラベルだけは残っている為か、同期させてもデータをリカバリーしなかったようだ。と云う事で、一旦"iPod"の音楽データを全て削除してから、音楽データを再インストールしたのだ。流石に40GBのバックアップは時間が掛かるのである。やれやれ。

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June 01, 2006

もんしぇん

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8月19日から東京国立博物館内「一角座」で公開されるシグロ制作・「映画 もんしぇん」の試写会に行ってきた。

お腹の子どもをひとりで生むことを決意した"はる"果てしない不安の中、偶然迷い込んだ小さな入り江。そこで彼女は不思議な老人たちに出会う。星がその命の終わりに自らを爆発させ、そのかけらが新たに地球の生命体に生まれ変るように、"いのち"は繋がっている。やがてそう気づいた"はる"は、ゆっくりと恢復してゆく。
そして、エンディングの曲「脈動変光星」に、この映画のテーマは凝縮され結晶化されているようである。と云うことで昨日はAkiさん、玉井さん、masaさんと共に『もんしぇん』応援団が結成されたのだ。

すべての映画はファンタジーである。但し、ドキュメンタリー・フィルムを除いてだが。「映画 もんしぇん」の監督・山本草介氏は、私が先々週に見た映画エドワード・サイード OUT OF PLACEの監督である佐藤真氏の元で演出助手を務めていた経験をもつ。つまり私は奇しくも師匠と弟子の作品を続けて観たことになる。映画に続いて書籍:エドワード・サイード Out of Placeも読んだが、文脈からも佐藤真氏のドキュメンタリー・フィルムに対する、そして取材した人々に対する誠実さが伝わってくる。そんな監督の元で修業した山本草介氏の第1回監督作品が「映画 もんしぇん」である。
パラレルワールドに迷い込んだ玉井夕海演じる"はる"が出会った現実と非現実の世界をフラッシュバックも多用せず、フィルム・エフェクトやコンピュータグラフィックスに頼らず淡々と描いているのは、ドキュメンタリー・フィルムで培ったものだろうか。昨今のコマーシャル・フィルム出身の映画監督作品のあざといまでの非現実な作り事世界に対し、現実と非現実の境界を曖昧にしたままファンタジーを描くのは、山本草介氏の世代では逆に冒険なのだろうか。尤も、我々が見ていると思い込んでいる現実世界も、脳内記憶が作り上げた想像世界でもある訳で、どこまでが現実世界なのか実は境界が曖昧なのである。
aki's STOCKTAKING:もんしぇん
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