November 29, 2004

描かれた風

昨日の日曜美術館は「描かれた風」(目に見えない風を表現した美術家たち)と云うテーマだった。
このテーマから小学五年生の授業を思い出した。何の教科かは覚えていないが「風は目に見えるか」が問題になり、「見えない派」と「見える派」に分かれ論争した。「見えない派」のリーダーはタローちゃん、彼は銀行の書式見本のような姓名でその上、五月五日生まれ、大人が望むような典型的よい子を演じていた。彼は教科書的模範解答により「風は見えない」と主張した。それまで教室の後ろの席で、ろくすっぽ授業を聴きもしないで、僕はキヨシくんと一緒にバカなことをして、和菓子屋のサエコちゃんを笑わせていた。タローちゃんの発言が終わると僕は手を上げ、黒板の前に出てプレゼンテーションすることを求めた。発言の要旨は我々は視覚的情報によって風を知ることができ、よって風は見える、というものだ。それを、煙突の煙や、風に舞う落ち葉や、風にはためく旗や鯉のぼりの絵などを黒板に描いて説明した。おまけに漫画的には風はこう表現すると付け加えた。


プレゼンテーションが終わり、担任が「見えない派」と「見える派」のどちらの意見を支持するか挙手をさせた。少数派だった「見える派」は「見えない派」を押え逆転した。今になって思えば、僕の行動は優等生的発言に対する、天の邪鬼的なところもあったのかも知れない。それに絵や漫画も好きだったから視覚的表現を否定された気がしたのかも知れない。それに僕の姓には風もあるしね。

後日談:優等生を演じていたタローちゃんはその後、高校から専門学校に進み、オヤジさんの電器商会を継ぐための修業に大阪の電気街日本橋で徹底的に教科書的優等生を浪速風商人に鍛え直され、その後、和菓子屋のサエコちゃんと一緒になった。

Posted by S.Igarashi at 10:43 AM | コメント (2)

November 27, 2004

iPod Socks

AppleStoreからiPod Socksが届きました。
早速、第一世代のiPodに履かせてみることに、、

ちょっと、ウェストが苦しいけど、
似合うかな〜(^_^;)

Posted by S.Igarashi at 01:38 PM | コメント (3)

密入国者

国交断絶でテキサスから送り付けられるスパムを入国拒否したが、それでも一文字だけ2バイト文字を侵入させて密入国者はやってくる。
やっぱり、Movable Type 3.1ですかね。

Posted by S.Igarashi at 10:08 AM | コメント (0)

November 26, 2004

芸能界は薮の中

紳助事件のことなんか、どうでも良いことだが、芸能界から発せられる言説の殆どは彼を弁護するものだという。芸能誌もワイドショーも見ないのでその実態の程は分からないが、手元にある新聞のテレビ欄のコラムだけみても紳助事件に関しては彼を擁護する発言である。芸能界の常識は世間の非常識ということなのだろうか。加害者、被害者の双方が認めているという鍵を掛けられた密室での出来事、これだけでも充分に異常です。

被害者の方が悪いという言説は、どこかイラクで殺害された香田さんや、イラクで拘束された人達へのバッシングにも似ています。それが芸能界のみならずメディアを支配する人々の考え方だとすると恐怖を覚えます。
2004年11月11日東京新聞
山田さんと云う方は吉本興業の芸人が出演する番組の放送作家をしているようですので、100%身贔屓の発言と考えるべきでしょう。彼女の仕事上の立場からも彼を批判できません。従って「言いたい放題」はあり得ない。


2004年11月14日東京新聞
、、交通事故と同じかよ、、

Posted by S.Igarashi at 10:47 AM

November 25, 2004

表紙とか


表紙とかに使う絵のモデリング、まだ素材の段階です。

と云うことでG.T.Rietveld's Drawingboard & Parallel-motion rulerにも登場。

Posted by S.Igarashi at 08:21 PM | コメント (0)

November 24, 2004

鳩せんべい

昨日は「Blogの力」の出版記念ミーティングでした。途中参加のKai-Wai 散策のAuthorであるM氏から差し入れの鳩サブレならぬ鳩せんべいとM氏のポストカード。腹に納まる前の記念写真でした。これもBlogによる出会いかな。

Posted by S.Igarashi at 11:38 AM | コメント (5)

November 22, 2004

Apple Store UK

AppleStoreUK.jpg
11月20日にグランドオープンしたのはMoMAだけでなく、ロンドンはリージェントストリートのApple Storeもそうでした。日本と同じくイギリスでもMacWorld Expoを開催しなくなったせいか、待ちかねたアップルフリークによる寝袋持参の徹夜組も現れたようですね。

Posted by S.Igarashi at 10:45 AM

November 21, 2004

陣馬街道の古木

陣馬街道は夕焼け小焼けの里に行く手前にあった古木(欅?かな)、道路が拡張されてはみ出してしまったのでしょう。根元を痛めないように配慮して塀を設けているのがなんともいえない。でも、恩方村と呼ばれていた昔は塀なんて無粋なものは無かったでしょうね。地味ながらも観光地化してゆくと、心無い訪問者から我が身を守らざるを得ないのでしょう。
追記:写真になって気付いたけれど下屋に掛かる樋が気になるなぁ。

古木の向かいの農家、越屋根は付いてないけれど真鍋さんが11/20のエントリーで紹介していた今和次郎『日本の民家』の恩方村の養蚕農家の系列のようです。


夕焼け小焼けふれあいの里の近くの民家です。

Posted by S.Igarashi at 10:49 AM | コメント (1)

November 20, 2004

iTunes Music Store

18日、車の中でJ-WAVEを聴いていたら、来年3月から日本でもiTunes Music Storeが始まるとかなんとか言っていた。帰ってから半信半疑でサイトをチェックしてもそれらしいプレスリリースはみつからなかったが、国内音楽産業と調整を進めているらしい動きはあるようだ。【日本でのiTunes Music Store提供は「できるだけ早期に」】しかし利権ビジネス化している国内音楽産業のコンテンツに頼る前に、インディーズ系の音楽コンテンツを先にiTunes Music Storeの販売ルートに載せてしまえば面白いと思うのだけどね。CDデビューの前にiPodデビューとか、いいんじゃない。

追記:この間、ノラ・ジョーンズの国内版CDを買おうとしたら、コンピュータへのコピー不可だけでなく、Macでは聴けないと記載されていた。もちろん、そんなCDは買わなかった。
先週の土曜日、歌舞伎座に行く前にちょっと銀座のApple Storeに寄ってみたけれど混んでました。やっぱりiPod人気ですね。レジに人が並んでいたのには驚き。
iTunes Music Store Japanの障壁は多くのコンテンツを抱えるSonyなんだろうが、やっぱりiPodを無視する訳には行かない状況になりつつあるようですね。小売りマージンまで独占して独自に音楽配信を続けるか、iPod人気に便乗して小売りマージンは諦めるか、さあ、さぁ、さぁ、さぁ、、、

Posted by S.Igarashi at 01:22 AM | コメント (3)

November 19, 2004

明日は無料のMoMA

MoMA.jpg
明日20日は谷口吉生氏設計によるMoMAのオープニングデー、当日限り入場無料だそうです。このサイトに入館案内の日本語PDFがありました。N.Y.は行ってみたい美術館が多いですね。
コンペ最終案

Posted by S.Igarashi at 08:56 PM | コメント (3)

November 18, 2004

介護ビジネス

先週、11月12日朝刊の「リース会社所得隠し・追徴8000万円」の三面記事はプロ野球関係者の実兄が経営していたことをツカミに見出を構成していたが、こうした手法は事の本質を見失うように思われる。
家でもケア・マネージャーを仲介して、このリース会社から母の為に車椅子をレンタルしていた。レンタル料金の自己負担額は月に800円であるが、介護保険からは月に8000円がこのリース会社に流れる。車椅子はどう見ても安物、せいぜい2万円が良いところだ。それを今年3月に老人病院に入院するまでの自宅介護の間、一年以上に亙って借りていたのだから、そこだけ見れば美味しいビジネスである。しかし、それには多くの福祉施設やケア・マネージャーと通じ利権を確保しなければ成り立たない。隠した所得1億7千万円の内、どれだけ仲介手数料に使ったのか解らないが、これが介護保険制度に寄生する利権ビジネスの現実だろう。この三面記事を見ても「やっぱりねぇ!」と云うのが実感である。

Posted by S.Igarashi at 10:37 AM | コメント (0)

November 17, 2004

台北の裏窓

ブリキ猫さんの勝間通信は台北通信「バルコニーの違法建築?」と似たような写真があった。これは1996年にブリキ猫さん達と一緒に台北で開催されたMacworldに雑誌の取材を兼ねて出掛けたとき、中山北路の書店・Q-永漢書局のトイレの窓から撮影したもの。マンションのルーフテラスにも屋根を設けて室内化、バルコニーは全て鳥カゴになる。たぶん1980年代に建設されたであろう、このマンションも後数十年も経つと九龍城の様になるのかも知れない。

Posted by S.Igarashi at 10:00 AM | コメント (5)

November 16, 2004

ネットとマス・メディア

新潟県中越地震を契機にネットとマス・メディアとの対立の構図が顕著になっているようである。何れにせよ記者クラブの発表記事や通信社の配信記事に寄り掛かった、どの新聞も内容が同じ金太郎飴のような報道にたいする不信感を抱いていることは事実である。そうした現況に風穴をあける動きにメディア側の人間によるブログがある。そうした地方記者によるブログに対してメディア側からの批判・攻撃もあるようだ。Esaka Takeru's Memoの10月11日のエントリー●青木日照+湯川鶴章『ネットは新聞を殺すのか』に紹介されていた湯川氏のネットは新聞を殺すのかBlogの11月9日に「記者ブログを守った新聞社」と云うエントリーが寄せられている。地方紙記者によるガ島通信がそれだ。マスコミの一部には業務範囲で知り得た情報を第三者に漏らすことを規制する内規を盾に記者・個人のブログを制限しているところもあるようだ。こうした所は周知の事実についての私見も会社側が制限を加えているのだろうか。
こうしたメディアに身を置く人間が私人として発信する情報は貴重である。TBSのワシントン特派員である金平茂紀氏も会社とはスタンスを置いてホワイトハウスから徒歩5分で私見を述べるサイトをもっている。自分の意見を述べるのはジャーナリストとして最低限の責務ではなかろうか。

Posted by S.Igarashi at 11:33 AM

November 14, 2004

歌舞伎座

昨日は学外授業で歌舞伎座の歌舞伎鑑賞会「吉例顔見世大歌舞伎」を最低料金の天井桟敷で見学、花道は見えないけれど、俯瞰で見られるので舞台構成や書割の仕組み、演者の所作がよく判り、それなりに楽しめる。
最初の演目「鬼一法眼三略巻・菊畑」は時代考証は滅茶苦茶、12世紀の逸話を江戸時代の風俗で演じる訳だから、如何に歌舞伎が江戸の大衆芸能だったか、良くも悪くもそのいい加減さがよく判る。最後の演目、片岡仁左衛門の「天衣紛上野初花・河内山」で、何気なく床の間に置かれた大名時計が、さりげなく物語の進行の脇役を果たしていたが、こうした演出は昔からなのだろうか。

Posted by S.Igarashi at 04:53 PM | コメント (1)

November 13, 2004

御御御付

この歳まで生きていて初めて「おみおつけ」を漢字で書くと「御御御付」となることを知った。昨夜深夜の日本語なるほど塾ゲストの井上史雄氏の解説によると、汁物を表す「付け」が丁寧表現の「御付」となり、更に「御御付」、そして「御御御付」と変化していった。こうした現象を「敬意低減の法則」というそうだ。僕が子供の頃を過ごした足立区では女性が「おみおつけ」、男性は「おみおつけ」か「おつけ」が一般的表現で、幼児語的表現では「おみよつけ」と言っていた。
小学生のとき八王子に引っ越してきて「味噌汁」という言葉を初めて聞いた。八王子は「おみおつけ」も「味噌汁」も、どちらも使われていた。しかし初めはこの「味噌汁」に違和感を覚え馴染めなかった。今でも「味噌汁」はあまり好きな言葉ではないが、全国区の一般的表現としては標準化しているので、文字にするときは「味噌汁」を用いている。何故、「味噌汁」が「御御御付」を押えて全国区に成ったのだろうかと考えると、テレビコマーシャルの影響ではないだろうか。「味噌」を宣伝するのには「御御御付」よりも「味噌汁」の内容を表す直接的表現の方が効果的だったと云うことだろう。

Posted by S.Igarashi at 11:22 AM

November 12, 2004

佐藤喜朗 個展

satouyoshiro.jpg

佐藤喜朗 個展 11月18日(木)〜23日(火)コートギャラリー国立

佐藤喜朗先生は僕の中学一年と二年の学級担任をされた美術の先生です。
確か中学二年の時、美術の授業でノー・アイデアで行き詰まり、ポロックもどきの絵を提出したら「こういうことはしてはいけない」と叱られた記憶があります。
夏休みの明けた二学期、生徒の宿題の展示に加えて、教員の絵も展示していた。僕がある社会科担当の教師が描いた絵の前にいたとき、側を通りがかった佐藤先生が一言いった。「五十嵐、この絵どう思う?」。僕は正直に「下手くそです。」と言った。先生は「そうだよな。」と応えた。その後、先生は道具を貸してあげるから油絵を描いてみないか、と言って下さったが、僕はそれに応えることができなかった。たぶん、そのとき自分の中に油絵を描く動機付けを見つけることができなかったのだと思う。

Posted by S.Igarashi at 11:11 AM | コメント (10)

November 11, 2004

米大統領選後

届いたばかりの東京新聞夕刊・文化欄にJapan Mail Mediaの『from 911/USAレポート』 第171回  「分裂の果てに」の作家・冷泉彰彦氏が寄稿している。米大統領選後・上と題されたレポートは「アメリカは覚醒するか--抽象論の横行と古いイデオロギー回帰」の見出しが付けられている。

、、、、終わってみれば負けた民主党側には虚脱感が漂う一方で、共和党にも勝者の威厳はない。、、、、中略、、、、、、それにしても空虚な選挙戦だった。表面的な中傷合戦だけでなく、両陣営とも主張の中心に据えているのは後ろ向きの感情論だった。、、、、続きは夕刊紙面で。
最後に「アメリカは<覚醒>するきっかけを見失ってしまったようだ。」の言葉で締括っている。夢は覚めるものだが、現実という悪夢は覚めることを知らない。

Posted by S.Igarashi at 03:37 PM

薮の中

青空文庫は著作権の消滅した作品と、「自由に読んでもらってかまわない」作品を揃え、利用に対価を求めないインターネット電子図書館だ。明治・大正・昭和(初期)の文豪の作品がテキストデータで読める。もちろん、芥川龍之介の作品もある。
「薮の中」黒沢明監督の映画「羅生門」の原作の一つである。映画は表題の芥川龍之介の小説・「羅生門」と、この「薮の中」を一つにしたものである。「薮の中」は殺害された夫、妻、盗賊、目撃者、の夫々の証言の違いをそのまま語り、結論は与えられていない。或る意味、メディアリテラシーのテキストのようでもある。傍観者の感情移入の差違によって結論は変化し、ぶれを伴う。

Posted by S.Igarashi at 10:06 AM

November 10, 2004

国交断絶

error500.jpg米軍のファルージャ攻撃と時を同じくして、テキサス・レーンジャー部隊による1000を超えるコメントスパムによる絨毯爆撃を受け、これ以上友好政策を維持する訳にも行かず、国交断絶という手段を選ぶことになりました。従ってコメント欄に私に向かって英語で罵詈雑言を書いてもこの様なエラーメッセージが出ることになります。といっても罵詈雑言は日本語なら良しとい言う訳でもありませんが。(^_^;)

Posted by S.Igarashi at 08:00 PM | コメント (2)

November 09, 2004

威力業務妨害

一日で1000余りのコメントスパムの攻撃を受けた。これは明らかに威力業務妨害であり犯罪である。

帰宅してからM氏の助言などで1バイトコードを書き込み不能とするまで、およそ12時間くらいに亙って送り続けられたものと見られる。ピーク時は1200を超え、それを時間の空いたときに学校のMacでコメントをクローズしながら900台に削除して、帰ってきて見たら既に1100に達していた。10個程度のスパムコメントなら、たいした手間ではないが1000個ともなると、流石に意気消沈する。
ここまでスパムコメントを送られると目的が判らない。単なる広告宣伝の範疇を超え、ブログの持つ文化、共有の思想、民主制を破壊する以外の何ものでもない。彼らはサーバーをダウンさせるまで続けるつもりだったのだろうか。
兎も角、コメントをクローズしたり【mt-comments.cgi】を書き換えたり対処療法を施したのだが、【mt-comments.cgi】に問題があるのか、日本語コメントも受け付けなくなってしまった。ブログの持つ双方向性が保たれなくては、その価値も半減してしまうので抜本的対策を講じなければいけないと感じているが、暫くはこの状態が続くと思われる。

C-spam02.jpg
殆どがブッシュの地元、テキサス・マフィアのギャンブルサイトである。

C-spam03.jpg
この異常なアクセス件数。

C-spam04.jpg
昨日は普段の4倍以上のアクセス数であった。

Posted by S.Igarashi at 02:14 PM | コメント (5)

November 08, 2004

絨毯爆撃

ポーカー野郎からのスパムの絨毯爆撃だぁ!
まったく、こいつらは悪意の塊ですね。
仕方ない、本格的対策を講じないと、でも暇がない。
さて、これから学校に行って、夜に帰ってくるまでの間にどれだけ絨毯爆撃を受けることやら。やれやれ、とりあえず奴らの片棒を担がされるのは嫌なので、サイドバーの新規コメントは一時非表示にしておきます。

Posted by S.Igarashi at 09:12 AM | コメント (0)

November 06, 2004

So What「マイルス・デイヴィスの生涯」

So What「マイルス・デイヴィスの生涯」
ジョン スウェッド (著),丸山京子(翻訳)定価(3600円+税)
シンコーミュージックエンタテイメント ; ISBN: 4401618890
奥付を見ると2004年11月14日とあるから、書店に並んだのは先月末だろう。書店でタモリが書いた坂道美学入門の本がないか、タレント関連の書棚を物色していたとき、この本を見つけた。坂道美学入門はなかったが、躊躇することなく本を手にしてレジに向かった。タモリはマイルス・デイヴィスに直接インタビューしたことのある数少ない日本人の一人であり、お笑い芸人としては唯一だろう。そしてジャズ愛好家としては故・植草甚一氏のコレクションを引き継いでいるコレクターでもある。だからマイルスとの邂逅を演出してくれたのも何かの因果だろう。

コルトレーンの命日は記憶していても、マイルスの命日は僕の記憶から消えていた。マイルスが亡くなっても哀しくはなかった。唯、一つの時代が終わったという思いだけだった。マイルス・デイヴィスは僕にとって紛れもなく唯一無二のアイドルだった。だから、彼がどんなに自分の演奏スタイルを変えても受け入れることができた。60年代のマイルスを愛した保守的なジャズ愛好家にとって80年代のマイルスは屈辱以外の何ものでもなかっただろう。僕が最後にマイルスの演奏をライブで聴いたのは1987年のライブ・アンダー・ザ・スカイだった。当時、好んで演奏したシンディ・ローパーのタイム・アフター・タイムやスケッチ・オブ・スペインからのフレーズには演奏スタイルは変わっても、変わらないマイルスの何かがあった。

マイルス・デイヴィスが亡くなって13年、ようやく、波乱に満ちた彼の生涯を検証する本が世に出た。生い立ちから、60年代までを語っている本はこれまでに何度か読んだ事があるが、70年代や80年代、そして最後となった90年代のマイルスを検証した本は皆無に等しい。作者のジョン スウェッド はイェール大学・人類学の教授、アフリカ系アメリカ人研究が専門。全447頁+ディスコグラフィー24頁に亙る本書は丹念に調べられた資料と関係者からのインタビューと云う実証的なスタンスによっている。マイルスのアルバムとそのレコーディング時の数々の証言等、僕たちが知らなかった事実が浮かび上がってくる。マイルスを知っている人にも読みごたえのある内容である。

その死後、10年以上経ってなお、マイルス・ディヴィスの人気は衰えるどころか、高まる一方だ。今も彼の音楽はあらゆる所で流れ、「カインド・オブ・ブルー」は既に古典の一枚と見なされている。(※「カインド・オブ・ブルー」は今でも全米だけで週に5000枚売れているという。)彼が共演したのは、チャーリー・パーカーからセロニアス・モンクまで、ジャズ界が輩出した屈指のプレイヤーばかり。その従者達---ジョン・コルトレーン、ウェイン・ショーター、チック・コリア、キース・ジャレット、ジョン・マクラフリン---はそれぞれがジャズ界のスターとなった。そのクールで、ヒップでフレッシュなイメージは当時のまま。それでいてマイルス氏自身は謎のヴェールをまとい、その生涯は数々の神話に彩られている。なぜ頻繁に彼はスタイルを変えたのか?なぜ、あれほど人につらくあたり、時には敵意まで抱くような態度をとったのか?なぜ、そのキャリアが全盛期を迎えた時、人前で演奏することを止め、何年間も人目を避けるように自宅の暗闇の中に引きこもってしまったのか?
あの大統領選挙のブッシュ支持の赤く塗られた地域ではマイルスの音楽は理解されないだろうな。ということで、「カインド・オブ・ブルー」と、死の二ヶ月前にレコーディングされたクィンシーン・ジョーンズとのコラボレーション、「ライブ・アット・モントルー」を聴きながら書いている。

Posted by S.Igarashi at 12:40 PM | コメント (3)

November 05, 2004

米国大統領選挙

米国大統領選挙が終わった。この先、四年間の事を考えると憂鬱でニュースを見るのも不愉快になるので、三日の深夜は教育放送の茂木健一郎の「クオリアで脳に迫る 〜脳科学〜 」とサッカー・UEFAチャンピオンシリーズを見ていた。昨日になって、その茂木健一郎氏のブログ・クオリア日記を見たら「ブッシュの再選で、こんなに気が滅入るとは思わなかった。」と書いてあった。世界中でどのくらいの人々がブッシュの再選で幻滅を感じたことだろう。嫌な予感はTBSのクルーが取材した福音教会派のテレビ伝道師を見たときに感じていた。選挙速報の赤と青で塗り分けられたアメリカの地図、あの赤い部分は今でも辺境(the frontier)なのだろうか。彼らのアイデンティティーは先住民を追い払った開拓時代とそれを正当化した宗教にあるのだろうか。

神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。そして、神の似姿として作られた、男女を次のように祝福された。 「生めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」創世記28節。
原理主義者に、このミッションは未だ生きているのか。

追記:週刊文春・先週号の清野徹の「ドッキリTV語録」で「、、他の外タレさんは、宣教(モルモン教)であったり、またCIAのプロパガンダ(?)であったりと動機に不純なものがあるが、カールだけは違う。もとより日本の文化に憧憬していたのだ。」、、、、とダニエル・カールを小泉八雲の再来と評していた。たぶん、CIAのプロパガンダ(?)とされたのは自称TVプロデューサーのD.Sのことだと思うが、僕は以前より、彼はCIAのスパイではないかと考えていた。ちなみにダニエル・カールはカナダ人だったと思う。

Posted by S.Igarashi at 02:00 AM | コメント (4)

November 04, 2004

コンセントレーション

昨日のFC東京と浦和の試合、後半から見ましたが、圧倒的に浦和に攻め込まれていたにも関わらずFC東京の切れることのないディフェンスの集中力が良かったですね。PK戦にもつれ込むと、ひょっとして有り得るかなと云う想像が的中しました。サポーターもテレビ解説も浦和にシフトしているアウェー感覚の中での初タイトルは貴重です。加地が大きく逞しく見えました。数日前の闘莉王のFC東京を挑発する場外発言もディフェンスの集中力に影響したように思えます。

それにしても、バルセロナvsミランのチャンピオンズリーグ戦のロナウジーニョのスーパー・クィック・フェイントからのシュートは凄かったですね。

Posted by S.Igarashi at 11:35 AM | コメント (2)

November 03, 2004

宅地造成

minamino041029.jpg
八王子は都市機構(旧住宅都市整備公団)によるみなみ野シティ内の横浜線(左手)に面する宅地造成の現場風景。この道路は仮設道路、コンクリート擁壁の辺りに昔の道があった。最近の宅地造成は、何もない所にいきなりコンクリートの壁が立ち並ぶ。その後にダンプで土砂を運び、重機で土を盛ってゆく。コンクリートの壁も現場打ちとは限らず、プレキャストコンクリートも多い。何れにせよ、近い将来ここに住まいを求める人は昔の風景や地形を知る由もない。

Posted by S.Igarashi at 01:31 AM | コメント (0) | トラックバック

November 02, 2004

EGWord14

エルゴソフトのEGWord14のアップグレードを10月27日にコンビニ支払いで済ませた。すると、一昨日の31日にクロネコのメール便でアップグレードのCD-ROMが中三日で届いた。同梱の日本語入力プログラムEGBRIDGE15の機能の一つ電子辞書ビュアーがシステムソフト電子辞典にも対応して、一つの検索キーで全ての辞書の検索結果を表示する。流石に現代用語の基礎知識2004年版はブログを押えている。システムソフト電子辞典ビュアーのインターフェースデザインが宜しくないので、これからはEGBRIDGE15の電子辞書ビュアーを使うことにする。

Posted by S.Igarashi at 01:42 AM | コメント (0) | トラックバック

November 01, 2004

ビル・ゲイツ インタビュー

FOCUS 誌 ビル・ゲイツ インタビュー :マイクロソフトのコードにバグはない (Microsoft が思っている限りでは)
全てユーザーの過ちに責任転嫁するWindowsのしれっとしたアラートはビル・ゲイツそのものだったのですね。

Posted by S.Igarashi at 05:25 PM | コメント (2)

約9万8000人

IraqBodycount.jpg
イラク戦争による民間人の死者数が10万人を超えたと云う記事があります。また、この記事に異議を唱えているグループもあります。その要旨は「戦争によって死亡リスクが1.5倍に増えたのだから3万人強という数字が適当な値であり、よって、この記事は正当性を欠いている。」と云うもので、狙いは市民活動家を揶揄することです。やはり、こうした誤解を招く要因がこの記事にはあります。それは「、、これをイラク全体で推計すると、新たに約9万8000人が死亡したことになるという、、、」と云う表現にあります。この「新たに」という表現による文脈の理解を読者に強いています。従って文脈をどう読み取るかで解釈に違いが生じます。(読解能力の低下という問題もありますが、)誤解を与えないように正確さを重んじるならば、文学的表現に頼らずイラクの平均的な年間死亡者数とイラク戦争後の年間死亡者数とを比較対象、検証するデータを示さねばいけません。それがメディアやジャーナリズムの使命です。

Posted by S.Igarashi at 01:44 PM | コメント (0)