October 31, 2003

記録と記憶

すこぶる記憶が悪くなっている。特に人の名が思い出せない、と云うか憶えられない。これは私だけのことでもなさそうである。先日「発掘!あるある大事典」でも取り上げていたが、人の名を憶える時の優先順位は、形、属性、記号の順で、記号にあたる名前は優先順位の一番最後になる。そうすると名前などの元々は意味のない記号を憶えるのが苦手なのは、とても自然なことにも思えてくる。
そうは云っても記憶が悪いと、様々な場面で支障を来すことになるから、記録に頼るわけだが、その記録していたことも忘れてしまうと、為す術もない。
二年ほど前、CAD&CGマガジンの取材を受けた際に、何か座右の銘にしている言葉はありませんかの質問に対して「今日の便利は、明日の不便」と答えたが、その出典をどうしても思い出せなくて、そのままになっていた。
それが、先日 MAD Pressを整理している際、確か「今日の便利は、明日の不便」をテーマに何か書いたことを思い出した。どの号に書いてあるのか探してみると、その出典について「今日の便利は明日の不便 つーのは、違いの解る清家清(建築家、敬称略)のユーメーな言葉だそうで(但し孫引き)、、、」と書いてあった。そうか、清家さんの言葉だったのか。

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October 30, 2003

その後のRSSBrowser

一昨昨日、RSSBrowserの紹介を書いてから、一日二日ばかり、ドックに格納していたRSSBrowserのウィンドウを再表示してからRSSGETをクリックしてRSSを読み込み暫くするとフリーズする症状が見られた。しかし、それ以後はそうした問題も現れず今のところ快適に使えている。
本屋で立ち読みしたiNTERNET magazineの12月号にも田口和裕氏の「RSSリーダーは情報収集を楽にする魔法のツール」と云う記事があった。Blogを始めて未だ一ヶ月半と少し、やっとMOVABLETYPEに馴れたばかりである。レンタルサーバーにMOVABLETYPEをインストールしたときに読んだ入門書も積ん読状態になっている。迂闊にもこれまでウェブログ入門書にあるRSSリーダーの解説には全く目を通していなかった。
RSSBrowserを使い始めて、これはBlogをブラウズするのに適したツールであることがよく分かった。
作者の西村さんからのコメントにあるようにRSSBrowserは既に11月1日付けでver0.4.0にアップデートされています。

自分と同じくらいのレベルの若葉マークのBloggerもいると思うのでRSSBrowserにBlogのRSSを取り込む方法を解説してみたいと思います。RSSBrowserを立ち上げるとブラウザの記事本文のウィンドウは空白で左のブックマーク表示エリアだけに予め作者が登録しておいたブックマークがあります。メニューバーのSafariBookMからSafariのブックマークでBlogサイトを開きます。

RSSBrowser-01.jpg

Blogのsideにある”Syndicate this site (XML) ”をクリックして”index.rdf”を開きます。

RSSBrowser-02.jpg

XMLがない場合はURLのスラッシュの次にindex.rdfとタイプしてリターンキーを押します。

RSSBrowser-04.jpg

記事本文エリアが文字だけになりRSSリストにエントリー記事が表示されます。

RSSBrowser-03.jpg

ブックマーク登録ボタンをクリックします。

RSSBrowser-05.jpg

RSSリストのエントリー記事をクリックすればエントリーが記事本文表示エリアに表示されます。
ブックマークはマウスドラッグで移動して並べ替えることができます。

RSSBrowser-06.jpg

作者の西村弘美氏に感謝したいと思います。まだ、バージョンも 0.3.2ですから、これからもっと改良されるでしょう。


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October 29, 2003

杉浦茂の猿飛佐助

好きな漫画家は、杉浦茂、谷岡ヤスジ、山上たつひこ、この三人だけ、何れもギャグ漫画に分類されている作家だ。二人は既に他界し、山上たつひこも漫画家を廃業しているから、もう新作を見ることは不可能なので、自ずと漫画の世界には疎くなっている。

sugiura.jpg
復刻版の猿飛佐助(ペップ出版)カバー(左)と表紙(右)
物心ついた頃に既に「冒険王」「少年」「少年画報」「おもしろブック」等の少年向け月間漫画雑誌が家にある環境で育ち、小学生になる前に文字を覚えたのは漫画を読むためだった。なかでも「おもしろブック」に連載された荒唐無稽かつシュールな「杉浦茂の猿飛佐助」は何度も繰り返して読んだ漫画だった。子供の頃は遊びと現実とが未分化のまま、目眩く世界を僕らは生きていた。杉浦茂の漫画は正にその世界そのもの、あり得ない事こそが想像力を育てる栄養源だった。
赤塚不二雄の「レレレのおじさん」や「つながり目玉のおまわりさん」は杉浦茂のキャラクターの影響だし、楳図かずおのグワッシュの手形サインもそのオリジナルは杉浦茂なのだ。

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October 28, 2003

バーコード・エラー

先日、スーパーのレジで何度も読み取りしてもバーコードエラーがでる商品があった。その商品を手に取ってよく見るとバーコードまで薄い色で印刷してあった、これではエラーがでても仕方ない。
小泉にお払い箱にされた中曽根元首相の記者会見の未練がましいこと。コント・ニュースペーパーに揶揄されたバーコードは、今はその面影も幻。読取り不能。

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October 27, 2003

RSSBrowser

RSSBrowser ver 0.3.2 はフリーウェアCalendarMemoの作者・西村弘美氏によるブラウザを兼ねたRSSリーダーです。初公開の2003.10.17から、もう既に4回と、こまめにアップデートしているベータ版でが、使用感は軽快でブラウザとしても使えます。

クリックすると拡大。MineくんのHappy Go Luckyでこのスクリーンショットを使っていたので、こちらもそれに習い二重に入れ子にしてみた。
RSSについては詳しく知りませんが、RSS配信しているニュースサイトから最新のヘッドラインを取込みリストアップして、読みたい記事をクリックする。全ての操作が一つのウインドウで行えるのがミソです。またSafariのブックマークがそのまま使えるのもMacUserならではの配慮。
このRSSBrowseでモバイルタイプのXMLの活用法がちょっとだけ解りました。

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October 26, 2003

What I like most about you is your girlfriend

SPECIAL AKA の「ガールフレンド」を初めて聴いたのは、いや見たのは1985年頃、TBSの深夜番組「ポッパーズMTV」だった。ポッパーズ・MTVはピーター・バラガンがMCで出演していたMTVのパクリであるが、ピーター・バラガンの音楽に対するこだわりもあって、マイナーなインディーズ系もよく取り上げていた。英国の2-TONEレーベルのSPECIAL AKA を取り上げるのもピーター・バラガンの嗜好だったのだろう。

SPECIAL A.K.A ON FILM(LD)

リーダーのジェリー・ダマーズがファルセットで「What I like most about you is your girlfriend」(これが原題)と歌う「ガールフレンド」のビデオクリップはとてもヘンテコだ。何しろガラクタ玩具のようなUFOからジェリー・ダマーズ扮するエイリアン?が降り立ち、宇宙服を脱いでクラブに入り、カウンターでカップルにちょっかいを出して絡むが相手にされず、再びUFOに乗って立ち去るというストーリーなのだ。ジェリー・ダマーズはエイリアン?の他、クラブのピアニストでもある。シニカルで馬鹿馬鹿しくブラックユーモアに充ちた映像とは逆に演奏はリアルで音楽性も高い。
80年代、英国で商業的にも成功したグループ・スタイルカウンシルが20世紀大衆音楽を再構築したポストモダンとすれば、SPECIAL AKA はアフリカやカリブの植民地からの移民や音楽を内包し、併せて政治的なメッセージ性も強い、ポスト・コロニアルな尖ったバンドだった。その意味で英国でなければ絶対生まれないバンドでもある。Free Free Free Nelson Mandela と唄う、その曲名もずばり「Nelson Mandela」は当時獄中にあったNelson Mandelaの開放を訴える曲であるが、プロテストソングと云うよりもアップテンポなダンス音楽として仕上げている。そこにジェリー・ダマーズの粋を感じる。

THE SPECIAL A.K.A IN THE STUDIO (CD;東芝EMI-TOCP-66043)
iTunesでCDデータベースから曲名とジャンルを取得するとブルースに分類されていた。
尚、このCDにはボーナストラックとして「What I like most about you is your girlfriend」と「Nelson Mandela」の二つのビデオクリップをQuickTime ムービーにしたものが付いている。

Posted by S.Igarashi at 10:33 PM

October 25, 2003

MacOS X Panther

今日の昼12時過ぎにMac OS X Panther がアップルストアから届いた。
OSX103.gif

早速、iBook(G3 600Mhz)にインストール、Mac OS X10.2.8をMac OS Xv10.3Pantherにアップデートした。インストールに要した時間はCD-ROMが二枚で一時間半余り、とても時間が掛かった。インターネット等の各種設定はそのまま継続される。ファインダーは使いやすそうだ。ウィンドウのデザインはSafariやiTunesと共通のメタル・ヘアラインだ。ウィンドウのエッジが両サイドにも出来たのでここをつまんで移動可能になった。これはOS9の良いものを復活させたと云う印象。
.Mac.comはアカウントをspaceshopで取り直し、ここでVectorWorksのファイルを公開する予定。

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事前運動?

昨日、出かける前の忙しい時に玄関のチャイムが鳴った。宅配便かと思って出ると、「○○です。」と二人連れが立っていた。「○○後援会がどうたらで、今度、町会会館で○○さんのなんたらがあります。」とムキムキマン振りを誇示した写真入りパンフレットと名刺を渡され、「こちら、自○党から立候補する○○さんのご親戚です」と紹介され、名刺を渡された。「あ〜そうですか〜」と無愛想にドアを閉め、渡されたパンフレットと名刺をゴミ箱に捨てた。
まったく腹が立つ、自民党だろうが、民主党、公明党、社民党、共産党、どこの政党の輩が訪れようが、普段は何もしないで、この時期だけ戸別訪問するとは、如何なものか。ゴミ箱に捨てたパンフレットには事務連絡と印刷してあった。事務連絡だから問題ないと言い訳するんだろうが、こっちは後援会でもなんでもない。
これも「消防署の方から、、」と同じ類いじゃなかろうか。聞き取り方によっては町会がこの候補を推薦していると勘違いするように巧みに町会という言葉を挿入していて、老人なんか「町会が推薦してるんだから投票すべえよ〜」てなことになるんだろうな。

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October 23, 2003

「おたくたち」

「おたくたち」
MADPress12(1994/1/31)に書いた古ネタである。何故、この題名を付けたのか正確に思い出せない。マニア的なオタクではなく、たぶんこの頃よく使われていた人称代名詞の「おたくたち」から付けたと考えられる。

「おたくたち」 MADPress12(1994/1/31) 岩波新書の「英語の感覚」によれば、英語の人称代名詞のI、you、he、she は形而上的な「人格的存在」としての人間をさす。神との契約関係にある人間は自己も他者も対等の同一平面上にいる人格をもつ存在であるという認識を彼らは持っている。一方の日本語の人代名詞は対象となる人間の位置関係を表した言葉に過ぎないという。成る程、言い得て妙である。  常に、日本人は他人との位置関係を気にして生きている。「人格的存在」としての私もあなたも存在しない。古山君の口癖の「御上から下々へ」という言い方も、位置関係を表した言葉である。相対関係によって御上は神や支配者を表す意味へと変化する。グローバル座標の西欧とローカル座標の日本という表現が当て嵌まりそうだ。昨年あたりから漱石ブームの再来だそうであるが、明治に生きた彼らの前にたちはだかった西洋の壁とは物理的なものでなく「遅れてきた青年の近代的自我」だったのであろう。  テレビコマァシャルの世界を眺めれば、広告案文の原理とは「他人との相対的位置関係を意識する見栄の構造の刺激」によるものである。「それじゃー私が可哀相!」と少女が叫ぶカツラのコマァシャルを見るにつけ、「おまえなんかどうでもいい!」とおもう。親父や彼氏の価値判断は人前にだして自分が恥しくないかで決まるのである。  大衆消費住宅の広告案文に至っては、もっと露骨に見栄の構造を刺激する。レレレのお掃除オバサンが「お出掛けですか」と声をかけ、他人の家の塵芥を突くと「人も羨む二所帯住宅」のナレーションが流れる。或いは、新築の家に新しく家具・什器を運び込む度に「○○が淋しくて」と言い訳する主人。と列挙の暇もない。  同窓会に出席したとき、相手を牽制しながら探り出すのが卒業年度だという。後輩と知ったとき態度は豹変し露骨に横柄になる輩等々困った人たち。日本人の「横並び」の性格も組制度に由来するといわれるが、これも「他人との位置関係」に敏感故のことであろう。管理教育・偏差値教育から疎外されたものが作る族、チィム、社会のアウトローであるはずのやくざが、一般社会よりもヒエラルヒーを重んじる組織をつくるのも、些か漫画じみた光景である。族の総長も権現様もたいした差はない。自我の確立を求めるのでなく、他者との相対的位置関係が全てなのだ。近頃、Mac vs Windows という記事が矢鱈と目につく「長いものには巻かれろですよ。」とWindows を推す人は嘯く。  
 
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October 21, 2003

これはパロディではない。

マッドアマノの週間パロディ・タイムズのパロディ投稿欄のNo.76に「建築家を皆殺しにしろ」という投稿がある。しかし、全然、ユーモアの欠片もなく、それといってシニカルでもなくパロディにもなんにもなっていない只の直球勝負で投稿している。全く文脈の読めない人間である。投稿者のペンネームで誰を批判しているか判断つくが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで、こんな輩に殺されては敵わない。
問題があるならば科学的データに基づき実証すれば良いのである。その上できちんと対策を講じるよう管理者に訴えるなり、社会問題化すればよい。
パロディ投稿
これで解ったのはマッドアマノが投稿を削除したりして情報操作していないことだ。
しかし、こんな事書いてパロディもユーモアも解さないこの投稿者に狙われたらどうすんべ、、、書いたからには仕方ない、まぁいいか。

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「超」整理法を読む

中公新書の"「超」整理法"(野口悠紀雄著)を批評した10年前くらいの文章であるが、何も変更しないで掲載する事にした。  MAD Press Vol.12 (1994/1/31)
この新書によって野口氏はブレイクスルーしたわけである。彼の研究室か書斎を写した写真が何かの雑誌に掲載されていたが、必ずしも「超」整理法だけによって書類を整理している訳ではない事を、本人もそこで述べていた。

「超」整理法を読む MAD Press Vol.12 (1994/1/31)  中公新書の"「超」整理法"(野口悠紀雄著)が売れているらしい、一週間程で書店から姿を消し、20日余りで増刷し第二版を出しているから、この手の本としては相当なものである。昨年末で約17万部の記録と新聞の書評欄に書かれていた。どうやら、新書で「情報」とか「整理」とか「知的○○」とか名が付くものは、売れ系(すじ)の本である、それだけ「情報難民」の数が多いということであろう。それに「超」が付けばもっと売れると出版社が目論んだか、或いは最近の餓鬼共が使う「超かわいいじゃん。」と同じ程度の「超」なのか、何れにしても「超」に迷わされてはいけません。もっとも、スーパー○○とかハイパー○○とか、広告代理店が付けそうなネーミングは山根一眞が既に使っているので避けたのかも、どちらにしても感心できる名とも思えない。なにか、中公新書というよりは青春出版社が考え付きそうな書名に小生はどうしても胡散臭さを感じてしまう。

 いったい「超」整理法とは何ぞや、この本で著者が主張していることは、「分類するな。」「時間軸で管理せよ。」「検索はコンピュータにまかせよ。」といったことで、一つ一つに殊更目立つような新鮮さはない。それでも「分類するな。」の一言に物臭な読者は安心するかも知れない。だが、本当に物臭な人間がこの手の本を読むことなど有りえない。多分、これまでも情報整理学などと名のつく本は読み尽くし、電子手帳にシステム手帳と新しいグッズがでると欲しくなり、一度は「MS-DOS入門」という本を買って挫折したこともあるような「情報難民」をターゲットにしてこの本は作られている。
 多分、山根一眞の本を読んでも山根式ファイルを実践しなかったように、"「超」整理法"を読んで野口式押し出しファイリングを実践する人も稀な気がする。
 野口式押し出しファイリングは山根式ファイルと同じようにA4の封筒を使うことでは似ているが、山根式ファイルが百科事典と同じようにカテゴリーに分類しないで50音別に並べるのにたいして、野口式押し出しファイリングでは、使用したファイルを常に本棚の左側に差し込むということである。自ずと使用頻度の少ないファイルは右側に押し出されることになる。A4の封筒には標題と日付を記入することになっているが、再使用した日付を記入するかどうかについては、この本では記述されていない。ファイルの使用日をスタンプすれば、アリバイを辿うことができ、そのファイルの重要度も自ずと解ると思うのであるが、兎に角、使用頻度の多い書類は左に位置することで、著者は良しとしているのだろう。

 これらのことから解るように、この"「超」整理法"は極めて私的な個人のための情報整理法である、著者自身の大学教授という肩書きが表すように、大学研究室という閉ざされた世界のみで通ずるものではないだろうか。それは、梅棹忠夫のいうところの「アカデミック・エゴイズム」がこの本全体の文脈を占めてないだろうか。
 小生は思うにこの"「超」整理法"を敢て新書で出す必要があるのかと疑いたくなるのであります。それこそマガジンハウスや青春出版社でだしている雑誌の見開き頁で伝えるに充分な程度の中身なのではないかと。その不足分を補うために、著者は、整理のための整理に時間が失われることの無意味さや、死蔵する情報のモルグと化したファイリング・システムについての言及や名刺データベースの失敗談、アイデア製造システム、高度知識社会に向けて等の二番煎じなアカデミック・スパイスを添加している。しかし、だからなんだ????という気がし、却って卑しさを感じてしまう。

 要するに、小生この本を読んでもあまり関心しなかった。べつにそれが、著者がMS-DOSのUserだったから、ということでもないけど。結局、情報整理に関してなんの解決案も得られないということじゃーないだろうか。著者がやっているようなことは、MacUserであれば日常において殊更意識しないで、デレクトリを日付順にしたり名前に替えたりと、山根式と野口式を使い分けている。
 リチャード・ワーマンの言う情報にアクセスする5の方法、カテゴリー、時間、位置、アルファベット、連続量、これら全てをMacintoshのデレクトリ/ファインダーは満たしている。

 こんなことを書いていると小生が「馬鹿の壁」に突き当たって理解できないので八つ当たりをしてる、と非難を受けるかも知れない、自分でもそうだろうかと疑ってみたが、読書後の満足感とは、作者によって与えられる「ヴィジョン」ではないだろうか、どうもその「ヴィジョン」を小生はこの書物から読み取ることができなかったようだ。

 もっとも、読みながら考え付いたこともあるから、あながちこの本を否定することもない。それは単なる思い付きであるが、スタンプ主義による情報カルテというものを作ってみてはどうだろうか、カタログやファイルでも蔵書でも、とにかく利用したら裏扉に日付スタンプを押してしまう。そうすれば、カタログ整理のとき捨てるものかどうかの目安には、なると思うのだが、しかし、こういうことは実行しなければ何の意味もない。
 このことで気付いた事がある。それは、最近の図書館の貸出方法がコンピュータによる管理になってから、書物から貸出カードがなくなり、その本がどの位読まれているか、同じ人が数回に渡って借りているか、どの位の期間借りているか等の情報が、コンピュータによってブラックボックス化されてしまったことである。謂わば貸出カードによって書物を共有することの連帯意識のようなものが失われたのではないだろうか。(五十嵐)


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October 20, 2003

マッド・アマノ

10月19日付け東京新聞朝刊・本音のコラムはマッド・アマノで「死人が出るぞ」
例の道路公団藤井総裁の進退問題を取り上げている。何れ彼のサイトにも本文が掲載されると思うので下記のバナーからリンクを辿ってください。
don_banner.gif

尚、マッド・アマノとMADCONNECTIONとは何のコネクションもありません。

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October 19, 2003

絶叫するアナウンサー

昨日午後のFC東京vs浦和レッズを試合途中から副音声に切り替えてテレビ観戦してみた。副音声は極楽トンボの加藤と元浦和レッズの福田、それにハーフタイムから参加の某大物タレント??だったが、意外なほど彼らの無駄話が気にならなかった。いや、昨今の矢鱈と絶叫するスポーツアナウンサーよりも試合を楽しめた。時折、試合に心を奪われ無音の空白状態になるのが、とても宜しい。

元祖「絶叫するアナウンサー」はベルリンオリンピックに於けるNHKの河西三省アナウンサーの「前畑頑張れ」と云うことになっている。後年伝えられた話によれば、河西氏は我を見失い実況中継で取り乱したことを恥じていたとも云われている。シドニーオリンピック・サッカー中継の日本テレビの船越アナウンサーの絶叫ゴールシーンが大顰蹙をかったのは記憶に新しい。時折、国際大会の実況で近接する南米諸国の実況が聞こえてくることがある。リズムよく早口で捲し立てるスペイン語やポルトガル語は我々には意味も判らず音楽のよう聞こえたりもする。だからと云って、それを日本人が真似をすることはない。
今年のバルセロナ世界水泳の古館伊知郎によるキャッチコピー満載の実況中継などは論外であろう。NHKだけは、スポーツニュースで独占権を持つテレビ朝日の映像を流したけれども、絶叫する古館伊知郎の声は絞れるだけ絞って放送していたのは流石だった。
そのNHKでさえもスポーツ担当・有働キャスターの力の入った喋りには辟易させられることがある。彼女が番組を休んでいてくれるとホッとしたりするのである。お願いだからもう少し、普通に平常心で肩の力を抜いて喋れないものだろうか。他のニュースを読むときのように。

何れにせよ、時として我を忘れて絶叫することも有るかも知れないが、それが演出やキャラクターイメージによるものとなると、如何なものか。

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October 18, 2003

Dexter Gordon "GO"

Dexter Gordon (デクスター・ゴードン)の"GO"を初めて聴いたのは70年代、渋谷の道玄坂小路の台湾料理店・麗郷の向かいにあったJazz喫茶ジニアス(GENIUS)だった。
DexterGordonGO.jpg

その時、偶然、僕が聴いたのはB面のLOVE FOR SALEだったと記憶している。スピーカーはJBLの4000番シリーズではなかっただろうか、その頃のJazz喫茶はJBLかアルティックのスピーカーの何れかだった。それでアンプがマッキントッシュが定番。そう、AppleがMacを作る遥か前にはマッキントッシュは憧れのオーディオアンプのブランドだった。スペルはMcIntoshで"i"が大文字である。またまた商標問題でAppleとApple(レコード)が揉めているけれど、McIntoshもそうだった。既に80年代に金銭的解決をしているが古いカタログにはMacintoshはMcIntosh Laboratoryから商標認可を受けていると書いてあった。
話がそれたが、Jazz喫茶でも頑固おやじがマスターの店はアルティックのA7が主役、店主が若い世代の場合はJBLが通り相場だった。
マイルスやコルトレーンばかり聴いていたその頃の僕にはDexter Gordon は良く言えば外連味のない、不器用なサックス奏者くらいの認識だった。その時の精神状態・体調によるものか、JBLのスピーカーによるものなのか"GO"のDexter Gordonのプレイは僕の彼に対する認識を覆すものだった。いや、認識は変らない、不器用で外連味のない演奏が僕の耳に心地よく聴こえたのだった。

Posted by S.Igarashi at 01:19 PM

ネィティブアメリカン・祈りの大地

60年代後半のアイドル内藤洋子(喜多嶋洋子)が出演したNHK教育の特別番組「ネィティブアメリカン・祈りの大地」より。


大地を大切にしなさい
大地は親に貰ったものでなく
あなたの子供から借りているのです

大地は先祖から受け継いだのではなく
未来の子供たちが貸してくれたものだから

Posted by S.Igarashi at 11:07 AM

October 17, 2003

iTunes Music Store

今朝、Macを立ち上げ、念のためにソフトウェアアップデートを起動するとQuickTime とiTunesのアップデートを始めた。iTunesはこれで4.1となり、Windows版もでた。起動するとすぐにiTunes Music Storeへのアクセスを尋ねてくる。
iTunes.jpg

しかしながら iTunes Music Store の販売サービスは北米に限定されている。何故かって?それはDVDのネーションコードと同じだ。つまり、その国における音楽や映像ソフトウェアの独占的販売権をもつ企業、つまり輸入元の音楽産業の利権の縄張りを守るためだ。今のところ、DVDとは異なりCDはどこの国で買ったメディアで、どんなプレーヤーでも再生できるようになっている。Amazon.comがない時代は、音楽産業もそこまで気づいていなかったのだろう。昔は輸入盤は高価なものだった。国内版LPが2000円のとき、銀座のヤマハで輸入盤は3000円もした。現在ではそれがすっかり逆転している。輸入盤CDの方が国内版CDよりも遥に安い。国内版の輸入盤との差別化はボーナストラックとライナーノーツの翻訳とオリジナル解説くらいなものだ。CDにもネーションコードを付けたいのが音楽産業の本音だろう。この上、インターネット経由で音楽ソースが自由に入ってきたのでは経営が立ち行かなくなると考えているのだろうが、インターネットに対応しなければ音楽産業が生き残ることもないだろう。

今のところ、日本国内に住んでいる僕らにとってiTunes Music Store の使い道はと云えばネット上に構築された音楽データベース・DiscoGraphyとして利用するのが一番であろう、うろ覚えのミュージシャンや曲名を検索したり、さわりを聴くことも可能なのだ。

Posted by S.Igarashi at 09:46 PM | コメント (0) | トラックバック

October 16, 2003

都市公団総合技術研究所・技術センター

ソファーの上にあった先週末のタウン紙を片づけようと手にしたら「都市公団が施設を公開」の文字が目に留まった。何だろうと内容を読むと都市公団総合技術研究所・技術センターが特別公開すると書いてある。期日を見ると10/16から10/18まで「なに?、今日から明後日まで?」そうか一週間前の記事だった。
都市公団総合技術研究所・技術センターは中央高速下り車線の石川パーキングエリアの先の左側、八王子インターの手前に見える赤白ダンダラ模様の鉄骨高層タワー、あそこです。あのタワーが何だったのか、これで一つ疑問が解決するでしょう。
都市公団総合技術研究所・技術センター
駐車場はないようで、電車かバスによるアクセスですね。

Posted by S.Igarashi at 09:57 AM | コメント (0) | トラックバック

October 15, 2003

F-1

F-1日本グランプリは大方が予想していたシナリオ通りにはならなかったけれど、結果はシューマッハとフェラーリが夫々ドライバー、コンストラクターのチャンピオンシップ優勝と例年通りとなった。
それにしてもフジテレビの中継は相変わらず録画によるもので、ライブが命のスポーツ中継の基本を逸脱している。だが、テレビのライブ中継が駄目でもF1-Live.comのサイトからレース状況をライブで得ることが可能だ。画像はないけれどラップタイム等が逐次更新される。今年からは日本語も加わり英・仏・西・伊の五カ国語に対応するようになった。
尤も、日曜午後の時間帯はフジテレビにとって譲れない競馬中継が重なっていて、スポンサー第一主義のフジサンケイグループは年間通してスポンサーになっている企業の意向には逆らえないのだろう。しかしフジテレビの競馬中継は日曜のメインレースのおいしいところだけ、それ以外は東京12チャンネルが競馬中継を放送しているのだから、年に一度、日曜のメインレースも東京12チャンネルに譲ってやれば良いのにと思うのだが。
フジテレビのF-1中継といえば、やたらと芸能人をリポーターにしたり腹の立つことばかりだけど、唯一の救いはあの耳障りな現実歪曲実況中継を得意とする古館伊知郎がいなくなったことだけ。

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October 13, 2003

Miroslav Vitous UNIVERSAL SYNCOPATIONS

持っている腕時計の電池が全て切れてしまい、近くのショッピングセンターに電池を交換に行った。電池交換してもらっているあいだ、新星堂のJazzコーナーを覗いてCDを物色した。プレステッジの廉価版定価1980円が更に15%オフになっていた。普段聴くのにCDが手軽で便利なのは判るけれど、殆どが聴いたことがあるか、LPで持っているものなので、今一つ積極的に買う気になれない。また、この次にしようと棚の下段を見ていたら懐かしい名前を見つけた。Miroslav Vitous(ミロスラフ・ヴィトウス)1960年代の終わりから70年代前半に活躍したJazzベーシストだ。70年代、ウェイン・ショーターとジョー・ザヴィヌルとのコラボレーション・ユニットのウェザーリポートを退団してから、あまりその名を聞いていない。好奇心と新し物好きに背中を押され買ってしまった。
Miroslav Vitous.jpg
タイトルは「UNIVERSAL SYNCOPATIONS」パーソネルはミロスラフ・ヴィトウス(b)の他、ヤン・ガルバレク(ss,ts)、チック・コリア(p)、ジョン・マクラフリン(g)、ジャック・ディジョネット(ds)が名を連ねている。チック・コリア、ジョン・マクラフリン、ジャック・ディジョネットは60年代を締めくくるマイルスの大作「ビッチェス・ブリュー」の参加メンバーだ。30年を超える時の流れの中でどんな風に何が変ったか、変らなかったか興味があった。

ミロスラフ・ヴィトウスが現在何処に住んでいるか情報がないので判らない、祖国・チェコ(スロバキア)に戻ったのだろうか、共演者のヤン・ガルバレクはノルウェー、レコード会社のECMはドイツ、少なくともヴィトウスのアイデンティティは米国にはないだろう。国籍の異なるミュージッシャンによるセッション、それもJazzの醍醐味の一つだ。
CDを聴いてたら、昔の演奏も聴きたくなった。最近は殆どアナログレコードを聴いていない。

infinite search.jpg

レコード棚から三枚のLPを探し出した。CHICK COREA / NOW HE SINGS, NOW HE SOBS、MIROSLAV VITOUS / INFINITE SEACH(邦題:限りなき探求)、MIROSLAV VITOUS / PURPLEのLP三枚、何れもベースはミロスラフ・ヴィトウス。処女作「限りなき探求」に収録されているフリーダムジャズダンスが記憶から呼び覚まされ、もう頭の中でフレーズが鳴り響いてる。レコードジャケットからLPを取り出しターンテーブルの上に乗せる。スィッチを押し、レコードに針を落とす、もちろんレコードプレーヤーはマニュアルだ。ボリュームを上げ、スピーカーに耳を傾ける。バースからテーマがユニゾンで流れる。ハービー・ハンコックが演奏するフェンダーのエレクリックピアノにヴィトウスのベースが絡んでゆく。そうだ、このドライブ感が好きだったんだ。

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October 12, 2003

たむらしげるの絵本

たむら君から新しい絵本が送られてきた、「ランスロットとパブロくん」だ。

クリックすると拡大

発行:偕成社 ISBN4-03-331290-0 定価[¥1,000+税]
今度の絵本はその技法にも色んな秘密が詰まっていそうだ。

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October 11, 2003

Apple Store Ginza Tokyo

年末か来年早々に開店が予想されている工事中のApple Storeである。

Apple Store5.jpg

場所は銀座松屋の正面、玉屋の隣である。ここは元々は住友銀行銀座支店だったところで、三井銀行と合併後の昨年までは三井住友銀行銀座通り支店だった。銀行の合併統廃合によるリストラクションで銀座通りに支店は二ついらないとの理由からか撤退して空いたところを目を付けたのがApple と云うわけか。銀座松屋の一角を占めていた東京銀行の後にルィ・ヴィトンが入ったように、銀行の後にブランドがテナントに入るのが、銀座通りの流行。大和銀行が撤退した後、長い間空いていたビルもカルチェに変ったりしている。

施工は鹿島建設となっているが、設計はあちらになっている。


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October 10, 2003

Nobel Peace Prize for 2002

昨年、2002年10月16日のAppleのサイトである。

Nobel2002.jpg

その日はジミー・カーター元大統領のノーベル平和賞受賞に捧げたThink differentのキャンペーンポスターがトップページを飾っていた。翌日の10月17日まではこのポスターをトップページにしていたが、僅か二三日でThink differentは姿を消すことになる。そして、このサイトがメディアで一度も話題に取り上げられたこともなく、無視された。折りしも米国はイラクへの攻撃モード一色と政治プロパガンダ真っ盛り。

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October 09, 2003

ケアレスミス

先日のJR中央線高架工事に伴う仮設線路の切り替え工事で起きた信号機の配線ミスは図面チェックのケアレスミスによって起こされた。それも工事直前に図面のミスに気づいたにも関わらず、情報が工事関係者全員に周知されず、図面が訂正されないまま工事が行われるという二重のミスを犯している。
最近になって頓に増えているこうした事故は設計の効率優先による図面のCAD化と果たして無縁と云えるのだろうか。
昔の工事現場では現場常駐の監督が自らトランシットやレベルで墨出しを行い、その上、施工図も描いていた。次第に施工図はゼネコンやサブコン内部の施工図専門設計技術者の手に委ねられ、それもいつの間にか派遣会社から出向の技術者に取って代わられ、施工図がCAD化された今日では東アジアの国々に外注される場合も少なくないという。20年前くらい一級建築士受験講座・設計製図の講師をしていたことがあった。そのとき、試しに矩計図(かなばかりず)を描かせたことがあったが、図面の上手下手を抜きにして満足に防水納まりや建具廻りの納まりを描ける者が殆どいなかった。受講者の大半が建設会社の現場監督なのにこの体たらくである。「施工図のチェックはできるけどねぇ、描くのはちょっとねぇ、、」そんな言い訳も現場監督の仕事が算盤勘定と手配師に費やされる故であろう。

VectorWorks10ではじめるCAD:後書きより 「そこは下書き線をトレースするように」私の言葉に学生が意味も解らずキョトンとしていた。学生は「トレース」の意味を知らなかったのである。当然、知っている言葉だと思っていただけに我ながら唖然とした。そう云えば、昭和の時代まで大衆雑誌や新聞の通信教育の広告に必ず「トレース」とか「トレーサー」と言う文字があった。憶えるでもなく誰もが知っているような言葉だったが、既に死語と化したのだろう。それに代わり、最近の新聞や雑誌の通信教育には「CAD技術者養成」の文字が目立つようになってきた。その隣の高収入うんぬんの文字に首を傾げたくなるが、CADがトレーサーと云う職能を駆逐したことは確かだろう。それはDTPが写植技術者の職場を奪ったのに似ている。この10年の間に設計環境はコペルニクス的変動に晒され、手描による製図は少数派となりつつある。 最近になって、図面上の初歩的ミスが事故の要因となった例が後を絶たない。テーマパークで起きた配管接続ミスの事故など、極めて単純な設計上のケアレスミスにその原因があるという。国産ロケット「H2A」2号機と高速再突入飛行実験衛星「DASH」の事故も設計図から製造用図面へのコピーミスによって電気系統に配線ミスが生じた結果だという。これらの事故の要因になった図面がCADによるものであったと云う報道はされていないが、しかし、こうした単純ミスは工程毎のチェックが厳しかった手描製図の時代は考えられなかった。電子無脳状態のCAD化された環境でこそ起こりうるミスと考えられる。CADへの転換が我々に齎した恩恵と共に失ったものが何か考えることが、いま求められている。
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October 07, 2003

小仏トンネル

昨日のこと、週に一度の電車通勤の帰り、大月行き通勤快速に乗り、高尾で下車するところ迂闊にも乗り越し小仏関所を越え隣駅の相模湖まで行ってしまった。幸いにも10分ほどの待ち時間で大月発東京行き上り快速電車があり、それに乗って戻ってきたのだが、驚いたのがその車内の騒がしいこと。騒音の源は車内のあちこちにいる女子高生の集団。明らかに東京・高尾間の快速電車車内よりも10デシベル以上は音圧が高そうだ。前に座っている女子高生三人組は多摩動物園から何か逃げ出してきたに違いない。大股を広げ、両手を叩いて大声で笑うしぐさは、頭を叩くとシンバルを叩く猿のおもちゃにそっくり。
小仏トンネルに入って解った。彼女たちの大声はトンネル内の騒音にも負けずにしゃべり続ける為の環境適応だった。

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October 05, 2003

象の時間、ネズミの時間

哺乳類が一生の間に打つ脈拍数は種が異なってもほぼ同じだという。モーターの寿命も同様である。コンピュータの起動中、ほぼ常に回転しているハードディスクは、壊れやすいデバイスだ。だが、僕が最初に買ったMacPlusの20MB純正HDは10年以上も長生きした。何しろこの20MB純正HDはSCSIではなく外付けFDドライブポートに取り付けるものだった。大型5インチのハードディスクは回転も穏やかで、象の時間を生きていた。それに比較すると最近の2.5インチの超高速回転のハードディスクはまるでネズミの時間を生きていることになる。

今までに壊れたり交換したHDのこれがほんの一部、一番手前の2.5インチHDが昨日iBookから外したもの、その左上のアップルマークのある3.5インチがG4から外したもの、まだ壊れていなかったが3年以上経ったので交換した。その右のケーブルの付いた2.5インチのHDはキャノンのポストスクリプト・レーザーショットLBP-730PSのフォント用で日立製のキャノン純正部品、これは6ヶ月未満で壊れた。

このHDはモリサワフォントを収納するために、八王子にあったキャノン01ショップで確か80,000円で購入したものであるが、プリンター本体が既に6ヶ月以上使用していたため、本体の保証期限が適用され、HDは保証できないという理由で泣き寝入りさせられた。(それでも一年は経っていない。)なにしろLBP-730PSそのモノの保証期限6ヶ月というキャノン御自慢の製品ですから仕方ありませんね。キャノンの本社まで掛けあったが規則ですの一点張りで交渉不能。揚げ句の果てに「HDが日立製ですから、、」と責任転嫁ともとれる発言。それで、汎用のHDが使えないか秋葉原のジャンクショップで同様の製品を買ってきたけれど、汎用品では認識しなかった。これも工場出荷時にキャノンが特殊なファーマットで初期化しているので、それ以外の汎用品は使えないということが判った。そのときLBP-730PSのロジックボードを外してみた分かったことは、ロジックボードがレイアウト的に全然スマートでなく、とても無理のある設計をしていた。そんな設計だからメモリも汎用品は駄目で純正品しか使えない。この点、エプソンや沖電気のレーザープリンタはメモリもHDも汎用品が使える設計になっていて、ユーザー指向にできている。結局は企業姿勢が反映しているんでしょうね。第一世代のBJプリンタのときにも、プリンタドライバの件でキャノンと何度も交渉した経験があるのに、二度も失敗した私がバカなのよね。

ちなみにAppleの第二世代のレーザーライターNTX-JはHDが外付、メモリは汎用のSIMMを使っていたのでMacから外したSIMMでメモリを増設することができた。この外付けHDは6年以上とかなり長持ちした。

そんな訳で、日立のテレビコマーシャルで社長が「ストレージですよ」と言う度に、「笑わせるな、ろくな製品作ってない癖に、、ケッ!」と悪態をつく私である。

何れにせよ、毎日使うものなら3年を目安にHDを交換するのが望ましいと思うが、iPodはそれができない、しかしコンピュータとデータをシンクロさせるのが本来の使い方だから、寿命が尽きてもデータはコンピュータに残る訳なのか。

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October 04, 2003

東京新聞が面白い

東京新聞が面白い、イラク攻撃の時も反戦の姿勢を崩さなかった東京新聞だが、昨日の「こちら特報部」は「ギャンブル都政の石原知事」と政策の大半はスカばかり、唯一評価されている、ディーゼル車排ガス規制は宿敵だった美濃部都知事も出来なかった公害対策だから、きっと対抗心も強いだろうね。テレビのワイドショーが挙って石原一家をヨイショしているのとは対照的です。

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October 03, 2003

iBook

今日の夕方、iBookのharddiskがお釈迦になった。享年一歳半、ノートブックのharddiskの寿命は2年程度と考えてるので、まぁこんなものかな。いちおう、先々月、harddiskの中身は粗方、バックアップしてあるし、メールはサーバーに一週間残すように設定してあるので、G4にもiBookにも同じ受信データを残っているが、さいきんiBookから送信した一部の発信データは消えてしまった。それでも重要な送信データはカーボンコピーを.Macのアドレスに転送するようにしてG4にも残すようにしてはいた。
ということで、harddisk交換の出費がかさむのと、リカバリーに、なんたらかんたら一日は取られることになるだろう。

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October 02, 2003

片岡修平和ポスター回顧展

届いたばかりの東京新聞夕刊を開いたら「平和ポスター描いた故片岡修さん追悼展・被爆者の一人として64枚の訴え」の文字が目に飛び込んできた。片岡さんは僕が勤めていた高木滋生建築設計事務所の部屋のオーナー、つまり大家さんだった人だ。
銀座のPOLA Museum Annexで明日(3日)から日曜(5日)まで開催。

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October 01, 2003

MADParty 黎明期

まだ、MADPartyを始める前のテキストがハードディスクの片隅からでてきた。ファイルのデータを見ると作成日が1990/2/24、変更日が1990/3/14となっているから、13年前、一昔も前の文章である。MADPartyを立ち上げる魁となった、MiniCADの自主的な勉強会を浜松の榑林くんの事務所で開催したときに配付した資料につかったものである。従って、設計事務所の実情は1990年当時のことである。
その後、このテキストは過激なトーンを押さえ、企業名を削除して、リース制度の減価償却額の表を加えて「Macintosh Desktop Architecture Guide」に「ユーザー不在のリース契約」として掲載した。
1990年代も後半になってようやく国税庁も重い腰を上げ、コンピュータ等情報機器に対する減価償却対象額の切り上げ等を行うようになったが、まだまだ現実と乖離しているとしか思えない。

くたばれ○○商○!! 1990/2/24 設計事務所にコンピューターが導入されたのは何時頃からだろうか考えてみると、まだ10年位前までは構造事務所でもパーソナルコンピューターは使われていなかったのではないかと思う。電電公社の大型電算機に繋げられた端末機を使っていた構造事務所が多いように記憶している。それでも使用料が高いしプログラムに融通性がないからと言って手計算が半分位だったのではないか。その中のいくつかの構造事務所が独自にプログラムを作るようになったのではないか。6、7年前のパソコン雑誌を見ると構造計算専用のパソコンでも大容量64KBなんて書いてある。と ここまではコピューターに対して純粋な動機と言うものが有った筈である。それは技術的な計算、解析、分析や、所謂、情報処理と言う目的で必要とする者が必要に応じて電子計算機を用いていた。 コンピューターが不純な動機で作られ売られる様になったのはいつごろのことからだろうか。それはメインフレームに乗り遅れた○○電気と、利狂人といい勝負のマッチポンプ体質のPC系出版社、何だか得体のしれないヤクザな○○商会、他人の褌で相撲をとる○○信販、それに虚構をアジテートする大N○K達の詐欺師的な企みが有ったのではないだろうか。

需要を掘り起こすマーケッティング戦略と言えば聞こえがよいが、要は必要としないものに幻想を与え役に立たないものを売り付ける。ユーザー不在の売り手の論理である。それは建築や土地の不動産までを消耗品としてしまい、スクラップアンドビルドが経済発展に不可欠であるとする我が国資本主義経済と見事にシンクロしている。泣きを見るのは無知なもの弱者である。
メインフレームに乗り遅れた○○電気が子飼いの○○商会等を使って、メインフレームやミニコンがハードだけの販売でなくカスタマイズされたソフトを含めたシステムの販売であり、デバック等のメンテナンスに販売価格の20%を保守契約費として一年間に要するという事実に蓋をして、右も左も解からない零細企業や工務店、商店のおっちゃんに言葉巧みにパソコンで即戦力、全てがうまくゆくと売りまくった。人件費が節約でき、人の2倍3倍の処理能力があると聞いて、昨日までドンブリ勘定だった、おっちゃんが早速ハードと経理部長とやらのソフトを購入して、いそいそとパソコン講習会に出席したものの、商業簿記を知らないこのおっちゃん貸方借方の区別も解からず、自分の娘くらいの年令のインストラクターに軽蔑の視線を受け、もうパソコンはいややと、さっきのインストラクターのボディコンの姉ちゃんのお尻の形を思い浮かべ、いささかマゾヒスティックな気分に浸り自棄酒を煽り向こう5年間のリース料を考えると、憂鬱な気分になるのである。 リース契約等というものは、信販会社と国税局の為にある制度であり、ここに於いてもユーザー不在の一方的な契約条件を押しつける売る為の論理しか存在しない。多くの消費者はリース契約に対して無知でありリース期間が終わればその商品が自分のものになると信じている。また多くのセールスマンがそう言って消費者を欺いてきた。契約書を読めば解かることであるが、消費者側からの契約解除は出来ない様になっている。もし契約解除する場合は残金の全てと商品を信販会社に返却しなければいけないことになっている。結局、金も取られて商品も何も残らないことになる。税法により10万円以上の備品等は原価償却の対象となり、定率法に拠る6年の償却期間が終わっても1/10の残存価格が資産として残り、経費として損金扱いには出来ない。結局ここに目を付けたのがリース制度である。リース契約が終わるとどうなるかと言えば、商品は信販会社の物であるから当然返却しなければならない。信販会社は返却された商品をそのまましていては1/10の価格を償却出来ないので破棄処分にして損金扱いにする。破棄処分を免れた物が闇ルートを通じてジャンクショップや東南アジアへ流れたりするのである。数箇月で契約解除された新品同様の商品等はメーカーの商品倉庫でコンパウンドで磨れカウンターを元に戻して真空包装を施され市場へと復帰するのである。再リース契約を消費者が希望する場合は年間リース料の1/10で一年毎に再契約するか、1/10の残存価格で買い取るか何れかを選択しなければならない。これには新商品を売り付けようとするセールスマンの様々な誘惑に打ち勝たねばならない。
 話が横道に逸れたので元に戻る。OA化の波が設計事務所にも波及したとき、設計事務所に対する戦略商品として選ばれたのが、意匠屋の苦手とする、企画業務に於ける資金計画と日影、逆日影シュミレーションであった。地上げという言葉を初めて耳にしたのもこの頃であった。逆日影等というのはスパーコンピューターを駆使して初めて可能なことである。幾万通りの条件の中から一つだけ答えを出す様なものである。16ビット640KBの98、MS-DOSでは無理な世界なのである。結局デベロッパーに対する単なるプレゼンテーションでしかありえず、設計資料としてはなんの役にも立たないものである。○○商○のソフトなどは逆日影で出したデーターで日影図をかけば、全て日影時間を越えてしまう様な代物である。本来、設計条件・建築計画を考えに入れない逆日影等は考えられず。営業屋と化した建築設計屋の話の種にしか過ぎないことである。逆日影等は日照メジャーを用いカンピュータで当たりを付ければよいことである、その位出来なければ設計なんか辞めたほうがいいのである。
設計事務所や工務店に対するOA業界の次なる戦略商品はCADである。どの位のソフトハウスがあるかわからないがピンからキリまでひしめいている。その広告のセンスのなさと言ったらひどいものである。浪速の女社長が経営するソフトハウスの広告くらい酷い物はない。てめーの顔写真とCADにどう言う関係あるのか、本当に鏡を見たことがあるのかと言いたくなる。また2週間に一度必ず葉書でダイレクトメールを送ってくるソフトハウスがある。そこから勝手に送ってきたカタログの立派なこと内容の御粗末なこと価格の馬鹿高いこと、どうなっているのでしょうかね。「単線プランを入力するだけで、平面図から立面、矩計、外観パース、見積書まで自動作成!」等と書いてある。建築の設計等軽く見られたものである。はっきり言って馬鹿にされているんだよね、一般の認識等この程度のもの何だろうね。

この間も○○商○から電話があった、はっきりいって俺この会社嫌い何だよね。

「もしもし○○商○ですけれども、建築知識の記事をご覧になりましたでしょうか。」
「ああ、本屋で立ち読みしたよ」
「如何がでしょうか私どものCADは」
「興味ないね」
「優秀なCADであると紹介されていますので是非一度・・・」
「広告主の悪口を言う訳ないだろしタイアップ記事なんか信用できないよ。」
「そんなことありません」
「忙しいから切るよ」
「コンピューターは何か既にお使いですか。」
「おたくには関係ないでしょう」
「そんなこと言わないで教えてくれたっていいじゃないですか。」
「しつこいねあんたも」
「98ですか」
「いいや」
「それじゃ何ですか!」
「怒るなよ」
「教えてくださいよ」
「うるさい」ガシャ!

数年前の建築知識の記事にこう言う事が書いてあった。「出力はプロッターで手書きの1/3のスピードである。」どう解釈してよいのか理解に苦しむ。手書きで8時間かかる図面はプロッター2時間半も出力にかかるのかしらと思う。入力については一言も触れていなかった。広告主に好意的な記事しか載せないとなると、リクルートやアスキーと何ら変わらない、建築雑誌も舐められたものである。
98に代表されるMS-DOS系マシンの汎用パソコンCADを使いこなすにはそれ相当の技量を要求されます。メインプログラムだけでは難しく、オプションプログラムを加えないと実務的ではありません。MS-DOSを使いこなすには理論的に思考を積み重ねていくアルゴリズムの明確な垂直的思考のパラノ型の人間でなければ勤まらないと思います。水平的に物を考える建築家に向いているマシンとは思えません。計画から使えるようでなければデザイン思考の建築家にCADが普及することは困難でしょう。建築素人のオペレーターにCADを任せるなどは無責任な事です。誰でも考える実施設計にCADを使おうとするから、CADがあっても実際に使われないで埃を被った唯の箱に成り下がっているのです。まずはプランニングから初めることです。それには誰でも容易に使えるコンピュータでなければいけません。

Posted by S.Igarashi at 04:52 PM | コメント (0)