January 31, 2009

国境線

1961年12月・帝国書院発行の中学校社会科地図帳である。この地図は地中海沿岸地方の東端であるが、ガザ地区を見ると当時のアラブ連合共和国(エジプト)の領土となっている。既に表紙もボロボロになった地図帳だが、今となっては或る意味で貴重である。やはり世界地図も戦前戦後と少なくとも10年毎に揃えないと、世界情勢も分からなくなる。
そのガザから南南東に真直ぐ走る国境線は映画・アラビアのロレンスでオスマン帝国(トルコ)からの奪還作戦で印象に残っているアカバ湾に達している。映画に描かれたオスマン帝国に対するアラブ反乱も結果として、アラブの地をオスマン帝国に代わって英国が委任統治する口実に利用された。アラブにとっては支配者が代わっただけ、そして第二次世界大戦後、英国の後ろ楯により中東地域の更なる紛争の火種、イスラエルが建国されることになる。

 考えてみると、日本だって幕末に西郷隆盛が勝海舟の忠告を聴入れず英国の軍事援助を受入れたりしていたら、幕府方のフランスと、日本の内戦を利用した英仏代理戦争が起きて、日本の国力が疲弊したところで、お約束による英仏の談合で東日本がフランス領、西日本が英国領となっていただろう。

似たような話しは第二次世界大戦のギリシャもそうだ。連合軍の軍事援助でギリシャからドイツ軍は去ったが、ドイツに代わってギリシャを支配したのは英国となり、これも支配者が交代しただけである。それについては3年前のエントリー・戦争と建築家(March 20, 2006)にも書いている。

そういえば植民地と云う言葉と共に帝国と云う言葉も表面上は使われなくなった。「帝国」に代わり使われるようになった言葉が「大国」であるが、政治の表面に現れることのない支配者の影が常に「大国」に付きまとっている。オバマがイスラエルを支持しアフガンに戦力を増強することで、誰の利益に繋がるのだろうか...何れにせよ国民とか市民とか人民とか、民の名で呼ばれる人ではなさそうだ...。


大きな地図で見る

南北に走る停戦協定ラインの右(東)がイスラエル、左(西)はガザ地区である。資本力を投入し灌漑設備の整った近代的大規模農業を推進するイスラエルと対照的なガザ地区の農地。

GoogleEarth-gazaAP.jpg日本からも資金援助されて建設されたヤーセル・アラファト国際空港は2001年イスラエルの攻撃によって破壊された。


パレスチナ情報センター
パレスチナ情報センター:『占領ノート』掲載地図

Posted by S.Igarashi at 10:00 AM | コメント (4)

January 28, 2009

iPhone Software 2.2.1

iPhone2.2.1.jpg

iPhone Software 2.2.1(246.4MB)でアップデート完了、やれやれ。

Posted by S.Igarashi at 09:02 AM | コメント (2)

January 27, 2009

10の最も深刻な人道的危機 2008年

MSF-Top10_2008.jpg

国境なき医師団が「2008年 10の最も深刻な人道的危機」のサイトを開設した。2月14日には講演会も開かれる。

「10の最も深刻な人道的危機」には含まれていないが「ガザ地区:武力行使の国際人道法上の違法性」についての報告も...。

Posted by S.Igarashi at 09:30 AM | コメント (2)

January 25, 2009

寒梅

大学の卒業制作展からの帰り道、フロントグラスの正面に多摩地域のランドマーク・キューピー山が良く見えた。いつもなら車を停めることもないのだが、今日は車を道路脇に停めて写真を撮ってみた。ついでに、みなみ野の栃谷戸公園にも寄ってみたら寒梅が咲いている。あと十日もすれば立春だ。寒中見舞を早く出さねば...。

Posted by S.Igarashi at 08:58 PM

January 23, 2009

Yesterdays

Yesterdays
Keith Jarrett Trioの最新アルバムであるが音源は2001年4月の上野・東京文化会館と渋谷・オーチャードホールで録音されたものからスタンダードナンバーだけがセレクトされている。因みに同じ音源のオリジナル曲は既に"Always Let Me Go / Live in Tokyo"としてアルバムにされている。また同じ年の"2001Montreux Jazz Festival"でのライブは"My Foolish Heart"としてリリースされている。その数カ月前の演奏がこのアルバム"Yesterdays"だ。両方のアルバムに収録されいるのがRichard Rodgersによるミュージカル"Present Arms"(1928)の挿入歌"You Took Advantage Of Me"だ。スインギーにアレンジされたこの曲を聴き比べてみるのも良いだろう。
Keith Jarrett, Gary Peacock & Jack DeJohnette - Yesterdays

Posted by S.Igarashi at 01:32 PM

January 22, 2009

棄民

棄民を辞書で検索したら和英辞典では難民と同じ【a displaced person】、微妙である。

オバマ米大統領の就任演説を聴いて正直がっかりした。演説には合衆国建国の初心を取り入れたものになるだろうと予想されていたので、アメリカ先住民族に対するオバマ米大統領の考えが表明されるかと期待していた。嘗てインディアンと呼ばれていた人達はマイノリティにも入らない棄民なのだろうか。『....語るべき所有物もなく新たな人生を求めて海を渡った人々。劣悪な環境で働き、西部に移り住み、硬い大地にすきを入れるときの衝撃に耐えてきた人々...』其処にアメリカ先住民族の姿は見つけられない...。彼等のアイデンティティが恢復する日は来るのだろうか...。

オバマ米大統領 就任演説全文  2009年1月21日   市民の皆さん。  わたしは今日、謙虚な思いで任務を前にし、皆さんが寄せてくれた信頼に感謝し、祖先たちが払った犠牲に心を留めながら、ここに立っている。ブッシュ大統領のわが国への奉仕、ならびに(政権)移行の間示してくれた寛容さと協力に感謝する。  これまで、44人の米国人が大統領就任の宣誓を行った。その言葉は繁栄の高まりのとき、平和で静かなときに語られてきた。だが、多くの場合、誓いは立ち込める暗雲や猛威を振るう嵐の中で行われたのだ。こうしたとき、高位の者たちの技量や考え方に頼ることなく、われわれ人民が祖先の理想に忠実で建国の文言に従ってきたからこそ米国はこれまでやってこれた。  われわれはそう歩んできたし、今の世代の米国人も同様でなければならない。  われわれはいま危機の真っただ中にある。果てしない暴力と憎しみに対し戦争を続けている。一部の強欲で無責任な人々のせいだけでなく、皆が困難な道を選び次の世代に備えることができなかった結果、経済はひどく脆弱になってしまった。家を失い、仕事は減り、商売は行き詰まった。医療費は高過ぎ、学校制度は失敗している。われわれのエネルギーの使い方が、敵を強化し、私たちの星を脅かしているということが日々明らかになるばかりだ。  これらは、データや統計で示すことができる危機である。計量はできないが、同様に深刻なのは、自信喪失が全土に広がっており、米国の衰退は避けられず、次の世代は下を向いて生きなくてはならないという恐怖だ。  われわれが直面する試練は本物だ。深刻で数多くあり、容易に短期間では解決できない。だが知ってほしい、米国は克服すると。  この日、われわれが集ったのは、恐怖より希望を、いさかいや不和を超越した共通の目的の下に団結することを選んだからだ。あまりにも長い間、この国の政治を窒息させてきた卑小な恨み言や偽りの約束、非難の応酬や使い古されたドグマ(教義)に別れを告げる。  われわれの国はまだ若いが、聖書の言葉にあるように、子供じみたまねをやめるときだ。忍耐の精神を再び掲げよう。より良い歴史をつくるときだ。神の前ではすべての人民が平等で自由であり、幸福を追求するためのあらゆる機会に恵まれているという世代を超えて受け継がれた崇高な理想を実行に移すときだ。  われわれの国家の偉大さを見直すとき、それは決して所与のものではない。つかみ取らなくてはならないのだ。われわれの旅に近道はない。その旅路は、労働より余暇を好み、富や名声による喜びのみを欲する者たちのものではなかった。むしろ、リスクを恐れず、自ら実行する者、物づくりをする者たちのためにある。一部は著名な人々かもしれない。だが、その多くは繁栄と自由へと続く長くでこぼこした道でわれわれを導いてきた、名もない労働者たちである。  それは、語るべき所有物もなく新たな人生を求めて海を渡った人々。劣悪な環境で働き、西部に移り住み、硬い大地にすきを入れるときの衝撃に耐えてきた人々。コンコード(独立戦争)、ゲティズバーグ(南北戦争)、ノルマンディー(第2次世界大戦)、そしてケサン(ベトナム戦争)のような場所で闘い、死んでいった人々のことである。  繰り返して言う。彼らはもがき、犠牲となり、その手が擦りむけるまで働いた。われわれがより良い人生を送ることができるようにだ。彼らの目には、アメリカは個人の野望の集積よりも大きく、出自の違いや貧富の差を超えた素晴らしい存在であり続けてきた。  われわれは今日もこの旅を続けている。われわれは世界で最も繁栄した強い国家であり続ける。われわれの労働者はこの危機が始まったときと同様に生産的で、われわれは変わらず独創的だ。われわれの商品やサービスは先週や先月、昨年と変わらず必要とされている。われわれの能力は衰えていない。しかしやり方を変えず限られた利益を守り、嫌な決断を先送りする時代は確実に過ぎ去った。今日からわれわれは元気を取り戻し、ほこりを払い、米国を再生させる仕事に取り掛からなければならない。  至る所にわれわれがなすべき仕事がある。(現在の)経済状態には大胆で迅速な行動が必要だ。われわれは新しい仕事をつくり出すだけでなく、新たな成長の基盤を築くために行動する。商業を潤してわれわれを結び付ける道路や橋、配電網やデジタル回線をつくる。科学を正当に位置付け直し、技術の驚異を巧みに使って医療の質を向上させ、そのコストを削減する。太陽や風力、土壌を利用して自動車を動かし、工場を稼働させる。新しい時代の要望に応じるため学校や単科大、大学を改革する。われわれはこれらをすべて成し遂げることができるし、成し遂げるだろう。  今、われわれの野心の大きさに疑問を唱える人がいる。われわれのシステムがこれらの大きな計画に耐えられないと指摘する人がいる。しかし彼らの記憶力は乏しい。彼らはこの国が成し遂げたものを忘れている。想像力が共通の目的と結び付き、必要性が勇気と交わった時、自由な男性、女性が成し遂げることができるものを忘れている。  皮肉屋は、彼らの足元で地面が動いたことを理解していない。長い間、われわれを消耗させた陳腐な政治議論はもはや通用しない。今日問われているのは政府の大きいか小さいかではなく、政府が機能するかどうかだ。各家庭が適正な賃金の仕事や負担できる医療、尊厳ある退職後の生活を手に入れる手助けを政府ができるかどうかだ。答えが「イエス」の時、われわれは前に進む。答えが「ノー」の時、その政策は終了する。国民のお金を管理するわれわれは、賢明に支出し、悪い慣習を改め、日の光の下で仕事ができるよう責任を持つ。なぜならそれによってのみ、人々と政府の間の不可欠な信頼関係を再生することができるからだ。  問うべきは、市場が良いか悪いかではない。富を生み出し自由を拡大する市場の力は無類のものだ。しかしこの危機は、絶えず注視していなければ市場が制御不能になることを再確認させた。繁栄だけを望んでいると国家の繁栄は長く続かないことを再確認させた。国内総生産(GDP)の規模だけでなく、広がる繁栄の範囲が、やる気のある者に機会を与えるわれわれの力が、われわれの経済の成功を決定付けてきた。それが慈善からではなく、われわれの公益に通じる最も確実な道だからだ。  防衛に関し、われわれの安全と理想が二者択一であるとの考えはまやかしであり、否定する。建国の父たちは、想像を超える危機に直面しながらも、法の支配と人権を保障する憲章を起草した。その憲章は何世代もの血をもって拡充された。この理想の光は今も世界を照らしており、ご都合主義で手放すことはできない。米国は、平和と尊厳を求めるすべての国、男性、女性、子どもの友人であり、大都市やわたしの父が生まれた小さな村まで、今日の日を見ている世界の人々や政府に告げたい。いま一度先頭に立つ用意があると。  先の世代がファシズムや共産主義と対決したのはミサイルや戦車の力だけではなく、確固たる同盟関係と信念であったことを思い起こしてほしい。先の世代は、われわれの力だけではわれわれを守ることはできないし、その力で思うままに振る舞っていいわけではないことをわきまえていた。軍事力は思慮深く用いることでその力を増すことを踏まえ、われわれの安定はわれわれの大義の正しさと力強さ、そして謙虚さや自制からもたらされることを知っていた。  われわれは、この遺産の守護者である。この信条にいま一度立ち返ることで、より大きな努力、国と国の間のより踏み込んだ協力と相互理解を必要とする新たな脅威に立ち向かうことができる。われわれは責任ある形でイラクをイラク人に委ね、アフガニスタンでは努力を惜しまず平和を築き上げる。古き友、かつての敵とともに核の脅威を減ずるための努力を重ね、地球温暖化を食い止める。われわれの生きざまを謝罪はしないし、守ることにためらいもない。そして、テロや罪のない人々をあやめて目的を達しようとする者に断言しよう。今こそわれわれの精神はより堅固であり、打ち負かされることはない。われわれは勝利する。  寄せ集めであるわれわれの伝統は弱さではなく、力であることを知っている。われわれはキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教、ヒンズー教、そして無信仰の人々の国である。この地球の至る所から来たさまざまな言語や文化がわれわれを形づくっている。われわれは南北戦争や人種差別の苦渋を味わい、暗い歴史を超え強く立ち上がり、団結を強めた。だからこそ、過去の憎しみは乗り越えられると信ぜずにはいられない。民族間の隔たりは解消され世界が小さくなるにつれ、共通の人間性が現れると。そして、米国は新たな平和の時代への先導役を務めねばならない。  イスラム世界に対しては、相互の利益と尊重に基づき前進する新たな道を希求する。争いの種をまき、自らの社会の災難への批判を西側社会に向ける指導者たちよ。諸兄が破壊するものではなく、築き上げるもので人々の審判が下るのだ。汚職と欺き、異議を抑圧することで権力にしがみつく者たちは、歴史の流れに外れていると知れ。ただ拳を下ろすなら、われわれは手を差し伸べよう。  貧しき国々の人々には、田畑が豊かに実るよう、清潔な水があふれるよう、共に働くと誓おう。飢えた体に滋養を注ぎ、やせ細った心を癒やすために。そして、われわれと同様、豊かさに恵まれた国々には、これ以上の無関心は許されないと訴えたい。結果を顧みずに世界の資源を浪費することは許されない。世界は変わった。われわれも共に変わらなければならない。  われわれの前に広がる道を考える時、今この時、はるか遠くの砂漠や山々をパトロールする勇敢な米国人を感謝の意を込めて思い起こす。時を超えてささやくアーリントンに眠る英雄たちのように、彼らはわれわれに語りかける。われわれは、彼らが自由の守り神というだけでなく、奉公の精神を体現しているからこそ、自分自身よりも大きな何かに積極的に意義を見いだそうとしているからこそ、敬意を表するのだ。これこそが今、そしてこの世代を定義付ける時、われわれすべてが宿すべき精神だ。  政府はできることやしなければならないことをするが、結局、この国がよりどころとするのは、米国国民の信念と決意だ。堤防が決壊した時に見知らぬ人を受け入れる親切心。暗黒の時に友人が仕事を失うのを見るよりは、自らの労働時間を削る労働者の無私の精神。煙に包まれた階段を突進する消防士の勇気、子どもを育てる親の意志。これらこそが最終的にわれわれの運命を決定付けるのだ。  われわれの試練は新しいものかもしれない。それに立ち向かう手段も新しいものになるだろう。しかし、われわれの成功は、勤勉、誠実さ、勇気、そしてフェアプレーにかかっている。昔から言われていることだが、その価値は本物だ。歴史を通じて静かなけん引力であり続けてきた。必要なのは、こうした真実に立ち返ることだ。いま求められているのは、新たな責任の時代だ。困難を乗り越えるために全力を尽くすことが最も精神を満たし、人格を鍛えるのだと信じるすべての米国人が、不承不承ではなく、むしろ喜びをもって進んで責務を果たすことだ。  これが、われわれが市民であることの対価であり、市民が果たすべき約束なのだ。  これが、われわれの自信の源だ。不確かな運命を生き抜くよう神が授けた知識なのだ。  それが、われわれの自由と信念の意味である。あらゆる民族と信条の男女と子どもたちが、この壮大なナショナルモールに祝福のために集まった理由であり、また、60年足らず前には地元のレストランで給仕もしてもらえなかったであろう父を持つ1人の男が、最も聖なる誓いをするために皆さんの前に立つことができた理由なのだ。  この日を胸に刻もう。われわれが何者であり、どれほど遠く旅してきたのかを。米国誕生の年、厳寒の中で、少数の愛国者の一団がいてつく川岸で消えそうなたき火のかたわらに寄り合った。首都は見捨てられ、敵は前進し、雪は血に染まった。独立革命の実現が不確かなときに、建国の父が次の言葉を人々に読むよう命じた。  「希望と良識のみが生き残る酷寒の中、共通の敵にさらされた都市と地方は手を取り合ったと、将来、語られるようにしよう」  米国よ。脅威に直面した苦難の冬において、時を超えるこの言葉を記憶にとどめよう。希望と良識を胸に抱き、いてつく流れに立ちはだかり、どんな嵐にも耐えてみせよう。子孫たちにこう言い伝えられるようにしよう。試練を与えられたとき、われわれは旅を途中で終えることを拒んだ。振り返ることも、くじけることもなかったのだと。そして地平線とわれわれにそそがれた神の慈悲を見据えながら、自由という偉大な贈り物を抱き、未来の世代に無事に届けたのだと。(共同)

ネィティブアメリカン・祈りの大地

Posted by S.Igarashi at 08:40 AM | コメント (2)

January 15, 2009

バレンボイム/サイード 音楽と社会

バレンボイム/サイード 音楽と社会
原題は"Parallels and Paradoxes"(相似と相反)
本書はユダヤ人・音楽家のダニエル・バレンボイムとパレスチナ人・人文学者のエドワード・サイード、この二人の越境者によって1995年10月7日から2000年12月15日までの五年間に六回行われた対話(セッション)を記録したものである。尚、対話の進行役には本書編纂者のアラ・グゼリミアン(カーネギーホールのシニア・ディレクター、芸術顧問)が務めている。本書を読むきっかけはkawaさんがガザでも触れているようにウイーン・フィルのNew Year's Concert 2009でのバレンボイムの発言である。どこかで記憶の片隅に引っ掛かっていたのだろう「書籍:エドワード・サイード OUT OF PLACE」を読み返し、バレンボイムとサイードをキーワードにして検索し本書の存在を知った。読み進んでゆくにつれ、帯に書かれた「白熱のセッション」の意味を知る、まさにその通り...。

映画:エドワード・サイード OUT OF PLACE」に併せて刊行された「書籍:エドワード・サイード OUT OF PLACE」に採録されたシナリオによるとサントリーホール公演前のリハーサルの合間を利用したステージ上でのインタビューでバレンボイムはサイードについて次のように語っている。

『...じつのところ音楽家として理解すべき人物です---ピアノを弾いて、音楽評論を書いていたからではありませんよ。
そうではなくて、彼が音楽の本質を理解していたからです。音楽は、ひとつの曲に登場するさまざまな要素を統合しようとします。オーケストラには、あらゆる要素が入っています。バイオリンがどんなに上手でも、オーボエやコントラバスやクラリネットが主旋律を奏でるのを聴こうとしないようでは、バランスがとれません。主旋律はどこにあるのか、どんな応答があるのかがわかっていないとだめなのです。
エドワードが音楽家だったというのは、こういう深い意味でのことです。この世のものすべて、他のものに何かしらの影響を及ぼしており、他から完全に断絶したものなどひとつもないということを彼は知っていました。』
映画ではこの部分だけが使われており、彼がパレスチナやイスラエルについて語っている部分はカットされている。その映画に収録できなかったインタビューは書籍(エドワード・サイード OUT OF PLACE 第六章 音楽家)に採録されている。(因みにサイードはジュリアード音楽院に通い、ピアニストになることを真剣に考えていた時期があった。)

----------------------------------- バレンボイム/サイード 音楽と社会 目次(内容)-----------------------------------
○はじめに アラ・グゼリミアン
○序 エドワード・W・サイード

1(2000年3月8日ニューヨーク)
自分にとって本拠地とは/ワイマール・ワークショップで西と東が出会う/解釈者は「他者」の自我を追求する/アイデンティティの衝突はグローバリズムと分断への対抗である/フルトベングラーとの出会い/リハーサルの目的

2(1998年10月8日ニューヨーク)
パフォーマンスの一回性/サウンドの一過性/楽譜やテキストは作品そのものではない/サウンドの現象学/誰の為に演奏するのか/音楽は社会の発展を反映する/芸術と検閲、現状への挑戦という役割/調性の心理学/過去の作品を解釈すること/現代の作品を取上げること/ディテールへのこだわり、作品への密着/一定の内容には一定の時間が必要である/中東和平プロセスが破綻した理由

3(1998年10月10日ニューヨーク)
大学やオーケストラはどのように社会とかかわれるのか/教師の役割とは/指揮者の権力性、創造行為の弾力性/他者の仕事に刺激や発展がある/模倣はどこまで有益か

4(1995年10月7日ニューヨーク、コロンビア大学・ミラー劇場)
ワーグナーがその後の音楽に与えた決定的な影響/アコースティクスについての理解、テンポの柔軟性、サウンドの色と重量/オープン・ピットとバイロイト/イデオロギーとしてのバイロイト/バイロイトの保守性は芸術家ワーグナーへの裏切り/ワーグナーの反ユダヤ主義/国民社会主義によるワーグナーの利用/『マイスタージンガー』とドイツ芸術の問題/ワーグナーの音楽はその政治利用と切り離せるか/Q&A

5(2000年12月15日ニューヨーク)
いまオーセンティシティ(authenticity:真実性)が意味するもの/テクストの解釈、音楽の解釈/歴史的なオーセンティシティは過去との関係で現在を正当化する/二十世紀における音楽と社会の断絶/モダニズムと近づきにくさ

6(2000年12月14日ニューヨーク)
有機的な一つのまとまりとしてのベートーヴェン/社会領域から純粋に美的な領域へ---後期ベートーヴェン/音楽家の倫理とプロフェッショナリズム、ベルリン国立歌劇場管弦楽団/冷戦後の世界には「他者」との健全なやりとりがない/音楽のメタ-ラショナルな性格/ソナタ形式の完成と一つの時代の終わり

○ドイツ人、ユダヤ人、音楽 ダニエル・バレンボイム
○バレンボイムとワーグナーのタブー エドワード・W・サイード
○あとがき アラ・グゼリミアン
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編纂者・アラ・グゼリミアンの考えによるのであろうが、各章(セッション)の構成は年代順となっていない。最初のセッションで夫々の出自と本拠地について語られ、アラブとイスラエル等の若い音楽家を集めて行われたワイマール・ワークショップ、少年時代のフルトベングラーとの出会い、リハーサルを通して音楽の骨格が築き上げられてゆく様に、読んでいて惹きつけられてしまう...。音楽家と文学者の対話はこれまで何度も読んだことがあるが、ここまでの領域に達しているものは...少ない...と云うよりも...読んだことがなかった。

Posted by S.Igarashi at 02:16 AM | コメント (5) | トラックバック

January 13, 2009

反貧困

反貧困
―「すべり台社会」からの脱出

湯浅誠・著 岩波新書・刊
『うっかり足をすべらせたら、すぐさまどん底の生活にまで転げ落ちてしまう。今の日本は、「すべり台社会」になっているのではないか。そんな社会にはノーを言おう。合言葉は「反貧困」だ。貧困問題の現場で活動する著者が、貧困を自己責任とする風潮を批判し、誰もが人間らしく生きることのできる「強い社会」へ向けて、課題と希望を語る。 』(ブックカバー見返しより)
平成10年(1998)から年間三万人を超えた自殺者数の半分は無職だと云い、その半分(全体の24%)は経済問題が動機と考えられている。一方、嘗て年間一万人を超えていた交通事故による死亡者数は年々減少する傾向にある。若者の車離れを考えても飲酒運転対策やシートベルト等の安全対策も功を奏していると考えられる。やればできるのである。社会のセーフティネットが機能すれば不幸な人々が年間三万人を超えることもないであろう。半世紀以上、生きていると「すべり台社会」の生贄にされ音信不通となってしまった人が幾人かいる。理由は介護の問題、会社の倒産等々、決して他人事で済まされる事ではない。私だったかも知れない彼等と『あの時は大変だったね。』と笑い話で語れる明るい未来を私は望んでいる。

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第一部 貧困問題の現場から
・第一章 ある夫婦の暮らし
・第二章 すべり台社会・日本
 1 三層のセーフティネット
 2 皺寄せを受ける人々
・第三章 貧困は自己責任なのか
 1 五重の排除
 2 自己責任批判
 3 見えない"溜め"をつくる
 4 貧困問題をスタートラインに
第二部「反貧困」の現場から
・第四章「すべり台社会」に歯止めを
 1「市民活動」「社会領域」の復権を目指す
 2 起点としての〈もやい〉
・第五章 つながり始めた「反貧困」
 1「貧困ビジネス」に抗して エム・クールユニオン
 2 互助のしくみを作る 反貧困たすけあいネットワーク
 3 動き出した法律家たち
 4 ナショナル・ミニマムはどこに? 最低生活費と最低賃金
・終章 強い社会を目指してー反貧困のネットワークを
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YouTube:視点・論点 派遣切り(湯浅誠)

Posted by S.Igarashi at 09:19 AM | コメント (2)

January 12, 2009

神田川再発見

神田川再発見
歩けば江戸・東京の歴史と文化が見えてくる
神田川ネットワーク [編]
東京新聞出版局・発行(本体1429円+税)
帯に書かれた内容紹介には『神田川水系の歴史と文化を、5年の歳月をかけて徹底踏査したデータ約1000項目、写真150点、江戸名所図会29点。神社仏閣はもちろん、橋の名のひとつひとつにも興味深い由緒来歴がある。ウオーキングのガイドブックとしてだけでなく、神田川を知る資料としても手元に置きたい一冊。』とある。判型サイズを考えると持ち歩くには不向きであるが、神田川水系の現況を知ろうとするならば「川の地図辞典」と併せて必携の書であろう。
気になるのは関係性が見えてこないフラグメンテーション(断片化)を起こしたような書籍構成とイラストマップの完成度の低さ、自費出版の内部資料ならまだしも...残念である。

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内容(目次)
第一章 神田川上流部
 井の頭公園〜高田馬場 /玉川上水緑地と寺町/神田川上流部の水環境/神田川36景 その1

第二章 神田川都心部 
 高田馬場〜柳橋/甘泉園から早稲田大学へ/神田川の分水路/飯田橋周辺/小石川後楽園周辺/御茶ノ水まで南岸を行く

第三章 善福寺川
 善福寺公園〜神田川合流点

第四章 妙正寺川
 妙正寺公園〜神田川合流点/上高田の寺町/神田川36景 その2

第五章 日本橋川・亀島川
 三崎橋〜豊海橋/霊岸橋〜南高橋

第六章 思い出の川筋
 桃園川/川歩きの楽しみ/笹塚川/谷端川・小石川/弦巻川/水窪川/蟹川
 井草川/江古田川/神田上水・助水堀跡/神田上水・素堀部跡

付 隅田川右岸
  両国橋〜勝鬨橋/隅田川左岸の名所/隅田川の橋一覧
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第五回アースダイビング・善福寺川+阿佐ケ谷住宅

Posted by S.Igarashi at 09:44 AM | コメント (2)

January 10, 2009

遅ればせながら...

正月が明け、喪が明け、授業も始まり、さて....これからと云う処で風邪を引いてしまった。まぁ、ジタバタせずにおとなしく処方された薬を飲んで、二三日寝てたのだが、その間、ヒゲも剃らずにいた。鏡に写ったごま塩状態の無精髭の己が姿は髭男爵と云うよりも「黴男爵やないか〜い!」P(^_^;)。

と云うことで、遅ればせながら...本年も宜しくお願いします。

Posted by S.Igarashi at 10:25 PM | コメント (2)

January 05, 2009

ハッピーマンデーかブルーマンデーか

と云うことで今日から仕事始めの方も多いと思うが、元外交官・天木直人のブログに「日本は怠け者の国なのか」という記事があった。
「rハッピーマンデー制度」そのものが確実に休暇を取れる官僚による、お手盛り政策なのだが、その煽りを受けているのが大学等の教育機関、この制度によって月曜日の授業回数が極端に少なくなってしまい、何処でも授業日程の調整に苦労している。中でも、最もふざけているのが一月第二月曜日の成人の日だろう。お蔭で、冬休みの数日を返上して本日から授業となり正にブルーマンデーなのである。

Posted by S.Igarashi at 09:56 AM

January 04, 2009

寺嶋村1909

[ + ]
玉井さんが遅配エントリー:年末玉ノ井ダイブをエントリーされたので、その元悪所徘徊のルートを100年前の明治42年(西暦1909年)の地図に記してみた。と云うことで昨年は悪所が廃止されてから50年であるが、旧玉ノ井私娼窟のラビリンスは100年前の地図にも現代の地図にも、その兆しも痕跡をも窺うことは叶わない。ただ、僅かに取り残された建築物と文学や芸術を通して想像するのみである。

Posted by S.Igarashi at 05:51 PM | コメント (5)

January 02, 2009

正月二日に筑波山...

20090102thukuba2.jpgと云うことで、正月二日の午前中に両親と兄妹の墓参りを済ませた。今年も昨年同様、好天に恵まれ霊園から筑波山を見ることができた。東京の低湿地帯に生まれた者として、同じ東京でも西の外れの山里から筑波山のツインピークスが見えると何か得した、清々しい気持ちになれるのである。[ + ]
ところで、筑波山と云えば広重の「江戸百」...

つまり『名所江戸百景』の遠景に富士山の次ぎに数多く描かれており、云わば構図の方向性を示す記号、ランドマークでもある。
『深川洲崎十万坪』左図
隅田川水神の森真崎
真崎辺より水神の森内川関屋の里を見る図
墨田河橋場の渡かわら窯
王子稲荷の社
飛鳥山北の眺望
日暮里諏訪の台
南品川鮫洲海岸
柳しま
浅草川大川端宮戸川

謎解き広重「江戸百」』でも謎の多いとされている『浅草川大川端宮戸川』であるが森川和夫:廣重の風景版画の研究ー(1)古写真で読み解く広重の江戸名所でも解説されている様に大山詣の一行が出発に先立ち、両国橋の袂で水垢離を取ると云う風習に基づいた絵である。構図的には両国橋の上から描いたものかも知れないが、近景に欄干も描かれていない。左手に見えるは神田川の河口、柳橋の料亭とすると、遠くに見えるは蔵前橋だろうか、梵天を立てた船は神田川を遡上して何処まで行くのだろうか。そして画面中央下三分の一に配置された「大川上流の彼方に見える筑波山」を「大山」に見立てたのかについては言及されていない...何故か...。
ついでに、この霊園の峰続きの初沢城趾から見た大山・丹沢を...。

Posted by S.Igarashi at 01:33 PM

January 01, 2009

寒中見舞い

五日の「寒の入り」前で恐縮ですが、

寒中見舞い申し上げます。

尚、一月五日まで喪に服しており、新年の挨拶は控えさせて戴きます。
皆様にはよい年でありますように...季節柄、御身体御自愛下さい。

Posted by S.Igarashi at 12:39 AM | コメント (2)