May 28, 2007

JR中央本線多摩川橋梁

気になる風景がある。江戸市中から山里に戻る途中のJR中央本線多摩川橋梁から見た河原の風景がこの40年の間で変貌している。多摩川での砂利採取が禁止されたのが昭和39年(1964)東京オリンピックの年だそうだ。オリンピック特需で濫掘された為だろうが、需要が一段落してから規制するのも、極めて政治的である。その後、砂利採取法によって法整備されたのが昭和43年(1968)と云うことだが、その頃、多摩川橋梁から見た河原の風景は砂利採取の現場そのものであり、土手沿いの道には幾つもの生コン工場があったと記憶している。ながいこと、砂利と雑草に覆われていただけの河川敷に上流から漂着物が根付き、繁みから雑木林へ、それに合わせてブルーシートの小屋も潅木に隠れるように点在するようになった。車窓から眺めるこの風景に時の流れだけでなく、自然の回復力を感じずにはいられない。海進期が終わり、水が引き、再び地表が緑で覆われ始めたときの風景を想像してしまうのである。

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May 26, 2007

オモカゲプロジェクト

とたんギャラリーからのDMが届きました。本日から来月24日までの土日にフタボンコ 「オモカゲプロジェクト」が開催されます。と云うことで、阿佐ヶ谷住宅の再開発が2008年1月頃まで延期になったようですね。

Posted by S.Igarashi at 04:34 PM

May 24, 2007

JISハンドブック・製図

JIS2006.jpg

下が1993年度版、上が2006年度版のJISハンドブック・製図です。頁数にして928頁から2152頁に増え、値段も4660円から9000円と略二倍になっている。この10年余りでグローバル・スタンダード化の潮流には逆らえずか、ISOの規格に準拠するカタチで"handbook"と云うには手に余る"a fat book"に、、、。

Posted by S.Igarashi at 11:08 AM

May 20, 2007

Boys and Girls

ZokeiMacRoom02.jpg

授業が終わってからも居残りしていた女子のグループが帰り、残っているのは3、4人の男子グループだけとなった。既に授業終了後30分近くになるので、「もうそろそろ終わりにしよう。」と退室を促そうと思っていたら、先ほど退室した女子グループの中の二人が男子に用事があるらしく戻ってきた。

一人の男子にスイカの定期券を差し出し「これ□□くんの落とし物だけど、後で会ったら渡してくれる。、、、それで、、、、○○くんは、バイクで来るの。?」
『いや、、、、、。』
「帰り、バイクじゃ危ないと思う、、、、けど。」
『ん〜、、、、。』
コンパの話のようである。【飲むんだったら、バイクは止めた方がいい。事故ったら即逮捕、検問に引っ掛かれば罰金も高いし。】と女子に助け船。
『分かった、電車で行くよ。』
「良かった〜。バイクで来ると思うとハラハラして気が気でなかったんだ。」

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May 19, 2007

TALIESIN EAST

MyPlaceにエントリーされたタリアセン・ウェスト:TALIESIN WESTを見て、早速"Google Earth"で"TALIESIN WEST"まで飛んで行き、周囲を偵察していたら、もうひとつのタリアセン"TALIESIN EAST"はどうなっているのか好奇心が湧いて出た。丁度、Google Earthのサイドバーのレイヤに「AIA(アメリカ建築家協会)の特集コンテンツ」が組込まれていたのでそれを頼りに"TALIESIN EAST"( 43° 8'29.37"N  90° 4'13.30"W)まで飛んでみた。すると、低解像度の衛星写真の中に"TALIESIN EAST"が丘の上に漂着していた。このイメージはどこかで見たことがある。30年前に見たタルコフスキーの映画・惑星ソラリスラストシーンにイメージが重なって見えてきた。

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May 18, 2007

iPhone 衝撃のビジネスモデル

iPhone 衝撃のビジネスモデル
岡嶋 裕史 (著) 光文社新書
今年の1月9日MacWorldの基調講演で発表された"iPhone"は来月、米国市場に投入される予定であるが、日本国内での市場投入時期は全くの未知数である。未知のApple製品に先駆けて新書が出版されるとは前代未聞な出来事であり、便乗出版と云う気もするが、それだけ期待の大きさの現れでもあろう。

内容は
第1章:iPhone の衝撃
第2章:Web2.0の幻
第3章:ユビキタスの挫折
第4章:クール!iPhoneのインターフェース
第5章:iPhoneが拓く新しいビジネスモデル
と云った具合に現状の通信・ネットワーク環境を俯瞰しつつ、iPhoneの位置づけを探るものであるが、「、、、携帯電話の居場所を電話機からオーグメントにシフトさせることによってである。」、、等々、至る所、カタカナによる文字化けが支配しているのが難点と云えば難点。
iPhoneが黒船になるのか、DoCoMo2.0がガセネタに終わるか、暫くは目を離せない。

Posted by S.Igarashi at 10:43 AM

May 17, 2007

字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ

字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ
久しぶりに面白い新書を読んだ。字幕なしの原語で外国映画を楽しめたらどんなに良いだろう。しかし生憎と英語をはじめとして外国語は全て苦手で字幕に頼らざるを得ないのが現実である。それでも字幕の存在を忘れて銀幕の世界に入り込んでしまう映画と、逆に妙に字幕が気になって銀幕の世界に集中できない映画もある。何故だろう?そうした疑問を一度でも抱いたことがあるなら、本書を読めば、成程と合点が行くだろう。「一秒間に四字」が、人が字幕を読める速度だそうだ。字幕屋はフィルムを通しで見てから、俳優が台詞を喋っている秒数に合わせて、観客が読める文字数を計算し、台本と照らし合わせながら翻訳をする。だが、それだけではなく、口にしてはいけない言葉(スラングが字幕に直訳されることはない)、差別語、日本語読解能力の低下、無理難題を押し付ける配給会社のアホな営業担当者、等々、様々な難関を潜り抜け、それも短期間に一本の映画の字幕が作られていたのだ。そして、我々も字幕から行間を読む能力が試されているのである。

Posted by S.Igarashi at 10:10 AM

May 14, 2007

Poinciana / Ahmad Jamal Trio


"Poinciana"は"Keith Jarrett Trio"の"Whisper Not"に収録されているスタンダードナンバーで今回のKeith Jarrett Trio 2007の日本公演でも何度か演奏されたようである。
"Keith Jarrett"がJazzへの道に歩み始めるに影響を与えた"Ahmad Jamal"は、そのエンターテイナー的な演奏からか日本ではモダンジャズ原理主義のジャズマニアからはの評価は低く"カクテル・ピアニスト"と揶揄されたりもするようで、国内盤アルバムが市場に出回ることも少なく、僕も耳にしたのはFM放送のJazz番組くらいであった。"Ahmad Jamal Trio"の"Poinciana"と"Keith Jarrett"のそれを聴き比べると、ピアノのフレーズやドラムのリズムパターンからグルーブ感まで、如何に"Keith Jarrett"が"Ahmad Jamal"に傾倒していたかが判る。
Ahmad Jamal Trio - At the Pershing / But Not for Me - Poinciana

Posted by S.Igarashi at 10:00 AM

May 12, 2007

Very Special One time Performance 2007

VSOP.jpg

あの1960年代中期の"Miles Davis Quintet"のサイドメンで構成された"V.S.O.P."が復活し"The Quartet"として来日公演するらしい。

僕は30年前に来日公演したこの"V.S.O.P."を聴きに行っていない。どうも"Miles Davis Quintet"の名声を騙ったバンド(マイルスの代わりにフレディ・ハバード、、)のようで聴く気になれなかったのである。(あの田園調布の田園コロシアムのコンサートを聴きに行った友達の話では良かったらしいが、、、)

Posted by S.Igarashi at 09:02 AM

May 11, 2007

団地萌え

今夜のタモリ倶楽部は「昭和の団地にタイムスリップ・マニア興奮50年前の生活に潜入」と云うことで団地萌え系であるが、ロケ現場は団地ではなく、中央高速八王子IC手前左手に見える例の場所だ。

Posted by S.Igarashi at 08:47 AM | コメント (2)

May 08, 2007

藤森建築と路上観察

Fmori.jpg
と云うことで昨年の第10回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展帰国展の「藤森建築と路上観察:誰も知らない日本の建築と都市」である。

銀座・メゾンエルメス:「メゾン四畳半 藤森照信 展

と云うことで10日の午後、初台で途中下車して展覧会を観てきました。会場入り口でエレベータに乗ろうとする縄文人に遭遇、ロッカーに荷物を預け、第一展示室に入るとそこには藤森建築で使用された素材や屋根や壁のモックアップが展示されている。縄文建築を標榜する藤森建築であるが、その表面の自然素材に隠された裏側から近代合理主義に裏付けされたHigh-Techな甲冑が見え隠れし、決してナチュラルではないエキセントリックで強かな彼の二面性が伺え、そこが何であるが、、、。
第二展示室は下足をぬいで躙り口から入る仕掛けとなる。(靴下に穴が開いていると恥ずかしい思いをするので事前に要チェックである。)Tokyo Plan 2101は地球温暖化で海面上昇による都心部の水没を縄文海進期に見立て、生き残った未来人の為のサバイバル・シテイプランのようだが、些か漫画チックで藤森建築にしては皮肉のスパイスが今一つ不足しているように思えた。
竹と縄で編んだパビリオンの中では路上観察学会のスライドショーが見られ、路上観察写真のツボがオヤジ達の雑談(解説?)で語られ、それなりに面白いが、、既に賞味期限が切れているのが些か哀しい。
 
しかし、時代の感覚なのかF森教授と路上観察学会のオヤジ達は極くフツーに見えてしまうのだ。このまま縄文式掘っ建て柱の様に立ち枯れてしまうのかしら、、、アンチテーゼとしての作品主義の限界かなとも思う。

Posted by S.Igarashi at 01:47 AM | コメント (4)

May 07, 2007

私のこだわり人物伝「マイルス・デイビス」

5月の私のこだわり人物伝は「マイルス・デイビス」と云うことで8日から4回に亘って菊地成孔の「こだわり」が語られるようです。
大辞林第三版によれば「こだわる(拘る)」は「心が何かにとらわれて,自由に考えることができなくなる。気にしなくてもいいようなことを気にする。」「普通は軽視されがちなことにまで好みを主張する。」「 他人からの働きかけをこばむ。なんくせをつける。」と云うように本来は良い意味で使われるものではありません。新明解国語辞典第五版では「他人はどう評価しようが、その人にとっては意義のあることだと考え、その物事に深い思い入れをする。」と「こだわり」を持つ人に些か肩入れをする表現となっています。そのように最近の傾向としてポジティブな意味としても使われるようになった「こだわり」と云う言葉ですが、常に第三者に対する「問答無用」のバリアーが影を落としていることには変わらない気がします。
さて、菊地成孔の「こだわり」とは何か、テキストを読んだ限りでは「マイルスが自分(菊地成孔)と同じ双子座であること。」その一点に絞り込んで、自分自身(菊地成孔)をマイルスに自己同一化し、持論を展開しています。従って菊地成孔に自己を投影できない者に、彼の「こだわり」はそれこそ鼻白む思いになりそうですが、、、。さて本放送は、、如何に。

そういえば菊地成孔について昨年のエントリーでcure jazzを評してピカレスクロマンと述べましたが、僕は彼がジャズを即興演奏する必然性をあまり感じません。彼のポストモダン的と云うか、何かデジャブに支配されたような心象風景的な音作りは映像を伴う映画音楽なら良いのでしょうが、自立した音楽として聴くと、私にはとても退屈で耐えられないのですが、、、。
まぁ...何れにせよ、彼が(時代に)『遅れてきた青年』であるであることは確かで...表現者として...悩ましい思いもあるでしょうね。

Posted by S.Igarashi at 10:33 AM

May 06, 2007

Santa Sofia

akiさんのLizards of OZを読んでリンク先の"JAPAN WINE CHALLENGE 2006"の"Gold Medal"を見ると"Santa Sofia"の文字が目に入った。このワイナリーは18年前に訪れているが、訪問の目的はワインではなく建築である。ヴェローナ郊外にあるパラーディオによる"Villa Serego"( 45°29'56.49"N 10°55'26.52"E)が、そのワイナリーなのである。

Santa-Sofia02.jpg

もちろん建築見学に留まらずワインを試飲して、1ダースのワインをゲットした事は云うまでもない。写真はワインケースを担いで"Villa Serego"を引き上げてくるツアー一行。(撮影場所:Google Earth 衛星写真の赤丸付近)

ヴェローナと云えば観光的にはヴェローナ・デ・アレーナのイタリアオペラとシェークスピアのロメオとジュリエットの舞台となったことで有名だが、建築家カルロ・スカルパの代表作の"Banca Popolare di Verona "( 45°26'24.41"N 10°59'48.62"E)と"Castelvecchio Museum "( 45°26'23.32"N 10°59'16.83"E)があることでも知られている。

Posted by S.Igarashi at 01:09 AM | コメント (2)

May 05, 2007

ECM collaboration T-shirt

Keith-Tshirt02.jpg

てなで私はこれらのT-shirtをチョイスしました。

Posted by S.Igarashi at 09:40 AM | コメント (9)

May 04, 2007

非常食?

hijyousyoku.jpg

ジャングル化しつつある庭の草むしりをしなければいけないのだが、このハルジオン(春紫苑)が食用になるとは知らなかった。胡麻和えにすれば食べられそう、、、かな。

Posted by S.Igarashi at 08:33 AM | コメント (2)

May 03, 2007

日本国憲法

『未だ足立区に住んでいた頃、週に一度くらい映画を見に連れていかれた。一般家庭にテレビが普及する前の話である。当時は映画の本編を上映する前には必ずニュース映画が上映された。そのニュース映画の記憶は、スエズ運河、エジプト、戦争、という断片だけだが、今すぐにでも世界大戦になりそうな印象は覚えている。状況から判断すると1956年のスエズ紛争の事だろう。そうすると僕が小学一年生の時の記憶である。
それから暫くして、中学一年の長兄と近くの神社の前を歩いていると、爆音と共に一筋の雲を残しながら飛行機が頭上を飛んでいった。「また、戦争が始まるの。」と僕は兄に尋ねた。「日本には憲法九条があるから、もう戦争はしない。」と兄は言った。僕はそれを聞いて少しだけ安心した憶えがある。』
以上は2005年8月12日のエントリーの再録であるが『、、少しだけ安心した、、、』と書いたのは、子供の頃から、為政者によって改憲され再び徴兵制度が施行され、最悪の日を迎えるのではないかと云う不安が常にあったからである。

March 20, 2006:戦争と建築家
August 01, 2005:初めて人を殺す
June 23, 2005:靖国問題

軍隊を持たない国 <上> コスタリカ(東京新聞2005/8/10)より一部引用

軍隊を持たない−。憲法でこう“宣言”している国が、世界には日本のほかにあと二つある。中米のコスタリカとパナマだ。コスタリカはほぼ半世紀、パナマは十一年間戦争をしていない。
中略
 中米和平に道筋をつけた功績で一九八七年にノーベル平和賞を受け、次期大統領として返り咲きを果たすとの呼び声も高いオスカル・アリアス氏の秘書、リンシー・マコーマックさんは「それぞれの国で歴史や事情は違うが、日本には軍を持たない方法で進んでほしいですね。困難な道だとは思いますが、中米全部の国から軍を廃棄させる夢を、われわれはまだ捨てておりません」と力を込めて語った。
、、、

軍隊を持たない国 <下> パナマ(東京新聞2005/8/11)より一部引用
、、、 運河をめぐる利権が複雑に絡むパナマで、軍隊の不保持を決める憲法の条文ができたのは一九九四年。この前後、反米主義を掲げた軍事独裁者ノリエガ将軍の打倒を掲げ、米国が八九年に軍事侵攻に踏みきったのを受けてパナマ国防軍は解体。九九年十二月、パナマ運河を返還した米国が全軍を撤退させ、パナマから軍隊はいなくなった。
 社会学者でパナマ社会教育調査研究所のラウル・ルイス所長(58)は「パナマ運河には弱点が約百カ所ある。それを守ろうとすれば膨大な予算が必要。それなら、全く軍を持たずに中立を保つのが最も安全と考えたわけです」と説明した。ルイス所長は「それは国民の総意です」とも話す。、、、

戦争をしないと云うことを「誇り」にしたい。

Posted by S.Igarashi at 08:47 AM | コメント (2)

May 02, 2007

National Assembly in Dacca

今日は連休の谷間の出講日、明日から連休後半に突入、しかし連休明けに提出しなければいけない仕事があって、とーぜん休みはない。こんなときはGoogle Earthで気分転換するしかないのである。
と云うことで、昨年、建築家"Louis I. Khan"の足跡を追った映画"MY ARCHITECT A Son's Journey"を地味に話題にしたが、その時カーンの遺作となったダッカの国会議事堂をGoogle Earthで探してみた。だが川と大地の違いが判る程度の衛星写真ではとても見つけることはできなかった。それから一年、今日の再挑戦で漸くカーンの遺作である国会議事堂の幾何学的な形態を鮮明にみることができたのである。やれやれなのだ。
National Assembly Hall in Dacca, Bangladesh ( 23°45'45.79"N 90°22'46.69"E)

ところで、ダッカの旧市街地を上空から眺めるのも初めてなのだが、この楕円形をした池(?)のようなモノの存在が気になる。

カーンと云えばソーク研究所はどうなっているのだろうと偵察に行くと、こちらも鮮明な画像になっていた。研究所南側にある新興高級住宅地の成功者向け大邸宅がなんていうか、、、アメリカンです。
Salk Institute ( 32°53'13.68"N 117°14'43.25"W)

Posted by S.Igarashi at 11:47 PM | コメント (2)

May 01, 2007

Keith Jarrett Trio 2007

Keith070430.jpg

3年ぶりに"Keith Jarrett Trio"を聴きに上野の東京文化会館に行ってきました。演奏された曲目は此の通り、Lennie Tristano、Richard Rodgers、Harold Arlen、Clifford Brown、John Lewis、Bud Powell、Billie Holiday、Victor Youngと、錚々たる巨匠によるスタンダードナンバーです。ピアノトリオ結成の経緯や彼らの考え方はこちらのinterview2004を読まれたなら余計な説明は不要でしょう。アンコール曲の"God Bless The Child"はピアノトリオ・フォーマットの枠組みを超えた演奏で三人によるユニットがまるで有機的な一体の楽器のようにうねり響きあい、音楽空間を創造していました。アンコール最後は"When I Fall In Love"、そう、"Bill Evans"のアルバムや"Nat King Cole"のヴォーカルで有名なこの曲でコンサートは締めくくり、ちょっと心憎い演出ですね。もちろん最後はスタンディングオベーションです。音楽の良さは記憶に刻まれるけれど何もカタチとして残らないことです。そこに潔さを感じます。音楽に添加物を加えない東京文化会館のアコースティックな環境も、それに貢献しているように思えました。
Koinuma's Blog:4月30日公演レポート:開演前サウンドチェック

鯉沼ミュージック提供による演奏曲目に収録CDタイトルを参照してみました。

1st Set:
1) You go to my head (Lennie Tristanoが演奏してるが、Keithの演奏は不明)
2) My Funny Valentine 〜 Improvisation (Up For It)
3) Come Rain or Come Shine (Still Live)
4) Sandu (Whisper Not)

2nd Set:
1) Masquerade Over (Standards, Vol.1)
2) Django(John LewisによるMJQの名曲だけど、Keithの演奏は不明)
3) Stars Fell On Alabama (これもKeithの演奏は不明)
4) Hallucinations (Whisper Not/Bud Powell)

Encore:
1) God Bless The Child (Standards, Vol.1)
2) When I Fall In Love(Whisper Not)



と云うことでコンサート演奏曲目によるiTunesのプレイリストを作ってみた。Keith Jarrett TrioによるCDの曲がないものは他のミュージシャンで補填してみたが、アンコール最後の"When I Fall In Love"は"Nat King Cole"や"Bill Evans"の演奏を加えても面白いだろう。

と云うことで野澤さんの行かれた5月10日の曲目でプレイリストを作ってみた。スタンダードナンバー故にKeith Jarrett Trioだけでなく他のアーチストの演奏も加えた。不明だったのが"You Belong To Me"で"Nancy Sinatra"の"Tonight You Belong To Me"があったのでKeithの世代ならティーンエージャーの頃良く耳にしている筈なのでJazzではないが、取りあえずプレイリストに加えた。
"Poinciana"は"Ahmad Jamal"が良く演奏した曲で、KeithがJazzの世界に興味を抱く切っ掛けになったミュージシャンだ。因みにMilesが60年代にメンバー入りを熱望していた「"Ahmad Jamal"のようにピアノを弾く少年」がKeithだったのである。日本国内ではマイナーで入手困難だった"Ahmad Jamal"のアルバムも今ではiTunesStoreで買えるようになっているのだ。

追記:1974年のカルテットによる日本初公演の時、Keithはピアノだけでなく、ソプラノサックスもパーカッションも演奏していた。このGary PeacockとJack DeJohnetteとのユニットではKeithは他の楽器を演奏することもなくピアノだけに専念できる。その必要が無くなったと云うことだが、この違いは大きい。

Posted by S.Igarashi at 12:52 AM | コメント (4)