March 31, 2007

善福寺川今昔

zenpukujigawa-5.jpg
写真1(+)
kawaさんから1960年代初頭の善福寺川流域の様子を伝える貴重な写真を送って戴きました。この頃は未だ橋も木造でしたね。
追記:と云うことでkawaさん立会いの元、現地で撮影場所を確認しました。


写真2
いいですねぇ〜長閑ですねぇ。兄弟揃って、お父さんと一緒に散歩するのが楽しくてしょうがない様子が伝わってきますね。(と、勝手に妄想してますが、、)3人とも長靴を履いてるのが良いですね。
善福寺川も未だ護岸工事されてなく川底も浅いことが良く解りますね。
写真に添えられたkawaさんのメールを紹介させて戴きます。

私が小さい頃には、川沿いがずっと河岸段丘になっていて、土手からすぐは、畑や田んぼ、学校のグランド、公園や釣り堀、養豚や資材置き場、廃品回収の置き場になっていました。
もう一段上がった所から住宅が並んでいました。
松の木の縄文遺跡、縦穴式住居も川からは一段あがった丘の上にあります。
田んぼを埋めて、川沿いに建て売り住宅が並びだした時には、こんな所に建てていいのかなと子供心に思いました。
少し大人になって、人口が増えるばかりの時には川沿いに家が建つのも仕様がないと思いました。
しかし、これから人が減る事を考えれば、土手の外も何年かに一度ぐらい川があふれてもいい公園等にしておくのも出来ない話ではないと思い始めました。
区は住宅の並んだ私有地を買い上げて低いグランドやテニスコートを作って増水時に備えているようです。
何年かに一度あふれてもいいと考えれば、コンクリートの土手以外のもっと素敵なウォーターフロントの可能性も出て来ると思います。


撮影場所(クリックで拡大)
写真1は大松橋に立つ3人の子を撮ったもの。
写真2は大松橋下流の善福寺川左岸から川下を撮った写真

下の写真は昨日その「写真2」の撮影場所を検証しているところです。風景は昔とすっかり様変わりしていました。そんな訳で往時を振り返って記念の再現写真を撮りました。


Posted by S.Igarashi at 11:04 PM | コメント (4)

March 30, 2007

運転免許証更新

「運転免許証更新のお知らせ」が届いた。「手続きには、暗証番号(4桁の番号を2組)が必要です。」と書かれている。そうか今度はICカード免許証になるのだ。今年は免許証更新の他に、車の車検もあるのでIntelMacもこれも我慢しないと、、、いけないのである。

Posted by S.Igarashi at 02:25 AM | コメント (0)

March 29, 2007

気になる天気

Weather-Report.jpg気になる土曜日の天気ですがMacOSXのウィジェットでは、こんな予想です。週末の天気は偏西風やジェット気流が大陸性移動低気圧にどう影響を与えるかの見解で、予想は異るようですが、わたしはこちらを信用することにします。

Posted by S.Igarashi at 10:31 AM | コメント (2)

March 28, 2007

真打登場!

Adobe-Creative-Suite-3.jpg

てぇ〜ことで真打ちのAdobe Creative Suite 3の登場ですが、問題は日本語版のリリース時期ですね。しかし、それより問題はIntelMacを持ってないこと。
(パブリックベータ版)

Posted by S.Igarashi at 10:26 AM

March 27, 2007

オタンチン

わきたさんが「『Kai-Wai散策』と方言周圏論」で『全国アホバカ分布考』を紹介して松岡正剛の千夜千冊 にリンクを張られていた。
その全国分布を読んで福岡の「あんぽんたん」と熊本の「オタンチン」の二つの罵倒語が気になった。「あんぽんたん」は普通に東京でも使われていた言葉で「由来」を見ると上方・語源説と江戸・語源説があるようだ。もうひとつの「オタンチン」は聞いたことはないが、朝日新聞社発行のサザエさん・文庫本版にサザエさん(昭和20年代)の台詞として「オタンチン」が使われていたのを憶えていた。作者は福岡に疎開していたので、福岡に近い熊本の言葉を使ったのかなと思った。しかし、紀田順一郎氏の「9/10//2006 ことば抄・風馬牛と没分暁漢(ぼつぶんぎょうかん)の話」によれば漱石の造語「オタンチン・パレオロガス」について、その「オタンチン」の語源を江戸の遊里にあると書いてあった。尤も、遊里に通った江戸勤めの熊本藩士が国に帰ってから江戸の流行り言葉として「オタンチン」を広めたとしても辻褄は合う、江戸で廃れた言葉が遠く離れた熊本で生き残ったのだろうか。方言の起源が実は江戸にあったと云うのも愉快な噺ではないか。

Posted by S.Igarashi at 10:42 AM | コメント (2)

March 26, 2007

漢字テストのふしぎ

kanjifushigi.jpg
今朝の東京新聞に出ていたのだが、日本ビクター株式会社主催の東京ビデオフェスティバル2007の大賞を受賞した長野県梓川高等学校放送部による「漢字テストのふしぎ」が面白い。それは漢字テストで「環」のつくりの「とめ」をはねて×を付けられた高校生の疑問から始まる。高校生が間違いとされた問題の「環」は漢字テストの基準となる文化庁・国語施策の常用漢字表でも「筆写の楷書では,いろいろな書き方があるもの」として参考事例にあげられ、「とめ」も「はね」も正しいことになっている。ここから高校生の逆襲が始まり、現場の教師は次第にたじたじとなる。最後に「落ち」も用意されている。高校生と云って侮れない、大賞に相応しい作品だ。

Posted by S.Igarashi at 01:07 PM

March 25, 2007

善福寺川のソーラーキャット

SOLAR-CAT.jpg

護岸の間知石積みの凹みに猫がちょこんと座ってる、まるで炬燵に入っているようだ。
既に日は落ちてしまったが、日中蓄熱された石はこの時間でも未だ暖かいのだろうか。

Posted by S.Igarashi at 09:30 AM | コメント (2) | トラックバック

March 23, 2007

笑う月

一昨日、夕刻になってから仏壇に供える牡丹餅を買ってないことに気付いて買い物に出掛けた。車の運転席に座ると、フロントグラス越しに山の上に出ている月に気付いた。まるで不思議の国のアリスのチェシャ猫の様に笑う月だ。もしかするとチェシャ猫が空に浮かんでいるのかも知れないと、もう一度よーく笑う月を見つめたが、月の輪郭線が丸くぼんやりと見えるだけで耳もしっぽも付いてなかった。
車を運転しながら、そういえば安部公房のエッセー集に「笑う月」のタイトルがあったこと思いだした。左の写真は初版のB5判変型サイズの箱入りハードカバーだけど今は文庫本になっているようだ。初版本裏側の腰巻きの続きには「思考の飛躍は、夢の周辺で行われる。夢は意識されない補助エンジン、意識下でつづっている創作ノートである。」と夢のスナップショット17篇が収められている

タイトルの「笑う月」のさわりを引用すると、、、

ぼくが経験した限りでは、どんなたのしい夢でも、たのしい現実には遠く及ばない反面、悪夢のほうは、むしろ現実の不安や恐怖を上まわる場合が多いような気がする。
 たとえば、何度も繰返して見た、いちばんなじみ深い夢は、ぼくの場合、笑う月に追いかけられる夢だ。最初はたしか、小学生の頃だったと思う。恐怖のあまり、しばらくは、夜になって睡らなければならないのが苦痛だったほどだ。正確な記憶はないが、半年か一年の間をおいて、周期的に笑う月の訪問をうけた。最後はたしか十年ほど前だったように思う。かれこれ三十年にわたって、笑う月におびやかされつづけた計算になる。、、、続く

僕には周期的に30年も見続けた悪夢はないが、裸足で表を歩いている夢はよく見た。アービーロードのLPジャケットのポール・マッカートニーのように上着も着ているのに靴を履かずに裸足なのである。それも舗装された道ではなく、砂利道である。最後は砂利が足裏に食い込み痛くて目が覚める。
そういえば、今朝方も夢から目が覚めた。その夢にはaki隊長が登場していた。夢の中の隊長は何と髪をカメレオンの如くグリーンに染めていたのである。「ど、どうしたのその髪?」と尋ねると、「いやぁ〜このくらい派手にしないと、、」の返事、うーむ、畏るべく不良爺だ。場所はどういう訳か町田の駅らしく、コンコースにいると八王子行きの電車がきた、隊長はさっさとスイカで改札を抜けホームに、僕は財布に入れた筈のスイカが見つからず、モタモタしているうちに夢から覚めたのであった。
因みに、わたくし、寝付きは良いほうで、寝床に入って二三分で意識を失います。

Posted by S.Igarashi at 07:53 PM | コメント (4)

March 20, 2007

第五回アースダイビング・善福寺川+阿佐ケ谷住宅

アナウンスだけで日程が決まっていなかった「第五回アースダイビング・善福寺川と阿佐ケ谷住宅の50年を探る。」+「花見付き」を3月31日午後に開催します。集合地点は地下鉄丸ノ内線・方南町駅、目的地は阿佐ケ谷住宅です。集合時間等のタイムスケジュール等が確定しましたら当ブログにて告知する他、前回参加者の皆様にメール致します。
これが阿佐ケ谷住宅を見る最後の機会かも知れません。散りゆく桜花を愛でながら1950年代のモダニズムに想いをはせるアースダイビングとなりそうです。
追記・更新:アバウトなタイムテーブル等を追加しました。

5th Earth diving. 『善福寺川と阿佐ケ谷住宅の50年を探る。』 

 今回のルートは神田川水系の善福寺川を方南町から南阿佐ケ谷の阿佐ケ谷住宅までです。ゴール地点の阿佐ケ谷住宅は昭和33年(1958)に竣工した日本住宅公団による分譲住宅の団地です。今から約50年前の昭和33年当時の地形図(P-6)を読むと台地部分は宅地化されていますが善福寺川流域には多くの水田が残されていた事が解ります。阿佐ケ谷住宅はそれらの水田を埋め立て宅地造成して建設された住宅公団による団地の一つです。現在の善福寺川流域には既に水田もなく護岸も整備され川底が深く渓谷化されています。それは川底の浅かった善福寺川の流域に沿って窪田が広がっていた嘗ての風景とは異なるものでしょう。昭和22年の航空写真(P-7)を見ても解る通り、当時既に武蔵野台地の薪炭林である雑木林や田畑の殆どは失われ宅地化されています。右のGoogleEarthの航空写真に見られる善福寺川流域の緑地は嘗て水田だった場所を埋め立て整備して緑地化されたものです。これらは古くからある大宮八幡宮と戦前から整備された和田堀公園を除いては未だ50年経っていないものです。逆に言えば50年あれば森を造る事が可能であることを示しています。また嘗ての窪田は豪雨の氾濫に対し調節池の役割も担っていました。今日の様に川幅ぎりぎりに宅地化された河川は豪雨に対する抵抗力を失い、新たな都市水害を招いています。そうした都市水害に備え流域の緑地では運動公園を兼ねた調節池の整備が現在進行中です。それが可能なのは善福寺川流域の元農地を私有地のままに置かず、行政が長年に亘り共有地として確保してきたからでしょう。理想的には英国の様に都市の余白としてヒースを残す事かも知れません。今回のダイビングは阿佐ケ谷住宅と重ね合わせ『コモンの思想』を考えてみる機会になればと思います。因みに善福寺川ではアースダイビングのシンボルである水鳥「カイツブリ」が出迎えます。


・日時 2007年3月31日(土曜)PM1:00〜PM6:00
・内容 距離:約4.2km
・PM1:00〜 方南町に集合し堀之内橋から善福寺川流域を散策
・PM2:00〜 杉並区立郷土資料館見学(入場料¥100)
・PM2:45〜 大宮八幡宮と和田堀公園を散策(休憩)
・PM3:45〜 花見がてら善福寺川を阿佐ケ谷住宅まで散策
・PM4:30〜 阿佐ケ谷住宅及びにトタンギャラリーを見学
   公団阿佐ケ谷住宅・テラスハウス25号棟
・PM6:00〜 阿佐ケ谷界隈にて打上・反省会(場所未定)

・集合場所
2007年3月31日PM1:00
地下鉄丸ノ内線・方南町駅西改札を出る
地下鉄出口1(地上・方南町交差点角)
環状七号線・方南町交差点・北西側角にて。

・参考時刻表(ジョルダン・乗換案内調べ)
・新宿発12:46荻窪行・中野坂上乗換
 方南町12:57着
・荻窪発12:37池袋行・中野坂上乗換
 方南町12:57着
※中野坂上で乗換に注意!
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以上、資料等のダウンロード方法については別途メールにして連絡します。

Posted by S.Igarashi at 03:31 PM | コメント (17) | トラックバック

March 19, 2007

資料校正中

InDesign001.jpg

てことで、土日のエントリーをサボっていた言い訳です。(^_^;)

Posted by S.Igarashi at 11:56 AM

March 16, 2007

3月末のTOTAN GALLERY

第五回アースダイビング当日の阿佐ケ谷住宅・TOTAN GALLERYの展示は『インストール パーティー』です。ん〜、DMとネットの情報だけでは、どんなパフォーマンスになるのか想像が付かない。ところで、阿佐ヶ谷住宅日記によれば阿佐ヶ谷住宅の再開発は来年まで延期になったようです。

Posted by S.Igarashi at 10:28 AM

March 15, 2007

普通な小屋

昭和の置き忘れのような何の変哲もない普通な小屋である。周りの風景が変わり、唯一件ぽつねんと残っていると特異な存在に見えてくるから、まぁ人間も勝手である。(杉並区堀ノ内にて、、)
追記:第五回アースダイビングの当日、読書家であるじんた堂さんがゲルンジー駐車場の看板からここが牧場の跡地であったことを看破したのであった。

Posted by S.Igarashi at 01:53 AM | コメント (1) | トラックバック

March 14, 2007

謝恩会

syaonkai.jpg

柄にもなく、こんなものを戴いてしまったが、ゴージャスに見せる演出かラメが振りかけられていた。ふーむ。

Posted by S.Igarashi at 10:09 AM | コメント (1)

March 12, 2007

手掛かりを求めて

akiさんから『天狗様、お願げえしますだ。』のメールを頂戴したので「水無瀬の町家」の所在地発見までの事の顛末を取り上げます。それは2月10日のこと、akiさんから電話で「水無瀬の町家」の場所を知らない?と尋ねられた。そういえば水無瀬橋の傍にある位の知識しかなく、その水無瀬橋も浅川に架かっているのは知ってるがその場所は知らなかった。坂本一成氏の教え子である河さんが以前「水無瀬の町家」をエントリーして、そこで『、、、信じられない程綺麗な水無瀬の町家を見る事ができて、凄く嬉しかった。』書いてあったので、「きっと河さんが知っているんじゃないかな。」と答えた。程なく「河さんも行ったことないらしい」とakiさんから電話がきた。なんだ河さんも自分と同じ講釈師だった。それならば"GoogleEarth"に頼るしかない、手掛かりを求めて古雑誌を調べはじめた。

そういえば「水無瀬の町家」はTOTO通信のF森教授の連載「原・現代住宅再見」に近況が出ていた筈と探したがこういう時に限って見つからない。確か雑誌・都市住宅に出ている筈と書棚から都市住宅7109臨時増刊・住宅第1集を引っ張り出した。ネットでも「水無瀬の町家」についての情報がないか調べてみた。都市住宅には旧道沿いの町並に建つ「水無瀬の町家」の写真があった。ネットからの情報では南南西に向かって建っているらしい。一番の手掛かりは都市住宅の町並が写った写真である。旧道が浅川の堤に向かって緩い勾配の上りになっていること、「水無瀬の町家」の左隣の家は角地でそこが四つ辻になっている。この写真とネット情報から浅川の南側にあるらしいことが推測される。地形と建物の形状、銀色の屋根にはトップライト、それらを手掛かりにして水無瀬橋の付近を"GoogleEarth"で調べた。そして浮かび上がったのがこの地点。
< 35°39'42.15"N 139°18'40.70"E >
それらの条件に該当する場所は此処しかない。座標情報をakiさんにメールすると『、、、なんだか軒が出ていて影が落ちている感じだし、ちょっと大きいという感じがしますが、、、』の返事。
翌日の2月11日、車で買い出しに、運転の途中で、そうだついでに水無瀬橋まで行ってみようと思い立つ。目的のスーパーを行き過ごし、甲州街道に出て千人町の交差点で左折する。この道は八王子市役所に行く時に通る道だ。その道を陣馬街道の手前で左折すれば、この道の右手に「水無瀬の町家」がある筈だ。ゆっくりと車を走らせると右手前方に銀色に輝く建物が、、、『やったね!(^o^)』、生憎とカメラを持たずに出たので証拠写真はないが、家に戻ってから『へへへ、、、、』の一行メールをakiさんに送信。
aki's STOCKTAKINGのコメントにも書いたが、「水無瀬の町家」を手掛けた建築家・坂本一成氏の処女作「散田の家」は中央線の車窓から工事中の段階から注目していた。尤も、その段階では誰の仕事かは知る由もないが近隣に点在する住宅と異なる文脈で造られている事は理解できた。完成した姿から建築家・篠原一男氏の影響を受けている住宅であることは予想できた。それから、後に新建築に「散田の家」として発表されたのを見て坂本一成と云う名がインプットされた。昭和30年代初めの西八王子から高尾(浅川)までの中央線の南側は、一面に畑が広がり、曲がりくねった農道の両側には桑の木が植えられ、雑木林の丘陵の山裾に人家が点在するような風景であった。散田(八王子市側)または三田(旧南多摩郡浅川町側、現・東浅川)と云う同じ読みの地名が付けられてはいたが水田は見たことがない。散田から東浅川の一帯が工場誘致の為に区画整理されたのは浅川町が八王子市に編入合併された後の昭和30年代も後半になってからである。1969年(昭和44)の「散田の家」も周囲は畑ばかりで、野中の一軒家と云う様相であったが、いつの間にか人家が建込み中央線の車窓から姿を消してしまった。
GoogleEarthで「散田の家」を探す手掛かりは方形屋根とトップライト、それにGA HOUSE No.4に掲載の図面であった。何よりも正方形のプランに側室の出張りが決め手となった。
< 35°39'4.66"N  139°18'17.44"E >

北側の前面道路に沿って附属棟が増築され建物全体を伺う事は叶わない。築40年近く経っているがメンテナンスも良い、やはり庇の存在によって建物の傷みも押えられているのだろう。

どうも、右側のサイディングの家はOMっぽいのだが、モスバーガーの駐車場からなら確認できるでしょう。その奥の建物が散田の共同住宅ではとfuruさんに指摘されました。やはり教え子の力は違います。
東京工業大学・坂本一成研究室

Posted by S.Igarashi at 08:04 AM | コメント (7)

March 11, 2007

木造四階建?

昨日、打合せで杉並校舎に行ったついでに、31日の為の調査ダイブとして方南町から阿佐ケ谷住宅まで歩きました。昨年の10月28日に一度 善福寺川・調査ミニダイブは済ませていますが、調査に漏れた箇所と地下鉄・方南町駅からのルートを確認する為です。そして前回立ち寄らなかった杉並区立郷土博物館で資料の収集、大宮八幡宮ではアースダイビングの無事を願っての神頼みです。と云うことで左の写真は善福寺川の緑地に面した木造四階建?の建物ですが、実際は鉄骨で補強した木造三階+地下一階(擁壁部分を利用)でしょうか。それにしても恐れを知らぬ三階部分のオーバーハングです。

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March 10, 2007

情報流失

日本郵政公社から左記の詫び状(クリックで拡大)が送られてきた。
しかし、車上荒しに遭ったというこの職員は何の目的でUSBメモリーに個人情報を入れて持ち出したのだろうか。自宅で仕事?そんな訳はないと思うな。

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March 08, 2007

ジャケットがTシャツに、、

ジャケットと云ってもCDジャケットですがKoinuma's Blogにユニクロ企業コラボTシャツにキース登場!が掲載されている。と云うことで昨年に引き続き今年も4月中旬から販売されるようです。今年はParis Concertの赤シャツをゲットしようかな。

Posted by S.Igarashi at 10:11 AM | コメント (4)

March 07, 2007

じゃないですか?

RIMG0013.jpg

ん、、これって、日除け?じゃないですか?違ったでか!

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March 06, 2007

武満徹-音の森への旅

テキストだけ買ってそのまんま忘れるところだった。今日から映画監督・篠田正浩による武満徹-音の森への旅が始まる。放送は午後10時25分から、備忘録のつもりでエントリー。
追記:昨年の武満徹 ─ Visions in Time 展を記念したコンサート《武満徹の宇宙》のライブ録音が4月4日にCDで発売されるそうです。

Posted by S.Igarashi at 02:44 PM | コメント (2)

wire

iTunes-TV-Ad.jpg

iPodのヘッドフォン・ワイヤーは長すぎたり何かと邪魔であるが"TV-Ad"となると事情が異なる。ヒップホップなダンスの躍動感を伝えるには白いワイヤーは欠かせないアイテムである。躍動するワイヤーのない"TV-Ad"なんて考えられない。とは云うもののヘッドフォンを収納するときワイヤーをどうにかしたい向きにはこんなケースもある。

Posted by S.Igarashi at 10:51 AM

March 05, 2007

東京人4月号・東京は坂の町

と云うことで今月の東京人は待望の特集「東京は坂の町」である。そういえば作家・冨田均の東京坂道散歩や自称日本坂道学会会長・山野 勝の江戸の坂はエントリーしてあるが、自称日本坂道学会副会長による「タモリのTOKYO坂道美学入門」はエントリーしないままであったが、タモリ推奨の東京坂道ベスト12のなべころ坂(中目黒)のY字路をちょっと見てみたくなった。

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March 04, 2007

Scissors

scissors.jpg

電動シュレッダーに掛ける程ではない郵便物の宛名部分だけを細断するには手頃だろうと、銀座伊東屋で買ったハサミ型シュレッダーであるが、やはり9枚刃の所為で細断するには握力が倍以上必要だ。
補足:片手で楽々とワンアクションで刃先まで切れるのはコピー用紙一枚まで、コピー用紙二つ折り二枚重ねでは、最後の刃先で断ち切るときに力が必要、四枚重ねでは最後まで切れない。ハガキの場合は一枚だけ、二枚重ねは無理。何れにせよ、このハサミも万能ではないが使いようで充分に役たちます。

Posted by S.Igarashi at 10:10 AM | コメント (2) | トラックバック

March 03, 2007

半蔵門

日本カメラ博物館JCIIフォトサロンの「幕末・明治の古写真展」を見に行ったついでに半蔵門から日比谷まで三宅坂をミニミニダイブしてみた。別に「土地の文明」を読んだからと云う訳ではありません。以前より武蔵野台地の東端から日比谷の入り江(想像)を望むこのダイナミックな風景は好きです。アースダイビングも本来ならば江戸東京の原点と云うべき此処から始めるのが筋なのかな、なんてことを考えながら三宅坂を下っていたら、同じ有名人に二度もすれ違ってしまいました。

その有名人はレースからは引退したようですが市民ランナーとして活躍している谷川真理さんです。最初は半蔵門に近い坂上ですれ違い、もしかすると、またすれ違うかも知れないと思っていたら、桜田門の手前で再び、すれ違いました。多くのランナーはトラック競技と同じ反時計回りのようですが、谷川さんは三宅坂が長い上り坂になる時計回りで走ってました。それにしても呼吸が全く乱れていない、流石に本物のアスリートは違いました。

Posted by S.Igarashi at 11:25 AM

March 01, 2007

TokyoTower

この間まで、唯の棒杭だった東京タワーが3D化されていた。その足下をよく見ると何かを踏みつぶしている。

Posted by S.Igarashi at 03:14 PM | コメント (2)