August 31, 2014

私の嫌いな10の人びと

私の嫌いな10の人びと (新潮文庫)
昨日午後、何気にテレビを付けリモコンでチャンネルをザッピングしていたら、「今でしょう!」の林先生が画面に現れた。何を話しているのかと耳を傾けたら、哲学者・中島義道についてだった。この林先生も予備校やトヨタのコマーシャルで観た時は『嫌な野郎だな…』と感じていたが、時折見せる素の部分は案外正直な男だと印象が違っていた。
中島義道を取り上げたのは『常識に逆らう力』を話したかったようだ。そういえば、中島義道の文庫本を持っていた筈と本棚を調べると、この本と日本人を<半分>降りるが出てきた。二冊とも、さっと目を通しただけで熟読はしていない。テレビの方も熟視せず10分程で消したが、私の観ていた部分はこの『私の嫌いな10の人びと』の第二章「常に感謝の気持を忘れない人」から「卒業生へのはなむけの言葉」であった。まぁ…エリート街道を真直歩んでいた林先生も「私の嫌いな10の人びと」に似たような上司や同僚を前にして挫折したのかも知れない。
そういえば、赤坂で事務所を始めた1980年代のこと、林先生と同じ東大法学部卒の新人・銀行員のI君が営業に来た。貧乏事務所なので定期預金も借り入れも出来ないが、雑談だけには応じた。ある時、六本木の酒場のカウンターで同席した同じ銀行の本店勤務の人に聞いたら、彼は幹部候補生で我々とは違うと言っていた。その後、I君とは道で会った時に挨拶と世間話をする程度だったが、お見合いで結婚することになりました。と云う世間話が最後だったと思う。現在、I君がどうなっているのか知る由もないが、彼は自分の中の、或るセンサーと回路を遮断して生きているのだろうと、会った時から感じていた。「無駄なことは考えない。」でなければ生きていけない、ということだろうか。

内容
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1:笑顔の絶えない人
2:常に感謝の気持ちを忘れない人
3:みんなの喜ぶ顔が見たい人
4:いつも前向きに生きている人
5:自分の仕事に「誇り」をもっている人
6:「けじめ」を大切にする人
7:喧嘩が起こるとすぐ止めようとする人
8:物事をはっきりと言わない人
9:「おれ、バカだから」と言う人
10:「わが人生に悔いはない」と思っている人
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「卒業生へのはなむけの言葉」と云えば、自分の高校の入学式と卒業式で、校長は同じ内容のことを二度しゃべっていた。卒業式で、それを聞いて、呆れて馬鹿馬鹿しくなったことだけは憶えている。

Posted by S.Igarashi at 10:25 AM | コメント (4)

August 29, 2014

Palladio Tour in Veneto

Palladio-Tour-in-Veneto2014.jpg
2008年のエントリーGoogleMapでPalladio tourで作成したPalladio Tour in Venetoであるが、その後、GoogleMapが改良されて敷地内のStreetviewが追加されているヴィッラやパラッツォも現れている。
上図のVilla Rotondaの他、Villa Barbaro、Villa Emo、それにGiulio RomanoのPalazzo Del TE 等がそうだ。と云うことで、夏休みに何処にも行けないならば…せめてヴァーチャルで…。ヴェネチアはStreetviewならぬCanalviewが用意され運河からの街並も堪能でき、S.Giorgio Maggioreは教会内部にも入れる。

Posted by S.Igarashi at 12:15 PM | コメント (0) | トラックバック

August 26, 2014

MINI JAMBOX

MINI-JAMBOX.jpg

予てより気になっていたBluetooth対応のワイヤレス・スピーカー"Jawbone MINI JAMBOX"の"Silver Dot"をAmazonから購入した。
届いたパッケージはアップル製品と同様に極めてシンプルなクイックスタートガイドがあるだけ、詳しくはネットでと云うことで、先ずはiTunesStoreから"Jawbone App"をダウンロード、iPhoneとiPadにインストールしてペアリング。Jawbone AppにiTunesのプレイリストを読込んでプレイすることも可能だが、あまり使い勝手は宜しくない。やはり、iTunesを使うのがベストだろう。iTunesのコレクションを聴くのも良いが、InternetRadioのAppも海外から民放のradikoNHKネットラジオ らじるらじると選択肢も増えている。
Wi-FiによるAir-Playとの棲み分けは、固定しているオーディオ装置やTVはAir-Playとし、MINI JAMBOXはiPhoneやiPadの機能を拡張するポータブル・デバイスと捉えるのが相応しいだろう。
今やiPodやiPhoneで音楽を持ち運びすることは当たり前のことだが、JAMBOXは更にiPhoneやiPadの機能を拡張し、セミプライベートな空間での人々と音楽を共有することを可能し、ベッドサイドでは寝起きに掛けるラジオにもなるし、何よりも鬱陶しいイヤホーンから耳を開放してもくれるのが有難い。
Altec Lansing /Orbit IMT237AAと違い、ワイヤーからの開放はネコにケーブルを噛られる心配もなくなるのである。

Posted by S.Igarashi at 10:06 AM | コメント (3)

August 23, 2014

映画・陸軍登戸研究所

1941年(昭和16)7月8日の陸軍による空撮写真である。敗戦後、同じ場所を1947年(昭和22)9月16日に米軍による空撮写真もあるが、写真のクォリティに随分と差がある。現在の明大・生田キャンパスが旧・陸軍登戸研究所の跡地である。

先日、石上さんに借して戴いたDVDの映画・陸軍登戸研究所を観た。2012年に公開された映画は180分と云うことだが、DVDは二枚組で前編が2時間半、後編が1時間半と合計4時間(240分)と劇場版よりも1時間長い。全編を通して登戸研究所に関わった人々の時代の証人としてのインタビューが延々と続く。インタビュアーは批判も肯定もせず登戸研究所で体験したことを聴き出す事に専念している。殺人光線の開発をしていた老人の上機嫌な話しぶりには、嫌悪感さえ抱くが、そうでなければ口を塞いだままだろう。中には棺桶に入るまで沈黙を守ると云う老人もいる。時代の叡知を集めた研究所と云うが、今の時代から傍観すると漫画じみたその研究内容には呆れるばかりだが、自由が奪われ国家に隷属し、何も考えなくなった日本人の姿が其処にある。それは今でも大して変わらない、原発再稼働とワンセットになっているリニア新幹線計画も似たようなものだ。
一つ気になったのは『陸軍登戸研究所の真実』の著者・伴 繁雄の夫人へのインタビュー、病床にありながら最後の力を振り絞って「陸軍登戸研究所の真実 」を書き上げる夫を看病し、死後も...出版まで献身的努力を惜しまなかったと思われるが、夫人への最後のインタビューの時、居間の壁にあった夫の写真が外されていた。積年の思いが….そうさせたようだ。
関連登戸研究所の思い出(ある若手研究員の記録)

Posted by S.Igarashi at 09:28 PM | コメント (0)

August 19, 2014

電子国土

昨年暮に調べたいことがあって国土地理院の「国土変遷アーカイブ 空中写真閲覧システム」にアクセスすると、サイトが廃止されていた。地図センターの「空中写真」を見ると『国土地理院の空中写真は、撮影ネガフィルムのデジタル化完了に伴い、平成25年11月1日より、すべて数値空中写真に統合されました。』とあった。
そういえば、2007年4月に法政大学市ヶ谷キャンパスで行なわれたデジタルアトラスのシンポジウムでスピーカーに立った国土地理院の人が将来的に地形図等を電子国土に一元化する旨を語っていた。と云うことで国土変遷アーカイブは地理院地図(電子国土Web)に統合されていたのである。上記地図は標準の地形図に「色別標高図」と「土地条件図」のレイヤを重ね、「国土変遷アーカイブ」にあった単写真(空撮写真)の位置情報を示したものである。「写真を表示」をクリックすると別ウィンドウに空撮写真が表示されるようになった。3.11以降、話題となった「土地条件図」を表示すれば、ブルドーザーで山を崩した住宅造成地の嘗ての谷戸が人口地形の高い盛土地として浮かび上がるのである。

因みにiPadで地理院の地形図を見る場合FieldAccess HDが便利である。


残念ながら「国土変遷アーカイブ 空中写真閲覧システム」にあった空撮写真は見られないが、歴史的農業環境閲覧システム「迅速測図」は見られるようになっている。

Posted by S.Igarashi at 09:41 AM

August 18, 2014

ばいらる

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SNSのFacebook等に「いいね!」を付けさせ、「オトモダチ」をサイトに誘導する「viral media」のリンクボタンである。と云うことで、近頃ネットでの流行りモノの筆頭は「viral」だそうだ。その典型的な例が「忍者女子高生」だろう。仕掛け人のサントリーと広告代理店は「してやったり!」と得意満面だろうが…こうした情報操作による、あざとい広告商法が何処までエスカレートするのやら…「面白ければ良いじゃん…」と笑ってすまされるのも…今の内だけ…かも。知らぬ間に…ウイルスを撒き散らす...加害者にも成りかねない気もするのだが…。

Posted by S.Igarashi at 10:06 AM | コメント (0)

August 17, 2014

獅子頭の言い伝え

本日は八王子城主・北条氏照よりお下渡しされたと伝えられている狭間の獅子舞が奉納される御嶽神社の例祭である。獅子舞保存会のHPには『この獅子舞がどうして八王子城主北条氏照公より狭間部落に拝領になったかということはいまだに不明であるが、武蔵七党の内横山党一党、椚田次郎の居城が峰山城(現在は初沢城址と呼ばれている)であり椚田郷狭間の地にそのつながりがあったのではないだろうかと考えられています。』とある。その初沢城趾は学術的な遺跡調査が行われたことは一度もなく、それどころか城趾の一部に東京都水道局の上水道の配水施設が設けられている有り様である。その建設時に何か出土したかは不明だ。何れにせよ初沢城趾に関してはウィキペディアに書かれている程度の情報しかないが、1590年(天正18年)の八王子城の落城と運命を共にしたことだけは間違いないようである。と云うことで地形図を元に推論すると、北条氏照が豊臣・前田・上杉の連合軍の進攻に備えて初沢城を小田原と八王子城との中継地点として整備する際に荷役の牛馬や普請の為の人足として地元民を現地調達する際、最も近い集落である25戸余りの狭間に白羽の矢があたったのだろう。初沢城の北側の谷に位置する高乗寺(曹洞宗)の1557年(弘治3年)の高乗寺絵図を見ると、初沢城趾には高乗城山と妙義山の書込みがあり平屋の建物が描かれており、現在の浅川中学の校門近く、谷戸の入口に惣門(禅宗寺院の表門)が置かれ、そこから先は高乗寺の領地で本堂伽藍の他に僧侶達が住む数々の庵が点在している。因みに太平洋戦争の戦争遺産である浅川地下壕はこの高乗寺の領地であった山地の地下に建設されている。
地形図を見れば解る通り山地から丘陵へと地形が変わり、その舌状台地の舌先に位置する御嶽神社から丘陵地(縄文住居跡)を抜け、尾根道を行けば山頂まで牛馬と共に普請の資材を運搬することができる。恐らくそうした労働の対価と褒美の意味を含めて獅子頭が与えられたのだろう。因みに山地から丘陵へと地形が変わるこの丘陵を峰開戸(みねげと)と土地の人は呼ぶ、地名としては残っていないが東京都教育委員会の東京都遺跡地図には狭間(峰開戸)遺跡の名が残っている。
此の尾根道は私が小学生の頃、江戸時代の街道に見立て東映が教育映画のロケを行なっていたくらいである。(残念ながら尾根道を街道らしく見せていた松の木は昭和34年の伊勢湾台風で多くが倒木した。)1948年の米軍が撮影した空撮写真を見ると御嶽神社の南側に位置する谷戸にある狭間の住戸数と400年以上昔の天正時代の住戸数と殆ど変わってないようだ。

Posted by S.Igarashi at 10:05 AM | コメント (0)

August 16, 2014

生活史叢書

雄山閣出版生活史叢書は全34巻発行されているらしいが、出版社に残っているのは第34巻と第11巻だけの様だ。と云うことで両国の旧国技館跡に『パイノパイ 添田知道を演歌する』を聴いてから、もう少し演歌師について詳しく知りたいと思いAmazonで古書の『演歌師の生活 (生活史叢書14)』を買ったのであるが、巻末の出版案内に並んでいる『生活史叢書』シリーズの「歴史の表面に現れない庶民の生活を主体に人間生活の実態を浮彫りとし歴史研究の隙間を埋める。」と云う主旨と「武士、忍者、てきや、やくざ、御目付、遊女、大奥、幕末志士、与力・同心・目明し、下級武士、町人、御家人、浅草オペラ、演歌師、廓、刀鍛冶、足軽、砲術家、行商人、流人、非人、落語家、包丁人、部落民、旅芝居、無宿人、金銀細工師、浪曲家、兵法者、たいこもち(幇間)、禅僧、江戸っ子」等々にフォーカスしたタイトルが興味深く、取り敢えず上記の古書も手に入れたのである。

Posted by S.Igarashi at 10:37 AM | コメント (0)

August 15, 2014

ブレヒト

岩波書店の8月14日の今日の名言ブレヒト『ガリレイの生涯』から
『科学の目的は、無限の英知への扉を開くことではなく、無限の誤謬にひとつの終止符を打ってゆくことだ。』
成程、腑に落ちる言葉である。ブレヒトについては無知同然で劇作家くらいの知識しか持ち合わせおらず、ブレヒトの代表作「三文オペラ」にしても音楽家・クルト・ワイル作曲による Mack the Knifeが最初で、その後ソニー・ロリンズがMack the KnifeをモダンジャズにアレンジしたMoritatを聴いて知ったくらいであり、クルト・ワイルが凄いと思ったのはそれから10年以上の歳月を要している。私としてはこのアルバムを再版してもらいたいと願うのである。
いけない、ブレヒトから脱線したが、こんな時代だからこそ『ガリレイの生涯』を読んでみようと思う。

Posted by S.Igarashi at 02:19 PM

August 06, 2014

パイノパイノパイ


東京の中枢は丸の内 日比谷公園両議院 いきな構えの帝劇に いかめし館は 警視庁
諸官省ズラリ馬場先門 海上ビルディング 東京駅 ポッポと出る汽車 どこへ行く

東京節・添田知道/ 土取利行(弾き唄い)』を聴いていて気になったのが「いかめし館は 警視庁」の歌詞である。現在の桜田門ではなく帝劇の並びに警視庁があるとすると丸の内署の辺りと思い、東京時層地図 で調べると…現在の第一生命と丸の内署を併せた敷地に「厳めしい館の警視庁」が在ったようだ。関東大震災後の帝都大改造で警視庁は桜田門に移り、丸の内に在った「諸官省ズラリ」は武蔵野台地の端である霞が関に…日比谷入江を埋立てた低湿地は民間に払い下げとなったのだろう…。
と云うことで、両国の旧国技館跡で『パイノパイ 添田知道を演歌する』を聴きに行ったのだが、なんと途中休憩なしで四時間の長丁場、流石に草臥れました。昨晩は2月公演の土取利行・邦楽番外地/添田唖蝉坊・知道を演歌するの続編として、添田知道をメインに大正・昭和初期の演歌・流行り歌にフォーカスしたものでした。
当日(2014年8月5日のダイジェスト):土取利行LIVE:添田知道の東京節三部作@シアターX

と云うことで東京節の原曲は南北戦争当時のジョージア行進曲(Marching Through Georgia)であるが、知道が父・唖蝉坊に「この節で一つ演歌を作ってみないか」と示されたのが、このメロディであったのだが、知道は当時それがジョージア行進曲とは知らず、幼い頃、大磯の親戚の家に預けられていた頃、村の子供から『トモチャンガミヤコニカエルトキ ハーチニチンコヲサーサレテ アイタタッタアイタタッタコリャオカシ アイタタッタアイタタッタコリャオカシ…』とからかわれた囃し唄の節と同じであった。まぁ、当時のガキどもでも知っている軍歌のメロディならば世相を諧謔する演歌の節にはもってこい、使わない手はないのだ。

土取利行のパートナーであった桃山晴衣は晩年の添田知道の内弟子として、師の偉業を後世に伝えるべく多くを聞き取り、資料として残した。FreeJazzの打楽器奏者である土取利行はパートナーが残したものを伝えるべく、門外漢から邦楽にアプローチしているが、元々FreeJazzだけに拘らず、時代を超えたWorldMusicまで幅広く研究活動しているから、それも可能なのだろう。
桃山晴衣の明治大正演歌(1)/1983年池袋スタジオ200

桃山晴衣の明治大正演歌(2)/1983年池袋スタジオ200

sutoton1.jpg

sutoton2.jpg

上記画面は桃山晴衣のストトン節の替歌であるが、メディアの劣化は酷くなるばかり…。

と云うことで。私も東京節の替え歌を作ってみた。

オタクの中枢は秋葉原 ラジオ会館電気街 ビッグな構えのムラウチに やっちゃ場壊して超高層
フィギィアずらり模型屋さん メイド喫茶にAKB コスプレ着替えて どこへ行く

アベちゃんたらギッチョンチョンでバイのバイのパー
パリコト パナナで クライ クライ クライ

Posted by S.Igarashi at 10:05 AM | コメント (7)