August 25, 2017

ポスト・トゥルースな時代の建築展

東京国立近代美術館で開催中の展覧会「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」を見ての後味の悪さは、通奏低音の如く、会場のみならず時代を支配するポスト・トゥルースな空気感ではないだろうか。三年前に別所沼の風信子荘に集合してから、皆で埼玉県立近代美術館で『戦後日本住宅伝説ー挑発する家・内省する家』を見た後、浦和での反省会…は、16の戦後日本住宅伝説について喧々諤々の異論反論objectionと相成ったくらいである。その時もブログで『何れにせよ企画者や監修者の恣意的判断による16の住宅であり、なんたかんたと政治的パワーバランスも作用しているような気もするのである。』と書いていたが、それから三年の間、此の国の建築を取り巻く状況は悪化の一途を辿り、新国立競技場、築地市場に森・加計スキャンダルとまさにポスト・トゥルース真只中である。この展覧会も何らかのバイアスなり忖度が感じられるキュレーションサイトの様でもある。
それでも50年前の記憶を呼び覚ましてもくれたので、その頃、買った原広司の本でも読み返してみようと思う。そういえば、初めてチャールズ・ジェンクスが"The Language of Post-Modern Architecture"でポスト・モダンという言葉を使ったのは50年前でした。

図録内容(新建築住宅特集2017年8月別冊)
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1. Introduction イントロダクション
 katsura 桂離宮
 方丈記
 小屋


2. Japaneseness 日本的なるもの
 raymond House & Studio in Azabu レーモンド自邸 1951
 The House of Prof.K.Saito 斎藤助教授の家 1952
 A House(Tange House) 自邸 1953
 A House with Chestnut Trees 栗の木のある家 1956
 House in Kureha 呉羽の舎 1965


3. Prototype and Mass-Production プロトタイプと大量生産
 Yotsuya kano House 四谷加納邸 1950
 PREMONS プレモス 1946-51
 Minimum House(Masuzawa House) 最小限住居(自邸) 1952
 Residence No.3 住宅No.3 1950
 Residence No.76 住宅No.76 1965
 Sekisui Heim M1 セキスイハイムM鵯 1970
 Nakagin Capsule Tower 中銀カプセルタワービル 1972
 Box House Series 「箱の家」シリーズ 1995-
 Wood House 木の家 2004-


4. Earthy Concrete 大地のコンクリート
 Yoshizaka House 吉阪自邸 1955
 Tower House(Azuma House) 塔の家(自邸) 1966
 Moutain Lodge at Karuizawa 軽井沢の山荘 1963
 A house with Center 中心のある家 1974


5. A House is a Work of Art 住宅は芸術である
 House in White 白の家 1966
 Tanigawa House 谷川さんの住宅 1974
 House in Uehara 上原通りの住宅 1976
 House under High-Voltage Lines 高圧線下の住宅 1981


6. Closed to Open 閉鎖から開放へ
 House in Minase 水無瀬の町家 1970
 Aiminium House アルミの家 1971
 House in Sakatayamatsuke 坂田山附の家 1978
 House in Koganei 小金井の家 1979
 House in Soshigaya 祖師谷の町家 1981
 House in Hanakoganei 花小金井の家 1983
 Silver Hut シルバーハット 1984
 House F


7. Play 遊戯性
 Anti-Dwelling Box 反住器 1972
 Miyajima House 宮島邸 1973
 Face House 顔の家 1974
 Toy Block House鵯 積み木の家鵯 1979
 House N 2008
 s-house 2003


8. Sensorial 感覚的な空間
 House at Yaizu 1 焼津の住宅鵯 1972
 White U 中野本町の家 1976
 House in a Plum Grove 梅林の家 2003
 G 2004
 T House 2005
 O House O邸 2009
 Double Helix House 二重螺旋の家 2011


9. Machiya:House Which Makes City 町家:町を形成する家
 Row House in Sumiyoshi 住吉の長屋 1976
 House in Daita 代田の町家 1976
 House in Nipponbashi 日本橋の家 1992
 Spilit Machiya スプリットまちや 2010


10. Redefining the Gap すきまの再構築
 House in Ota 大田のハウス 1998
 Mini House ミニ・ハウス 1998
 Moriyama House 森山邸 2005
 House NA 2011


11. Lightness さまざまな軽さ
 SH-1 1953
 House in Kuwabara in Izu 伊豆の風呂小屋 1988
 House in Kyodo 経堂の住宅 2011
 House in Rokko 六甲の住宅 2011
 Garden & House 2013


12. Unmarketable 脱市場経済
 Kaitakusya-no-ie(The Farmer's House) 開拓者の家 1986
 ZENKAI House 「ゼンカイ」ハウス 1997
 Arimasuton Building 蟻鱒鳶ル 2005-


13. Vernaculae:Linking with Nature 新しい土着:自然とつながる
 Leek House ニラハウス 1997
 Roof House 屋根の家 2001
 Rectangle of Light 光の矩形 2007
 Pony Garden ポニー・ガーデン 2008
 Sunny Loggia House 向陽のロッジハウス 2011
 No.00 2011
 House M 2015


14. Critique on Family 家族のあり方
 My House(Seike House1) 私の家 1954
 Sky House スカイハウス 1958
 Hoshikawa Cubicles ホシカワ・キュービクルズ 1977
 Pao:A Dwelling for Tokyo Nomad Women 東京遊牧少女の包 1985
 House in Okayama 岡山の住宅 1992
 Light Coffin ドラキュラの家 1995
 Setagaya Village(Ishiyama House) 世田谷村(自邸) 1997-
 House & Atelier Bow Wow ハウス&アトリエ・ワン 2005
 Yokohama Apartment ヨコハマアパートメント 2009
 Atelier Tenjinyama 天神山のアトリエ 2011
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Posted by S.Igarashi at 10:14 AM | コメント (0)

August 22, 2017

銀杏の木は残った...


今月5日に竹橋の国立近代美術館「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」を見た際、最初の展示コーナー「日本的なるもの」の丹下自邸の庭で遊ぶ近所の子供達の写真を見ていて、50年前の1967年、高校三年生の夏休みに丹下自邸の塀も門扉もない庭先にちょっとだけ進入して外観を見たことを思いだした。Streetviewで丹下自邸のあった現地を確認すると三本の銀杏の木は残されていた。

その日は豪徳寺住む級友と中野区南台に住む級友と小田急線・鶴川で待合せ、三人で高台の新興住宅地に造られた原広司設計の慶松幼稚園を見学、小田急線で成城学園前に行き、丹下健三設計のゆかり文化幼稚園を見学し、そして最後に丹下自邸を見たのだった。

丹下自邸が取り壊されたのを知ったのは、1975年の7月、高木滋生建築設計事務所で設計を担当していた山中湖のK氏山荘の竣工祝いの席に於いて、その別荘地を開発した業者からであった。詳しいことは憶えていないが、更地にして建売り住宅を三棟造る予定だとか...聞いた。
その別荘地には吉村順三・設計による「山中湖の山荘A」(作品集の表記による)があり、その山荘の下に丹下山荘が建築される予定だったが、前夫人との婚姻関係を解消されたので、成城の丹下自邸も山中湖の山荘予定地も、前夫人の所有となり、山中湖には吉村順三・設計による山中湖の山荘Cが建築された。上図の1975年の空撮写真には既に丹下自邸は解体され三本の銀杏の木の影が敷地を覆っている。
国立近代美術館の「日本の家」の図録では丹下自邸の庭で子供と戯れる家族写真まで掲載されているのが...以外であった。プライベートな経緯もあって人知れず、解体撤去されてしまった丹下自邸であったが、願わくば小金井公園に移築された前川国男邸の隣辺りに移築保存し、子弟競演となれば良かったと思うのは私だけではないだろう。

tangehouse.jpg

恐らくは此の辺りは風致地区の指定を受けていることだろうから、この配置図にも描かれている三本の銀杏の木は残されたのだろう。

Posted by S.Igarashi at 04:32 PM | コメント (0)

August 12, 2017

クレオール・ニッポン──うたの記憶を旅する

クレオール・ニッポン──うたの記憶を旅する[CDブック]
先月末、両国のシアターXで催された添田唖蝉坊・知道演歌『明治大正の女性を唄う』のゲスト・松田美緒によるCDブックであるが会場ロビーに用意されていたCDブックは私の直前に売りきれてしまい、残念ながら数日後、Amazonから求めた。
土取利行のツイートで「添田唖蝉坊・知道演歌『明治大正の女性を唄う』」のコンサート情報を知るまでは松田美緒のことは知らなかったが、コンサートで松田美緒による添田唖蝉坊・知道演歌を聴いて、コンサート情報の『松田さんはポルトガルの演歌とも言える民衆歌謡ファドに魅せられ現地での学びに明け暮れた後、ポルトガル語圏諸国を巡り様々な音楽家との交流を重ね、民衆歌謡探求の旅を続けてきました。この巡りの中で、とりわけ“クレオール(混交)化”した歌に関心を寄せ、ここ数年は日本移民のクレオールソングや日本各地の忘れられた歌を蘇らせ唄い続けています。』と書かれていたので、その歌を聴きたくなったのである。
CDを全曲聴き通した感想は...これはもう一つの『忘れられた日本人』ではないだろうか、それにしても松田さんの行動力と実行力に敬意を表したい。

内容(リンクされている歌はYouTubeで聴けます。)
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はじめに...歌を追い求めて出合った「多様な日本」

●山のうた
1 山子歌(秋田県・鹿角)
2 木びき唄(徳島県・祖谷)
3 木負い節(ヨイヤラ節)(祖谷)

●伊王島の歌
4 花摘み歌(長崎県・伊王島)
5 アンゼラスの歌(伊王島)
6 こびとの歌(伊王島)

●海のうた
7 原釜大漁歌い込み(福島県・相馬)
8 トコハイ節(福岡県・行橋)

●南洋のうた
9 レモングラス(小笠原諸島〜ミクロネシア)

●移民のうた
10 移民節(ブラジル)
11 子牛の名前(ブラジル)
12 五木の子守唄(熊本県・五木村、ブラジル版)
13 ホレホレ節(ハワイ)

●エピローグ
14 祖谷の草刈り節(祖谷)
歌に出会い、人に出会う
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「移民のうた」と云うのも考え深い、或る意味、口減らしの為、棄民とされた処は満州へ渡った人と同根なのだろう。

プロモーション・ヴィデオ:クレオール・ニッポン──うたの記憶を旅する

Posted by S.Igarashi at 10:26 PM | コメント (0)

August 11, 2017

SUNSHOWER

今週月曜日に放送された「Youは何しに日本へ?」を途中から見た。画面は西新宿の中古レコード店・HAL'S RECORD、そこに太平洋を越えてやって来た米国人がいた。彼の探しているレコードは40年前の1977年にリリースされた大貫妙子のSUNSHOWERだ。「それなら、俺が持っている。場合によっては....」と...続きを見ていると、最近、コレクターから買い取った1000枚の中から...それもタスキ付きの状態で...見つかる。(因みに売値は1万円)米国人・スティーブの言うことには「この時代の日本のニューミュージックはファンクやソウルの要素が混ざっていて面白い」そうである。
それもそうだろう、このアルバム、作詞作曲は大貫妙子だが、編曲は坂本龍一、ドラムはSTUFFのクリス・パーカーが、曲によっては渡邊香津美や向井滋春にかりんさんのお父さんの中川昌三ら、ジャズやクラッシック系のミュージシャンまでレコーディグに参加しているのである。大貫さんは音づくりには一切の妥協をしない人なのだろう。それ故、ジャンルに拘ることなく、求める音楽を提供してくれるミュージシャンを集め、スタジオライブでレコーディングするのをモットーとしているようだ。

Posted by S.Igarashi at 11:24 AM | コメント (0)

August 01, 2017

伝説へ...

ジャンヌ・モローの訃報を知ったのは昨日...その数日前にはサム・シェパードと...続けて映画人が亡くなった。

上記写真は「死刑台のエレベーター」のサウンドトラックLPと「突然炎のごとく」のLDだが、どちらもレガシーなメディアとなってしまった。映画公開されたのが小学生や中学生の時だから、当然リアルタイムでは見ていない。その後、成人してからも名画座で見る事もできず、1985年に「突然炎のごとく」がLDでリリースされたとき、ようやく伝説の映画を手にする事ができたのだった。今でも、iTunesStoreにはフランス映画少なく、両方とも置いてない。

因みに、ジェシカ・ラングとサム・シェパードが出演し、1985年に公開された映画・カントリーは世間的に云えば殆ど話題にもならず、興行的に失敗した社会派の映画だが、そこで告発された農業問題は...未だに解決されていないし、こうした映画が米国資本で制作されることは、最早ないだろう。これもiTunesStoreにありません。

Posted by S.Igarashi at 09:54 AM | コメント (0)