April 28, 2014

雑草

上記画面は昨年末に放送されたタモリ倶楽部『哀愁ネーム雑草図鑑』で紹介されたアメリカ雑草学会による定義であるが、これにはタモリも呆れて如何にもアメリカらしいと感想を述べていた。この定義を読むと殲滅・排除すべき対象として『米国富裕層の活動と幸福・繁栄に対して、これに逆らったり、妨害したりする全ての貧民』と言い換えられるし『キリスト教原理主義の活動と幸福・繁栄に対して、これに逆らったり、妨害したりする全ての宗教とその信者』とも言い換えられる。オバマが就任演説でアメリカ先住民族に一言も触れず棄民としたこともこの定義に従ったものと考えれば良く解る。

ところで日本語で『雑』の付く言葉の意味を考えると、一つに括れない多様なモノを含む集合体等に使われている概念ではないだろうか。「雑草」を一として「雑木林」「雑煮」「雑炊」「雑穀」「雑兵」「雑誌」「雑学」「雑念」……等々、「雑民党」なんてのも有りましたね。

そういえば、まことの徒然草は「雑草元年」で始まっている。

Posted by S.Igarashi at 11:48 AM | コメント (0)

April 27, 2014

ツバメ、今年もみた?みた!みた!展 2014

『ツバメ、今年もみた?みた!みた!展 2014』がJR高尾・北口近くのgoto. Room 18%で始まりました。週末のみの開催なので要注意!
昨日の土曜日、散歩がてら、紅葉台から初沢城趾、御衣公園と、わざわざ山越えをして高尾駅北口まで歩いて行きましたが、途中でツバメが飛ぶ姿を見ることもなくギャラリーに着きました。暫くしてギャラリーに来たオジサンによって…その理由が解りました。

そのオジサンはNPOのボランティアで「ツバメの生態」を調査しているそうで、家にあったと云う展覧会の案内ハガキを手にしてましたが、そのハガキには宛名も書いてなく、主催者もハガキを配った憶えもないらしく、きっとツバメがオジサンにハガキを届けたのでしょうと云うことで納得…。
…で、その人が言うには駅等の公共施設からツバメの巣が取り払われたり、巣を付けられないような対策を施したりと…ツバメにとって受難の時代となっているようです。僕らが小学生の頃はツバメは害虫を捕まえて食べるから益鳥なので…大事にするようにと教わったけど…糞くらいのことで…人間の技量が狭くなったというか…なんと云いますか。
高尾周辺にいるのは主にイワツバメで…ヒメアマツバメ(初めて此の名を聞きました)も若干生息しているらしく、ヒメアマツバメは留鳥なので年間を通して見られるらしい…と云うことで、何も知りませんでした。季節外れにツバメを見たらそれはヒメアマツバメだそうです。

写真の「コルク製ツバメの巣」を手作りしている小川美奈子さんの「リトルミーナ」に製作方法等があります。小川さんは自身で改良を重ねツバメが営巣するまでに至ったそうです。

ツバメかんさつ全国ネットワーク
認定NPO法人・バードリサーチ

ツバメ(燕、学名:Hirundo rustica)
イワツバメ(岩燕、Delichon urbica)
ヒメアマツバメ(姫雨燕、Apus nipalensis)

追記
東京新聞5月5日付けの朝刊社会面に掲載されました。
人工巣でツバメ育て 小平の女性ら 共存目指す

Posted by S.Igarashi at 10:47 AM | コメント (0)

April 24, 2014

IKEA 立川

立川のたましんギャラリーで28日まで開催している同級生の個展に行ったついでにIKEAまで足を延ばしてみた。
ん〜何だか、港北のIKEAよりも店内レイアウトが解り難く、迷宮化がエスカレートしている。目的の商品を選んで、さっさと買い物を済ませたい向きには面倒くさいプランだし、非常の際の避難経路も係員の誘導がなければ難しいだろう。用意されているフロアガイドも「地図を読めない女性」に合わせたのか、売場番号がライン上に並んだだけのモノ、所々にショートサーキットは用意されている様だが、通路も狭く判りやすいとは言えない。まぁ、テーマパークの様に演出された思い掛けない発見を意図しているのかも知れないが…メインストリートが無く、路地だけで構成されている店内レイアウトに疑問を憶える。もう少し大らかで明解なプランが優先されるべきだと思うのであるが...。1階にあるトイレも最悪で、サイン計画はデザイナーの自己満足...男子便所には小便器や手洗器の廻りに手荷物を置く場所もない。困ったものだ。

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April 17, 2014

三里塚...

教会裏手の納屋(鍛冶場)に入ると斜め左上から差す光がカラヴァッジョの「聖マタイの召命」を彷彿とさせた。

首都高4号線の工事渋滞に巻き込まれ三里塚教会に着いたのは13日日曜日午前11時半近く、主日礼拝が終わる午後0時まで外で待つことにした。三里塚教会についての知識は皆無に等しく、事前にGALLERY A4の「三里塚教会物語と吉村順三展」のプレスリーリスを読み、「三里塚芝山連合空港反対同盟」の戸村一作氏との関係を知っていたが、この朽ちた看板を見て、もしやと思い…主日礼拝の終了後に教会関係者に尋ねると、戸村氏の敷地の一画に建てられたもので、敷地内や納屋(鍛冶場)に置かれた、鉄の造形も戸村氏の作品だと知った。

教会内部に入ると梁間方向三間、桁行方向六間の主屋に玄関の下屋が付いた小さな木造教会が、教会裏手にある納屋のスケールに合わせて造られていることが直ぐに解った。カソリック教会は35年くらい前に何度か設計を手伝ったことがあるので、多少は知っているつもりだったが、このプロテスタント系の教会はそれらとは異なる文脈から造られているようだ。

こうして見ると聖書研究会的な集いが教会の主目的な使われ方に思える。

生れた時代が違っていたら、もしかすると「タケシの誰でもピカソ」に出て「芸大のケンちゃん」と造形作品を競っていたかも知れないと思える戸村一作氏とは何ものか…Amazonで100円也の古本を買ってみた。届いた本は四條畷市立図書館(しじょうなわて)から除籍図書となった本だ。何処も傷んでなく状態も宜しい図書が何故に除籍されたのか...それも疑問である。因みに表紙の絵は丸木位里・丸木俊であるが...丸木美術館への中高生の見学が…何処かの圧力で減っているそうだ。(続く)


戸村一作(1909〜1979)と吉村順三(1908〜1997)の接点を考えてみた。
1947年に父・武芳氏が死去した後、家業を受けつぐが、戦前の農機具の製造販売から、戦後は嘗ての軍需産業が農機具を製造するようになり、戸村農機は農機具の販売へと事業内容がシフトしていた。それに伴い農家への農機具セールスが主な業務となった。
吉村順三は戦後、佐倉市に1953年に竣工された佐倉厚生園サナトリウム(木造2階建て、400床、2,659.6㎡、現存せず)を設計している。戸村農機と佐倉厚生園との距儀は14.7km、車で30分ほどの距儀である。戸村農機の得意先は富里、八街の先まであったと云うから、佐倉もその範囲であったであろう。セールスの途中で佐倉厚生園サナトリウムの現場を見て直接依頼したのか、共通の知人を介して依頼したのかは不明だが…翌年の1954年に三里塚教会が完成したことを考え合わせると興味深いことである。(未確認情報であるが、サナトリウムの院長がクリスチャンでその関係者による紹介と云う有力な説が….。)

1969年(昭44)に戸村氏とその家族は教団から除名…1977年(昭和52)三里塚教会と付属幼稚園は御料牧場跡地に移転…上記地図には三つの三里塚教会があるが…一つは棄民ならぬ棄××なのだろうか…因みに三里塚教会と敷地続きの戸村農機は上記地図の旅館・大竹屋の向かいにあった。

Posted by S.Igarashi at 09:03 AM | コメント (0)

April 12, 2014

そして...一棟だけ残った...

中学生の頃、体育の授業で区画整理されたばかりの此の道路を走らされた。俺も痩せてヒョロヒョロだったけど、街路樹として植えられたばかりのケヤキもヒョロヒョロで未だ頼りなげだった。そして校外授業でこの向かいに出来たばかりの事業所に見学に行ったこともある。当時最先端の半導体工場の見学範囲は限定され、ここで何が造られているのか、何だか良く解らないまま工場見学は終わった。その時、初めて聞いたクリーンルームという言葉を覚えたのが唯一の収穫だった。あれから半世紀余り、次から次へと拡張された工場群は...今では僅かに一棟を残すだけとなった。これも斜陽の都を象徴することかも…

赤で囲われた東南の一画だけが残され、他は更地となった。パノラマは事業所の向かい側にあるホンダのディーラーの前から撮ったモノ。(赤丸印)

GoogleMapの空撮は比較的新しく2012年の暮れから2013年の初め頃だろうか。

追記:2014年5月に空撮写真が更新され『そして...一棟だけ残った...』ことが良く解る。

この前の道は車で良く通るが、道路に違法駐車して写真を撮る程、ずうずうしくもないので、いつか撮りに行こうと思っていたが、ようやく2013年の10月27日に撮ったのがこの写真だ。
そういえば、此の辺りで、座り込みをしていた唄う人はどうしたのだろうか。

昭和30年代前半まで此の辺りは畑、桑都・八王子に相応しく曲がりくねった農道の脇に桑の木が植えられていた。

JR中央線側から…

プラントの解体工事は…とてつもなく時間が掛かるものだ。
そういえば…先日「サラメシ」でこの企業の制服を久しぶりに見たが…あれは本社の社食なのかな…会社の沿革を見ても…工場の新設はあるが…事業所の売却は書かれていない…。

Posted by S.Igarashi at 10:17 AM | コメント (0)

April 07, 2014

片倉城趾の桜

先週の土曜日、京王高尾線の車窓から片倉城跡のある丘に桜が咲き始めているのが見えたので、天気が回復した今日の午前中に城跡の穏やかな風景の桜を愛できた。カタクリの花はそろそろ…

菜の花も後は種を収穫するだけ…と云う農業が...いつまで続けられるのか...

Posted by S.Igarashi at 03:17 PM | コメント (0)

April 04, 2014

高楽寺の枝垂れ桜 2014

昨年は例年より早くお彼岸には咲いてましたが、今年は例年より遅く四月になって咲きそろい昨日・一昨日の雨にもマケズ、今朝まで降り続いた雨の所為か花が重そうに見えますが、花が散ることなかったようです。因みに6日の日曜日まで夜間はライトアップするとか…です。

と云うことでライトアップの様子を...


Posted by S.Igarashi at 01:56 PM | コメント (0)

April 02, 2014

32年間...

32年間続いた「笑っていいとも」が終了し、その時間帯にライバル局の「徹子の部屋」が移動したらしい。丁度、10年前にエントリーした「長寿番組の原則」で、この二つの番組を取上げたことがある。「徹子の部屋」はMCの徹子さんが90歳を目標に続けるそうだが、パブ番組として業界内の利害が一致する限りそういうことだろう。
関連・徹子の科学

Posted by S.Igarashi at 10:26 AM | コメント (0)

April 01, 2014

鉄道遺跡と...

そのうち暇があったら京王御陵線の遺構を見に行こうと思っていたのだが、八王子市役所・横山支所から歩いて数分の所だったので、事のついでにちょっと足を延ばしてみた。周囲の色あせたポスターやらなんやらかんやら雑多なアイテムで散らかっている様は...或る意味…今日的で…残念な眺めでもある。

参考・aki's STOCKTAKING:
多摩の鉄道沿線 古今御案内

因みに上記書籍の裏表紙見返しに吉田初三郎「京王電車沿線名所図絵」の御陵線部分がカラー印刷されています。

Posted by S.Igarashi at 10:10 AM | コメント (0)