September 21, 2019

東京駅から八日町へ二つの展覧会

と云うことで、昨日の午後、東京ステーションギャラリーの没後90年記念 岸田劉生展を観てから中央線特別快速で一路西方へ...八王子で下車、八日町の八王子夢美術館で素描礼讃 岸田劉生と木村荘八を...そんな訳で二つの展覧会を梯子した。
目的は《道路と土手と塀(切通之写生)》の確認と、以前、東京ステーションギャラリーの生誕120年 木村荘八 展を見損ねたので、是非とも墨東奇譚の挿絵も観たかったのだが、それも新聞小説を丁寧にスクラップしてあるノートも展示。
明治・大正・昭和と生きた木村荘八が昭和30年に描いた千住のお化け煙突...僅かに自分とも時代が重なる。
と云うことで、なんちゃって絵画探偵となり、先ずは時層地図から切り通しを検証...。

 と云うことで時層地図にマークした処が《道路と土手と塀(切通之写生)》の場所なのだが、今回の展覧会には豊田市美術館が2005年に買い取ったとされている代々木附近 [1915年 (大正4)]も併せて展示されており、場所の特定を確かなものとしている。

GoogleのStreetviewで見ると左側のコンクリート塀と出入口は山内邸の時代の塀をそのまま流用しているものと思われる。

Posted by S.Igarashi at 11:04 AM | コメント (0)

September 12, 2019

1939・夏・2019

「ノモンハンの夏」の後書きで作者の半藤一利は、編集者の時代、議員会館の一室で元陸軍参謀の辻政信と対面したときの印象をこう語っている、『....およそ現実の人の世には存在することはないとずっと考えていた「絶対悪」が背広姿で、ふわふわとしたソファーに座っているの想いを抱いたものであった。』これを読んで、ノモンハンの生き残りだった中学の教師Aがレイシストで歴史修正主義者であったのも宜なるかなと想った。私でさえ70年の人生の中で出会った最低の人間が教師Aだった。

半藤一利は辻政信に対面して「ノモンハン事件」をいつの日にかまとめてみようおもったそうである。逆に司馬遼太郎が書こうとして書けなかったのは辻政信の様な存在に嫌気がさしたから...とも推測されている。史実を素材にしてもヒーローの出てこない物語なんて...書く意味がなかったのだろう...。僕が司馬を好きになれないのは...そういう面かもしれない。
2005年に機密解除・公開されたCIA文書の『辻政信ファイル』には「機会があるならばためらいもせずに第三次世界大戦を起こすような男」と評価されていたそうで、半藤一利の見立ては間違っていなかったようだ。

参照:「ノモンハン事件」

そういえば教師Aについてこんなことを書いていた。
December 09, 2004:色眼鏡と思考停止

Posted by S.Igarashi at 09:05 AM | コメント (0)