June 30, 2012

「主権者」は誰か

「主権者」は誰か...原発事故から考える
先頃、亡くなった弁護士でフリージャーナリストの日隅一雄氏の最後の著作物は56頁足らずの小冊子・岩波ブックレットである。この小冊子に書かれていることは民主主義ならば「当たり前の事」である。『なぜ国民はこれほどまでに ないがしろにされたのか 「主権在官」を打破し、私たちのの社会をつくるために』と遺言を国民に託し...彼は50年足らずの人生を終えた。我々が「主権者」として目覚めるには...

「はじめに...」では...終戦後の中学一年生用の教科書に使われた「あたらしい憲法のはなし」から主権とは何かを引用しているように...もう一度...無垢だった少年や少女の頃にリセットして...国民が「主権者として振る舞うために」...問題や障害となる項目を...明らかにしている。
内容
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1- 情報は誰のものか
  政府の情報隠し/二種類の情報入手法/作成されなかった議事録/
  情報公開の「対象外」という問題/情報をどう公表するか/記者会見の開放を/
  東電の姿勢/「私企業」は正当な理由か?/内部告発という手段/内部告発者をどう守るか

2- 誰のための官僚か---「主権在官」の実態
  官僚の仕事/経産省という組織/規制と推進の分離/「天下り」という問題/
  困難な天下り防止/オンブズマン制度の導入を/国会による監視/

3- 司法の限界
  なぜ司法は原発を止められなかったのか/裁判官へのプレッシャー/技術性・専門性/
  判検交流/政治的自由の欠如/裁判官への制約/裁判官へも市民的自由を/
  市民の役目/

4- 主権者として振る舞うために
  主権者と民主主義/五つの条件/制約された選挙/党議拘束という問題/省令・通達/
  審議会をどうするか/政治への直接関与を/国民投票制度を/デモという手段/
  国家権力による過剰な管理/政治的リテラシーの重要性/メディアリテラシー教育/
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主権者として振る舞うために
最後に、主権者として振る舞うために、「あたらしい憲法のはなし」から示唆に富む文章を引用したい。この小冊子は戦後間もない時期の中学生に、こう呼び掛けていた。
「いまのうちに、よく勉強して、国を治めることや、憲法のことなどを、よく知っておいて下さい。もうすぐみなさんも、おにいさんやおねえさんといっしょに、国のことを、じぶんできめてゆくことができるのです。みなさんの考えとはたらきで国が治まってゆくのです。みんながなかよく、じぶんで、じぶんの国のことをやってゆくくらい、たのしいことはありません。これが民主主義というものです。」
しかし、戦後、私たちは主権者として振る舞うことをわすれ、あまりに多くのことを国会議員、そして官僚に任せすぎた。そして、気付いた時には「国のことを、じぶんできめてゆくこと」も「じぶんで、じぶんの国のことをやってゆく」こともできなくなってしまっている。
「いまのうちに、よく勉強して」という意味を、もう一度考え直さなければならない。
私たちが主権者として振る舞うために、「思慮深さ」を身につけたうえ、積極的に政治に参加していかなければ、この国は変わらず、また取り返しのつかない「何か」が必ず起こるだろう。

Posted by S.Igarashi at 09:55 AM

June 25, 2012

市民のデモに寄り添う...

上の写真は本日の朝刊であるが、6月15日の原発再稼働抗議デモを紙上で取上げなかったことから、ツィッターやらなんやらで多くの非難を浴びた東京新聞が6月21日の紙面で「再稼働抗議デモの不掲載について」と題し、取材体制のミスを認めている。そんな訳で22日の抗議デモは23日の朝刊一面に返り咲いていた。....私は16日の朝刊では不掲載となったが、同日の16日の夕刊紙上の社会面で16日の官邸前の抗議デモを掲載していたので、やっぱり...オウム高橋克也容疑者逮捕で抗議デモの記事が飛んでしまったの...だろうと呑気に考えていたのだが...とうとう官憲の圧力に屈したとか深刻に捉える人が多いものだと逆に感心してしまった。
尤も...東京新聞は...予てより素人の乱の主宰者のインタビュー記事を掲載したり、二面記事で警察への届け出などデモのノウハウも掲載したりとかしているので...まぁ...室長の言葉の通り数少ない市民のデモに寄り添うメディアとして...主権在官の現状を打破して欲しいと思う限りである。

Posted by S.Igarashi at 11:24 AM

June 23, 2012

乾燥なめくじ―生ひ立ちの記

何年か前、1970年頃の遙か昔々に新建築の巻頭エッセーで読んだと記憶していた吉阪隆正の「かんそうなめくじ」をキーワードにしてGoogleで検索したけれど、何一つ引っ掛からなかった。確か「かんそうなめくじ」だった筈だが...自分の記憶違いなのか....それ以上追求することもなく忘れていた...。
それが一月ほど前...facebookで『本の網 吉阪隆正蔵書公開』の情報を知り、再度、Googleで検索を掛けたら本書「乾燥なめくじ―生ひ立ちの記」がリストアップされた。書籍は既に絶版となっており、Amazon マーケットプレイスから古本を取り寄せることにした。
何故、読みたいかと思ったのは「かんそうなめくじ」の文明批評的内容が現在の状況を暗示していたと...記憶していたので...それを再確認したかったのである。

パラパラと頁を捲っていると、エネルギー消費と地球温暖化についてこんな一文があった。

....みんながみんなバラバラになって領分を守るだけになった時、一体誰が全体のタクトをふるのだ。どうやってバラバラの世界をそのまま崩壊に導かないようにできるのだろう。いやはや、おれもいつのまにか人間側で論を進めてしまった。おれの立場からすれば、早く人類が亡びてくれればいいんだ。あと五十年持てばいいという説もある。人類がいまのようにエネルギー使用量を倍々とやっていくと百年後には地面の温度が10度上昇するのだと計算した人がある。すると海の中にあるCO2を定着させていたものが、おだぶつになって放出するそうだ。地表はCO2で包まれると太陽熱は吸収蓄積されやすいから、暑い地球になってしまう。魚なら1〜2度の上昇で死んでしまうが、人間だって20度あがればどうなるか。
 だいいち極地の氷がまず溶けだすだろうから、海面がどんどん高くなって、陸地はぐんと小さきなるだろう。平野に住んでいる野郎どもあわてるだろうな。ノアの箱船の用意はできているのかね。すべて宇宙の動きと関係するんだ。....

「かんそうなめくじの弁」(初稿1971年「新建築」1971年8月号掲載)より...

確か...建築が利益追求の目的だけに建設されるようになってしまったことを憂う...文章も読んだような記憶があるが...見つからないなぁ...

Posted by S.Igarashi at 11:53 AM

June 16, 2012

原発汚染地図

群馬大学 早川由紀夫教授による放射能汚染地図(六訂版)を元に作られたiPhone/iPad Appの「原発汚染地図」が先週App Storeからリリースされていた。色の付いたエリアが年間1mSV以上...スクリーンをタップするとその場所の福島第一原発からの距離と汚染状況が表示される。因みに、一昨日の我家の裏庭でのポケットガイガーの測定値は...。

Posted by S.Igarashi at 09:57 AM | コメント (5) | トラックバック

June 14, 2012

購読取り止め...


iPad Appのビューンで週刊誌を購読していたが....自動継続を中止。リアルな週刊誌も買うことを止めて二年以上...ネットでの雑誌購読も立ち読み程度のレベルから脱していないので...この際、購読取り止め...とした。官僚にメディアコントロールされ劣化する一方の既存メディアを読みたいと思わなくなっただけのことだが...。

Posted by S.Igarashi at 03:25 PM

June 12, 2012

銀座の紫陽花

今日、市ケ谷での授業を終えてから日本橋の小津ギャラリーに寄り、それから新聞か何かのメディアで見て気になっていた写真集『屠場』をテーマにした銀座ニコンサロンの本橋 成一写真展を見に行った。銀座通りからライオンビアホールの角を左に折れると歩道の植込に植えられた紫陽花が銀座とは思えないほど背を高く繁っていた。それも山里の沢の辺に人知れず咲いている様なガクアジサイが、降り始めた雨の鬱陶しさと、これから見る写真展のテーマの重さを...何となく和らげてくれる様に思えた。

Posted by S.Igarashi at 09:29 PM

June 11, 2012

神奈川県立近代美術館・鎌倉

昨日、神奈川県立近代美術館・鎌倉で『石元泰博写真展 桂離宮1953,1954』の最終日を見てきた。梅雨入り翌日の日曜日、一日中曇天一時俄雨の予報は外れ晴天に恵まれ、鎌倉駅から八幡宮まで小町通りも若宮大路も人波で溢れていた。そんな観光地の喧騒とは裏腹に八幡宮の参道から一歩、美術館の敷地内に入ると静寂そのもの...館内も適度に入場者が散らばり...ゆっくりと鑑賞...
入場者も展覧会に刺激されたのか...中庭やピロティではカメラを取り出し、あちらこちらでシャッター音...そんな訳で...私もiPhoneでゲットしたばかりのモノクロ写真専用App『Hueless』の試し撮り...

Posted by S.Igarashi at 09:50 AM | トラックバック

June 04, 2012

相模原


オウムの指名手配犯が相模原市で拘束されたと云う一報がTV画面に流れた時、さて相模原市の何処か、皆目見当が付かなかった。平成の大合併以前なら、ある程度イメージできたが津久井郡の城山町・津久井町・相模湖町・藤野町を併合し、政令指定都市になってから何がなんだか、さっぱり分からない。相模原は上記地形図の略中央、相模川による扇状地が隆起して形成された洪積台地と云われる相模川右岸と相模國と武蔵國の国境を流れる境川の左岸に当る台地です。その台地を相模原市と呼ぶには何の異論もないが、津久井郡の山間部を相模原と呼ぶには...地形的に何だか...である。神奈川県下でも最大級の台地...こうした地形が軍部に目を付けられるのは...赤羽と似たようなもの...東日本最大の軍都になる計画は...敗戦により消滅したが...陸軍造兵廠は進駐軍に接収され米軍の相模総合補給廠に...相模原市はその返還後の再開発を睨み...強気で政令指定都市になったのだろう。因みにオウムの指名手配犯が潜伏していたのは旧・城山町だそうだ。

Posted by S.Igarashi at 10:12 AM