January 01, 2006

2006年元旦

山里より、謹んで新年の御挨拶を申し上げます。
Blog を始めて早いもので既に28ヶ月となりました。
始めてから気付いたことは一つの主題がリンクされ、ブロガーがちょっと違う角度で主題を見つめ意見を述べている。それは千の目までは持てないけれど、世の中を複眼で見られること、多様な考えに接することはとても刺激的です。地図説明 大学地図
本年も宜しくお願いします。m(__)m

これがF.ベアトが撮影した140年前位の鑓水(大学地図の山野美容短大の山の字の下の谷戸周辺)の風景です。
多摩ニュータウンに関しては多摩ニュータウンタイムズが多摩ニュータウン30年を検証しています。

Posted by S.Igarashi at January 1, 2006 01:01 AM | トラックバック
コメント

かんさん、あけましておめでとうございます。
>3D地図にくらくら来ています
Googleの衛星写真も面白いけれど、数値地図の3Dも嵌まります。

Posted by: iGa at January 3, 2006 07:52 AM

明けましておめでとうございます

自分も実は地図マニアの気があるので
3D地図にくらくら来ています

Posted by: かん at January 3, 2006 12:14 AM

iGaさん、すみません。追加です。F.ベアトの写真、貴重ですね〜。植物の植生について見識のある人が見れば、この山の様子から当時の生業の様子を説明できるのかなとも思いました。

Posted by: わきた・けんいち at January 2, 2006 07:15 PM

iGaさん、こんばんは。

iGaさんが小学校低学年の頃でしょうか、昭和32年当時の様子が、じつによく理解できました。僕自身は、育った場所も違いますし、年齢的に少し後の世代ですので、その頃のことを経験しているわけではありません。しかし、高度経済成長期に入る以前の農村の生業や暮らしについては、元・農家や農家の皆さんにお話しを伺った経験があるものですから、たいへん興味深く読ませていただいたわけです。八王子のばあいも、山は法律上では個人所有になっていても、「地元のルール」のもとで、所有者以外の人たちも山に入り、それなりの利用ができたことがよくわかりました。「茅場」のような村の共有地もあり、「所有」によって他者を排除するのではなく、他の人も関わり一定程度利用することが認められていたわけですね(現在の八王子のように土地が資産化してしまっては無理でしょうが、地方にいくと、現実にこのようなルールが機能していることがしばしばあります)。

それから、記事に追記していだたいた「多摩ニュータウン30年を検証」も拝見しました。じつに面白いですね〜。勉強になりました。もし、ドラスティックに変化した地域の戦後の歴史を、年表と地図とをクロスさせながら、なおかつ、「多摩ニュータウン30年を検証」に中で語られているような、個々人の体験や記憶もあわせて読むことができる(あるいは情報を追加できる)、そんな成長発展するデータベースのようなものがあったらいいのになあ・・・、などと都合のよい勝手な想像をしてしまいました。僕には技術がないんですけどね〜(^^;;。

Posted by: わきた・けんいち at January 2, 2006 07:12 PM

わきたさんこんにちは。
ベアトの写真を追加しました。たぶん昭和30年代までは同じような風景だったと思います。僕が足立区から八王子に越してきたのが昭和32年ですが、その頃は河川の流域や谷戸には水田、丘の上には畑、畦道には桑の木、里山は薪炭林として利用されていました。薪炭林の伐採は農閑期に農家の男手が総出であたっていたと思います。入会権については定かではありませんが、山林は既に個人所有になっていたと思いますが、屋根葺き用の茅も山林の一部に植えられ、集落の共有になっていたようです。子供の頃は遊び半分、山林にはいって、枝打ちをしている農家のおじさんに咎められることもなく、下枝を拾い集め、風呂の焚付けにしてました。
昭和40年代以降にまると山林が企業の手に移り、山道をいきなり鉄条網で塞ぎ、立ち入り禁止の看板が立ちました。子供の頃は山越えで高尾山まで行けましたが、ハイキングコースも立ち入り禁止の看板で通れなくなってしまいましたね。

Posted by: iGa at January 2, 2006 05:16 PM

iGaさん、Akiさん、こんにちは。
僕が、東京で比較的わかるところは、山手線の主要駅周辺と、八王子周辺です。こうやって、大学を配置していただくと、よくわかります。ありがとうございます。どうして、大学は「多摩丘陵の背骨」なんですかね?このような所にまとまった大学用地を確保できたからでしょうが、もともとは、どのような土地だったのでしょうか(開発される以前からあった、農村の里山・共有林等?)。土地の「履歴」の問題です。

Posted by: わきた・けんいち at January 2, 2006 01:41 PM

八王子周辺の大学をプロットしてみました。
多摩丘陵の背骨に沿ってキャンパスが設けられているのが分かります。

Posted by: iGa at January 2, 2006 08:51 AM

わきた さん、この辺りに住んでいるのは説明図に明記されている iGa と AKi の二人だけです。iGa さんは山里、私こと AKi は川沿いにおります。残念ながら八王子の川、浅川が表示されていないとのことですが。

Posted by: AKi at January 2, 2006 02:17 AM

通常は地形図や地図には見られない「iGa」「AKi」ってのがカワイイですね(^^;

Posted by: masa at January 1, 2006 11:23 PM

iGaさん、ご丁寧に説明までつけていただき、感謝します。うんうん、わかります。法政大学の多摩キャンパスにいくことがあるので、とってもよくわります(^0^)。そうか〜、皆さん、このあたりにお住まいなのですね。「山里より、…」の意味がわかりました。

Posted by: わきた・けんいち at January 1, 2006 07:41 PM

わきたさん、こんばんは。
そうです、左上に見えるのは相模湖です。
下半分の丘陵が万葉の昔、多摩の横山とうたわれたところです。
図版に説明をつけました。

Posted by: iGa at January 1, 2006 07:06 PM

皆さん、お集まりですね〜!!
ひょっとして、左上に見えるのは相模湖でしょうか。
山里というのは、八王子ですか…。
皆さん、かなりテクニカルなところで議論されているので、私にはよくわからないのですが、次々回あたりのダイビングのさいには、そのスゴサを教えてください。よろしくお願いいたします。

Posted by: わきた・けんいち at January 1, 2006 05:59 PM

あけまして、おめでとうございます。
今年のダイビング 楽しみにしております。

Posted by: fuRu at January 1, 2006 05:16 PM

う〜ぬ、最近、この手の地形図を見ると、めちゃカッコヨク見えてくるようになってしまいました(^^; いいですね〜この景色…。現実よりイイです(^^;
ところで、僕の場合は、5mメッシュの地形図にGPSデータを読み込んだ時に「緯度・経度がズレる」というトラブルが、未だ解決できません(測地系の問題だと思うのですが…時間がないです)。何が手がかりでも思いつかれましたら、是非教えてください。

Posted by: masa at January 1, 2006 01:03 PM

AKiさん、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
多摩川(右下)、秋川は表示されますが、何故か浅川が表示されません。
それが謎です。

Posted by: iGa at January 1, 2006 11:37 AM

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
ところで、ずいぶんと数値地図ビューアに習熟なさったようですね。川は入っていないようですが。

Posted by: AKi at January 1, 2006 10:00 AM
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