1970年大阪万博の統一テーマは「人類の進歩と調和」だが、吉見 俊哉氏の万博幻想によれば、1965年の大阪国際博覧会準備委員会のテーマ委員会で話し合われた大阪万博の基本理念は「不調和」であったという。つまり、20世紀社会が直面している困難と矛盾に人類の知恵がどのように応じていけるのかということである。
テーマ委員会のリーダーであったフランス文学者で京大教授(当時)の桑原武夫氏(故人)が取りまとめた基本理念の草案を引用すると
世界の現状をみるとき、人類はその栄光ある歴史にもかかわらず、多くの不調和に悩んでいることを認めざるを得ない。技術文明の高度の発展によって、現代の人類は、その生活全般にわたって根本的な変革を経験しつつあるが、そこに生じる多くの問題は、なお解決されていない。さらに世界の各地域には大きな不均等が存在し、また地域間の交流は、物質的にも精神的にも、いちじるしく不十分であるばかりか、しばしば理解と寛容を失って、摩擦と緊張が発生している。科学と技術さえも、その適用を誤るならば、たちまちにして人類そのものを破滅にみちびく可能性を持つにいたったのである。
このような今日の世界を直視しながらも、なお私たちは人類の未来の繁栄をひらきうる知恵の存在を信じる。しかも私たちはその知恵の光が地球上の一地域に局限されて存在するものではなく、人間あるところすべての場所に、あまねく輝いているものであることを信じるものである。この多様な人類の知恵が、もし有効に交流し刺激しあうならば、そこに高次の知恵が生まれ、異なる伝統のあいだでの理解と寛容によって、全人類のよりよい生活に向かっての調和的発展をもたらすことがができるであろう。