February 14, 2005

イーノとマイルスの微妙な関係

英国のロック系ミュージシャンの多くはジャズも良く聴いている。ブライアン・イーノもメンバーだったロキシーミュージックのブライアン・フェリーも少年時代のアイドルはチャーリーパーカーやコルトレーンだったという。スティングもバンドメンバーをブランフォード・マルサリスを一として全てジャズミュージシャンにしていた時期があった。それでも彼らはジャズを演奏することはなく自分たちの音楽表現をしている。
ジョン スウェッドの「マイルス・ディビスの生涯」によれば、共演経験のないミュージシャンをスタジオに集め、断片程度の譜面だけで何時間も演奏させるプロセスがイーノにとって驚きだったという。さらに、プロデューサーのテオ・マセロによってその長〜い演奏の断片から新しい音楽が紡ぎ出されることにも。
イーノはマイルスの「ビッチェズ・ブリュー」からスタジオ・セッションの新たな可能性と云う意味で大きな影響を受けた一人だった。もしかすると70年代にイーノがプロデュースしたobscureレーベルも「ビッチェズ・ブリュー」がなければ違ったものになったのかも知れない。

Posted by S.Igarashi at February 14, 2005 11:21 AM
コメント

ビッチェズブリュの時期のセッションを集めた4枚組CDに収められているのが、冗長で緩慢で、悪く言えばだらだらやっている感じの演奏だったのにびっくり。裏を返せばテオマセロの編集というものがいかに効果的なものだったのかということなんですが、かのグレングールドも自らの演奏のレコード化に際して、かなり細かなツギハギ編集をしていたというのもありますから、なにかそこには時代的な大きなベクトルさえも感じてしまいますね。
そうかあ、イーノもねえ。やっぱり、という感じです。

Posted by: fuRu at February 14, 2005 07:05 PM