May 12, 2004

リートフェルトの平行定規の秘密・ループの法則

(2004.05.13 一部改訂追加)
ここに公開する「リートフェルトの平行定規」のデータは2004年4月13日、宇都宮美術館に於いて学芸員・橋本優子氏並びに濱崎礼二氏の立会の元に、私・五十嵐と秋山東一氏の共同作業にて行われた実測に基づくものです。実測に際して使用した計測機器は展示品に対する配慮から、金属テープやノギス等の金属製は避け、布テープによるメジャーが用いられました。従って精度に関してはそれを保証する数値とはいえず、あくまでも非公式参考記録の範囲です。またメカニズム等の考察は私・五十嵐の独断と偏見に基づくものです。

1 平行定規のメカニズムについて:(全ての図はクリックすると拡大します。)
A:下部プーリー(固定式)
B:上部プーリー(二重、調整機能付)
C:平行定規固定金具
D:バランスウェイト
E:ワイヤー接続固定金具
以上の基本パーツとワイヤーが平行定規の駆動部を構成するパーツである。パーツはそれぞれ上図の記号に対応している。
また、金属部分の素材はオリーブグリーンの塗装が剥げ落ちた部分から考察すると、鉄錆もなく白っぽいテクスチャーから【白銅】が使われているのではないだろうかと推測される。(これは私の個人的見解です。因みに秋山説は亜鉛ダイキャストです。私の見た目優先に対し、秋山説は当時の工業化社会の環境からの結論です。成分分析するなり、比重を計れば分かることですが、目測による推測なので、他の説もあるでしょうね。)
尚、一部が近年になって修理されたと考えられる右側のC:平行定規固定金具はアルミが用いられていました。
※白銅:銅とニッケルの合金、日本国硬貨に使用されている白銅は銅75%、ニッケル25%だそうです。白銅は金属工芸品にも使用されている合金ですから、リートフェルトが修行時代に金属工芸やジュエリーも手掛けていたと云うこと考えると、白銅を扱う職人は身近にいたのではないでしょうか。
デザイナーであると共に職人でもあったリートフェルトによってデザイン、製作されたこの平行定規、製図板、製図台は細かいところまで配慮が行き届き、一つとして無駄なデザインが見当たりません。

2:ループの法則
リートフェルトの平行定規は単純明解なメカニズムによって成り立っています。それは「ループの法則」(勝手にそう名付けました。)の原理に基づいています。
下図のループ上の任意の点、A、Bはその間の距離を常に一定に保って移動します。Aを或る時間内に於いて移動すると、Bも同じ時間内に同じ距離だけ移動します。これが「ループの法則」です。この法則はループがどのように複雑になっても変わりません。
問題になるのはループの素材です。伸び縮みしないことが原則です。その上、捩れに強く、またプーリー(滑車)に対するフレキシビリティが求められます。

3:変則的ループ
下図のループは水平のプーリーにより運動方向を直角に変化させたものですが、A点とB点は逆方向に移動します。A点と同じ方向に移動するC点は高さが異なるので、平行定規をそのままA点とC点に取り付けることは困難です。

4:リートフェルトの平行定規のループ
B点がA点と同じ方向に移動するには水平方向のプーリーに対してタスキ掛けにクロスさせると可能になります。但しこのままでは垂直方向から見た場合、クロス部分のループが重なってしまいます。それに対してリートフェルトはもう一つ工夫を加えています。

5:左側上部詳細
左側上部のB:水平二重プーリーは上が大、下が小になっています。Dのバランスウェイトの中心にワイヤーを通し、下からビスでワイヤーとバランスウェイトを固定しています。B-3の支持棒はバランスウェイトの重さによってワイヤーがプーリーから外れるのを阻止します。またストッパーの役割を果たしバランスウェイトが支持棒に当たり止まることで平行定規が製図板から脱落するのを防いでいます。Eのワイヤー接続固定金具は円筒状の金物とビスによって構成され、水平方向に開けられた穴にワイヤーを通して、下からビスでワイヤーを固定します。

6:左側下部詳細
Aの下部のプーリーは固定されています。Cの平行定規固定金具と平行定規でワイヤーを挟み固定します。ワイヤーに固定するボルトは平行定規の上に設けられています。これはボルトを緩めて平行定規の水平を調整する為のものです。

6:垂直方向から見たワイヤーとBの右側上部のプーリー(下が大、上が小で左側のものと逆になっている)。プーリーの大きさを変えることによりクロス部分のワイヤーが重ならないように工夫してある。つまり、ワイヤーは同じサイズのプーリーに掛けられています。(つまり左側の上の大きなプーリーから右側の下の大きなプーリーといった具合です。)それは、上から見るとワイヤーの平行が保たれていることが良くわかります。またBの上部プーリーの固定金物はワイヤーに弛みが生じないように、スライドさせてワイヤーに張りを与えられる構造になっている。

7:右側上部のBのプーリーとスライドする軸受け金物、上から見た図と下から見た図
因みに下から見た図は支持棒等の位置関係を揃えるために鏡像としてます。(建築関係の設計者は、天井伏せ図や、構造図の梁伏せ図等の見上の図面を座標関係を優先させる為に鏡像で描きます。)

8:平行定規とバランスウェイトの関係
下図に示す通り、平行定規を製図板下端に移動した状態でバランスウェイトが金物Bの支持棒に当たるように設定しておけば、平行定規が製図板から外れ落ちる心配はない。
平行定規に取り付けられた把手状の横棒は刳り込みが付けられ、鉛筆などの筆記具が床に落ちないように配慮されている。

平行定規の左右の刳り型は平行定規を製図板下端に移動した場合にプーリーに当たらないようにするためと考えられる。(実際には平行定規とプーリーとのクリアランスは上下方向で約4ミリあるので、当たることはないと思われるが、プーリーの大きさによってはその心配もあり、予め平行定規側にその対策を施している。)

9:製図板
製図板は板厚20ミリの柾目のムク板が6枚用いられ、反り止めの吸い付け桟で製図台に固定されるようになっている。

Posted by S.Igarashi at May 12, 2004 03:43 PM | トラックバック
コメント

五十嵐さんのレポート、3D 画像によって完全な「リートフェルトの平行定規」の報告ができ上がった。
私は、ご一緒に宇都宮美術館で実物を実測、観察したが、若干の見解の相違がある。それも記録しておきたいと考えた。
1)滑車
大4個小2個の計4個の滑車が使われている。
それぞれの大きさを想像するに、使用されているワィヤの太さに比して大きすぎると思われる。何か既製品の滑車を流用したのではないかと考えられる。材質については、亜鉛合金ダイキャストと考える。五十嵐氏の説「白銅(ホワイトブロンズ)」である必要はないし、塗装されていることを考えると亜鉛合金あたりが適当ではないかと考える。
2)その他、金属部品
滑車以外、その支持部分は全てこの「平行定規」を構成すべく設計され製造されたものと思われる。全て鋳物製で、この一台の平行定規の為だけに製造されたのか、それとも複数の平行定規があったのか。
3)平行定規
平行定規はいつ頃から存在したのか分からないが、又、誰が発明したものかも分からないが、リートフェルトのこの平行定規のオリジナリティには感銘を受けた。最初、ワィヤ部の交差処理について誤解(リートフェルトさん、五十嵐さんごめんなさい)していたが、完全に納得した。

Posted by: AKi at May 22, 2004 12:10 AM

 うつくしい3Dとわかりやすい説明、きもちよく読みました。
 きちんと理由の分かる「もののあり方」は気持ちよいのだということを実感。
 デザインも機械も、あるいは思想や発見も、ぼくたち現代の人間はこの時代の遺産で食っているようなものだと、つねづね思います。しかし、ヒトラーや原爆とその投下という、ダースベイダーも同じ時代に出てきたことを考えると、エネルギー保存即のように、つねにその時々で帳尻が合うようになっているのでしょうか。

Posted by: 玉井一匡 at May 13, 2004 07:23 PM