Comment: 八王子と鉄道

先日のブラタモリ・新宿編で京王帝都電鉄が新宿追分を起点として創業されたことを紹介してましたが、図録53頁の図版208「京王電気軌道線路図」(大正2年-1913年)を見ると、甲州街道を内藤新宿から八王子横山宿まで敷設しようとしていたのが解りますね。八王子市郷土資料館の特別展「八王子と鉄道」は4月10日から「私鉄編」に展示替えされたら本物の「京王電気軌道線路図」を見たいですね。

Posted by iGa at March 3, 2012 10:55 AM

AKi さんどうもです。

八王子駅はその後「かなりピンぼけ 父の遺した写真」に見られるように車寄せと云うかアーケードが造られ、モダニズムなスタイルの駅舎が隠されてしまったのが残念です。ファサードを見るとジュゼッペ・テラーニのイタリア・合理主義の影響があるように思えます。

Posted by iGa at February 14, 2012 10:51 AM

Facebook 上に1952年の八王子駅北口駅舎の写真を載せたら、大反響(一部で……)であります。
flicker にあった写真を教えてもらって、ブログにエントリーしただけなのだが、今更ながら、駅舎デザインの斬新さと、あの時点であのように鮮明なカラー写真があった事に驚いています。

Posted by AKi at February 14, 2012 10:29 AM

Fumanchu先生、どうもです。
浜松には遠州鉄道、「しぞーか」には静鉄がありますね。

甲武鉄道も元は民間ですし、武蔵中央電気鉄道は甲州街道を八王子から立川へ、更に、所沢から東北線の浦和まで通す予定だったとか...これも資金が底を尽き...あえなく撤退。これなんぞは嘗て千人同心が警備にあたった日光東照宮へのルートを考えてこと...?かな。

Posted by iGa at February 9, 2012 04:44 PM

たかさん、そうなんです、改めて「数える」と、「多い」のです。

Posted by iGa at February 9, 2012 04:33 PM

浜松なぞある日突然、東海道鉄道が出来てしまった、みたいなもんですが、軽井沢に見る様、甲州街道でも明治初期の「国の鉄道と町人の鉄道」のせめぎ合いはあったはずで、それに千人同心がどう関わったか、面白そうですね。

Posted by Fumanchu at February 9, 2012 03:20 PM

改めて「数える」と、「多い」ですね...。

Posted by たかさん at February 9, 2012 01:01 PM